1-14 暗黙の了解
「タケル! 無事だったのか!」
「まあな」
ビオネスたちがタケルの元へと駆け寄る。タケルは二人を床に座らせながら、何でもないように返した。
「賊に襲われたと聞いたが」
「そんな話になってんのか。まあ、表沙汰はそう言うことにしておいた方がいいだろうな。ここで話せるようなことでもないし」
ビオネスがタケルの名を叫んだせいで、ギルドのハンターたちから注目を浴びていた。中には、すでに今朝の襲撃事件の被害者であることに気付いている者たちもいる。
彼らが聞き耳を立てている中で、さすがに王族がらみのどうこうを言うことはできなかった。
「ま、いろいろやって追手を振り切って戻ってきた感じだな。あの鳥を殺さにゃならんし」
「それは助かる。正直俺たちではお手上げ状態だった。ところで二人はどうしたんだ? ぐったりしているようだが、まさか毒か!?」
「いや、酔っただけ」
「うっぷ……気持ち悪いです」
「だ、誰か水、水ちょうだい」
遠慮なしの全速力で走ってきたため、タケルに乗っていた二人は激しい揺れと急速な景色の変化について来れず、酷い馬車酔いのような状態になっていた。
セリュールが水筒を取り出しリュネとニーナに手渡すと、それを飲んで二人は「ほうっ」と息を吐く。
「ありがとうございます。もう二度と、タケルさんには背負われたくありません」
「あんなのお姫様抱っこじゃないわ……ただの拷問よ……」
「こっちはいつ吐かれるかとヒヤヒヤだったけどな」
タケルとしては、背後で「おえっ」とえずかれるたびに心臓が跳ね上がったものだ。
とりあえずは吐かれなかったので良かったが、もし吐かれていればもっと到着は遅れていただろう。
「わ、私だって意地がありますから!」
「そういうこった」
「まあいい。ところでだが」
そう言うとビオネスは声を小さくしてタケルに尋ねて来る。
「あの魔物はお前の影響か?」
「ああ。森に逃げた時にゲイル・イーターが五羽いてな。四羽は殺せたが、一羽だけ取り逃がしちまったんだ」
タケルは町から逃げた後のことを簡単に説明する。
ビオネスはその場面に自分がいたらと想像し、顔を真っ青にしていた。
「ゲイル・イーターが五羽……その時点で本来なら絶望的なんだがな」
それが一羽まで減らせたことを喜ぶべきか、それともそのうちの二体のゲイル・イーターが変異してより凶悪な存在になってしまったことを悲しむべきか。
それでも一羽は狩れたことを喜ぶべきか、それとももう一羽が町にたどり着いてしまったことを嘆くべきか。
せわしなく入れ替わる感情を落ち着かせるように、ビオネスは大きく咳払いをして気持ちを切り替えた。
「とりあえず残りは上の一羽だけなんだな?」
「おう、さっさと片付けちまうぞ。リュネ、ニーナ、お前らはここで待機な。こんだけハンターがいるんだ、いざとなっても何とかできんだろ」
「いざなんてことが無いように、さっさと殺してきなさい! うっ、ぎもじわるい」
「大人しくし座ってろ。ビオネスたちも来るか?」
「あ、ああ。ウェルド、ジーノ、予定通りギルドの方は頼むぞ。セリュール、ついて来い」
「え、ちょっ、ほんとに行くの!? 作戦ぐらいあるんでしょうね!」
話を聞いていたセリュールも、ギルドを出ていこうとするタケルとビオネスに驚き声を上げる。そして慌てて二人を追いかけた。
タケルとビオネスはギルドを出ると人の溢れる大通りを避けてすぐに横道へと入る。そこにセリュールが追い付いてきた。
「ちょっと二人とも、どうするつもりなのよ。攻撃手段もないのに。私の飛翔魔法だってあそこまでは届かないわ。半分も行けたらいいところよ?」
「確かにそうだな。タケルにはなんか考えがあるのか?」
