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エメラルド・シティ 闇にきらめく宝石の街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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野獣の変化 1

 『野獣の変化』の主な登場人物


◎マルコ

 獣のような恐ろしい顔、そして凄まじい身体能力を持つ男です。顔からは想像もできませんが、まだ十代の少年です。


◎アメデオ

 マルコに飼われている子犬です。


◎ジュドー・エイトモート

 常に黒い安物のスーツを着て、天然パーマの頭をポリポリ掻いている一見貧相な男ですが……ギャングの大物です。


◎ギース・ムーン

 エメラルド・シティで墓守りをしている男ですが……一部では、この街のパワーバランスを一変させてしまう男であるとも言われています。


◎アイザック、カルメン

 ジュドーの腹心の部下でありボディーガードでもある、片目に眼帯を着けた大男と褐色の肌の美女のコンビです。


◎モニカ

 エメラルド・シティで仲間と孤児院を開いている女傑です。


◎ギブソン

 マルコの世話をしている若い男です。マルコのマネージャーのようなことをしています。



 どんな人間にも、雨風をしのぐ場所は必要だ。雨が降ろうが槍が降ろうが平気、ってんなら話は別だが。たとえ仮の住まいであれ、そこに長く居れば愛着ってものが湧いてくる。刑務所みたいな酷い場所でも、二十年以上そこで暮らしていれば、去るのが辛くなるらしい。いや、それどころか舞い戻るために罪を犯す奴までいるとか……困った話だが、これもまた現実だ。

 そしてエメラルド・シティのような最低最悪の街にも、愛着を持っている奴はいる。さらに言うと、この街でしか生きられない人間がいるのも確かだ。筋金入りのギャング、自由を求める異能力者、そして闇に潜む人外……水清ければ魚棲まず、という言葉がある。ここエメラルド・シティのような汚れた池でのみ、棲むことができる魚もいる。


 ・・・


「ええ……それ、本当ですか……」

 呆然とした表情で、呟くように言うギブソン。あまりにも想定外の言葉を聞かされ、ただただ狼狽えることしか出来なかったのだ……。

「まあ、嫌だというなら構わない。他にも買い手は見つかるだろうしな。ただ、オレはお前たちに期待している。だからこその……特別ボーナスだと解釈してくれればいい」

 一方、ジュドーの言葉はごく自然なものだった。まるで、大根が余ったからお裾分け……とでもいうような調子だ。

 ただし、今話題に上がっているのは大根でなく、電気と水道が完備された一軒家なのだが。




 今朝いきなり、食堂『ジュドー&マリア』に呼び出されたギブソン。てっきり急な仕事の話であろうと思っていた。しかし、ジュドーの口から飛び出た言葉は……。

「なあギブソン、お前に一つ提案がある。空き家が一軒あるんだが……お前ら、住んでみる気はないか? 一応、電気と水道は完備されてる。あ、金はいらないよ。どうせ空き家だし、ただでいいんだが……どうする?」


「本当に、ただでいいんですか?」

 唖然としながらも尋ねるギブソン。仮にも、エメラルド・シティ屈指のギャング組織……そこの実質的なボス、とまで噂されるほどの男だ。こんな下らない嘘はつかないだろう。

 しかし、ギャングのような裏社会に生きる者の好意は……見返りがあって初めて成立するものだ。その見返りが何であるか、あまり想像したくなかった。

「ああ、ただでいいよ。ただし、家は観光ルートの近くだ。昼間は少し騒がしいかもしれん。あと、観光客とは絶対に揉めるな……それさえ守ってくれれば、オレは一向に構わない。お前とマルコも、そろそろまともな家に住んだ方がいいんじゃないのか?」

