2-4 秘密の作戦会議
人が寝静まった深夜、タケルは一人宿を出て奴隷区へと訪れていた。
奴隷区の門番にはすでに話が通っているらしく、現れたタケルを見るとすぐに手形を渡してくれた。
そして館へと訪れる。
昼の剣呑な様子とは違い、今回はスムーズに館の中へと案内される。そして通された部屋にはすでにシルビアが待機していた。さらに驚いたことに、その隣には領主モズドワルドの姿もあった。
「お揃いとは驚いた――驚きました」
相手は領主。リュネの護衛としてリュネに対しては砕けた対応を主から許されているが、別の貴族に対するなら別である。
慌てて言い直すと、モズドワルドは顔を崩す。
「ふむ、君に敬語を使われるのはいささか違和感があるな。姫様ともため口で話しているのを聞いてしまったから」
「そうですね。何と言うか、アンバランスな感じがしますわ」
「姫様からは許可をいただいていますので」
「では私も許可を出そう。どうやら君も、ただの護衛というわけではないようだしね。シルビアもそれでいいかい?」
「もちろん」
「そりゃありがたい」
口調を戻すとモズドワルドもシルビアもどこか納得したような表情になる。
道場で修行していたため、師匠や目上の人に対する対応は一通りちゃんとできるのだ。どこか腑に落ちない気持ちを抱きながらも、心のどこかでこっちの方が楽でいいやとも思っている自分がいることにタケルも苦笑が漏れた。
「んじゃまあ早速本題なんだが、とりあえず姫さんから手紙を預かってる」
最初は連れてくることも考えたが、リュネを外に出すとどうしても護衛などで目立ってしまう。貧民街などに宰相の密偵が隠れていた場合、シルビアの隠れ先を露見させる危険性もあったため、リュネとニーナは宿で待機ということになった。
「拝見しよう」
モズドワルドが手紙を読んでいく。
内容は自分たちの現状と宰相の能力、そしてこれからどう行動するつもりかというものを簡潔に記したものだ。
基本的に現状の確認とでも思えばいいだろう。
それを読み終えたモズドワルドは顎に手を当てて小さく唸った。
「予想はしていたが、やはりそうか。王族の方々はすでに押さえられていると」
「あんたらは宰相に反抗するつもりってことでいいんだよな?」
「うむ、宰相のやり方はあまりにも受け入れがたいものだ。王族の方々の地位は確かにそのままだが、操り人形のような状態を一家臣として許せるはずはない」
「んじゃ、基本は確認したところで具体的な行動案だ」
護衛と称した宰相の討伐部隊を送ることは決定している。
後決めるべきは、何時、どれだけ、どのように、どのルートで送るかだ。
その為にはお互いの戦力を把握しておく必要がある。
「とりあえずこっちの戦力は俺だけだ。まあ、一軍程度よりはよっぽど強い戦力だけどな」
「君がエクストラ・モンスターを討伐したことは当然知っているよ。だが、わが国の軍にだって単騎で討伐可能な戦士はいる。彼らが動いていないことを考えると、すでに宰相の手に落ちていると考えていいだろう。全員が出てくることになれば、君でも対処は難しいはずだ」
「まあ確かにエクストラ・モンスターっつっても初戦はただの魔物だ。斬りゃ殺せる。その程度じゃ自慢にもなんねぇか。その単騎で戦える連中ってのは具体的に何人ぐらいいるんだ?」
「直属軍には四人、地方の領主軍に三人確認されている」
地方の兵士まで洗脳されているとは考えにくい。だが最低でも四人はエクストラ・モンスター級の兵士がいるということになる。
「ちなみに領主様の軍には?」
「残念ながらおらんよ。そのおかげで、今まで放っておかれたという可能性もあるがね」
「なるほどな。ならそいつらは俺が押さえないといけないわけか」
「できるかね」
「やるしかねぇだろ。飯の時の話じゃ、地方にも手が伸び始めてるって話だし」
あまり時間の余裕はない。できることならば、領主軍のその三人を味方につけるべきなのだろうが、その間にも他の領主や大臣たちが洗脳されてしまう可能性も高い。
今ある戦力だけで王都へと攻め込むしかないのだ。
「相手を油断させ、奇襲をかけるのが一番だろうな」
「姫さんの護送を理由に内部に入り込むのか?」
「それも考えたが、姫様に危害が及ぶようなことは極力避けたい。そこでだ」
「私が姫様の影武者となります」
幸いなことにシルビアとリュネの背丈は非常に近しいものだ。
それを利用してシルビアをリュネの影武者として捕縛したことを宰相に伝え、護衛の軍と共に王都へと入る。それがモズドワルドの考えた作戦だった。
