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1-16 博都へ

 翌朝、タケルは一人森の中を走っていた。

 木々の間を抜け、折れた幹を飛び越える。ゲイル・イーターによって荒れ果てた森を抜けた先にあったのは、魔物たちの死体だ。

 討伐から一日経って、多少森の獣に荒らされた後があるものの、求めているものは無事だった。

 刀で肉を切り取り、体内に残ったままの魔石を取り出す。

 全部で四つのエクストラ・モンスターの魔石は、十分すぎるほどの財産だ。辺境であれば頑丈な砦が、王都の貴族区画でも余裕で屋敷が立つレベルである。

 そんな魔石をお手玉しながらタケルはついでにと周囲の魔物の様子を探ることにした。


「ゴブリンの気配が消えたな」


 一昨日まで森をあるけばゴブリンの群れに遭遇するような状態だった森に静けさが戻っていた。

 ゲイル・イーターの出現でどこかに逃げたのか、それとも五羽ものゲイル・イーターに食べつくされてしまったのか――

 どちらにしても、この町でのゴブリンの大量発生は一段落したと考えていいだろう。

 問題があるとすれば、仮にゴブリンが逃げていた場合だ。またどこかの森や崖に潜み繁殖すると、今度は別の町で大量発生することになる。

 魔石の回収ついでにそのあたりを調べておいて欲しいとリュネから頼まれていたタケルは、神威を漲らせ森の中を駆け抜けていく。


「ここまで静かになると不気味なもんだな」


 探せど探せど生き物の気配がない。

 大量発生後の森はこんな風になってしまうのかと思いつつ森を進んでいくと、ふと自分の感覚にわずかな気配を感じた。


「この感じ、ゴブリンじゃねぇな」


 だが今森の中にゴブリン以外の存在がいる。そのことを不思議に思いタケルは足を気配の方向へと向ける。

 微かだった気配へと近づくと、よりはっきりとその場所が分かった。

 それは茂みの中にあった小さな窪み。その窪みの先にこぶし大の小さな穴があった。


「ここか?」


 リスかなにかの穴だろう。茂みの中だったからゴブリンたちにも気づかれず、こそこそと生き抜くことが出来たのかもしれない。

 ただ、さほど気にするものでもなかったかと再び探索に戻ろうとしたとき、その穴から顔を覗かせるものがあった。


「きゅっ!?」

「んあ?」


 視線がぶつかり、お互いの動きが停止した。

 それは額に青い宝石の付いたリスのような顔の動物だった。

 その特徴に覚えがある。


「たしかカーバンクルっつったか」


 手を伸ばすと、指先を噛まれた。そしてカーバンクルはすぐに穴の奥へと隠れてしまう。

 警戒心が強いからこそ、茂みの下に穴を作り隠れ潜むことが出来たということだろう。

 こういう動物が少しずつ戻ってくるのなら、意外と森の復活もはやかもしれない。

 そう思いながら、タケルは町へと戻るべく、地面を蹴るのだった。


   ◇

 タケルが宿へと戻ると、待っていましたと言わんばかりにテーブルに朝食が並んでいた。

 そこで森の様子を伝え、とりあえずは大丈夫そうだと伝えておく。するとリュネはうんうんと満足そうに頷いた。


「やっぱりタケルをここに連れてきたのは正解だったみたいね」

「エクストラ・モンスターでだいぶ被害が出たみたいだけど?」

「タケルがいなくてもいずれ発生していた可能性が高かったし、そうなったらもっと被害は出たと思うもの。残念だとは思うけど、後悔はしてないわよ」

「そうか」


 そして三人で朝食を終え、食後の紅茶を楽しんでいるとき、部屋の扉がノックされた。

 ニーナが対応すると、やってきたのは伝令役の兵士だった。兵士はリュネの前で跪くと伝令の内容を伝える。その内容にリュネは目を丸くした。


「え、代官が来ちゃったの?」

「はい。安全が確認されるまで領主が動くのは危険と判断されたそうで」


