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2-5 垣間見えるイズモの血

 目が覚める。時間を確かめると、ちょうど昼過ぎといったところだった。

 タケルはベッドから起き上がり、軽く身だしなみを整える。

 すでにリュネ達は馬車で移動しており、部屋の中には静けさが漂っていた。

 ベッド脇に立てかけてあった刀を差し、袖の中にちゃんと手紙があることを確認する。


「よし、んじゃ行くか」


 町の外に出て街道を進んでいく。人影が見えなくなるところまで歩いたところで、タケルは神威を体へとみなぎらせた。

 タンッと足元に土煙が巻き起こり、その場からタケルの姿が掻き消える。直後にははるか先の丘で二歩目を踏む。

 最速まで至ったタケルの姿を捉えられる一般人はいない。

 横を通り過ぎたとしてもちょっと風を感じる程度だろう。

 タケルは高速で動く視界の中、障害物を的確に見極め躱していく。万が一にもぶつかれば、木ならばへし折れ、馬車ならば砕け散り、人ならばミンチになるだろう。

 神威で強化されたタケルが無事であっても周りが無事では済まない。神威を学ぶ上で一番最初に教えられること、それが周囲への影響だった。

 全力で横を通り過ぎれば、突風によって人も飛ばせる。悪ふざけの攻撃やツッコミであっても相手にとっては致命傷になりかねない。

 絶対に扱いを間違えてはいけない代物だ。

 そんな神威も十年以上の付き合いとなれば、強化された身体能力さえ自在に使いこなせるようになる。


「あれは――」


 視界の先で停止している馬車が見えた。その周りでは、護衛の傭兵だろう男たちが魔物らしき生物と戦っていた。

 近づく視界の中で、状況を即座に判断する。


「ちとヤバそうか」


 傭兵の数は六人。魔物は一匹なので時間を掛ければ安全に倒すことができるだろう。だが、どうやら魔物の狙いは馬車にあるようだ。そこに魔物を引き付ける何かがあるのかもしれない。

 となると護衛は強引に魔物の進行を止めなければならないが、図体のでかい魔物を止めるのには危険が伴う。


「行き掛けの駄賃だ。手伝ってやるか」


 次の一歩で進行方向を微調整し、魔物の横を通り過ぎる直前に刀を抜く。

 振りぬかれた刃が魔物の片手と片足を一息に斬り飛ばした。

 遠ざかりながら振り返れば、転倒する魔物の姿とそれに戸惑う傭兵たちの姿が見えた。あれならば大丈夫だろうと判断し、タケルは再び速度を上げてイオネスコ領を目指すのだった。


   ◇


 イオネスコ領へと入ったのは日が傾き始めたころ。そして領都に到着したのは、すでに日がどっぷりと沈んだ夜になってしまった。

 それでもイオネスコ領の領都は門が開かれており、都内の道も活気に溢れていた。

 その理由は立ち並ぶ露店と、そこで酒を飲む男達のおかげだろう。

 腕にたっぷりと筋肉を蓄えた男たちが楽し気にジョッキを傾ける姿は、自然と楽しそうに見えるものだ。

 彼らの大半は工夫と木こりである。

 昼から夕方までをたっぷりと鉱山や森で働き、その日に得た金銭を使って夜遅くまで飲み明かす。そして翌日も昼からツルハシを振るうのだ。

 鉱山資源と木材資源で栄えた領ならではの光景であった。

 そんな男たちの姿を眺めながら、タケルは町の中を進む。目的地は領主の私邸だ。時間的に会うことができるだろうかと門のところで兵士に尋ねてみたが、急用や重要な案件の場合は領主の私邸の方でも面会が可能という話だった。

