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エメラルド・シティ 闇にきらめく宝石の街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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野獣の苦悩 4

 ギブソンは、武器のチェックを始めた。今回は一人で、一人の異能力者と一人の吸血鬼を殺さなくてはならない。今さらながら、マルコの存在の大きさを痛感する。マルコさえいれば、恐れるような相手ではなかったはずだ。しかし、一人となると……苦戦は免れないだろう。

 だが、仕留めなくてはならない。でなければ、次は自分とマルコが虎の会の標的にされるのだ。


 ヴィンセント・クライン……一年ほど前、エメラルド・シティにやって来た異能力者。めきめきと頭角を現し、今では弱小ギャング集団のリーダーに収まっている。大陸にいた頃は、冷気を操る異能力を使い何人もの人間を殺したらしい。もっとも、そのあたりの情報は今一つはっきりしていないのだが。

 そのヴィンセントの用心棒をしているのが、カイトだ。もともとは浮浪児たちのリーダーをしていた少年だったが、いつの頃からか吸血鬼へと変貌していたのだ。十時前にもかかわらず姿を現し、他の人外と壮絶な戦いを繰り広げた挙げ句、皆の前で処刑したのだという……。

 そして今は、ヴィンセントの用心棒をしている。


 正直、勝ち目は薄い。マルコがいるならともかく、一人で殺るとなると……はっきり言ってお手上げだ。勝つ可能性があるとするなら、不意討ち速攻か。まずは、ヴィンセントとその部下たちを飛び道具で吹っ飛ばす。奴らは不死身ではないのだ。心臓に鉛の弾丸を撃ち込めば殺せるだろう。そして残ったカイトは……出たとこ勝負だ。


「ギブソン……本当に、大丈夫なのか……仕事、中止できないのか?」

 おずおずとした態度で、尋ねてくるマルコ。ギブソンは首を振った。

「無理だ。引き受けちまった以上、二週間以内に殺らなきゃならないんだよ。でないと、オレたちが殺られる」

「……」

 ギブソンの言葉を聞き、うつむくマルコ。責任を感じているのだろう……。

 正直言うなら、ギブソンも内心では複雑な思いを抱えている。先ほどのやり取りは、紛れもなくマルコの成長の証だ。人を殺したくないというマルコの言葉……これは初めての、マルコの自己主張だ。その気持ちは尊重してあげたい。

 だが、そのせいで厄介なことになっているのも確かなのだ。


「大丈夫だ。たかが二人殺すだけだよ。オレ一人で充分だ」

 言いながら、ギブソンは武器に視線を移した。そしてチェックを再開する。そう、大したことはない。たかが二人……いや、二匹殺せばいいだけだ。異能力者と吸血鬼を。

 マルコはすまなそうな顔で立ち上がると、アメデオのいる部屋に行った。

 一方、ギブソンは拳銃の手入れを終える。ヴィンセントとカイト……二人のいる場所はわかっている。手榴弾でまとめて吹っ飛ばせれば、手間が省けるのだが……そんなことを考えながら、ギブソンは拳銃をしまった。




「マルコ……いいか、もしオレが一晩経っても戻らなかったら、孤児院に行くんだぞ。わかったな?」

 ギブソンの言葉を、マルコはうつむいたまま聞いていたが……。

 不意に顔を上げる。

「オ、オレも行く! ギブソンを守る!」

「やめろ。そんなの意味がないから……それ以前に、今のお前は足手まといだ。殺る気のない奴に来られたら迷惑なんだよ」

 ギブソンは冷たく言い放つ。そう、今のマルコは明らかに足手まといである。昔のマルコは、殺すことに何のためらいもなかった。精密機械のごとく、相手を殺すことにのみ集中していたのだ。

 しかし今は、確実に迷いが生じる。戦いの最中に迷われたら……結果として、共倒れになる可能性もあるのだ。

「わ、わかった……」

 マルコは、すまなそうな顔で頷く。アメデオも、どこか落ち着かない様子で二人を見ている。犬は犬なりに、ギブソンとマルコの間に流れている微妙な空気を感じ取っているようだ。何か言いたいが、喋れない自分がもどかしい……そんな様子で、アメデオはマルコとギブソンを交互に見ている。

