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エメラルド・シティ 闇にきらめく宝石の街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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野獣の思い 2

「ようギブソン……あのマルコってのは、どんな奴なんだ?」

 不意にジョニーが尋ねてきた。ギブソンは一瞬、どう答えたものか迷ったが――

「そうですね、まあ、顔は……あれですが、いい奴ですよ」

 ギブソンがそう答えると、ジョニーはいかつい顔に切なげな表情を浮かべて、二人の方に視線を移す。二人は、とても楽しそうに話していた。ケイが一方的に喋り、マルコが聞き役に徹しているらしい。マルコはもともと口数の多い方ではないし、ちょうどいいのではないだろうか。


「モニカから聞いたと思うが……あのケイって娘は、ついこの前まで目が見えてたんだ。それが、あんなことに……」

 そう言いながら、ジョニーは顔を歪めた。一方、そのジョニーの表情を見たギブソンは、思わず首をかしげる。かつてバイパーと名乗っていた男は、他人のためにこんな表情はしないはずだ。

「オレはケイを守ってやりたいんだよ。それが、あいつとの……マットとの約束でもあるからな。マットはあの双子のために……いやオレたち全員のために命を捨てた。だからマットがいない今、オレは奴の代わりに双子を守る。そう決めてんだ」

 そう言うと、ジョニーはギブソンに視線を移す。

「ケイは、マルコのことが気に入ったらしい……だがな、オレは反対だ。お前らの噂は聞いてる。良からぬ噂を、な。お前らは、あちこちのギャングどもと提携してるらしいなあ。虎の会、バーター・ファミリー、そしてギース・ムーンとも……」

 そこで言葉を止め、獰猛な目付きでギブソンを睨むジョニー……ギブソンの表情も変わった。ヘラヘラした態度が消え失せる。

「何が言いたいんですか? はっきり言ってもらえませんかねえ、バイパーさん……」

「オレの名は、ジョニーだ……はっきり言ってやる。オレたちは最近、ギャング連中とは仲が良くないんだよ……虎の会やバーター・ファミリーのチンピラ共とは、これまでにも何度か揉めてる。この先も、恐らく仲良く出来そうにはない。もし……オレたちを殺せ、という命令が来たら、お前はどっちに付くんだ?」

 言葉の途中から、ジョニーの瞳に凶悪な光が宿っていた。彼はその顔を近づけて来る。目には見えないが、はっきりと感じ取れる血と暴力の匂い、そして殺気……。


「返答次第では……お前ら二人には、いずれ死んでもらうことになる」


 ジョニーの口調は静かなものだった。しかし、その言葉にこめられた思いが真剣なものであることは、彼の表情からも察することが出来る。ジョニーはじっとギブソンを見つめた。無言のプレッシャー……だが下手な言葉より、よほど雄弁に気持ちを伝えてくる。

 ギブソンは黙ったまま、視線を移した。マルコは楽しそうに笑っている。あんな表情を見るのは、初めてではないだろうか。ケイの何気ない言葉が、マルコにとっては素晴らしい意味を持っているらしい。

 ギブソンはふと、シェリーと出会った頃を思い出した。あの時の自分はどうだったろうか。最悪のヤク中で、しかも世の中の全てから見捨てられていたのである。マルコと似たような環境だ……ギブソンは口元を歪める。

「バイパーさん、あんたが化け物みたいに強いことは知ってる……だが、そいつは無理だ。いくらあんたでも、マルコを殺すのは難しいと思うよ。それに……もし依頼が来たなら、オレは相手が誰だろうが殺る。ただし、マルコには自分で決めさせるよ。マルコには……ケイを殺せない。つまり、あんたはオレ一人を殺せばいいだけ、さ」

