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エメラルド・シティ 闇にきらめく宝石の街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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野獣の生き方 2

 翌日の昼間、ギブソンはマルコとアメデオを家に残して一人で出かけた。行き先は墓地である。巨大なコンクリートの塀に付けられた鉄製の扉を、乱暴にノックした。

 ややあって、きしむ音を響かせながら扉が開いた。そして、ギース・ムーンが顔を出す。

「何だ、ギブソンかよ……何の用だ?」

「何だ、はないだろうが……こっちだって、お前なんかと好き好んで会いたくねえよ。用事があるから来たんだ」

 言いながら、ギブソンはギースを睨みつける。しかし、ギースは視線を逸らした。そして、浮かない表情で下を向く。

 ギブソンは眉をひそめ、ギースを見た。彼らしからぬ反応だ。普段のギースならば、ニヤニヤと図太く笑いながら視線を受け止めるはずなのに……。


「そうかい……で、何の用だ? オレは忙しい。手短に頼むぜ」

 ギースは、どこか投げやりな口調で言った。ギブソンはその態度を見て、一瞬ためらったが――

「なあ、マルコの母親について聞きたいんだよ……あんた、前に調べてみるとか言ってたよな? その後、何かわかったことはあんのか?」

「ああ、それか……目新しい情報は何もない。今は忙しくてな……もし何かわかったら、教えてやるよ」

「……」

 ギースの答えもまた、どこか投げやりだった。嘘を吐いているようには見えない。それどころか、他に心を悩ませている問題を抱えているように見える……ギブソンは迷った。もしここで、タイガーがマルコの母親かもしれない、などと相談したらどうなるか。ギースは口の固い男だが……同時に策略家でもあるのだ。その情報をどのようなことに使うかわからない。

 今はまだ、話すべき時ではない。


「そうかい……忙しい時に悪かったな。ガロードによろしく言っといてくれ。じゃあな……」

 そう言うと、ギブソンは向きを変えて立ち去ろうとした。しかし――

「おい、ちょっと待て」

 ギースの声。ギブソンが振り返ると、ギースはいつになく真剣な表情でこちらを見ている。

「ギブソン、オレも聞きたいことがある……お前、妙な噂を耳にしてないか?」

「妙な噂?」

 ギブソンは一瞬、戸惑ったが……しかし、すぐに思い出した。


(あと一月もしたら、このエメラルド・シティの勢力図は大きく変わる。でかい戦争が起きるかもしれねえ……)


 ステファンから聞いた、奇妙な言葉が脳裏に甦る……マルコとのやり取りや仕事の方に意識を取られて、今まですっかり忘れていたのだ。

「勢力図が変わるとか、戦争が起きるかもしれないとか、そんな妙な話を聞いたぜ」

「誰から聞いた?」

 さらに尋ねるギース。その表情は固い。普段とはまるで違う……ギブソンは首を傾げた。目の前にいる男は、よほどのことが無い限りこんな表情はしないはずだ。

「それは言えねえな……固く口止めされてる。あんただって、わかってるだろうが」

「まあ、それはそうだが……」

 ギースの態度は妙だった……挙動不審とでも言おうか、とにかく落ち着きに欠けている。それに、先ほどからの奥歯に物が挟まったような物言い……まるで、治安警察に脅されているチンピラのようた。ギブソンはじっと彼を見つめる。

「ギース、あんたは何を知っているんだ?」

「お前と似たようなもんだよ……はっきりしたことはわからないんだ。とにかく、しばらくは下手に動かない方がいいかもしれないぞ……」

 どこか虚ろな声で、ギースは答えた。




 墓地を後にしたギブソンは、奇妙な疑念が頭をもたげてくるのを感じていた。一体、エメラルド・シティで何が起きているというのだろう……ギースの今の態度は明らかに妙だ。となると、ステファンの教えてくれた情報は本当なのか。この街に、戦争が起きるというのだろうか。

