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エメラルド・シティ 闇にきらめく宝石の街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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野獣の別離 3

 その日の夜、奇妙なことが起きた。

 エメラルド・シティの通りから、人外の姿が消えてしまったのだ。十時を過ぎているのに、人外は一匹も現れなかったのだ……。

 ギャングたちと人外たちとの間に協定が結ばれて以来、こんなことは初めてであった。




 エメラルド・シティに法律はない。また、ギャングや異能力者、さらには人外といった異形の者たちの巣窟でもある。彼らには、最初から法律など守る気はないのだ。

 しかし、そんな彼らでも……警察署にはさすがに手を出さない。形だけとはいえ、警察署は大陸の連中の権力を象徴しているのだ。また、万が一にも警察署が襲撃されるようなことがあれば……エメラルド・シティに深刻な危機をもたらす可能性がある。大陸において、エメラルド・シティの存在を苦々しく思っている者は少なくないのだ。

 もし仮に、警察署が襲撃されたとしたら……そんな連中に、この街を攻撃するための口実を与えてしまうこととなる。本気でエメラルド・シティを焼け野原に変えるべきだと主張している者たちさえいるくらいなのだ……。

 したがって、警察署はエメラルド・シティでも数少ない安全地帯と言える場所であった。

 そんな警察署の留置場に、一人の新米警官が足を踏み入れた。


「なあ、あんた……差し入れだぜ。ちなみに、レイモンドさんには許可をもらってるから」

 そう言いながら、ジャックは留置場の係である女警官に紙コップを渡す。紙コップの中にはコーヒーでなく、数枚の紙幣が入っていた。

「おやおや……あんたも趣味が悪いねえ。あんなのが好みなのかい。じゃあ、あたしはしばらく休憩させてもらうよ。一時間したら戻るから……それまで、ここを頼んだよ」

 そう言うと、上機嫌で部屋を出て行く女警官。

 ジャックは、しばらく待った。そして、女警官が完全に立ち去ったのを確認した後に留置場に入り込む。

 女の留置場に。


 女の留置場は、一応は女警官が担当することになっている。しかし、賄賂を渡して入り込む男の警官も少なくない。特に、まかり間違って若く美しい女が入れられた時などは。

 そう、身も心も腐りきった警官の中には、女の留置場を風俗店代わりに使う者もいるのだ。そのため、以前には目を付けた女を適当な罪名で逮捕して留置場に放り込み、欲望のままに扱った警官もいた。もっとも、その警官はやり過ぎた挙げ句……トランク署長に顎をぶん殴られてクビにされたが。


 しかし今、留置場にいるのはたった一人だった……両足に、ギブスのようなものを装着されてベッドで寝ている、大柄な中年女である。しかも、その顔には刃物で刻まれたような、ギザギザの傷痕が何本も付いていた。

 ジャックはその女が入っている部屋に近づき、扉を開けた。そして囁く。

「タイガーさん……助けに来ましたぜ」

 すると、タイガーの目が開かれた。どこか虚ろな表情だ。しかし次の瞬間、驚愕の表情を浮かべてジャックを見る……。

「お、お前は――」

「話は後です。声を出したら、気づかれるかもしれません。早く行きましょう……オレがあなたを、ここから出します。マルコに会わせますから」


 ジャックは、タイガーを車椅子に乗せた。

 そして、ゆっくりと車椅子を押して行く。レイモンドは既に引き上げているのは確認済みだ。しかし、他の警官に見られでもしたら……ジャックは慎重に進んだ。

 しかし――

「おい、お前……何やってるんだ?」

 警察署の廊下に響く声……そして、髪を短く刈り上げた小男が、憤然とした様子でこちらに歩いて来る。

「お前こそ誰だ……オレは警官だぞ。警官が容疑者を護送しちゃいけねえのか。だいたい、てめえは警察署で何やってんだ?」

 ジャックは強気で言い放つ……目の前にいるのは警官ではない。ならば、このまま押し切るきるまでだ。

「ああ? お前……ジャックじゃねえか? そいつを勝手に動かすとな、旦那……いや、レイモンドさんに怒られるぞ。さっさと戻さねえか」

 近付いて来た男は、なんとステファンだった……ジャックは唇を噛む。ステファンはレイモンドの忠実な部下だ。しかも仕事熱心ときている。

「ほらジャック……早くしろ。ったく、てめえはどうしようもねえ馬鹿だと聞いてたが、こんな女に手を出すとはな……早く留置場に戻さねえと、レイモンドさんに殺されるぞ。お前は馬鹿だから知らねえだろうがな、この女は重要人物なんだよ」

