一章:不信任決議(5)
武田権太郎は、大講堂の最前列でその言葉を聞いて、首を傾げた。
「ただ、待つ……であるか?」
体育会系の代表として、こういう討論会は現地で言葉を聞き、吟味することにしている。いつもは一人であることが多いが、今日は隣に高円円がいる。地竜討伐以来、一緒に行動することが多くなっていた。
高円円もまた首を傾げており、その首の角度が大変可愛いと思う。うなじの細く白い様も――いや、それは関係ない。うむ。
「待っていては、何も変わらない。それは策とは言えんのである」
「ですよねぇ」
同意が返ってきた。
「だって、まだノーヒントなんですから。頑張って地球に帰る方法を探さないと。待ってちゃ、いつまで経っても帰れませんよぉ」
しかし、壇上の平岩金雄は違う意見を持つ、ということらしい。
黒揚羽聖十郎がまた立ち上がって――立ち上がっても小さいが――ヤジを飛ばす。
「この世界から帰ることを目的としないというのかね!? 永住するつもりか!?」
「黒揚羽聖十郎様、不規則言動は――」
「いや、ええで、源議長。すでに三策は提示した。ここからは予定通り、討論の時間や。ゆえに――回答するで、黒揚羽聖十郎」
平岩金雄が右手を挙げて、応じる。
「無論、ウチも帰ることを目的としとる。けどやな。現状、手探り状態で、何をどう調べれば良いかもわからん状態や。つまり、行動しても帰れる根拠がない。であれば、行動しなければ帰れないとする根拠もない――ちゃうか?」
行動しなければ、帰れないとする根拠もない――言葉を吟味して、武田は思った。
それは、詭弁であると。
黒揚羽聖十郎も同様らしい。
「詭弁だな、平岩金雄。引きこもって何もしなければ、何も起こらず、予算を食い潰すだけだ」
「せやろか。可能性の話をするで? 例えば自衛隊が、消えたウチらを捜索するために、世界の壁を越えようとしているとするとしたら、どうする?」
「地球でどういう行動がとられていて、地球の人々に何が可能かは、我々には認識できないことだ。その可能性に賭けることは出来ん」
「ほな、“ウチらの行動”、つまり積極的な調査で解決する可能性は、何パーや? それは“地球の行動”で解決する可能性と、どっちが高い? データあるんか? 信頼できる、根拠のある数字が」
「ない。だが、キミだってないだろう」
「おう、あるわけないやろ。つまり、お互いさまや。どちらの可能性も現状フィフティーフィフティー。イーブンや。そう考えるなら――」
平岩金雄は言う。
「――帰還策を探して、ウチらが行動しようが行動しまいが、実は関係ないねん。地球に帰れる可能性は、何をしようが変わらへん。残酷やけど、それが現状や。やったら、そこにリソースを割くのは愚か者のすること。ある日突然、地震が起きて、気づいたら地球に戻っとる……そういう可能性だってあるわけやからな」
「……希望的観測だと考えるがね、それは」
隣で高円円が「なんだか、生徒会長さん、勢いが弱いですねぇ」と呟いた。武田は頷く。
「うむ。黒揚羽殿は、意外と根拠のない話を嫌うのである。ゆえに、平岩殿の詭弁に対して反論したいが、しかし、調査すれば帰れるわけではない、というのもまた真実。調査による成果が一切ない現状、平岩殿の詭弁を完全に切り捨てることも出来ないのである」
「あー、なるほどぉ。私達が“ある日突然、地震が起きて、気づいたら異世界にいた”わけですから、その逆の可能性を持ち出されたら、否定できないんですねぇ……」
そういうことだろう。
「しかし、ただ待つ、か。……心を揺さぶる甘言では、あるな」
「そうですかぁ? 権太郎君は行動派っぽいですけどぉ」
「我個人はそうである。だが、学園外部の調査は戦闘を挟むのが常である。例の社も、その周囲に大量の魔獣を確認した以上、その調査には過去最大規模の戦闘を要するはず。しかし――」
体育会系の代表として、実感していることがあった。
「魔獣との戦闘は……つまり殺生は、神経をすり減らす。本来、我らはスポーツマンであって、兵士ではないのである。戦わなくてもいい、身を守るだけでいい、と言われれば……そちらに気持ちが傾いてしまうのは、道理であろうな」
それを軟弱と責める気は無い。
“出来るけどやりたくないこと”を強制し続ければ、人間の心は簡単に壊れる。どんなに強固な精神を持つものであっても、だ。
「……さらに言えば、過去最大規模の戦闘を経て社を調査したところで、やはり、帰還に関する情報を得られるとは限らないのである。平岩殿の言を借りれば、フィフティーフィフティーであるな」
「そうですねぇ。どうせだったら行動した方が、と思いがちですけどぉ」
高円は「でも」と呟いた。
「行動することのリスクとコストを考えるならぁ……うーん、どっちがいいんでしょうねぇ……?」
●
まずいな、と聖十郎は思った。
まずい。非常に。
一般的な倫理観を元に考えれば、平岩金雄の案には乗れない。理がないわけではない。理屈は通っている。そこは認めよう。だが、仁がない。それは民主主義の失敗だ。いずれ、大きな破綻を招くことになる。
ゆえに、右手を挙げ、
「源議長。少し、話が込み入ってきたように思う。生徒諸君も噛み砕く時間が必要だと思う。そこで提案したいのだが――」
わずかでいい。時間を作る必要がある。
(生徒諸君は今、多くの情報と数字を与えられ、困難な状況を明確に自覚させられたことで、思考を加熱されている……! 傾かせに来たな、平岩……!)