 だが、ギブソンはその目をあえて無視した。武器を身に付け、立ち上がる。

「マルコ、わかったな。オレが帰らなかったら、孤児院に行け」




 夜の街を、ギブソンは歩いた。人外のうろつく中、一人で出歩くのは気分のいいものではない。

 これまでは、マルコが横にいてくれた。マルコがいるだけで人外たちは怯み、そして逃げ去って行ったのだ。

 しかし、今日はどうなるか……ギブソンは拳銃を抜く。

 だが、人外たちはギブソンを見ても、大した反応を示さず素通りしていく。いつの間にか、人外たちの間でも自分の名前は知れわたっていたらしい。

 ギブソンは苦笑し、先に進む。すると突然、けたたましいエンジン音が聞こえてきた。それに混じって銃声も……ギブソンは慌てて、物陰に身を隠した。だが、そのエンジン音に聞き覚えがあるのを思い出す。

 そして爆音とともに、装甲板を貼り付けた奇妙なデザインの車が現れた。車はギブソンのすぐ近くで停まり、中から男女のカップルが降りて来る。カップルは怯えた表情で、慌てて建物の中に入って行く。

 そして運転席の窓から、モヒカン頭の男がにゅっと顔を出した。

「お二人さん! 気いつけてな! さーて、行くとするか! 二十年間無敗のタクシー運転手は、今日も車を走らせるー」

「おい、あんたトラビスだよな?」

 ギブソンは声をかける。このモヒカン頭の男には見覚えがあったし、タクシーに乗ったこともある。変わり者だが、仕事はきっちりこなす。依頼さえあれば、人外の群れの中でもタクシーを走らせる男だ。

「あ? 何だお前、ギブソンじゃねえか。どうしたんだよ? まさか乗っていく気か?」

 トラビスの言葉に、ギブソンは頷いた。

「ああ、乗せていってくれ……金ははずむ」




 そして数分後……ギブソンは物陰に身を隠し、廃墟と化したビルを見上げる。ここの二階に、奴らは集合しているらしい。拳銃を抜き、静かに移動した。


 思いのほか、すんなりと侵入できた。事前の情報では、ここの二階の角部屋に数人の子分と共にいるはずなのだが……人の気配が全く感じられない。

 妙だ……。

 ギブソンは、得体の知れない不安を覚えた。聞いた話によれば、ヴィンセントはそれなりの権力を持つ異能力者のはずである。なのに、警備がやけに手薄だ。


 どういうことだ?


 ギブソンの不安は、どんどん大きくなっていく……階段を上がり、二階に到着した。

 周囲から、虫や小動物の蠢くような音は聞こえる。しかし、人の気配は無い……。

 間違いない。ここには誰もいないのだ。

 その時、ギブソンはようやく悟った……これは罠であり、自分はハメられたのだ。一刻も早く、ここを去らねばならない。ギブソンは立ち上がり、拳銃を構えて階段を降りようとした。

 だが――

 次の瞬間、音も無く背後に降り立った者。ギブソンが振り返るより早く、背後から腕が回される。

 ギブソンはもがく暇もなく、意識が飛んだ。




 意識を取り戻した時、ギブソンは縛られて地面に転がされていた。周囲には数人の若い男たちと凶悪な面構えの中年男、そして青白い顔の少年がいる。

 不意に、少年がこちらを見た。

「ヴィンセント……こいつ気がついたみたいだぜ」

 少年の言葉を聞いた中年男が、こちらに近づいて来る。その時、ギブソンは思い出した。写真で見たヴィンセントと同じ顔だ。そして少年の方は、カイトに間違いない。

「お前、ギブソンだな……マルコはどうした?」

 ヴィンセントの問いに、ギブソンは苦笑した。

「マルコはいないよ」

「嘘を吐くな……お前みたいなザコが、一人で来るはずないだろうが」

「それがな、一人なんだよ……今は、な」

 ギブソンは答えながら、必死で考えを巡らす。自分が生かされている理由は、マルコの存在ゆえだ。マルコの力は、ガロードに敗北した今となっても恐れられているのだ。いやむしろ、ガロードに挑み敗北したにもかかわらず、どうにか生還してのけた……その事実は、マルコの評価をさらに上げるものとなったのかもしれない。


「どういうことだ? マルコはどうしてる?」

 ヴィンセントの問いに、ギブソンはニヤリと笑ってみせた。

「オレは偵察係さ。マルコが後から来ることになってたんだよ。それだけじゃねえ。ステファンたちも助っ人に頼んでいたんだよ。マルコは鼻が利くからな……オレの匂いを嗅ぎ付けてくるぞ。そうしたら、お前らは皆殺しだ」

 もちろんハッタリだ。マルコは来ない。だが、今は時間を稼がなくてはならないのだ。そして、相手の心に隙が生まれるまで待つ。いざとなったら、虎の会を裏切ってでも生き延びる。もともと、連中に大した義理があるわけではないのだ……。

 だが、その時……ギブソンは違和感を覚えた。

 こいつらは、襲撃を知っていたのでは?


