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エメラルド・シティ 闇にきらめく宝石の街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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警官たちの日常・前編

 『警官たちの日常』の主な登場人物です。


◎レイモンド

 表の顔は警官、しかし裏の顔は殺し屋たちのリーダーです。


◎イーゲン

 レイモンド率いる殺し屋チームの一員であり、黒人の大男です。


◎ダイアン

 レイモンド率いる殺し屋チームの一員であり、針医者とも呼ばれている不気味な男です。


◎ステファン

 レイモンドたちとギャングたちの橋渡し役です。


◎トランク署長

 大声が特徴的な、治安警察の署長です。






 エメラルド・シティの治安警察……ここに配属になった者の半分は、その日のうちに退職願いを出すとさえ言われている。近頃は観光地として整備され、治安の方も昔と比べると良くなってきてはいるが……一歩裏通りに入ると、未だに無法地帯であることを再確認できる。ヘマをした挙げ句に殉職する警官や行方不明になる警官は、未だに後を絶たない。ここには、警官を殺すことなど何とも思わぬ悪党が大勢いるのだ。現に、前任の警察署長であったイスクイは十年以上前に行方不明になり、それきりである……人外に食われたか、あるいは大物ギャングを怒らせたのだろう、と噂されている。警察署長と言えど、油断していると消されてしまうのだ。

 そのため、ここエメラルド・シティに配属された警官にとって大事なことは……何よりもまず、小さな悪事に目をつぶり、大きな悪事には見て見ぬふりをすることを覚える。治安警察の基本的な仕事は、クリスタルのやり過ぎでおかしくなり刃物を振り回すジャンキーを射殺したり、酔っ払いや大陸に送り返すべき人間を留置場に放り込んだり、殺人事件が起きた時に死体を処理し報告書を提出する……その程度のことだ。もちろん殺人事件の捜査などしない。するはずもない。逮捕したところで、その場で射殺するくらいが関の山だ。

 もっとも、彼らの最近の最重要任務は、観光客に危害が及ばないように努めることと、観光客の道案内をすることである。

 レイモンドもまた、そんな警官の一人……のはずだった。ただ、彼には他の警官と決定的に異なる点がある。アルバイトで殺し屋をしていることだった。




「旦那、仕事を取ってきましたぜ……にしてもギブソンの奴は、本当にいけ好かない野郎ですよ。いっつもヘラヘラしてやがって……旦那、いつかオレが金払いますから、奴ら始末してくださいよ」

 テーブルの上に置かれたランプ。その薄い明かりに照らし出された地下室の中……そこには四人の男たちがいた。三人は椅子に座っている。しかし、うち一人は立ったまま、大げさな身振り手振りで不満を洩らしていた。小柄な男で髪は短め、小汚い作業着に身を包んでいる。

 その男こそ、三人の殺し屋チームと虎の会とを繋ぐ橋渡し役のステファンであった。

「ステファン……てめえ何をイラついてるんだ? あんな奴ら、ほっときゃいいだろうが」

 吐き捨てるような口調で言葉を返したのは、黒人の大男イーゲンである。スキンヘッドには拘りがあるらしく、自前の折り畳み式カミソリでほぼ毎日剃っているらしい。筋肉質の巨体を誇るが、かなり慎重な男でもある。この中では、一番の常識人かもしれない。

「だったらステファン、オレに一億よこしな……そしたら、あの二人を殺ってやるよ」

 冷酷な表情で言い放つのはダイアンだ。不健康そうな表情と肩まで伸びた灰色の髪、そして黒いコート姿は不気味な雰囲気を醸し出している。また、針医者という二つ名も持つ男だ。もっとも、ダイアンの得意なのは治すよりも殺す方だが。

「冗談じゃねえや、一億も払うくらいなら、オレが自分で殺ってやるよ。あんな奴ら怖くねえ。こいつで撃ち殺してやる」

 そう言いながら、ステファンは拳銃を抜こうとした……が、立ち上がったレイモンドに腕を掴まれた。

「おいステファン、気軽に銃を抜くんじゃねえ。それより仕事の話をしろ。次の標的はどこの何者だ?」

「へい、すみません。次の標的は……」




 翌日、レイモンドはいつも通り警察署に出勤した。建物に入り、あくびをしながら自分のデスクに向かった。すると――


「レイモンドォォ! 貴様ぁ! 私のデスクまで来い! 駆け足だ!」


 この声の主は、トランク署長だ。やや小柄な体格の黒人であるが、声は非常に大きい。かつてメルキア国で無茶な命令ばかりする上司を殴り倒して病院送りにしてしまい、エメラルド・シティに左遷された男である。

