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1-13 そのころ町では

 いつもは静かなはずの町は、早朝から喧騒にまみれていた。

 兵士たちが町中をせわしなく走り回り、宿では冒険者たちが戸惑いの声を上げている。

 その中には当然、ビオネスたちの姿もあった。


「どうなってるんだろう」

「流石に情報が足りん。タケルたちが賊に襲撃されたという話だが――」

「三人とも大丈夫かしら」

「タケルがいれば万が一もないだろう。あいつは俺よりも強いからな」


 不安そうなセリュールの様子に、ビオネスはリーダーとして毅然と振舞う。

 宿の客に対して行われた簡易の説明では、夜更けに何者かが一等客室に対して襲撃を掛けたというものだった。

 すでに町の兵士たちが宿の周囲を囲っており、スタッフ立ち合いの下、襲撃のあった客室の検証を行っている。


「だが少しおかしな点も多い。いつでも動けるようにしておいた方がいいかもしれないな」


 気になる点はいくつかある。そもそも、賊の襲撃であればタケルがわざわざ二人を連れて逃げるとは思えない。タケルの実力ならば二人に手を出されることなく全滅させることなど容易いだろう。

 それに加えて、賊ならば目的は物取りのはずである。だが賊たちは何も取らずに、逃げたタケルたちを追いかけそのまま宿から出て行ってしまっている。

 まるで最初からタケルたちを目的にしたような動きだ。リュネやニーナの仕草から、彼女たちがある程度高貴な身分であることは誰でも分かるが、高級宿や町の兵士を相手にしてまで襲う必要があるだろうか?

 むしろ、町中を避けて移動中を狙うのが定石だ。

 さらに兵士たちの動きも気になる。情報では賊はタケルたちを追いかけた後、町から逃げたタケルたちに対して攻撃魔法を放っている。

 本来町中で攻撃魔法を使うことは重罪だ。特に炎系の魔法は町一つを燃やしてしまう可能性もあり、死刑が宣告されることすらある。

 そんな危険な行為をした賊たちに対して、兵士たちの動きが緩すぎる。賊たちはタケルたちを追って森の中へと消えたと言われているが、それを追跡している様子がない。むしろ、今回の騒動の鎮圧に全力を出しているような様子だ。

 となると、一つの線が見えてくる。

 今回の事件が賊などではなく、兵士たちにある程度指揮権を持つ者たちの襲撃だということだ。


「装備が部屋なのよね。武器は持ってきてるけど」


 襲撃に飛び起き、武器だけを持って着の身着のままで飛び出してきている。

 周りにいる客たちも同じような状態だ。さすがにこのまま放置されることもないだろうが、装備は早めに回収しておきたかった。


「ならセリュール、スタッフに頼めるか? こういう時は男より女の方がいいだろう」

「そうね。女を寝間着姿でフロアに放置も問題だろうし」


 セリュール自身としてはハンターとしての生活で今更そんなことどうでもいいのだが、一般の感覚に訴えるというのも大切だ。

 セリュールは一つ頷くと、スススッと人混みの中を移動しスタッフの下へと向かっていった。

 それを見送り、ビオネスはいつのまにか背中に立っていたもう一人の仲間に声を掛ける。


「ウェルド、外の様子はどうだった?」

「民間人に動揺は見られるが、兵士は落ち着いたものだ。とても今朝、戦闘があったとは思えないほどにな」


 ウェルドはビオネスの指示でこっそりと宿から出て、町中の様子を観察していた。

 町中は多少の混乱が見られるものの、概ね元の落ち着きを取り戻し始めている。実質的な被害が無かったのが一番の原因だろうが、兵士たちが落ち着きはらっているのも要因だろう。

 賊を追うために部隊を出したという情報も流れてはいたが、兵士の馬屋にはいつも通り馬たちが繋がれており、後を追った形跡はなかった。


「なるほど、やはり上から何等かの指示が来ているか」

「多少の疑問はあるようだがな。追跡を止められたことに首をかしげている者たちもいた」

「事情を知るのは上のものだけということか。となると、俺たちが迂闊に手を出すのは危険だな」


 ベテランハンターとはいえ、一介の平民に過ぎない。貴族がらみのゴタゴタに巻き込まれれば無事で済むとは言い切れない。

 そんな危ない賭けをするようなものは、ベテランの中にはいないと断言できる。

 今後の行動方針を考えていると、セリュールが戻ってきた。


「最上階には入れないけど、他の部屋は解放してくれるみたいよ。商人からも結構苦情が来てたみたい」

「それは助かるな。とりあえず一度部屋に戻って装備を整えたのち俺の部屋に集まってくれ」

「分かったわ」「了解した」「うむ」


 そこで意見を聞こうと考えていたビオネスだったが、事態はそれを許さないほど急転することとなった。


   ◇


 警鐘が鳴り響く。だがそれが打ち鳴らされたのは、すでに被害が出てからだった。

 突如として襲い掛かってきた衝撃に、町中の窓は壊れ、ガラスが割れる。運悪くガラスの近くにいた者たちは、その破片を全身に浴びて血を流していた。老朽化していた家は衝撃に耐えきれることが出来ず倒壊し、中からは助けを求める声やうめき声が聞こえてくる。