 その時ギブソンは、ジョニーの言葉を思い出した。


(ひょっとしたら、また大陸の連中が何か仕掛けてくるのかもしれねえ。その時、目を付けられる可能性が高いのは……恐らく虎の会だろうよ)


 虎の会が標的となる……そうなると、タイガーはどうなる? マルコの母親かもしれない女なのだ。もちろん、ただの自分の妄想かもしれないが……。

 ギブソンはふと立ち止まり、周囲を眺めた。観光客がうろうろしている。平日の昼間であるにもかかわらず、観光客の数は少なくない。彼らにとって、エメラルド・シティは遊園地もしくはサーカスのようなものなのだろうか。退屈な日常を離れ、究極の非日常を体験できる。しかも、安全は保証されているのだ……この街のルールを破らない限りは。

 いや、観光客の中にも……ルールを破ってしまったばかりに、命を落とした者は数知れない。一番ひどかったのは、人外のボニーがZ地区に入り込んでしまった観光客六人を皆殺しにした事件だ。もっとも、この時はバーター・ファミリーのマスター&ブラスターが動いた。ギブソンとマルコは、サンズと共にボニー&クライドを粛清する破目になったが……ギブソンにとっても、あれは未だに嫌な仕事として記憶に残っている。

 大陸の中からも、エメラルド・シティの安全管理を徹底すべきだ……という意見が出たとしても、おかしくはない。これだけ観光客が増えた今となっては、特に……。


 その時、ギブソンは妙な視線を感じた。さりげなく周囲を見回してみる……慌てて身を隠す、小さな人影があった。この前から、自分を付け回している者だろうか。

 ギブソンは、何者かが隠れた場所をじっと見つめてみた……動きはない。身を潜め、息を殺しているのだろう。

 もし、今のような状況でなかったなら……さっさと捕まえていたはずだ。少なくとも、ケリをつけるために動いていた。自分の周りをチョロチョロする目障りな者を放っておくような趣味はない。自分を追い回しているのが何者であるにせよ、この状況は好ましいものとは言えない。

 だが、今のギブソンには他に頭を悩ませている問題があった。それも二つ……マルコの今後、そして近い将来エメラルド・シティを襲うであろう災厄。どちらも厄介な話ではある。

 しかし、さしあたって優先させなくてはならないのは……マルコのことだ。ギブソンは隠れている何者かを一瞥すると、孤児院のある方角へと足を向けた。




「なるほど……マルコも、ついに自我に目覚めたわけね。あんたも大変だ」

 モニカの言葉に、苦笑するギブソン。

「そうですね……想定外ですよ、あいつがこんなに早く成長するなんて。エメラルド・シティに来たばかりの頃は、ウガウガ吠えながら人を睨みつけるだけだったんですが……」

 言いながら、ギブソンは庭の方に視線を向けた。マリアらしき女の声、そしてロバーツの吠える声がこちらにまで聞こえてくる。さらに、子供たちのはしゃぐ声も……ギブソンは思わず笑みを浮かべた。


「ジョニーが言ってたよ、あんたら二人をウチで引き取るべきなんじゃないか、てね……あいつ、あんたらのことを気にかけてるみたいだね。あたしはね、それは難しいって言ったんだよ……マルコがあの子たちと上手くやっていける保証はない、マルコが暴れ出したら誰が止めるんだって」

「そうですよね……」

「そしたら、ジョニーの奴……今のマルコなら大丈夫だ、って言い出してさ。いざとなったら、ビリーと二人がかりで止めるとも言ってたよ」

「あのジョニーが、ですか……」

 そう言いながら、ギブソンはもう一度庭の方に視線を向ける。ジョニーのいるような気配はない。どこかに買い出しにでも行っているのだろうか……。

 そして外からは、マリアとビリーが子供たちと遊んでいるらしい音が聞こえてくる。さらに、ロバーツがわんわん吠えながら、庭の中を走り回っている音も……その中にマルコとアメデオが加わったとしたら、それはとても幸せな光景ではないだろうか……。


