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エメラルド・シティ 闇にきらめく宝石の街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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野獣の変化 2

 翌日、ギブソンはマルコとアメデオを連れて、新居となるであろう家を訪れてみた。

 しかし、そこで二人と一匹を待っていたのは――


「やあ、よく来たね二人とも……おやおや、可愛いわんちゃんだね。オレ犬は大好きなんだよ」

 ニコニコしながら二人を出迎えたのは、ゴドーの店の店員であるバーニーだった。ギブソンは目を丸くする。

「え、バーニー? 何でお前がここに?」

 ギブソンが尋ねると、バーニーはニコニコしながら答える。

「いやあ、ゴドーさんは手広く商売してるからね。不動産も手がけてるのさ。それはそうと……どうかな、この家?」

「どうかな、って言われてもな……まずは、ちょっと中を見せてもらうぜ」

 そう言いながら、ギブソンは家に上がりこむ。マルコもアメデオを抱き上げ、後に続いた。


 家の中はガランとしていた。家具は一つもなく、頑丈そうな壁と扉、そして窓があるだけだ。それも鉄格子の付いた……。

「おいバーニー、窓に鉄格子が付いてるぞ。どういう訳だよ?」

 ギブソンが尋ねると、バーニーはニコニコしながら近づいて来た。

「うーん、設計した人が、あえて奇抜なデザインにしたんじゃないかな。我々は全て、自意識という名の牢獄に囚われた囚人である……みたいなメッセージが込められているのかもしれないよ」

「何だそりゃ……いらねえよ、そんなメッセージ」

「それもそうだね。あ、水はちゃんと出るよ。電気も通じてるし」

 言いながら、バーニーは台所に行った。そして蛇口をひねり、水を出す。

「おお、久しぶりに見るなあ」

 ギブソンはほっとした。何はともあれ、電気と水道が完備されているのはありがたい……そう思いながら振り返ると、マルコが蛇口から流れ落ちる水をじっと見ている。

「どうしたマルコ?」

「この水……飲んでいいのか?」

 不安そうに尋ねるマルコ……今までは、ポリタンクに水を汲んで地下室に運んでいたのだ。だからこそ、水は貴重だった。

 しかし、今はそれを気にしないで済む。

「うん、飲めるよ」

 バーニーが答えた。すると、マルコは手のひらで流れ落ちる水をすくった。そして飲む。

「凄いな。水がどんどん出てくる……」

 言いながら、マルコはさらに水を手のひらですくった。そして今度は、足元にいるアメデオの口元に手を差し出す。アメデオは匂いを嗅ぎ、ぴちゃぴちゃと嘗め取った。

「凄い……ギブソン、オレここに住みたい」

 マルコの声を聞き、ギブソンは苦笑した。そして、バーニーの方を向く。

「バーニー、さっそく今日から住まわせてもらうよ」




 ギブソンとマルコはアメデオを連れ、いったん地下室に戻った。身の回りの僅かな物を持ち、再び地上に上がる。

 そして、ギブソンは地下室を見下ろした。ここで過ごした期間は、ほんの数ヶ月か……しかし、当時のギブソンとマルコにとっては、またとない隠れ家であった。野獣そのものだったマルコ……周りの人間を警戒し、ちょっとした動きにも過敏に反応していたマルコには、この地下室が必要だった。他人から身を隠し、安心して眠れる場所が……。

 しかし今、ここから旅立とうとしている。一歩前に進むことができたのだ。

 ギブソンはちらりと、横にいるマルコを見た。マルコの表情は、フードに隠れていて窺い知れない。だが、マルコも何かを感じているのだろうか。じっと下を見ている。

「さ、行こうかマルコ」

 ギブソンが促すのと同時に、アメデオがきゃん、と鳴いた。マルコは顔を上げて歩き出す。


 そして二人と一匹は新居に入って行った。ギブソンが明かりを点ける。マルコは上を見上げ、電気が作り出した光を嬉しそうに眺める。一方のアメデオはまだ落ち着かないらしく、あちこちの匂いを嗅ぎ回っていた。

 だが突然、外から大声か聞こえてきた。若者たちのわめくような声だ。アメデオは、怯えたような表情でマルコを見た。マルコは低く唸り、外に出て行こうとする――

 だが、ギブソンに止められた。

「マルコ……あれは旅行者だ。ほっとけ」

 そう言いながら、ギブソンは荷物を広げる。何はともあれ、これで地上に住めるようになった。昼間は観光客がうるさいが、その程度は我慢するとしよう。電気と水道が使える……それだけでも大きな進歩だ。