 その内容は、リュネ達が想定していたものとは少し違うものだった。

 リュネは当初、すぐさまにでも魔石を欲して領主自らが飛んでくるだろうと考えていたのだが、領主は身の安全を優先し代官を走らせたのだ。

 どちらも貴族であるのならば考えられることなのだが、リュネのとりあえず動くという思考が後者の可能性を忘れさせていたのだ。


「はぁ……その考え方もあるにはあるけど、こういう時に責任者が陣頭指揮取らなくてどうするのよ……」


 小さく愚痴るも状況が変わるわけではない。伝令兵も困った様子で尋ねる。


「いかがしますか? 姫様のお立場であれば、領主自らが足を運ぶものですが」


 王族という立場を考えれば、代官を追い返し、交渉がしたければ自分が直接来いと言うことも可能だろう。

 だがリュネはその提案をすぐに却下する。


「私たちもあまりゆっくりはしていられないのよね。領主はレンディエラの町にはいるのよね?」

「はい。そのように伺っております」

「なら私たちがそっちに行きましょう。代官には私の存在を教えていいから、そのように伝えてちょうだい。きっと大慌てでレンディエラに戻ると思うから」

「承知しました」


 伝令兵が一礼して部屋から出ていく。それを見送りリュネはロンネフェルトの紅茶の香りを楽しむ。


「レンディエラ、この近くなのか?」


 国の地理に関して全く知らないタケルは首を傾げる。


「レンディエラは早馬なら一日の距離ですね。普通に馬車で移動するなら三日というところでしょうか?」

「それぐらいね。あんまり離れている訳じゃないわ」

「なら確かにこっちから行ったほうが早そうだな」

「それにレンディエラには面白いものがあるわよ」

「面白いもの?」

「この国最大規模の賭博場! その名も博都がね!」

「へぇ、そりゃ面白そうだな」


 賭博。それはタケルも好きであった。イズモにいたころにも何度か賭博は遊んでいたし、身内でもゲームなどで小銭を賭けあったこともある。

 大陸の町規模の賭博場と聞いて心躍らないはずがない。

 だがニーナは賭博場と聞いて深いため息を吐いた。


「リュネ様、ほどほどにしてくださいね。また資金が無くなっちゃいますよ」

「どういうことだ?」


 詳しく話を聞いてみると、リュネとニーナは逃亡途中にも博都に寄っており、そこでリュネが負け越しでムキになり、逃亡資金の約七割を失っていた。幸いニーナがちまちまと勝った分で多少は取り返せたが、それでも五割近くを失っていたらしい。


「次は勝つわよ! 前はたまたま調子が悪かっただけなんだから!」


 リュネの言い訳に、ああこれは負けるわけだと納得するタケル。


「それでもだめです! 今の資金はタケルさんが稼いでくれたものなんですから、大切に使わないと」

「だからこそ博都でえ二倍三倍に増やすんでしょ!」

「その考えがすでに破滅的ですよ!」

「まあロリっ子は簡単に騙されそうだしな」


 よく言えば根が素直、悪いく言えば直情的なリュネなど、イズモの賭博場でもいいカモにされていただろうと容易に想像がついた。


「ま、賭博はほどほどに楽しむのが一番だ。賭博場ってのは稼ぐために行くところじゃねぇよ」

「そうですよリュネ様」

「むぅぅ、絶対に見返してあげるんだから! 待ってなさい博都!」


 リュネは残りの紅茶をグッと飲み干し、高らかとティーカップを掲げるのだった。

 完全に賭博場の魅力にはまってしまっているリュネの姿に、ニーナとタケルはあきれたようにため息を吐くのだった。


 そしてさらに一日開け早朝。準備を済ませたタケルたちは、用意された馬車に乗りレンディエラへと出発した。


一章はこれにて終了。次回より二章博都編になります

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