「なるほどな……では、マルコが来るのを待つとするか」

 ヴィンセントはそう言うと、周囲を見渡した。ギブソンもさりげなく、目だけ動かして周囲を見渡す。コンクリートの壁に覆われた広い部屋……いや、広い階だ。窓らしきものは見当たらない。ひょっとしたら、地下にいるのではないか。

 それよりも問題は、どうやって逃げるかだ……ギブソンがそんなことを考えていた時、カイトの表情が変わった。

「みんな注意しろ……妙な奴が来た」

 その言葉を聞き、男たちがざわめく……ヴィンセントの顔色も変わった。

「おい、マルコが来やがったのか?」

 ヴィンセントの問い。カイトは首を振った。

「いや違う。こいつはマルコじゃない……ギースだ。ギース・ムーンだ」

「なんだと……」

 ヴィンセントは困惑した様子だ。一方、カイトは口を真一文字に結び、険しい表情で入り口の方を見つめていた。


「ようカイト、久しぶりだな。そしてヴィンセントさん、お初にお目にかかる。ギース・ムーンだ」

 ギースは飄々とした態度で進み出る。男たちは皆、唖然とした様子で互いの顔を見つめ合った。

 ただ一人、カイトを除いて。


「何しに来たんだ? ギースさん……」

 そう言うカイトの目は、憎悪に満ちたものだった。ギースもまた、冷たい目でカイトを見つめる……ギブソンは自らの置かれた状況をも忘れ、二人のやり取りに見入っていた。だが、その時――


「ギブソン、大丈夫か?」


 押し殺した声。ギブソンが振り向くと、マルコが背後にいた……柱の陰に潜み、ギブソンの手足を縛る縄を一瞬で引きちぎる。

 と同時に立ち上がり、男たちに襲いかかって行った――


 ギースとカイトのやり取りに気を取られていた男たち……マルコの奇襲を前に、抵抗すら出来ず次々と倒されて行った。

「てめえ!」

 叫ぶと同時に、ヴィンセントが手のひらをマルコの方に突き出す。

 次の瞬間、その手のひらから火の玉が発射された……だが、マルコは凄まじい跳躍でそれをかわす。天井まで届く跳躍だ。

 そこから、マルコは天井を蹴った。そして一気に、上空からヴィンセントに飛びかかる――

 ヴィンセントは持てる異能力をフルに使う間もなく、マルコに首をへし折られて絶命した。


「カイト……お前は力に溺れ、クズに成り果てた。お前を吸血鬼に変えたのはオレだ。その始末はオレがつける」

 ギースは静かな口調で言い放ち、そして拳銃を抜いた。

 それを見て、せせら笑うカイト。

「馬鹿じゃねえのか……そんなもんがオレに効くかよ……」

 その言葉を無視し、ギースはトリガーを引く。放たれた数発の銃弾は、カイトの体を正確に貫いた――

 しかし、カイトは僅かによろめくだけだった。さらに体内から押し出され、地面にポロポロと落ちる銃弾……。

「効かねえって言ってんだろうが……あんた馬鹿かよ――」

 言い終えることは出来なかった。一気に間合いを詰めたギース……その義手の拳から、銀色に輝く刃が伸びていた。

 その刃が、カイトの心臓を貫く……。

 驚愕の表情を浮かべるカイト。だが、次の瞬間には苦悶の表情に変わる。

「ギースゥ!」

 喚きながら、ギースめがけ鉤爪の伸びた手を振り上げ――

 だが……降り下ろす前に灰の塊へと変わった。




「ギース……おかげで助かったよ。あんたがマルコを連れて来たのか?」

 ギブソンの言葉に、ギースは首を横に振った。

「いいや……マルコとは偶然、そこで出会ったんだ。オレも、カイトの奴とは色々あってな。奴だけはオレが止めを刺す、そう決めていたんだよ。しかし、何はともあれ無事で良かったなあ」

「ああ……」

 ギブソンはそう言うと、マルコに視線を移す。マルコはじっと、死体と化した男たちを見つめていた。その表情は、どこか虚ろだ。ギブソンを助けるためとはいえ、大勢の人間を殺してしまったことに対する、後悔の念に苛まれているのかもしれない……。

「ギブソン、話はマルコから聞いたよ。マルコはな、お前が心配で……匂いを辿ってここまで来たんだよ。そして、たまたまオレと出くわしたんだ」

 そう言うと、ギースはマルコを見つめた。

「なあ、ギブソン……お前らもいい加減、生き方を変える時期なんじゃねえのか……少なくともマルコは、殺しを嫌がってるぞ」

「わかってるよ、んな事は……」





 野獣の苦悩《完》



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