 ステファンの言葉を聞きながら、ジャックは一瞬の内に思考を巡らせる。だが、すぐに腹を括った。

「ほらジャック! 何やってんだ!? さっさと戻せよ!」

「ステファン……オレはジャックじゃねえ」

 苛々した表情のステファンに対し、冷たい表情で言い放つジャック。

「はあ!? 何言ってんだジャック――」

「オレはジャックじゃねえんだよ。地獄へ行っても忘れんじゃねえぞ……オレの名は、クリスタル・ボーイだ」

 そう言うと同時に、ジャック……いや、クリスタル・ボーイは一瞬のうちに拳銃を抜いた。

 そして、ステファンの腹に銃弾を三発撃ち込む――

 銃弾は全て、ステファンの体を正確に貫いた。


「さあタイガーさん、長居は無用だ。さっさと引き上げましょうぜ。マルコが待ってますよ」

 言いながら、車椅子を押して行くボーイ。警察署内での発砲……これは確実にマズイ。もし、相手が無関係の警官だったら、確実に問題となっていただろう。だが、ステファンはしょせん雑魚のチンピラだ。仮に死んだとしても問題あるまい。


 だが、二人が立ち去った後――

「だ、旦那……タイガーが逃げた……ジャックの仕業だ……あ、あと……ジャックの……正体……は……クリスタル・ボーイ……だ……」

 ステファンは携帯電話に向かい、振り絞るように声を発する。

 だが、言い終わると同時に……がくんと首が落ち、携帯電話が床に転がった。


 ボーイは拳銃を抜いたまま、車椅子を押して行く。あとは、どうやって帰るかだ。既に夜の十時を過ぎている。人外のうろつき始める時間帯だ。ジュドーが助っ人を寄越す、と行っていたが……表に来ているのだろうか。

 やがて、搬入口に辿り着いた。警察署の裏口に設置されている、荷物や備品などを運び込むための出入口だ。ボーイは慎重に扉を開け、車椅子を押して外に出て行く。

 しかし、外には誰も来ていなかった。

 ボーイは周囲を警戒しながら、少しずつ歩き出す。人外たちの蠢く時間帯のはずだが……何故か出会わなかった。ボーイは違和感を覚えたが、考えている暇はない。


「クソ……ジュドーの奴、助っ人を寄越すっていう話だったんですが……仕方ねえ、ここで待ちましょう。下手にうろついてたら、何が起きるかわからないですからね」

 そう言うと、ボーイは近くの建物の壁にもたれかかる。久しぶりに人を撃った……ステファンはもう、死んでいるだろう。記憶を取り戻してからは、初めての殺人だ。

 だが、後悔はしていない……もとより、自分は数えきれないほどの人間を地獄に叩き落としてきたのだ。直接、自らの手で殺した人間も少なくない。自分の売ったクリスタルが原因で死んだ人間もまた、大勢いたはずなのだ。今さら、大陸でおめおめと生き続けることなど許されない。

 自分もまた、ジョーガンやバリンボーと同じく……この街で野垂れ死ななくてはならない運命なのだ。


「お前、どうやって潜り込んだのだ?」

 不意に、タイガーの声が聞こえてきた。その声に反応し、ボーイは彼女を見下ろす。タイガーの雰囲気は、昔と比べると変化していた。以前には、目を合わせただけで石化させてしまうような雰囲気があった……しかし今は、完全に消え失せている。足をへし折られ、拉致されたことだけが原因ではなさそうだ。

