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エメラルド・シティ 闇にきらめく宝石の街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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野獣の涙 2

 全裸の若者たちが、悲鳴を上げながら走り去っていくのを見届けた後、ギブソンは再び歩き出した。あんな連中は、身ぐるみ剥がれて当然だ。どうせ金を持っていたとしても、ロクなことをしないのだから。むしろ、トム率いる浮浪児たちの方が金を有効利用できるだろう……そんなことを考えながら、ギブソンは歩き続けた。そして、マルコとアメデオの待つ家に辿り着く。

「マルコ、帰ったぞ」

 そう言いながら、扉を開けるギブソン。すると、アメデオがきゃんきゃん鳴きながら現れる。出迎えているつもりなのだろう。ギブソンは笑みを浮かべた。

「おうアメデオ、出迎えご苦労さん」

 そう言いながら、ギブソンはしゃがみこんで頭を撫でる。アメデオは嬉しそうに、ギブソンの手にじゃれついた。

「おかえり、ギブソン」

 声とともに、マルコも姿を見せる。その手には絵本を持っていた。今まで読んでいたのだろう。マルコは本当に本が好きなようだ。

 ギブソンは考えた。マルコには、何よりもまず知識が必要だ。仮に自分が死んだとしても、一人で生きていけるように……マルコと共に、この先も戦いに身を投じていけば、死ぬ可能性が高いのは自分だ。

 しかも、マルコの育ての母が死んだという事実も気になる。ギースの話によると、マルコの育ての母であるミシェルはなぶり殺しにされていたらしい。まさかとは思うが、ミシェルを殺した何者かが、次に自分たちを狙うかもしれない。

「ギブソン、どうしたんだよ?」

 マルコの不思議そうな声を聞き、ギブソンはハッと我に返った。そして苦笑する。いくら何でも、考え過ぎだろう。

「いや、何でもない」


 寛いでいるギブソンに対し、マルコは家の中での様々な出来事を話した。外に出て、観光客に見つからない場所でアメデオと遊んだ話。家の近くを通りかかる観光客たちを窓から眺めた話。さらには……。

「ギブソン、これを見てくれ」

 そう言いながら、マルコは紙を取り出した。ギブソンが見ると、びっしりと字が書いてある。しかも、絵本に描かれていた物語が……マルコはギブソンのいない間、絵本を書き写していたのだ。

 しかも、よく見ると……初めのうちはミミズがのたくったような汚い字だ。しかし、後半になるにつれ少しずつ綺麗になっている。マルコのいかつい手は、意外と器用なようだ。

「マルコ……ここで勉強していたのか。偉いぞ」

 ギブソンが言うと、マルコは嬉しそうに笑った。最近、マルコはよく笑うようになった。よく喋るようにもなった。

 さらに、暇な時間を利用して字の勉強までしている……母親に虐待されて育ったにもかかわらず、その人格には不思議と歪みがないのだ。

 実のところ、ギブソンはアメデオを飼い始めた時、若干の不安もあったのだ。マルコはアメデオに対し、どのような反応を示すだろうか……と。事実、アメデオを連れて帰ることを提案したギブソンに向かい、マルコはこう言ったのだ……食べるのか、と。

 しかしアメデオと共に生活していくうちに、マルコの中には色々なものが芽生えてきたらしい。それに、マルコはギブソンが思っていたよりも強い心の持ち主だ。多少の歪みはあれど、真っ直ぐに成長している。

 ギブソンはふと、亡くなった息子のダニーのことを思った。

 ダニーにも犬を飼ってあげたかった。

 そして、成長を見届けてあげたかった……マルコのように、真っ直ぐ育っていく様を、自分のこの目で見たかった……。


「なあマルコ、明日は三人で買い物に行くか?」

 ギブソンが尋ねると、マルコは嬉しそうに頷く。

「うん。わかった」

「アメデオも連れて、な。三人で行こう」




 翌日、ギブソンはマルコとアメデオを連れて通りを歩いていた。観光客を避けながら、のんびり歩く。アメデオは大勢の人間を前に少し怯えているのか、妙におとなしい。マルコは頭からフードをすっぽりと被り、油断なく辺りを見渡しながら慎重に歩いている。

 そんな一人と一匹の様子を横目で見ながら、ギブソンは歩いた。今は昼間だ。人外が出るわけでもなく、ましてや辻強盗が来るわけでもない。ギャングと治安警察が目を光らせているのだ。こんな場所で騒ぎを起こす住民はいない。

