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2-3 バイリンガルのディナータイム

「助けてってことは、何かに脅かされてるわけだ。まあ、今の兵士たちの反応からすりゃあ、間違いなく宰相が原因なんだろうけどよ」


 改めて話し合うため、タケルは奥の部屋へと通された。

 警戒のためか周囲を兵士たちに囲まれた状態のまま、タケルは話を切り出す。


「そうです。タケル様は宰相の力のことはご存知でしょうか?」

「洗脳のことか?」

「やはりご存知でしたか。では姫様も」

「当然知ってる。つかあいつはそれに気づいて王都から逃げたわけだからな。領主様は洗脳されちまってんのか?」

「いえ、最近周囲の貴族たちの動きがおかしいことに気付き、宰相との接触は避けていましたので」

「随分と動きが良いな」


 博都を保有するレンディエラ領の領主ともなれば相応の地位にいる人物だ。当然上の人間との接触も多くなるはずである。国の収入の中でも大きな部分となる博都を押さえるために、王族の次に接触をしてきてもおかしくない立場だ。

 タケルには大臣がそれを放っておくとも思えなかった。にも拘わらず接触を避け、洗脳を逃れているという事実が驚くべき事実である。


「レンディエラ領は多くの金が動きます。その分だけ人も集まる。同時に情報の集まる場所であるという意味でもあります。それゆえにいち早く陛下の変化を知ることができました。僅かな変化でしたが、これまで公平平等な判断をされていた陛下が少しずつその指示に偏りを持たせ始めていましたので」

「なるほどな。んで、助けてほしいって言うのはどういうことだ? うちの姫様こそ、助けを求めてる立場だと思うんだが」


 味方は二人、追手は軍。そんな中で王国を取り戻そうとするリュネこそ助けが欲しい立場なのは間違いない。ここにやってきたのも、その一つのはずだ。

 だが実際に来てみれば向こうから助けを求められる始末。しかし実際に会って見た領主の様子からは助けが必要な様子も窺えなかった。


「宰相は以前から面会を求めるように、幾度となく使者を送ってきていました。しかし父がそれを断り続けていると、さすがに向こうも気づいたのでしょう。強引な手段を取り始めたのです。最初は税収の増加や派遣兵の増加を要求してくるなどでしたが、博都の余剰財貨のおかげでそれは問題なく乗り切ることができたんです。ですが財で攻めることが難しいとわかると今度は私たちに人質を出すように要求して来ました」

「それがあんたってことか?」

「はい、名目は王都の学園への編入。優秀な人材を優秀な学び舎で学ばせるためと言っていますが、実質は人質にするつもりなのでしょう。それも拒否すると、今度は強硬手段を取り始めたのです。宰相の使者に紛れ込ませた兵を使い、私たちを拉致しようとしてきました」

「それがあんたがここにいる理由か」

「はい」


 屋敷にいれば、忍び込んだ兵士たちによって拉致されかねない。多少の無理をしても、攫って洗脳さえしてしまえば自分の望みで宰相の元に来たと言わせてしまえる。

 だから一般人が近づかず、入るのにも管理棟を超えなければならず、信頼できる兵士に周囲を固めたここに隠れていたと。

 理由を聞いてしまえば、納得のできる話であった。

 だが話はそれだけでは終わらなかった。


「ですが少し前に来た使者が違う要求をしてきました」

「違う要求?」

「第一王女ロンネフェルト姫を発見し王都まで連れてくるのならば、私を人質にすることは大目に見ると」


 それを聞いた瞬間、タケルは内心で舌打ちした。

 そして周囲の兵士たちの様子を素早く窺う。

 兵士たちに動きはない。だが警戒が解けた様子もない。

 こちらを確保するつもりはないのか、それとも自分という護衛をここに引き付けた状態でリュネに対して行動を起こすのか。

 どちらにしても、ここで長々と話しを聞いていられる状態ではなくなった。


「戻らせてもらうぞ」

「待ってください! まだ姫様は大丈夫です! 父はまだ決断出来ていません!」


 ソファーから立ち上がろうとすると、シルビアが慌ててタケルを止める。


「それを信じるだけの判断材料がない。こっちは一応護衛のために雇われてんだ。その情報を話されて、ここで話をつづけることはできない。話を続けるなら、姫さんの安全を確認してからだ」