「署長、私に何の用でしょうか?」

 レイモンドはとぼけた表情で尋ねる。どうせ、またいつもの説教なのだろうが……。

「今日、新人が入ることになっている」

「ほう、そうですか。それはありがたいですね。我々の負担も、少しでも軽くなりますし」

「で、お前と組ませることにした」

 真面目くさった顔で、そんなことを言ってのけるトランク署長……一方、レイモンドの顔には露骨に嫌そうな表情が浮かんだ。

「嫌です。御免です。お断りです。まっぴらです」

「レイモンド……貴様、何だその態度は! 私がやれと言ってるんだ!」

 トランク署長は、その小柄な体格からは想像もつかないような大声を出すのだ……さすがのレイモンドも、耳をふさぎながら顔をしかめる。

「わ、わかりましたよ……で、その新人はいつ来るんです?」


「はじめまして! ディーン・ケインといいます! よろしくお願いしますレイモンドさん!」

 そう言って握手を求めてきたのは、黒髪で中肉中背、はきはきした態度が印象的な若者であった。一方のレイモンドは面食らっている。こんな態度の男は初めてだ。普通、エメラルド・シティに配属――というよりは飛ばされたと言った方が正しいが――された警官は、例外なく不貞腐れているものだ。何か問題を起こし、最悪の治安の街に飛ばされる……その時点で、出世の道は閉ざされる。したがって、半分の人間はその日のうちに辞表を出す。辞表を出さない人間は、何らかの事情で辞めることが出来ない者たちだ。レイモンドもまた、その一人である……。

 しかし、ディーンはそういったタイプには見えないのだ。いったい何故、エメラルド・シティに飛ばされて来たのだろう。

 そして何故、辞表を出さなかったのだろう。ディーンはまだ若い。おそらく二十代前半であろう。二十代ならば、辞めてもやり直しが利く年齢なのに……。

「お前、何でここに来たんだ?」

 レイモンドが尋ねると、ディーンは真っ直ぐな表情で口を開いた。

「自分から希望しました。このエメラルド・シティは今や観光地としても有名です。その観光地の治安を守り、同時に、自分の力で少しでも浄化していこうと思いまして」

「はあ? 浄化?」

「はい。自分の力は微力ですが、少しでも街の浄化に役立てばいいなと思いまして……」

「ああ、そうなの……」

 レイモンドは開いた口がふさがらなかった。どうやら、目の前の青年は本気でエメラルド・シティを浄化しようと考えているらしい……そんなことは不可能なのに。エメラルド・シティを支配しているのは、人間のクズと逃げ出して来た異能力者、そして太古の時代より存在していた人外なのだ。そんな者たちを、たかが一介の警察官がどうこう出来るはずがない。


「レイモンドさん、未熟者ではありますが、いろいろご指導お願いします!」

 レイモンドの思いをよそに、ディーンはやる気に満ち溢れた表情で挨拶する……レイモンドはため息をついた。

「わかった。今からちょいと外回りだ。付いて来い……」

 言いながら、レイモンドは歩き出す。ディーンは慌てて後を付いて行った。


「レイモンドさん! あれ見てください! すぐに行きましょう!」

 パトカーの中で、ディーンは興奮した声を出す。レイモンドはうんざりした表情になった。

「あんなの、ほっとけよ……生きてたら起き上がって歩いて帰るだろうし、死んでたら死んでたで、野犬かカラスあるいは人外が始末してくれるよ」

 ディーンの興奮の原因、それは路上にて倒れている者の姿であった。ここは観光ルートからはかなり離れており、いたるところにゴミや得体の知れない何かが転がっている。二人はパトカーで巡回していたのだが……。