「なあマルコ……お前、何か欲しい物はあるか?」

 ギブソンは尋ねてみた。マルコが今、求める物は何なのか……その答えによっては、マルコの進むべき道が決まるかもしれない。

 だが、マルコは……。

「え、欲しい物……」

「そうだ。お前、何かないのか?」

「わ、わからない……」

 マルコは戸惑うような表情を浮かべて、ギブソンを見ているだけだ。どうやら、マルコには欲しい物が無いらしいのだ。

 いや、それ以前に……マルコには自分の欲しい物が何なのか、それすらわかっていないのだろう。

 仕方ない。まずは時間をかけて、マルコにいろんな物を見せていく。出来れば、いろんなタイプの人間とも会わせていく。いろんな物を見て、いろんなタイプの人間と出会う中で、マルコには自分の生き方を探してもらいたい。

 殺し屋以外の生き方を……。


「マルコ、ちょっと出かけて来る。誰か来ても、家には入れるなよ。アメデオを連れ出す時は気をつけろ」

 そう言い残し、ギブソンは家を出た。もうすぐ虎の会の競りが始まる。気は進まないが、顔を出さなくてはならない。

 外に出て、競りの会場に向かうギブソンの足取りは重かった。先日のマルコとケイの語らう姿は、殺し屋には似つかわしくないものだ。自分は、そんなマルコに殺しをさせようとしている……。

 歩いているギブソンの表情は、ひどく暗いものだった。




「おいギブソン……ちょっと待てよ」

 虎の会の競りが終わり、会場から出ようとしているギブソンだったが……呼び止める声が聞こえた。

 やれやれ、と思いながら振り向くギブソン。そこには、短めの髪をした小柄な男が立っていた。

 同盟らしきものを結んでいる殺し屋、ステファンである。


「何だステファン……オレは今忙しいんだよ」

「仕事も競り落とさないで、か? お前、何をやってるんだよ?」

 訝しげな表情で、こちらに近づいて来るステファン……ギブソンは面倒くさかった。無視して帰りたかったが、そういう訳にもいかないだろう。

「いや、どうしようか迷ってる間に、他の奴ら取られたり流れたりしちまったんだよ」

 答えるギブソン……その覇気のない表情を見て、ステファンの顔つきが変わった。

「お前、大丈夫なのかよ……オレは、お前がどうなろうが知ったこっちゃねえ。しかしな、旦那はお前らを高く買ってる。当てにしてるんだよ。そのお前らが、いざという時に使い物にならなかったら、オレはともかく旦那が困るんだよ」

「大丈夫だ。いざとなりゃあ、いつでも助っ人に行くよ。レイモンドによろしく言っといてくれや。じゃあな」

 そう言うと、ギブソンは立ち去りかけた……しかし、またしてもステファンに止められる。

「おいギブソン、本当に大丈夫なのか――」

「ステファン、あれを見ろよ」

 立ち止まったギブソンが顎をしゃくる。ステファンがそちらを見ると、アイザックとカルメンが通りの向こう側に立ち、こちらを見ている。

「あの二人はな、オレのことが大嫌いなんだよ。今にもオレに因縁つけようとしてるんじゃねえのか……うかうかしてると、お前にも火の粉が降りかかるぞ」

「あ、ああ……とにかく、お前が大丈夫ならいいんだ……じ、じゃあな」

 ステファンの声に、怯えの感情が混じる。彼は向きを変え、足早に歩き去って行った。

 そして、ギブソンもその場から立ち去ろうとする……しかし、予想通りのことが起きた。

「ちょっと待ちなよ。あんた、あのステファンとやけに仲良いみたいだけど……何を話してたのさ?」

 憎々しげな表情で言葉を発しながら、ゆっくりと近づいて来るカルメン。ギブソンはやれやれと思いながら立ち止まった。

「別に何も……ちょっとした世間話ですよ」

「世間話、ねえ……」

 言いながら、カルメンはこちらに近づく。ギブソンはうんざりした面持ちで、さりげなく首を回す。と、十メートルほど離れた場所から、じっとこちらを見ている者の存在に気づいた。黒い髪の、ボロボロの服を着た少年だ。道端でしゃがみこみ、ギブソンの方を見ている。