「……わかりました。ここの屋敷には博都へ直接行ける道があります。それを使えば半分以下の時間で上まで戻れるかと」

「悪いがその提案も却下だ」


 その道に罠が仕掛けられている可能性もあるし、そもそもそんな道が存在しない可能性もある。

 実力で勝てない相手をどこかに閉じ込めるのはよくある手段だ。


「姫さんが無事なら夜にまた来る。話はその時だ」

「分かりました。お待ちしています」


 タケルは部屋を飛び出し来た道を全力で駆け抜ける。

 管理棟の兵士に走り抜けざま声をかけ、貧民街を通り過ぎ、階段を三段飛ばしで上っていく。

 そして坂道を駆けあがり、用意された宿へと飛び込んだ。

 ノックもせずに部屋の扉を開ければ、驚いた様子で振り返るニーナの姿。

 ニーナは息を乱してるタケルの姿にも驚きながら何事かと尋ねてくる。


「ど、どうしたんですか!? まさか私がこっそりとケーキを食べていたことに気付いて!?」

「んなことはどうでもいいわ! ロリっ子は!?」

「まだ寝てますけど」

「そうか……」


 とりあえず襲撃のようなものが無かったと知ってホッと胸をなでおろす。

 乱れた息を整えながら、ベッドルームへと入ると騒がしさに目を覚ましたのか、リュネが布団から起き上がってきていた。


「騒がしいわよ。静かにお昼寝もできないじゃない」

「とりあえずお前がのんきに眠りこけていてくれたことに感謝するよ」

「あん!? バカにしてるの!?」

「そうじゃねぇ。この町――つか領主家族、なかなか面白いことになってんぜ」


 タケルはニーナのいる談話室へと移動すると、そこで先ほど知ったばかりの情報をリュネ達に伝えていくのであった。


   ◇


 日は沈み、迎えの馬車が宿の前へとやってくる。

 リュネたちはそれに乗り込み領主の館へと向かった。

 昼の間にタケルから聞いた話は、リュネ達に今後の行動をどうするかと悩ませた。

 もし領主がリュネの捕縛に動くのであれば敵対するしかないし、協力できるのならば心強い味方となるだろう。

 それを決定づけるためにも、今からの会食は大切な場となる。


「本日はお招きいただきありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそわざわざご足労いただきまして」


 館の前で簡単な挨拶をかわし中へと入る。

 食堂にはすでにテーブルがセットされ、全員分の食器が並んでいる。

 タケルが周囲の気配を伺うと、壁や天井の裏に数人の気配を感じた。だが、狙っているような雰囲気はない。王女が来ているから護衛を増やしていると言われれば確かにそうだと思える数だ。

 表だって警備している兵士たちもそこまで多いとは思えない。四隅に一人ずつと扉の前に二人。

 おかしな動きもみられない。領主の様子も動揺や何かを隠している様子は窺えなかった。

 リュネの背後に控えていたタケルは、そのことをひっそりと伝えておく。隠れているものがいる以上宰相の手先を考えないわけにはいかない。

 会話は裏を探りながらのものになるだろうとリュネは覚悟を決めた。


「今夜は我が家のシェフが腕によりをかけて作っております。王宮のシェフには劣るかもしれませんが、お楽しみいただければ幸いです」

「レンディエラ侯爵の館のシェフは王宮のシェフにも負けないと噂は聞こえてきていますわ。楽しみにしていましたの」

「そのような嬉しい噂があったとは。それを聞けばきっと我が家のシェフも一層奮起するでしょうな」


 領主はわざとらしく驚きながらも、嬉しそうな表情を隠そうとはしない。

 そして領主とタケルたちがテーブルに着くとサーブが始まった。

 それを見てリュネが首を傾げる。


「あら、侯爵のご家族の方は? 確か娘さんがいらっしゃったと記憶していたのだけれど」


 領主の妻は数年前に病気で他界しているのは有名な事実だった。

 だが同時に、妻に似て美しい娘がいるというのも社交界の間では常識になっていた。

 タケルから話を聞く前の時点でリュネも当然そのことは知っている。聞く前と聞いた後で違いがあるとすれば、娘が簡単に出られる状態ではないということも知っているということであろう。