「……オレの名は、ジョニーだ」

 ジョニーはそれだけ言うと、地面を腰を降ろした。そして、視線をマルコとケイの方に向ける。ケイは声を上げて笑い、マルコは照れくさそうな表情を浮かべていた。

 その時、ギブソンは口を開く。

「逆に聞くが……バイパーさんよう、あんたはマルコをどう思う? もしマルコがイケメンの青年だったら、あんたはどうする? 反対するか?」

 ギブソンの問いに対し、顔をしかめるジョニー。

「お前の言いたいことはわかる。要するに、人を見た目で判断するなと――」

「違う。マルコの場合、そんな単純な問題じゃねえんだ」

 ギブソンは冷たい表情でジョニーを見つめる。

「見ての通り、マルコは……実の母親でさえ見放したくらいの醜さだ。マルコはいい奴なんだよ……優しくて、人に気を遣うことも出来る。アメデオは、マルコによく懐いているんだ。だが、普通の人間がマルコを見たら、何を思う? 化け物、としか思わねえだろうさ。たとえマルコの内面が聖人君子のようであろうとも、みんな心の中では、化け物と思っているのさ」

「……かもしれねえな」

「だがな、ケイにはマルコの顔が見えない。他の人間とは違い、視界からの情報に惑わされることなく、マルコの内面だけを見てくれるんだ。ケイは、マルコという人間を本当に理解できるんだよ……オレたちと違ってな」

「オレたち?」

 ジョニーは訝しげな表情になる。だが、ギブソンは切なそうな目で頷いて見せた。

「そうさ……オレはマルコと一緒に寝泊まりしてる。あいつの純粋な部分、そして優しい部分を知ってる。そんなオレでさえ、あいつの顔は醜いと思うんだよ。オレに視界があるかぎり、奴を醜いと思う意識からは逃れられないんだ……」

 そう、寝食を共にしているギブソンですら……ふとしたはずみに、マルコの顔は醜いと感じるのだ。

 同時に、そう感じてしまう自分が腹立たしいのも事実である。マルコの境遇に心から同情し、偉そうなことを言っている自分も……結局は他の人間と変わりないのではないか、という思いが頭の片隅に引っかかっている。

 いや、それより悪いかもしれない。マルコを見て「化け物」と口に出す人間と、口には出さないが内心でそう思っている人間……前者の方がむしろ正直だ、と言えなくもない。

 自分は結局、嘘つきなのではないだろうか……。


「なるほどな……お前の言いたいことはわかる。だがな、オレはケイに幸せになってもらいたいんだ。さっきも言ったが、オレはマットに借りがある。あいつと出会わなければ、オレはただのクズ野郎で終わってたはずだ……あいつの願いは叶えてやりてえんだよ。だから……オレは二人が付き合うのは賛成できねえ」

「バイパーさんよう……さっきから話に出てくる、そのマットってのは何者なんだい?」

 不思議に思い、ギブソンは尋ねてみた。かつてバイパーと呼ばれていた男は、明らかに変化している。

 そもそも、この男は素手で熊を殴り殺せるほどの男のはずだ。幼い頃に研究所に拾われ、筋肉増強剤やらナノマシンやらを投与された。ほとんどの子供は、肉体が耐えきれずに途中で死んでしまうはずなのだが、ジョニーは生き延びたのだ……。

 その後は、人殺しのための訓練を受け続けてきた。そして凶悪なテロリストや脱走した異能力者、さらには人間社会に紛れ込んだ人外を狩るための特殊部隊に入ったが、そのあまりの凶暴さゆえに味方からも恐れられていた男……ギブソンはそう聞いている。事実、数年前に彼が見たバイパーと名乗る男は凶暴そのものだった。ヘマをした部下を片手で持ち上げ、ぶん投げて見せたのだ。

 しかし今、目の前にいる男は……体が大きく人相が凶悪な点は同じである。しかし、ケイを見つめる表情は優しいものだった。怪物のように恐れられていた雰囲気はない。


「マットか……マットは、オレに本当の敗北を教えてくれた男さ。オレはあいつに負けたままだ……」

 ジョニーの顔には、どこか悔しげな表情が浮かんでいる。それを見ていたギブソンの頭に、ある疑問が浮かんだ。

「ひょっとして、あんたを叩きのめしたのかい? マットってのは、よっぽど恐ろしい男なんだな」

「いや、逆にオレが叩きのめしたのさ……それが出会いだ。腹の出始めた中年のオヤジだったよ。だが、オレの知る限り一番強い男だった。殴ろうが蹴飛ばそうが、奴は立ち上がった。そして、このオレに向かって来たんだ。勝ち目なんかないのにな……双子のユリとケイ、ロバーツを守るためにな」