「当たり前だっつの。手段がないなら、あいつに連れて行ってもらえばいいんだよ。とりあえず屋上あがろうぜ」
タケルは神威をみなぎらせ、強化された脚力で一息にギルドの建物の屋上へと昇る。
ビオネスとセリュールは、セリュールの飛翔魔法を使ってタケルの後を追う。
ギルドの建物は外壁周辺の中でもひときわ高い建物だ。そこからならば町全体を一望することが出来た。
「いい見晴らしだ。火の手がなけりゃもっと良かったんだろうけどな」
兵士たちの消火活動により火の勢いこそ弱まっているものの、建物自体はまだしっかりと炎と黒煙を上げていた。
「それで、どうするんだ?」
「あのクソ鳥は俺が叩き落とす。ビオネスには周りに被害が出ないように落ちたあいつを押さえてもらいたいわけよ」
「押さえるのは構わないが、攻撃手段があるのか?」
「だから連れてってもらうんだって。ほれ、昇降機がご到着だ」
ニヤリと笑みを浮かべるタケル。その視線の先には、球体に包まれ叫び声をあげる数人の民間人の姿があった。
「まさかあの上に乗る気か!?」
「正気なの!?」
「おうよ。あとあんた、たしかセリュールだったか」
「な、なによ!?」
思わず強気で暴言を吐いてしまったセリュールは身構える。だが一瞬セリュールへと視線を向けたタケルは上昇していく球体へと視線を戻した。
「確か魔法使いだよな。あの球体を破壊したら、中の連中は十中八九真っ逆さまだ。助けられるか?」
「三人なら大丈夫。受け止めて見せるわ」
「良いね。んじゃそれで頼むわ」
ダンッと屋根を蹴り隣の屋根へ。そうやって一気に町の上を駆け抜け、上昇していく球体へと近づいていく。そして勢いよく踏み切り、球体の上へと飛び乗った。
「おっと、やっぱ足場は悪いな」
「た、助けてくれ!」
「ここから出して!」
「助けが来たのか!?」
囚われていた三人が、口々に助けを求める。
だがタケルはそれを拒否した。
せっかく魔物が自ら自分の近くに運んで行ってくれるのだ。これを逃す手はない。
「もうちょっと待てよ。ちゃんと助けてやっから」
「な、何言ってるんだ! すぐ近くまであの魔物が!」
三人の言葉を完全に無視し、球体はタケルを乗せたまま上昇を続けていく。そしてさらに二倍ほどの高さまで浮き上がった時点でタケルが動いた。
「ここなら」
小さく呟き刀を抜くと、足元目掛けて振り下ろす。
それと同時に球体を蹴り、さらに上へと飛び上がる。
まるでシャボン玉が割れるようにぱちんと球体が破裂し、三人が空中へと放り出された。そのまま悲鳴を上げて落下していくが、その落下は地上に近づくにつれて徐々にその速度を落としていく。セリュールの魔法がちゃんと発動している証拠だ。
それをしり目にタケルは神威を漲らせる。
「神威・纏わせ。ここまでくれば、届くぜ」
左手を突き出し、タケルの神威が意思をくみ取り事象を発生させる。
「捕まえた」
突然首を絞められるような感覚に、ソニック・イーターは悲鳴を上げた。
それはまるで、初めての恐怖を感じた時のような、絶望にも似た甲高い悲鳴だった。
「ま、エクストラ・モンスターなんて呼ばれてりゃ、正面からくる敵なんて、初めてだろうからな!」
そのまま刀を振り下ろし、斬撃を躱そうと体を捩じったソニック・イーターの片翼をバッサリと斬り飛ばす。
ソニック・イーターは錐もみしながら、予定通り町中へと落下していった。
そして巨大な体が建物を押しつぶし、土煙を登らせる。
タケルは自由落下に任せて地面へと向かう。そこではビオネスが、予定通り暴れようとするソニック・イーターに対して果敢に斬りかかっていた。
立ち上がろうとすれば足を斬り、嘴の攻撃をすれすれで躱し、その顔に剣を突き立て、羽の刃を刀身で防ぐ。