 リュネはそれを知りながらもあえて揺さぶりをかける。


「申し訳ないのですが、娘は今体調があまり良くないようでして。妻のこともありまして、無理はさせないようにしているのですよ」

「そうだったのね。無粋なことを聞いてしまったわ。ごめんなさい。早く元気になるといいわね」

「ありがとうございます。」


 妻の病死と関連付けて表には出さないようにする。上手い言い訳だ。

 そしてディナーはつつがなく進んでいく。

 毒の心配もあったが、ニーナがリュネの料理の毒見を行っているため即効性の毒の心配はない。もし眠剤のような遅効性の毒があったとしても神威によって無効化されているタケルには効かないため、護衛が無力化される心配もない。

 デザートまで食べ終え、リュネ達は食後の紅茶を飲みながらホッと息を吐く。


「さて、じゃあ食事も楽しんだところだし、そろそろ本題に入りましょうか」

「そうですな。姫様の護衛が倒したエクストラ・モンスターの魔石、譲っていただくことはできませんか? あの町の復興資金に使いたいと考えておりますが」

「流石にタダで――というわけにはいかないのよね」

「姫様ならばそのような魔石に執着する必要はないのでは?」


 今のリュネの状況を知らない者であれば、その疑問は当然のもの。だが、宰相からの依頼を聞いている領主が言うならば、明らかな揺さぶりとなる。


「そう言うわけにもいかないのよね。私のお小遣いも無限じゃないもの。これを売ればまとまったお金が手に入るし、それを元手にここの博都で増やすっていうのも面白いと思わない?」


 領主であれば、当然リュネの今日の動向は追っている。博都ですっからかんになったことも当然知っているはずだ。

 資金全てが手に入るわけではない。だが、博都でリュネが魔石分の全額を擦れば、三割が領主の懐へと入ってくる計算になる。

 つまりは、暗に通常の魔石の売却額の七割で売ってやると言う意味だ。

 だがそれには当然三割分を補てんするだけの条件がある。

 領主はその三割が何かを考える。


「そうですか。残念ですが致し方ありませんね」


 どちらともとれる言葉にタケルたちは警戒を強めた。


「確か最近、王都での魔石需要が上がっているそうでして。売却を行うならば王都で行うのが良いと思いますよ。ですが護衛が一人では旅も不安でしょう。よろしければ我が家から護衛の兵をお貸しすることもできますがいかがですかな?」

「あら、いいの?」

「もちろん」


 裏に隠された派兵の意味をリュネは判断しかねていた。

 暗に兵で逃げられ得ないようにしつつ王都まで連れて行く算段か、それとも宰相に対する兵として送るつもりなのか。

 リュネはちらりと視線をタケルに向ける。

 こういう時に判断材料になるのが護衛の実力。前者に転んだ場合王都から兵を蹴散らし再び安全域まで脱出することが可能かどうか。

 エクストラ・モンスターを倒すだけの実力を持つタケルならば、単身で逃げることは可能だろう。だがリュネとニーナの二人の安全を確保しながらとなると話は変わってくる。

 港から逃げたときは不意打ちのうえに一部隊だけだったからどうとでもなったが、軍が本腰を入れればどうなるか分からない。

 リュネが悩むそぶりを見せると、領主が言葉を続ける。


「少し前までは王都も騒がしかったですが、最近は落ち着いてきましたからな。その分地方が少々騒がしくなっているようで」


 それは王都内の掌握が済み始めているという暗示。その分地方に手を伸ばし始めているということだ。時間がない。そう告げていた。


「あらそうなの? 大変ね。何か対策しているのかしら?」

「賊の思い通りにさせるつもりはありませんよ。タイミングを見て大きく動きたいと考えております」

「なるほどね、領主が大きく動けば流れが変わるか」


 その流れを作るのが誰なのかということだ。

 そしてリュネは領主を信じることにした。


「分かったわ。確かに賊のことはちょっと不安だし、兵を借りられるかしら?」

「もちろんですとも。また夜にでも護衛の者どうしで打ち合わせさせましょう」


 また夜に。それはタケルが言った言葉だ。

 娘から話が通っていたことが分かり、自分の判断は正しかったとリュネは内心で息を吐く。


「ええ、タケルよろしくね」

「了解」


 そしてディナータイムが終わりを告げ、リュネ達は宿へと戻るのだった。

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