 タケルの持つ手紙は間違いなく急用に当たる。そこで兵士に場所を聞き、私邸の方へと向かっているのだ。


「ここか」


 教えてもらった場所は貴族街の一角。広大な敷地を有し、どこまでも続くように思えてしまう塀で囲われた場所だった。

 警備の兵士の数も多く、等間隔に夜警だろう兵士たちが明かりを持って並んでいる。

 猫の子一匹入れなさそうな厳重な警備だ。これほどまでの警備は、博都でもなかった。

 何かあったのだろうかと思いつつ、タケルは正面門へと向かう。

 そこには警備兵の詰め所が設置してあり、近づいてきたタケルの様子を伺っている。


「すまない、領主様に至急取り次いでいただきたいのだが」

「要件はなんだ。緊急のもの以外は、通常の面会時間に正規の手続きを踏まなければならないが」

「レンディエラ領領主、モズドワルド・フォン・レンディエラ様からの手紙だ。手紙自体の内容をこの場で伝えることはできないが、正規の紹介状は貰っている」


 それは手紙と一緒に渡されたものだ。手紙側の内容に秘匿性が高いため、正規の配達員である証明として別にもう一枚用意してくれていた。


「確認する――なるほど、間違いなさそうだな。緊急性を認めよう。今屋敷の方に連絡する。おい」


 兵士は待機していた伝令係を呼び、伝言を伝える。そして詰め所から出てくると、門に設置されている通用口の鍵を開けた。


「屋敷へは俺が案内する。あとをついてきてくれ」

「了解した」


 頷き、タケルは中へと足を踏み入れる。

 塀の長さからも分かる広大な庭は、館の大きさが小さく見えるほどだ。

 貴族ならば馬車で入っていくのだろうが、タケルたちはそこを徒歩で進んでいく。


「屋敷まで長いな」

「昼ならば移動用に馬を繋いでいるんだがな。あいにくこの時間は厩舎に戻してしまっているんだ」

「なら仕方ないか」


 門の前まで歩いていくと、そこには執事が立っていた。

 執事はタケルたちに深くお辞儀すると、兵士から案内を引き継ぐ。


「使者殿、ティルミディア様がすぐにでもお会いしたいとのことです」

「助かるな。こちらもなるべく早く渡しておきたかったんだ」

「ではお部屋へご案内いたします」


 今度は執事に連れられて屋敷の中を進む。庭も広ければ屋敷もでかい。

 どこに通じているのかもわからない通路を先導されるままに進み、一つの部屋の前まで来た。


「ティルミディア様、使者殿をお連れしました」

「入ってくれ」

「失礼いたします」

「失礼します」


 執事が扉を開き、タケルを中へと招き入れる。

 その部屋は屋敷の様子から比べれば小さな部屋と言っていいだろう。

 最低限の書類棚に執務用の机、ちょっと話ができる程度のソファーが置かれ、飾りっけもない。

 少し意外な内装に驚いていると、苦笑が聞こえた。


「驚いたかね?」

「はい、少し意外というか、印象が違うというか」

「本来は客を招く場所ではないからね。貴賓室や応接間はしっかりとしているのだよ? ただ今回は急ぎの用事だというし、こちらも少々立て込んでいてね」

「やけに警備が厳重だと思いましたが、それが理由で?」

「まあそう言うことだ。さる高貴な方がいらっしゃっていてね」


 イオネスコ領主もモズドワルドと同じ侯爵だ。その侯爵がして高貴という人物。公爵か王族、もくしは辺境伯しかいないわけである。

 嫌な予感を感じ、タケルはなるべく早く用事を済ませて館を出るべきかと考えた。


「まあこちらのことはいいさ。モズドワルドから手紙を受け取っていると聞いているが」

「はい、こちらになります」


 袖から手紙を取り出し、イオネスコへと渡す。

 イオネスコはその場で手紙を開き読み始めた。


「自分は日が昇ればレンディエラ領へと戻ります。何か言伝がある場合は、申し訳ありませんが今日中に手紙をお願いします」

「ふむ……」


 イオネスコは手紙を読み終えると、目頭を押さえる。


「分かった。明日の朝までには手紙を用意しよう。それを持って戻ってくれ。今日は部屋を用意させる。そこで休んでくれ」

「分かりました。お世話になります」


 イオネスコの目には涙が見えた。

 タケルが立ち上がると、後ろに控えていた執事が静かに扉を開ける。


「あのバカ者が」