 そして、ジョニーは視線をロバーツに向ける。ロバーツは遊び疲れたのか、ケイの足元で、腹を地面に付けた伏せの姿勢をとっている。

「オレは今までの人生で……唯一、マットにだけは勝てなかった。あいつはオレに、本当の強さを教えてくれたんだよ……」

 ジョニーは神妙な面持ちで語る。ギブソンは何とも言えない思いに襲われた。彼の知る限り、バイパーと名乗っていた時代のジョニーは最強だったのだ。人間の持てる身体能力を野獣のレベルまで強化し、さらに毎日の戦闘訓練により、恐ろしい怪物と化したジョニー・バイパー・プレストン……逮捕されたのも、コントロールしづらくなった怪物を刑務所に厄介払いするための冤罪だ……という説まであるくらいだ。

 そのジョニーが、自ら敗北を認めた。それも、腹の出始めた中年のオヤジに……一体、どんな男だったのだろう? ギブソンは興味を抱いた。どこか落ち着いた場所で、詳しい話を聞いてみたい。そもそも、ジョニーのような男がなぜ、孤児院のような場所で働いているのか……そのあたりも、今一つわからない。

「なあ、お前ら……そろそろメシでも食いに行かないか?」

 そう言いながら、ギブソンは立ち上がった。すると、真っ先に反応したのはロバーツだ。すっと起き上がり、とことこ歩き出す。それを見たアメデオも立ち上がり、ロバーツの後を追った。

「え……おじさん、どこで食べるの?」

 ケイが座ったまま尋ねる……ギブソンは苦笑した。

「ボディプレスって店がある。みんなで、そこに行ってみようぜ。あとなあ……おじさんて言うな。オレの名はギブソンだ。まだ二十六だぜ」

「二十六は、もうおじさんだよ……ねえマルコ?」

 ケイは、今度はマルコに同意を求める。するとマルコは、困ったような表情を浮かべた。

「え……あ、いや……違うと思う……」

「ちょっとマルコ……あんた、どっちの味方よ? おじさんの味方すんの?」

 ケイに詰め寄られ、さらに困った様子で下を向くマルコ……ギブソンは苦笑した。

「面倒くさい奴らだな……いいよいいよ、好きに呼んでくれ。おじさんでも、おっさんでもいい」

 言いながら、ギブソンは嬉しくなってきた。マルコが親しげに女の子と会話している……そんな場面が見られるとは思っていなかったのだ。マルコはどんどん変化している。野獣から人間へと。出会った当時は、ギブソンも命懸けであった……傷たらけの体で獣のように吠え、威嚇してきたマルコ。あの頃は、マルコがどれだけ危険な男なのか、ギブソンにはわかっていなかったのだ。

 今から思えば、奇跡に近い偶然である。マルコが自分に対する警戒を解いてくれたのも、自分に懐いてくれたのも……一歩間違えれば、マルコの一撃でギブソンは首をへし折られていたのだから。

 そうならなかったのは、運命の導きによるものだろうか……いずれにしても、ギブソンと出会ったことにより、マルコは変わったのだ。ギブソンは、照れながらケイと話しているマルコを微笑みながら見つめる……。

 だが――


 これが上手くいかなかったら、マルコはどうなるのだろう?


 ギブソンには、どうしても不安をぬぐい去ることが出来なかった。色恋沙汰の挙げ句、相手を殺してしまったケースは……古今東西、数えきれないほどあるだろう。マルコがそうならないという保証はないのだ。

 ギブソンはその時、ケイが自分をおじさんと呼ぶ理由がわかった気がした。自分はマルコの心配ばかりしている。若いうちは、とかく向こう見ずで突っ走るものだが……今の自分には、それが出来ない。マルコを心配するばかりだ。さらに言うなら、自分の教育方針にも不安を抱いている。

 盲目であるがゆえに他の感覚が鋭敏になったケイは、自分のそういった部分を見抜いているのではないだろうか。


「おじさん! 早く行こうよ!」

 ケイの声で、ギブソンは我に返った。見ると、マルコがケイの手を握っている。店まで誘導するつもりなのだろう。ジョニーはその横に立っている。ロバーツはジョニーの足元に座り、じゃれついてくるアメデオを上手くいなしている。ギブソンは苦笑し、歩き出した。





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