 ジュドーの表情には、つかみどころが無かった。普段と全く同じ口調である……ギブソンは迷ったが、どうしても口にせずにはいられなかった。

「一体、何をすればいいんです?」

「え?」

「オレだってバカじゃない……ただで家を一軒くれるなんてあり得ないです。何をするんです――」

「あんた! いい加減にしなよ!」

 たまりかねた表情のカルメンが、二人の会話に割って入った。そしてギブソンを睨み付ける……。

 しかし、アイザックが彼女の肩を掴み、強引に引き離した。それを見たジュドーは苦笑し、口を開く。

「しょうがねえ奴だな……じゃあ、理由を話してやるよ。いいか、マルコはオレにとって貴重な手駒だ。その貴重な手駒にはボーナスを支払う。これは当然のことだろうが」

 言いながら、ジュドーはじっとこちらを見つめる。天然パーマの頭をぽりぽり掻いている姿は、大陸のやる気のない営業マンのようだ……とてもギャングの大物には見えない。


 ギブソンの戸惑いをよそに、ジュドーは言葉を続ける。

「あと、もう一つ理由がある。お前らの家が、観光ルートにある……それだけで、どっかのバカが観光客を相手にトチ狂った真似をするのを防げる。さらに言うと、夜十時過ぎてから表をうろつきたがるアホな観光客もいるんだよ。しかしだ、マルコがすぐ近くに住んでいるとなれば……人外連中も好き好んで観光ルートに近づこうとはしないさ。ま、こんな感じでオレにとってもメリットがたくさんあるって訳さ。これで納得してもらえたか?」

 言いながら、ジュドーはこちらを覗きこむような素振りを見せる。ギブソンはふと、アンドレの言葉を思い出した。


(昔は可愛げがあったのに……)


 そして今のジュドーは、普段とは違う惚けた表情でギブソンを見ている。ギャングの大物らしからぬ、愛嬌のある表情だ。こちらがジュドーの、本来の顔なのかもしれない……。

「なるほど……了解です。納得しました。じゃあ、明日にでも見てみますよ。本当にありがとうございました」

 ギブソンは深々と頭を下げた。


「ちょっと待ちなよ、あんた」

 店を出たギブソンの後ろから聞こえてきた声……振り返ると、カルメンがこちらに向かい歩いて来る。さらにカルメンの後ろからは、アイザックも付いて来ている……ギブソンは嘆息した。

「いったい何の用ですカルメンさん……オレは忙しいんですよ」

「あんたら最近、モニカの孤児院の奴らと仲いいらしいねえ……」

 カルメンの声には、あからさまな敵意が含まれているのがわかる……どうやら、ギブソンをとことん嫌っているらしい。恋愛ドラマだったら、いつしか憎しみが恋に変わったりするのだろうが……現実には、お目にかかったことがない。ましてや、ここはエメラルド・シティなのだ。憎しみが容易に殺人にまで発展する……もっとも、ギブソンはまだ死ぬわけにはいかないが。

「だったら、どうだって言うんです……プライベートに何しようが、オレたちの自由でしょうが」

 露骨に面倒くさそうな表情を浮かべ、言葉を返すギブソン。カルメンは彫刻のように整った、美しい顔立ちをしている。スタイルもいい。だがギブソンは、彼女に対し一ミリも気持ちが動かない。普段から敵意を丸出しにされては、どんな美人であろうとも……そそられはしないだろう。

 まして、今日は妙にしつこい。あの日なのか? などとギブソンは考える。いずれにしても、さっさと切り上げたいものだ。

 しかし、そんな惚けた気持ちは、カルメンの言葉で崩れ去った。


「言っとくけどね、あの孤児院はあたしがブッ潰す。いずれ、ジュドーの許可が出る……そしたら、全員追い出してやるよ」


 その言葉を聞いた時、ギブソンの顔色が変わった……そこに浮かんでいたのは怒りではなく、驚愕であった。

「あんた……何考えてんだよ。あそこに居る子供はみんな、体が悪いんだぞ……昔のあんたとアイザックだって、そうだったんだろうが――」

 次の瞬間、ギブソンは後ろに飛び退いた。鼻先をカルメンの拳が掠める。スピードから察するに、当たったら青あざでは済まない威力だ……ギブソンは身の危険を感じ拳銃を抜いた。すると――

「ギブソン、そいつを下ろすんだ。カルメン、お前も熱くなりすぎだ……頭を冷やせ」

 アイザックの声。いつの間に抜いたのか、その手には拳銃が握られている。

「あんたこそ、その女を何とかしろよ……頭おかしいんじゃねえのか」

 ギブソンは言葉を返す。彼の両方の手には、拳銃が握られている。片方はアイザック、もう片方はカルメンに向けられている。だが、カルメンには怯む様子がない。

「お前に……お前なんかに何がわかる……あたしの気持ちが……お前なんかに……」

 低い声で呟くように言いながら、ギブソンを睨むカルメン。今にも殴りかかって来そうな雰囲気だ……一方、アイザックの方は冷静な表情を崩さない。しかし、こちらも銃を下ろす気配はなさそうだ。

 ギブソンの額に汗が滲んだ。いったい、どうしたものか……このような状況では、ギブソンは口で丸めこむことにしている。しかし、カルメンは心の底から自分を嫌っている。何を言おうが、聞く耳もたないだろう。となると、アイザックの理性に期待するしかないが……。