グランバスターの能力をいかんなく発揮し、その体に少しずつ深手を負わせていく。
「うぉぉぉおおおおおおお!!!!」
周辺のガレキごと纏めて吹き飛ばし、ソニック・イーターの胴体に深い斬撃をお見舞いすると、噴き出した血がビオネスの体を真っ赤に染める。
それでも止まることなく、ビオネスはただひたすらにグランバスターを振り続けた。
そして――
「おっさん、いつまで切り刻むつもりだ? ミンチでも作るのか?」
「な、あ――俺は……」
タケルが地面へとたどり着くころには、ソニック・イーターの息の根は止められていた。
もともと空を飛ぶことが厄介だった相手。地面へと落ちてまともな攻撃手段を奪われてしまえば、ベテランハンターたちの脅威と呼べるほどの強さは持っていなかった。
おびただしい量の裂傷から血を流し、一面を赤く染めるソニック・イーターの死体に、ビオネスは我に返ったかのように剣を降ろした。
「俺がやれた……のか?」
「ま、そう言うことだろうな。羽を斬ったのは俺だが、トドメはおっさんのもんだ。魔石はどうする? 権利はあんたにあるぜ」
魔物の魔石はトドメを刺した者が手に入れる。明文化こそされていないが、ハンターたちの間では暗黙の了解である。だからこそ、トドメだけを掻っ攫おうとする奴は嫌われるが。
ビオネスはグランバスターを元に戻し、背負い直す。そして首を横に振った。
「タケルが持っていけ。とてもじゃないが、俺が殺したなんて言えん」
空を飛んでいたゲイル・イーターに対して、ビオネスには有効な攻撃手段がなかった。
ただ指をくわえてみていることしかできなかった存在を、地面へと叩き落したタケルこそこの魔物の魔石を手に入れるに相応しい活躍をしたと誰もが思うだろう。
「あいよ。んじゃ遠慮なく」
タケルは躊躇することなくソニック・イーターの死体を切り裂き、その中から魔石を取り出す。
そのサイズはこぶし大。紛れもなく最上級のものだ。
「ほんとにいいのか? このサイズだぜ?」
タケルはそれを見せびらかすようにビオネスへと向ける。
ビオネスは一度嫌そうに眉をしかめると、首を横に振った。
「それを見ちまうとぐらっと来るな。けどいいさ。それを受け取っちまったら、俺はベテランとしての矜持を失う。それにそのサイズだと面倒ごとも連れてきそうだしな」
「違いない」
これだけ派手に町を破壊し、民間人にも被害を出したのだ。損失額を計算すれば、かなり大きな数字となるだろう。それを補てんできるだけの価値がソニック・イーターの魔石にはある。
この町の領主が出張って来ないはずがない。それに対処できる存在としてやり玉にあがるのはただ一人だった。
「面倒ごとは上の連中で解決してもらうさ。俺たちはパーッと飲みにでも行こうぜ」
「良いな。もちろん奢りだろ?」
「仕方がねぇなぁ」
「二人とも! 無事なの!」
空から声が掛けられた。そちらを見れば、セリュールが魔法でふわふわと飛びながらタケルたちのもとへとやってくる。
「こっちは片付いた。怪我もない。ギルドに報告に戻ろう」
「そう、良かったわ。けどビオネス、あなた酷い臭いよ。ギルドに行く前に、せめて血は流してきなさい」
「むっ、それもそうか。ではタケルとセリュールは先にギルドへ。魔石はタケルが持っている」
「分かったわ。じゃあまた後でね。タケル、行きましょ。きっとリュネちゃんたちも心配して待ってるわ」
「心配してるかは疑問だけどな。ギルドに行ったら、遅いとか怒られそうだ」
「流石にないわよ」
タケルの言葉を冗談と受け取ったのか、セリュールは苦笑して歩き出す。
タケルは肩をすくめると、その後を追って歩き出すのだった。