「そういや、カルメンがここを潰すとか言ってたそうだね」

 モニカの言葉を聞き、ギブソンは我に返る。そして苦笑した。

「ええ、そうなんですよ……あの女は本当にどうしようもない暴力女で――」

「でもね、あたしはカルメンの気持ちがわからなくもないよ」

「え……」

 ギブソンは驚き、モニカを見つめる。モニカは窓のそばに行き、庭で遊ぶ子供たちを見る。

「ギブソン、こっちに来てごらんよ」

 不意にモニカが手招きする。ギブソンは立ち上がり、窓に近づく。

 マリアが木製の車椅子を押していた。両足の無い少女が座っている。マリアは朗らかな表情で少女に話しかけ、少女も笑顔で応じている。その横では、ビリーとユリが子供たちと遊んでいる。さらに、目の見えないケイの手を幼い子供たちが引いていた。


「マリアはね、本当にいい娘なんだよ……体の不自由な子供たちを世話してる。時には下の世話もするんだよ。あの娘は言ってた……昔、両手両足の無い時のカルメンの世話を付きっきりでしてたってね」

 モニカは外の風景を見ながら、淡々と語る。ギブソンは黙ったまま、話に聞き入っていた。


「カルメンにとって、マリアは特別なんだよ。両手両足を切断され、人間以下の扱いを受けていた……そんな時に、マリアは嫌な顔一つせずに世話をしてくれたんだ。恩人であり親友であり妹であり……だけど、マリアはここに来た。ジュドーたちと袂を分かってね。カルメンはやるせない気持ちを抱えてるんだろうさ……その気持ちを、孤児院への憎しみに変えてるんだろうね」

「なるほど……」

 ギブソンは頷いた。そんなことがあったとは……単純な愛憎とも、また違った感情なのかもしれない。だが、マリアを見ていると何となく理解できる。

「あたしには、カルメンの気持ちは何となくわかるんだよ。あくまでも、あたしの想像だけどね……ただ、もしカルメンがトチ狂った真似をしてきたら、あたしはカルメンを殺す……あたしは、ここの子供たちを守らなきゃならないからね。ギブソン、あんたたちだってそうさ」

「オレたち?」

 ギブソンが聞くと、モニカは険しい表情でこちらを見た。ギブソンはふと、タイガーのことを思い出す。顔かたちはまるで似ていないが……体格や醸し出している雰囲気はそっくりだ。単純な美醜など、超越した魅力が二人にはある。

「マルコは人殺しを嫌がってるんだろ……もし、マルコとあんたがここに来たいっていうなら、あたしは反対しない。あんたが一緒なら、マルコもおとなしくしてるだろうしね……ただし、あんたたちがあたしらの敵に回るなら、あたしは容赦しない。どんな手段を使おうとも、あんたらを殺す。子供たちを守るためにね……」

「オレたちに立ち位置をはっきりさせろ……そう言いたいんですか?」

 ギブソンが尋ねると、モニカは険しい表情で頷く。その目は厳しいものだった……やはり、この女はタイガーに似ている。モニカならば、タイガーの後釜になれるのではないか。

「タイガーはともかく、ジュドーがあたしたちをどう思っているのか……何となくわかってるよ。このエメラルド・シティを仕切っていく上では、あたしたちみたいなのは邪魔なのさ。チンピラがたまに嫌がらせをしに来ることもあるよ。大抵は、ジョニーがひと睨みすれば逃げていくけどね。あいつ、素手で人外を殴り倒せるから――」

 モニカがそこまで言った時、不意に庭からわめくような声が聞こえてきた。

「おいニコラ! いるか! お前ら、ニコラ見なかったか!」

 わめき声と同時に、凄まじい勢いで入って来たのはジョニーだ。その形相に驚き、子供たちが一斉に遠ざかる……ビリーが慌てて止めに入った。

「ちょ、ちょっとジョニー! 落ち着け! いいから落ち着け!」

 ビリーがそう言うと、ジョニーはジロリと睨みつけ――

「ニコラがさらわれた、かもしれねえんだ!」






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