 しかし、昨日のようなバカな観光客はいる。なるべくなら、そんな奴らと接触したくない。


 そして二人と一匹は、ゴドーの店に辿り着いた。マルコとアメデオを外に待たせ、ギブソンは店内に入っていく。


 しかし……。

「え……バーニー!? お前どうしたんだよ、その面は!?」

 店に入ると同時に、思わずすっとんきょうな声を上げたギブソン……バーニーの顔は痣だらけで、ボコボコに腫れ上がっている。普段の頼りないが優しげな面影はどこにもない。

「いや、色々あってね……いてててて」

 バーニーはそう言いながら、顔をしかめて腰をさする。どうやら、顔以外にもあちこち痛めているようだ……何が起きたのかは不明だが、一つだけはっきりしていることがある。これは事故ではない。

「おいバーニー、誰にやられたんだ? オレがそいつを――」

「大丈夫だってば。それより、どうすんの? 今日もパンと牛乳かい? あ、最近ではチーズも買っていってたよね?」

 痣だらけの顔で、ニコニコしているバーニー……ギブソンはためらいながらも口を開いた。

「あの……本はあるかな? あるなら買いたいんだけどさ……」

「え……本? 本て、あの本?」

 バーニーはすっとんきょうな声を出す。

「そうだよ、あの本だ……つっても、エロ本じゃねえからな」

「へー、あんたが本を読むとはね……意外だなあ。いや実はさ、大陸の方だと今や電子書籍が主流になってて、紙の本が売れなくなってきてるんだよ。ただ、紙そのものには幾らでも需要があるけどね……って、そんなことはどうでもいいか。ギブソンはどんな本が好みなんだい?」

「どんな本、って言われてもな……」

 ギブソンは眉間に皺を寄せた。マルコは、どんな本が好きだろう……やはりドラゴンのようなモンスターが登場する、ファンタスティックな冒険ものか。いや、恋愛ものもいいかもしれない。それとも、推理小説か。いやいや、純文学小説も悪くない……ギブソンが迷っていると、見かねたバーニーが声をかける。

「じゃあ、倉庫に来なよ……見せてあげるから。少しくらいなら、読んでもらっても構わないし――」

「ちょっとバーニー! あんた何勝手なこと言ってるんだい!」

 怒鳴り声とともに入って来たのは……くわえタバコで銃身を切り詰めたショットガンを抱えた、タフそうな表情の金髪女性だ。

 彼女の名はクリス。この店の店員であり、バーニーの彼女でもある。

「バーニー! あんたねえ、客を倉庫の中に勝手に入れたら、ゴドーさんに怒られるよ!」

 なおも怒鳴りつけるクリス……バーニーは頭を掻きながら、上目遣いでクリスを見る。

「や、やっぱり駄目かな……怒られちゃうかな?」

「当たり前だろ! ったく……あんたは本当に、野放しにしとけない男だね!」

 さらに怒鳴り続けるクリス……ギブソンはさすがに申し訳なくなってきた。

「あ、あのさ……」

「何だいギブソン! あんたにゃ関係ないだろ!」

 クリスの怒りの矛先は、今度はギブソンに向く……ギブソンはげんなりしながらも、刺激しないように愛想笑いを浮かべた。

「え、いや、オレ客なんだけど……あのさバーニー、倉庫まで行って、適当に五〜六冊くらい選んで持ってきてくれよ。マルコが読むんだ」

「え、マルコが読むのかい! わかった! 持ってくるよ!」

 バーニーは元気よく答えると、店の奥に入って行った。

 後には、ギブソンとショットガンを担いだクリスの二人が残された……ギブソンは仕方なく、愛想笑いを浮かべながら話しかける。

「ところでクリス……バーニーのあの顔、いったいどうしたんだよ?」

 だが、ギブソンの問いに対し、返ってきたのは鋭い眼差しだった。その目は明らかに「何も聞くな」と言っている……有無を言わさぬクリスの表情に対し、ギブソンは仕方なく黙り込んだ。

 店内には、重苦しい空気が流れる……ギブソンはふと、マルコの方を見た。マルコは店の前でしゃがみこみ、アメデオを撫でている。一方のアメデオは、妙におとなしい。やはり、見知らぬ人が多いと不安なのだろうか。ギブソンがそんなことを考えていると、不意に店の奥の扉が開いた。