 ギブソンは首を傾げた。ここは観光ルートではないが、それでも観光客はやって来る。基本的に、あまりにも汚い身なりの者は見回りのギャングにつまみ出される。下手をすると、つまみ出された後でZ地区に運ばれ、人外たちの生き餌にされることもあるのだ。そのため、基本的に浮浪者や身寄りのない子供たちは、この辺りには寄り付かないはずだった。

 にもかかわらず、あの少年はここに来た。わざわざ危険を犯してまで……いったい何をしているのだろうか。

 だがギブソンの視線に気づくと、少年は顔を伏せてその場を立ち去った。

 ギブソンは、その少年の後ろ姿をじっと見つめた。どこかで見た記憶がある。しかし思い出せない。やがて少年は視界から消え去る――

「ちょっとあんた……聞いてるのかい?」

 カルメンの苛立ったような声。ギブソンは気を取り直し、カルメンの方を向いた。

「あんたさあ……今日の競りで一件も落としてないよねえ。やる気あんのかい――」

「あんたみたいなヒステリーに引っつかれてグチグチ言われてちゃ、やる気も失せますよ」

 吐き捨てるような口調で言い放ち、その場を後にするギブソン。後ろでカルメンのわめくような声が聞こえたが無視した。ただでさえ今は、頭を悩ませている問題があるというのに、これ以上よけいな悩みを増やしたくはない。だから当分の間、仕事は受けたくなかった。


 のろのろと街を歩くギブソン。周囲にいる観光客たちは、とても楽しそうだった。

 彼らは皆、いつかは大陸に帰る。そして平凡ではあるが、小さな幸せに満ちた毎日の生活に戻っていくのだ。

 皆、どんな仕事をしているのだろう。そして、どんな生き方をしているのだろう。


(悪い例えだけど、家にトイレが必要なように、世の中にはこの仕事が必要なのよ。晴らせぬ恨みを持つ者がいる……それを、アンタたちが代わりに晴らしてあげる)


 アンドレの言葉が甦る。だが、その役目をマルコに担わせなくてはならないのだろうか。確かに、マルコの戦闘能力は桁外れだ。向き不向きで言うなら、マルコは殺し屋に向いている。しかし、このまま人を殺し続ければ……マルコはどうなってしまうのか。

 善悪の判断がつかない野獣から、明確な意思を持った確信犯へと変貌していくのでは?


 答えの出ない問題に思いを巡らせながら、ギブソンは歩き続けた。やがて、新しい我が家が見えてくる。ギブソンは入り口の前に立ち、扉を叩いた。

「おいマルコ、帰ったぞ。開けてくれ」


 家に入ると、マルコはもじもじした様子で口を開いた。

「ギブソン……その……仕事は……」

「ああ仕事か。今日は取れなかった」

「え……そ、そうか……」

 そう言うマルコの表情には、明らかな落胆の色がある。

「……マルコ、お前は仕事がしたかったのか?」

「え? あ、ああ……う、うん……」

 マルコはしどろもどろになりながらも頷く。ギブソンはやりきれない思いに襲われた。自分の悩みをよそに、マルコは仕事をしたがっている。つまりは、人を殺したがっている……金のために。今のマルコに、欲しい物はないはずなのに。

 いや、一つだけある。

「マルコ……お前はまだ……」

 ギブソンは呟くように言った。自分の顔を変える……それこそがマルコの願いなのだ。その思いの強さは変わらないらしい。今のままの自分を、受け入れてくれるかもしれない存在と出会えたというのに。

 だが、その直後にマルコの口から出た言葉は、ギブソンにとって完全に想定外のものだった。


「オレ、ケイの目を治してあげたい。だから、仕事をしたい。ギブソン、もし今度……仕事があったら……頼む」

 マルコの声には、申し訳なさそうな感情がこめられている。自分に気を遣っているのだ……ギブソンはやりきれない思いを感じた。もし今後、ケイの目が治ったとしたなら、それでも、今までと同じようにマルコと接してくれるのだろうか? 

 だがギブソンはその思いを殺し、無理に笑顔を作って見せた。

「あ、ああ……わかった。今度は仕事を取ってくる。だから安心しろ」

「うん。わかった」

 マルコが答えると同時に、アメデオがきゃんと鳴いた。ギブソンはそちらを向き、微笑む。

「マルコ、後でアメデオを連れて散歩するか?」

「うん! する!」 マルコは嬉しそうに答えた。アメデオも、きゃん、と鳴く。ギブソンは複雑な思いを抱えながら、水を一杯飲んだ。






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