「ああ、意外と簡単でしたよ……偽造の身分証で、あっさりと潜り込めました。エメラルド・シティの治安警察の人手不足は深刻なようですね。ろくに調べもせずに採用されましたし」

 そう言って、ボーイは笑う。昔は、タイガーに対し笑顔など見せられなかったのだが……。

 だが、続いて発せられた言葉には……さすがのボーイも表情を堅くした。

「お前は、マルコのことも知っているのだな……私とマルコの関係も」

 それを聞いたボーイは言葉に詰まる……どう答えていいのかわからない。自分のように、家庭を持ったことのない人間には何も言えないのだ。

「私は……マルコが密かに会いに来ていると聞かされ……愚かだったよ……」

 タイガーの独白に対し、黙り込むボーイ……しかし、それどころではない異変に気付く。

 突然、警察署前の通りに現れた者たち……街灯の明かりに照らされたのは、レイモンドを先頭にこちらに歩いてきている十人ほどの者たちであった。レイモンド以外は皆、不気味な姿をしている。全員がボロボロの服を着て、異様な姿をしていた。灰色の皮膚をしていたり、顔が崩れかけていたり、目が一つだけだったり……。

「あいつら、地下の連中じゃねえか……」

 ボーイは呻くように言った……エメラルド・シティの地下道には、地上に住めない者たちがいる。大半が異様な外見の持ち主であり、街の住人たちから迫害を受けて地下道に逃げ込んできた者なのだ。マスター&ブラスターも、もともとは地下道の住人である。

 だが、彼らは……基本的に、地上には出てこないはずだった。特に観光客が来るようになってからは、地上を出歩くことは許されなかったのだ。


「よう、ジャック・ステイモス……いや、クリスタル・ボーイと呼んだ方がいいのか。お前には、すっかり騙されたよ……ところで、ステファンはどうなったんだ?」

 警察署の前で立ち止まり、勝ち誇った表情で聞いてくるレイモンド……ボーイは拳銃を抜いた。

「ステファン……ああ、あいつか。あいつは死んだんじゃねえかなあ。三発は撃ち込んだし」

「そうか、それは残念だな……あいつは役に立ってくれたんだが。まあ、それはいい。なあボーイ、お前もオレと組まねえか? エメラルド・シティをギャングが仕切る時代は、もう終わりだ。これから……エメラルド・シティはな、テーマパークとして生まれ変わるんだよ。大陸の人間が、きちんと管理するテーマパークにな」

 いかにも楽しそうな表情で語るレイモンド……しかし、ボーイは顔を歪めながら拳銃を構える。

「うるせえよ……いいか、ここはテーマパークじゃねえんだ。この街はな、行き場のない人間の最後の砦なんだ。どんな人間も、エメラルド・シティに来て一度は死ぬ。これまでの価値観と決別する。そして、新しい命を持って甦るんだよ」

「お前、何を言ってるんだよ? 訳わからねえよ」

 レイモンドは、呆れたような表情で口を挟んだ。しかし、ボーイは怯まず言葉を続ける。

「この街を仕切っていいのは、この街の住人だけだ。エメラルド・シティを這いずり回り、必死で戦い、そして血へどを吐きながら生き延びてきた人間だけなんだよ……断じて、大陸でぬくぬく生きてきた連中なんかじゃねえ」

「そうか……だったらボーイ、お前には死んでもらおう。そしてタイガーさん、あんたには他の場所に行ってもらおう」

 そう言うと同時に、レイモンドの背後にいた異形の者たちが一斉に動き出す。じりじりと、二人を囲むように――


「はい、そこまで……ボーイ、久しぶりだねえ。何で店に顔を出してくれなかったの?」


 不意に、緊迫した雰囲気をぶち壊すかのような呑気な声が響き渡った。

 ボーイはそちらに目を向ける。

 黒いレインコートに身を包み、フードを被った者がこちらに歩いて来ている。背は高く、体格はがっちりしていた。さらに、その後ろから歩いて来る男が一人……。

 ゴドーの店にいる、バーニーだ。






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