「ギブソン、待たせたね! 適当に五冊、選んできたから!」

 バーニーがニコニコしながら、ギブソンの前に歩いて来た。そして文庫本の束を手渡す。

「おお、ありがとうバーニー。で、幾らだよ?」

「え、これは幾らだろう……面倒くさいからタダでいいよ、タダで」

 バーニーがそう言ったとたん、クリスの表情がさらに険しくなる。

「バーニー! あんた何をバカなこと言ってんだい! タダでいいはずないだろうが!」

 凄まじい形相で怒鳴りつけるクリス……バーニーは頭を掻きながら、すまなそうな顔でギブソンを見た。ギブソンは苦笑しながら頷く。

 そして、ためらいがちに言った。

「な、なあクリス……千ギルダンでどうだろう?」

 だが、ギブソンの言葉を聞いたとたん……クリスの怒りの矛先は、今度はギブソンに向いた。

「千ギルダン! 冗談じゃないよ! ここでは紙の本は貴重なんだよ! そんな安い値段じゃ――」

「ねえクリス、ギブソンは常連さんだし、今じゃあ有名人だよ。恩を売っとくのも悪くない……んじゃないかな、なんて」

 バーニーが横から、頼りない口調で助け船を出す。クリスはその言葉を聞き、少し考えるような表情になる。

「しょうがないねえ……今日のところは、それで手を打つよ」


 本の束と食料品の入った袋を手に、ギブソンは店を出た。そしてマルコの方を見る。マルコは地面に座り込み、アメデオを撫でている。アメデオは地面に腹と顎を着けて伏せの体勢になり、マルコにぴったりと寄り添っていた。

 しかしギブソンの姿を見て、どちらも立ち上がる。ギブソンは笑みを浮かべたが、ふと妙なものが視界に入った。

 汚い服を着た少年が、物陰からじっとこちらを窺っているのだ。確か、この前も見かけたような気がする……。

「なあマルコ……ちょっとこれ持って、ここで待っててくれ」

 ギブソンはマルコに袋を手渡すと、少年の方にさりげなく近づいて行った。距離は二十メートルほどか。どういう理由で自分を追いかけているのか、直接聞いてみなくてはならない。

 しかし、ギブソンが距離を縮めていくにつれ、少年は離れて行った。どうやら、ギブソンとコミュニケーションをとる気はないらしい。

 本当なら、後を追って行きたいところだ。しかし今の自分は、マルコとアメデオを待たせている。放っておくしかないだろう。あんな子供、仮に自分に敵意を持っていたとしても何も出来まい……ギブソンはそう考えることにした。そして向きを変え、マルコとアメデオのそばに戻って行く。




 家に戻ると同時に、ギブソンは袋の中から本を取り出した。

「マルコ、本をたくさん買ってきたぞ……面白いのがあるといいな」

 そう言いながら、本を手渡すギブソン。すると、マルコの表情が変わった。

「え……いいのか!? 本当にいいのか!?」

「ああ。ただし絵の無い、字だけの本だぞ。つまらないかもしれないが――」

「わかった! 全部読んでみる!」

 マルコは嬉しそうに返事をすると、本を読み始める……どうやら、マルコにとって本は娯楽というより、自らの知識欲を満たすためのものであるらしい。ギブソンは苦笑した。

「マルコ……本ばかり読んでちゃ駄目だぞ。ちゃんとアメデオの世話もするんだ。いいな?」

「うん。わかった」

 マルコが返事をした時、いきなり携帯電話が震える……。

 ジュドーからだった。


「はい、どうしました?」

(突然で申し訳ないんだがな、明日は暇か?)

「え……特に用事もないですけど、何か?」

(じゃあ明日の午後三時、食堂まで来てもらえるか? 大事な話があるんだ)

「大事な話、ですか……」

 ギブソンは考えた。ひょっとしたら、厄介な事になるかもしれない。だが、行かないと答えたら……これまた面倒なことになる気がする。ギブソンは迷ったが――

「わかりました。明日の三時ですね」


「なあマルコ……明日オレは出かける。もし、夜になってもオレが帰って来なかったら……孤児院に行け」

「え? 何で?」

 不思議そうに尋ねるマルコ……ギブソンは迷った。だが、その理由を教えるわけにはいかない。そんなことをしたら、マルコは自分も行くと言い出すだろう。

「……理由はモニカやケイが後で教えてくれるだろうよ。とにかく、アメデオを連れて孤児院に行くんだ。わかったな」





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