 背中越しに小さな呟きを聞きながら、タケルは部屋を後にするのだった。


   ◇


 用意された部屋は来客用の豪華なもので、この屋敷の雰囲気にも合っているものだった。

 ただ豪華すぎてタケルは少し落ち着かず、なかなか寝付けずにいた。

 夜中、ふと窓を開けベランダに出る。


「ん?」


 そこには先客がいた。

 正確には隣の部屋のベランダだ。一メートルほどの間をあけて、タケルはその男と対峙する。瞬間、緩んでいた緊張が一気に引き締まるのを感じた。

 それは相手も同じだったのだろう。さっと一歩下がり間合いを図ると、とっさに腰へ手を伸ばす。

 だがお互いの腰に得物はない。

 そんな間抜けな様子に、どちらともなく苦笑が漏れた。


「ククッ、失礼した。|強者≪つわもの≫の気配に思わず体が反応してしまったようだ」

「こっちこそ悪い。邪魔したか?」

「いや、少し夜風に当たっていただけだ。気にすることはない。しかしその気配、すさまじいな」

「そりゃあんたもだろ」


 タケルが警戒を覚えるほどの相手ということだ。その時点でエクストラ・モンスターに近い、下手をすればそれ以上の存在であることは確定している。

 そんな相手が国内に溢れているはずもなく、であれば彼がどんな人物なのかというのも想像がつく。


「あんた、もしかして八竜騎士か?」

「知っていたのか?」


 八竜騎士。それは国王に使える八人の王国最強の騎士のこと。

 そしてモズドワルドが話していた、大臣側に付いた存在。タケルが戦うべき相手だ。


「気配で強さはなんとなくわかる。このレベルの相手がぽろぽろいてたまるかよ」

「それはそうだ。だが、その感想は丸々私にも当てはまるのだがね。王国最強と言われる八竜と同等の力を感じさせる君は一体何者だ?」


 どう答えるか。

 ここで戦ってしまうのも手だ。相手は一人、こちらも一人。であるならば、相手の集まっている王都で戦うよりも有利な状態で戦闘に持ち込める。

 だが、手元に得物がないのが辛い。相手も持っていないようだが、どんな隠し技があるか分かったものではない。


「そうだな、傭兵――かな」

「傭兵……」


 そう答えると、男は何やら考え込む。そしてふと口にした言葉は、意外なものだった。


「もしかして君は、イズモの傭兵か?」

「知ってんのか?」

「私の|今≪・≫の仲間に君と同じ衣装を身にまとった傭兵がいる。彼も八竜と同等、いやそれ以上の力を持っていてね。私としても、彼の力には驚いていたんだ。だが、伝説の国イズモの出身と聞いて、納得するものもあった。そんな彼と衣装や髪色の同じ君が、イズモと無関係とは思えなくてね」

「なるほどな。確かに俺はイズモの傭兵だ」


 その情報は聞けて良かったのか、それとも聞きたくなかった情報か。

 男は今の仲間といった。つまりそれは、大臣の手の者ということ。そのカードの一枚にイズモの傭兵がいるというのは、最悪に近い状況だ。

 だが、大臣が強引な手に出ることができた理由もうなずける。

 タケル以外にイズモから西の海に旅立ったというものはいなかった。ならばその傭兵は、東の海に旅だち、世界を回ってこの地までたどり着いたということだ。

 それほどの間修行に明け暮れたものの強さは一体どれほどのものか。


「体が震えているぞ? 冷えすぎたのではないか?」


 言われてタケルは、自分の体が震えていることに気付いた。


「そうだな、そろそろ中に入るとするよ」

「よい夢を」

「そっちもな」


 男と別れ部屋の中へ戻る。

 体の震えはまだ止まらない。もともと、夜風で震えるような軟弱な体でもない。

 この震えは――

 実のところ、八竜との戦いもただの消化試合だと思っていた。だが、相手がイズモの傭兵ならば話は別である。


「楽しみだ」


 エクストラ・モンスターなど目ではない。神威を纏う者同士の戦いは、町一つを容易く吹き飛ばすこともあると言われている。

 故に、イズモでは神威を纏った戦いは禁忌中の禁忌だった。

 だがこの土地でならば――戦場でならば――


「修行には持って来いじゃねぇか」


 笑みを浮かべたタケルの瞳には、危険な光が宿っていた。

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