 だがそんな彼らを助ける者はいない。いや、そんな余裕は誰も持っていない。

 何故なら町の上空には、今自分の命を脅かす存在が悠々と旋回しているのだから。


「あれは――ゲイル・イーターなのか?」


 空を見上げ、ビオネスは呟く。


「そんなことよりも救急箱! 早く!」

「す、すまない」


 セリュールの怒声によってビオネスは慌ててカバンの中から救急箱を取り出す。

 セリュールのすぐ側には、自分たちの身代わりになり全てのガラスを浴びたジーノの姿があった。

 装備のおかげで致命傷こそ避けているが、手足や顔には無数のガラス片が突き刺さっていた。

 意識こそしっかりしているが、早く処置しなければいけない状況だ。

 セリュールはジーノを寝かせると、即座に装備を取り払い衣服を破り取る。怪我の箇所を確認し、丁寧に一つずつガラス片を取り除いていく。

 そして取り除いた傷をウェルドがその場から処置していっていた。


「ビオネス、あなたは魔物の様子を確かめて。どんな状況!?」

「町の上を旋回してやがる。あの大きさはゲイル・イーターのようにも思えるが、そんな甘っちょろいもんじゃなさそうだ」


 ゲイル・イーターの接近ならば、警備の兵士が気づかない訳がない。だが、警鐘が鳴らされたのは、衝撃が来た後のこと。つまり、警備に気付かれるよりも早く町にたどり着いたということだ。

 隠密系の能力かとも考えたが、あの巨体に早朝の光。そして多くの人の目を掻い潜り町の頭上まで飛んでくるのはほぼ不可能だ。

 となると、考えられるのは速度。警備の兵が気づくよりも早く町まで飛んできたということになる。それならば最初の衝撃の強さも理解できる。


「ゲイル・イーターの変異種って考えたほうが良さそうだな」

「もしかして昨日話してたタケルの力?」

「そう考えて間違いないだろうな」


 タケルが森へと逃げてからそう時間は経っていない。ならば、森で遭遇したゲイル・イーターが変異したと考えれば筋が通る。

 神威の試練により変異しているとなれば、べリオルゴブリン同様寿命が短い可能性もある。だが、その寿命が尽きるまでにどれだけの被害が出るか。

 逃げているだけでは、確実にこの町は滅ぶだろう。


「兵士たちの様子は?」

「バリスタと大砲で攻撃を始めたな。だが届いていない様子だ。そもそも町に向かって撃つのは危険すぎる」


 両方とも、そもそも外敵、町の外の敵を標的にしたものだ。町の空に向かって撃つものではない。

 だがそんなことを言っていられる状況でもないのか、連続して大砲の音が鳴り響いた。

 球は上空へと飛翔し、変異種に当たることなく山を描いて町中へと落ちていく。

 着弾と共に煙が上がった。そして少しして火の手が上がる。

 丁度朝の時間。多くの家では朝食の準備に火を起こしていただろう。それが砲撃により建物へと燃え広がったのだ。


「ヤバいな。セリュール、ジーノの様子は?」

「処置は済んだわ。けど、万全じゃないわよ」

「動ける。問題ない」


 ジーノは体を起こしてそう言うが、あまり無理をさせられる状況ではない。

 そもそも、盾役のジーノがあの怪鳥相手にどれだけ役に立つかというのも疑問だった。

 降りてきたところを攻撃するにしても、その攻撃が届くのはビオネスのグランバスターかセリュールの魔法ぐらいだろう。となると、ウェルドとジーノに出番はなくなる。


「動けるならとりあえずギルドに行くぞ。何か情報が集まるはずだ」

「分かったわ」


 四人は、手早く準備を済ませ宿を出る。

 通りは逃げる人々でごった返していた。少しでも早く町から出ようと前の人を強引に押して進んでいる。そんなことをすればどうなるか。当然転倒する人も現れ、悲鳴や泣き声がいたるところから聞こえてきていた。

 さらに追い打ちをかけるように、突然人々の中から数人の塊が宙へと浮き上がっていく。


「た、助けてくれ!」

「誰か!」

「何なんだよこれ!」


 まるで球体に包まれてしまったかのように、見えない壁を叩きながら空へと上がっていた数人は、まとめて魔物の餌食となった。

 降り注ぐ血を浴びて、民衆のパニックはさらに加速する。


「こりゃヤバいな」

「魔物からすればいい餌場ね。私たちも他人事じゃないわよ」

「とにかくギルドへ急ごう。幸い、人の波に逆らわなくていいのは助かるな」


 ビオネスたちは人の波に乗って、もみくちゃにされながらもギルドへと向かう。そしていつもの五倍以上の時間をかけてギルドの中へと転がり込んだ。

 そこにはすでに多くのハンターたちが集まっていた。その中の知り合いたちがビオネスたちへと声を掛けてくる。


「無事だったか」

「ジーノが俺たちを庇ってガラスを浴びたがな。あまり無理はさせられん」

「生きてりゃ十分だ。それにあの鳥相手じゃジーノは攻撃手段がないだろ。後方支援ぐらいなら大丈夫なんだろ?」

「おそらくな。あの魔物に何か対策は出てるか?」

「まだ何も。正直お手上げ状態だ。被害ばかり増えてやがる。こりゃハンターへの風当たりが強くなるぞ」


 ベテランならば魔導兵器を持つハンターも多い。だがそれは硬い殻や皮膚に対抗するためのもので、遠距離武器として使える物を持っているものは半分程度しかいない。

 仮にその全員で怪鳥に攻撃をしたとしても、どれほどの意味があるかは首をかしげるばかりだ。

 ビオネスがギルドから具体的な行動方針が出るまでは待つしかないかと考えていると、ギルドの扉からまた一人新たなハンターが現れた。


「いやー、戻ってくるのにけっこう時間かかっちまったな。お、集まってんな」

「なっ、タケル!」

「いい感じに準備出来てんじゃん。んじゃ、最後のソニック・イーター狩りを始めますか」


 リュネを担ぎ、ニーナを背負ったタケルは、堂々とそう言い放ちニヤリと笑みを浮かべるのだった。


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