「いや、殺人事件かもしれませんよ! 一応見てみないと!」

 ディーンはなおも食い下がるが、レイモンドは無視してそのままパトカーを走らせる。

「えっ、えええ! ほっとくんですか!?」

「いいか、お前のその熱血野郎な頭に叩きこんどけ……郷に入っては郷に従え、だ。ここには暗黙のルールがたくさんある。そいつを守らなかったばかりに命を落とした奴は数えきれないんだよ。警察官だからって例外じゃねえんだ」

「だからって――」

 言いかけたディーン。だが突然、レイモンドが車を止めた。そして車から降りる。ディーンも後を追って車から降りた。

「新人、あれをよく見てみろ……」

 レイモンドが何かを指差す。ディーンがそちらを見ると、先ほど倒れていた男の衣服を剥ぎ取る子供たちの姿があった。まるで動物の死体に群がるハイエナのように……瞬く間に、倒れていた者は身ぐるみ剥がされていく。

「ちょ、ちょっと! 止めに行かないんですか!」

 慌てて駆け寄ろうとするディーン……だが、レイモンドが腕を掴んだ。

「いいか……あのガキ共は親も身寄りもない。このエメラルド・シティの底辺を這い回り、野草や虫なんかを食って必死で生きてるんだ。そんなガキ共にとって、あの死体の身に付けていた物は貴重なんだよ。たかが布切れ一枚でもな。それを奪うつもりか?」

 レイモンドの言葉に、ディーンは黙りこむしかなかった。数人の子供たちは、倒れていた男の着ていた物を全て剥ぎ取ると、どこへともなく消えていく。

 ディーンはその光景をじっと見つめていた。やりきれない表情を浮かべたまま……。


「もう一つ、お前の頭に叩き込んでおいた方がいいことがある。異能力者には手を出すな」

 パトカーに乗り込むと同時に、レイモンドはそう言った。そしてパトカーを運転する。道はデコボコであり、走りにくいことこの上ない。

「それには、どんな理由があるんです? 異能力者は見つけたなら逮捕、もしくは射殺せよと教えられましたが……」

 ディーンの言葉には力が無い。死体に群がる子供たちを見て、何か思うところがあったのだろう。まだ若いため、精神的なタフさに欠けるようだ。

「昔、ベリーニって警官がいた。四十過ぎた独身のおっさんだ。このベリーニだが……何をトチ狂ったのか、異能力者をばんばん殺し始めた。六人も殺したんだよ。ところが、最終的には道端で死体になって転がってた。表向きは自殺、だったが……顔はボコボコに変形、前歯は全部へし折られてたらしいぜ。異能力者たちに拷問された挙げ句に殺された……それが真相だって話だ」

「……」

 神妙な顔で下を向くディーン。自分の理想が、エメラルド・シティの現実の前に侵食されていくのを感じているのだろうか。

「いいか新人……ここじゃあ、警官だからって長生き出来ないんだ。油断してたら、簡単に殺られちまう。ここでは、命の値段は安いんだよ……一万ギルダンのために人を殺す奴は大勢いる。忘れるな」

 レイモンドは落ち着いた口調で言う。あたかも、自分にも言い聞かせているかのように……ディーンは神妙な顔で、何も言わずに話を聞いていた。


「まあ、このエメラルド・シティのいいところは……悪党とやり合う必要がないことさ。オレたちはしょせん、カカシみたいなもんなんだよ。分さえわきまえていれば、ある意味安全なのさ。覚えておけ」

 レイモンドがそう言うと、ディーンはようやく口を開く。

「その口ぶりからすると、まだ他にも覚えることがあるみたいですね」

「ああ……他にも色々あるよ。まあ一番大事なのは、夜十時を過ぎたらパトロールするな、ってことだ。夜勤の警官は皆、十時を過ぎたら建物の中で暇を潰してる。よほどのことがない限り、夜十時を過ぎたら外をうろつくな。これだけは忘れるな」

「忘れたら……どうなるんです?」

「歩く場所を間違えると……殺されて喰われるか、生きたまま喰われるかのどっちかだ」

 喋り終えると、レイモンドは黙ったままパトカーの運転を続ける。ディーンも想像を絶する無法ぶりにショックを受けたのか、黙ったままだ。

 どうやら、今日は長い一日になりそうだ……とレイモンドは思った。ディーンにとっても、またレイモンドにとっても――


 いや、待てよ。

 こいつ、使えるかもしれんな。






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