頭を冷やす時間が、絶対に必要だ。このまま議論を続けてはいけない。
「平岩候補の挙げた政策に対し、実際のデータを元にしたチェックを行いたい。一時間ほど時間をいただきたいが、如何かね」
「それは――」
「逃げるんか? 黒揚羽聖十郎」
印象を下げに来た。ここで時間を置くと、生徒達は“聖十郎が逃げた”と捉えてしまいかねない。ゆえに、
「逃げないために、だ。率直に言って、そちらの政策は、こちらの想定を超えていた。素晴らしいことだ。――ゆえに、チェックなしでは、議論できん」
素直に告げる。逃げるのではない、と。だが、これは、
(このラウンドは、我々の判定負けだな……!)
そう表明することに他ならない。だが、KO負けでないなら、ひとまず構わない。
今回の総選挙は、不信任決議案を提出した新候補の平岩金雄と、現生徒会長である黒揚羽聖十郎との討論会、休憩を挟んで各候補の最終演説、そして決選投票によって成立する。
ならば、討論会を前後半に分け、後半で仕切り直せばいい。平岩の案に対して優勢を取るか、あるいはKOしてから、決選投票に移ることが出来る。生徒会メンバーとの情報共有だって可能だ。
そのための時間を、もぎ取りたい。
平岩金雄は肩をすくめて、
「源議長。どないしますのん」
「提案された政策の内容からしても、冷静になる時間は必要であると考えます。しかし、現在、午後二時を少し回っておりますね。こんな状況では御座いますが、規則通り、開票終了と発表を最終下校時刻の午後七時までとし、投開票に要する時間を三時間とするならば……最終演説の終了時刻は、午後三時半と言ったところで御座いましょうか。ですので、」
源湊が、じっと聖十郎を見た。
「休止を取るのであれば、最初から予定されていた休憩時間とさせていただくしかありません。一時間の休憩を取った後、討論の続きと最終演説を三十分でやっていただくことになりますが、よろしいですか?」
三十分。後半ラウンドと演説を含めて。相手の演説もあるから、使える時間は十五分と言ったところ。普通に考えれば、どう足掻いても足りない。
一拍おいて、聖十郎は自信たっぷりに頷いた。
「構わないとも。任せておきたまえ、諸君! なあに、この黒揚羽聖十郎が、平岩金雄の倫理観を欠いた政策を真正面から打ち破ってみせようじゃないか!」
●
そして、如月院真理愛は、壇上からバックヤードに戻って来た聖十郎を出迎えた。聖十郎は引き攣った笑顔を浮かべている。固められていた七三分けの髪がばらりとほどけて、一房が目にかかった。
真理愛はその笑顔を見て、微笑む。
「――どうしよう!? なんか普通に負けそうなんだが!?」
あらあら、ダメそうですね、コレ。
~~~~
聞け、諸君。
当作品はキマイラ文庫、およびカクヨムでも更新している。
キマイラ文庫版は更新が一週間早く、まご先生のイラストもある。
興味のある読者がいれば、是非、確認してみてほしい。
https://chimera-novel.jp/product/aoharu
またよければ、
・感想
・いいね
・ブックマーク
・☆☆☆☆☆で評価
によって、黒揚羽聖十郎に熱き応援、清き一票をいただければ、大変嬉しく思う所存である。