「悪くない作戦だな。その間リュネたちはどうする?」
「護衛のいない状態でここでお待ちいただくのも危険だろう。軍の最後尾で私と行動を共にすることを考えているが」
「まあ、それしかないな。んで、領主軍の規模はどんなもんになりそうなんだ?」
「かき集めて七百が限界だろうな。あまり多ければ宰相も疑うだろうし、かといって少なくても意味がない」
護衛の兵が七百。それでも多少過剰だろうが、第一王女の護衛ということも考えればそこまでおかしな数と言うほどでもない微妙なところだ。
だが、戦力として数えるならば、明らかに足りない。
王都の軍と正面から戦うわけではないが、それでも戦う場所を選ばなければあっという間に全滅させられてしまうだろう。
「王都内で仕掛けるのか?」
「何か所か戦えそうな場所はある。学園、兵舎、穀物庫などだな。立てこもりながら君の活躍を待つという形になるが」
「兵士を引き付けてくれるだけありがたい。姫さんからは、あんまり軍の兵士も殺さないで欲しいなんて無茶ぶりされてるからな」
「立てこもりならば被害も少ないか。だが失敗すれば全滅だな」
「そりゃ失敗すりゃどんな作戦立てたって全滅だ。気にするほどのことじゃねぇよ」
「違いない」
その後、タケルたちは移動ルートの確認や、装備など、夜が明ける直前まで話し合いを続け、大方の予定を決めることができた。
作戦全体の印象としては「かなり無茶なもの」というのが真っ先に来るだろう。王都の軍に対して、一領主が限られた数の兵士で喧嘩を売るのだから当然だ。
だが、それを覆すために考えられた作戦は、なんとか形として完成した。
「ここまできっちり詰められたのはありがたい。これならば賭けをするだけの価値があるというものだ」
「博都の長らしい発言だな。ああ、そうだ。コイツをそっちに渡しとくぜ。色々と入用になるだろ」
タケルは袖から三つの魔石を取り出す。それは森で回収したエクストラ・モンスターの魔石だ。
「これは――倒したエクストラ・モンスターは一体だけだと聞いていたが」
「森で見つけたのは全部で五匹。四匹はその場で仕留められたんだが、一匹だけ逃げられてな。それが町に現れたやつだ」
「そうだったのか……」
「この魔石がありゃ、少しは装備面で無茶もできるだろ」
「うむ。それにうるさい貴族たちを黙らせることもできる。ありがたい」
「一蓮托生だ。できる協力はなんだってしてやるぜ」
「では早速で悪いのだが、頼みたいことがあるのだが」
「あん?」
領主から持ち掛けられた相談は、少々意外なものであった。
◇
「それで、準備が整うまでにこの手紙を渡してきて欲しいってわけね」
「ああ。兵士の準備に最低でも三日は掛かる。俺の脚なら一日でも帰ってこれる距離だからな」
モズドワルドの頼みというのは、手紙を古くからの友人であり隣り合うイオネスコ領の領主であるティルミディア・フォン・イオネスコに渡して欲しいというものだった。
イオネスコ領はここレンディエラの首都から馬車で二日の距離にあり、鉱山収入で潤っている領でもある。
賭博と穀倉地帯のレンディエラ、鉱山と木材資源のイオネスコは互いに支えあう領として先祖から長く続く付き合いだった。
そんなイオネスコ領主に、今回の事態を伝え死ぬ覚悟で挑むことを伝えたいということだった。
言ってしまえば遺書、遺言書の類である。
「流石にダメとは言えないわね。けどその間の私たちの護衛はどうするのよ?」
「シルビアと一緒に隠れていて欲しいってさ。領主の館から地下に続く階段がある。それを使って奴隷区の館に入ることができる」
「そんな道を作ってたわけね。まあ、避難経路として崖を利用するのは常套手段かしら」
シルビアの話していた崖上に直通で上がれる階段というのは本当のことだった。
確認のために帰ってくるときに使わせてもらったが、螺旋階段が崖の上まで中を掘りぬいて作られており、領主館の地下につながっているのだ。
「この後馬車が迎えに来るはずだ」
「分かったわ。タケルはすぐに出るの?」
「いや、さすがに眠いしひと眠りするわ」
昼頃に出発しても、タケルが全力を出せば夕方までには到着する。それから手紙を渡して戻ってきても、明日の早朝には帰って来られるだろう。
「分かったわ。じゃあ頼んだわよ」
「任せろ。んじゃ、お休み」
タケルは自分用にあてがわれた寝室へと入り、そのままベッドへとダイブするのだった。