 仕方ない、こちらから折れるとしよう。


「ガンをしまいましょうぜ、アイザックさん。ここでドンパチやっても、誰も得しませんよ」

 言いながら、ギブソンはゆっくりと拳銃を下ろしていく。

 その瞬間、憤怒の形相でギブソンに迫るカルメン……だが、アイザックが巨体に似合わぬスピードで二人の間に割って入る。

「カルメン落ち着け……どうしても殺らなきゃならない時には、オレが殺る」

 そう言いながら、ひたすらなだめるアイザック。ギブソンは空気の変化を感じた。これなら、立ち去っても背中から襲われることはないだろう。


 歩きながら、ギブソンは額の汗を拭った。あの二人とは、どうも合わないらしい。特にカルメンは、何故かギブソンに敵意を剥き出しにしている。ジュドーの忠実な部下であるカルメンにとって、あちこちのギャング共とよろしくやっている自分の存在は気に食わないのは理解できる。しかし、あの孤児院に対する彼女の感情は何なのだろう。

 ギブソンは頭を振る。まあいい……今の自分には、関係のないことだ。今はそれどころではない。帰って引っ越しの準備をしなくては……。


 だが、ここでも予想外のことが起きた。

「え……引っ越し……」

 マルコは呟くように言った。ギブソンはこの態度に違和感を覚えたが、言葉を続ける。

「ああ、引っ越しだ。二人で――」

「オレを檻に入れるのか……」

「はあ? お前、何を言ってるんだ?」

 首を傾げるギブソン。しかし――

「オレを檻に入れるのか! お前も、オレを檻に入れる気か!」

 マルコは吠えた。怒りで顔を歪め、今にも襲いかかって来そうな形相だ……ギブソンは一瞬、呆気にとられた。しかし、すぐさま反応する。

「待て! 落ち着けマルコ! お前を檻に入れたりなんかしない! 大きな家に、みんなで一緒に住むんだよ!」

 言いながら、ギブソンはマルコに近づいた。手を伸ばし、肩を優しく叩く。

「マルコ……オレはお前を檻に入れたりしない。いいか……ここに居たんじゃ不便だろ? もっと、ちゃんとした家に引っ越すんだ。電気もあって、水道もある家に……アメデオだって、そっちの方がいいはずだ。なあ、アメデオ?」

 ギブソンがそう言うと、アメデオは不安そうな様子でとことこ歩いて来た。そしてマルコの顔を見上げ、鼻を鳴らす。

 マルコは視線を落とし、アメデオを見た。アメデオは怯えていた。先ほどのマルコの怒りを、敏感に察知したのだろう。

 その怯えを、マルコも感じ取ったらしい。その場でしゃがみこむと、アメデオの頭を撫で始めた。アメデオはくんくん鳴きながら、マルコに体を擦り寄せていく。

 ギブソンはほっとした。どうやら、マルコの興奮は収まったらしい。しかし、この引っ越しという言葉に対するマルコの反応は異常だ……何があったのだろうか。

「マルコ……何があったのか言ってみろ」

「え……」

「母親に引っ越しだと言われて連れて行かれ、そして……お前は檻に入れられたのか?」

 ギブソンの問い……それに対し、マルコは顔を歪めたまま黙っている。図星のようだ。

 しかし、図星であるならこれ以上無理に聞く必要もあるまい。ギブソンは優しい表情で、マルコの頭を撫でた。

「マルコ……オレたちは地上で、ちゃんとした家に住むんだ。アメデオも、きっと喜ぶぞ。それに、ケイを家に呼んでもてなすことも出来るしな」

「もてなす……」

 マルコは困惑の表情を浮かべた。どうやら、「もてなす」という言葉の意味がわからないらしい。

「マルコ、もてなすってのは、訪ねて来たお客さんに美味しいご馳走を食べさせてあげたりして、お客さんに来てくれてありがとう、って気持ちを伝えることさ……お前だって、うちにケイが遊びに来てくれたら嬉しいだろ?」

「う、うん」

 マルコの表情が、また変化した。今度は照れているようだ。

「だけどな、こんな汚いところに住んでいたら……もてなすことは出来ないぞ。それもわかるな?」

「う、ううう……」

「だったら、綺麗な家に引っ越そうぜ、マルコ。アメデオも、向こうの家を気に入るさ」

「わかった……」






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