願いの代償・前編
「あいつら……」
カイトは、十メートルほど先でたむろしている男たちを睨みつけた。男たちはみな人相が悪く、体もカイトより大きい。ボロボロの服を着てはいるが、この辺りではさほど珍しいものではない。
一方、後ろにいる子供たちは怯えた様子で後退りする。今日もまた奪われるのだ。子供たちが必死になって稼いだ、僅かな金や食料を……。
「よう、カイト……ごくろうさんだったなあ。今日もいただきに来たぜ」
男たちの一人が、そう言いながらニヤリと笑う。カイトは唇を噛みしめた。だが、彼らに逆らうことは出来ない。自分たちのような弱者は所詮、強者に生かしてもらっている身分なのだ……強者に逆らっては、ここで生きていくことが出来ない。
生まれてから今まで、カイトはひもじい思いをし続けてきた。これまでの人生で、満腹になったことは数えるほどしかない。いつも飢えていた。だが、食料を恵んでくれる者など皆無である。両親は早くに亡くなり、天涯孤独の身の上であった。カイトは仕方なく、野草を摘んだり野ネズミやハトなどの小動物を捕えて食べ、飢えを凌いでいたのだ。
幸いなことに、カイトは幼い頃より逞しくすばしっこい少年だった。さらに他の孤児と助け合い、様々な道具を使い、エメラルド・シティの底辺でどうにか生き延びていった。
月日が流れ、カイトは十五歳になった。少年から青年へと変わり行く年齢である。体は大きくなった。さらに、このエメラルド・シティで生き抜くために必要な知識と知恵も身に付けていたのだ。
そしてカイトは、かつての自分と同じような天涯孤独の幼い子供たちを集めて廃墟に住み着いた。そこで彼らを統率し、生活するようになる。
やがてカイトは、子供たちの中でも強い者を率いてZ地区に入り込むようになった。Z地区なら、ギャングたちと衝突せずに済むからだ。カイトは手製の弓や槍、さらに罠などを用いて野犬や野うさぎなどを仕留めたり、川で魚を採るなどして日々の糧を得るようになったのだ。
さらに市場で雑用をしたり、捕まえた野うさぎの肉を売るなどして僅かな賃金も貰えるようになった。
彼らの生活は、決して豊かなものではなかったが、それでも平和だった。
だが……そんなカイトと子供たちの生活は、ある日を境に一変する。
一月ほど前のことだ。カイトと子供たちの前に、突然ふらりと現れた集団がいた。どこか大きな組織から弾き出されてしまった元ギャングたちであろうか。全部で十人ほど。銃の類いは持っていないが……カイトたちから見れば、脅威となりうる存在であった。
そして彼らは、こんな提案をしてきたのだ。
「オレたちがお前らを守ってやる。その代わり、お前らは食料と金を差し出すんだ」
カイトは迷った。だが、目の前の男たちは信用することが出来ない……そもそも、本当に他のギャングたちと渡り合えるほど強いのであるならば、自分たちのような子供など相手にするはずがないのだ。
「そう言って下さるのは、ありがたいんですが……オレたちには、あなたたちに払えるほどの物はありません。オレたちだけでやっていきます」
カイトはそう答えた。しかし、男たちは聞く耳をもたなかった。
「遠慮するなよ。オレたちはな、子供の味方なんだぜ……困ったことがあったら、何でも言いに来い。オレたちを敵に回したらどうなるか、よく考えろ」
そして男たちは、子供たちの寝ぐらの近くに住み着いてしまったのだ。言うまでもなく、味方とは名ばかりだった。彼らは何もせず、ただ子供たちを働かせるだけ……そして子供たちの食料や僅かな金を横取りしたのだ。男たちは何の役にも立たなかった。
だが、逆らうことは出来ない。逆らえば、奴らからの暴力が待っているのだ。それも自分にではなく、弱い子供たちが暴力の餌食になるのだ……。
そう、自分一人だけならば、さっさと逃げていただろう。だが、自分が逃げたら……他の子供たちはどうなる? 他の幼い子供たちだけでは、獲物を捕らえるのは恐らく無理だろう。いや、それ以前に……奴らは腹立ちまぎれに何をするかわからない。
「おいカイト、今日は何が捕れた?」
男たちのリーダー格、バクストンが声をかける。バクストンは二メートル近くあり、体重も百二十キロはあるだろう。体の大きさだけで、大抵の人間を圧倒できる男だ。しかし、彼が圧倒しているのは……自分の体重の半分もないような子供たちであった。
「い、いえ……今日はあんまり……」
カイトは愛想笑いを浮かべながら、捕まえた獲物を差し出す。鳥が二羽だけだ。実のところ、自分たちの食べる分は他の場所に隠してあるのだが。
「おいおい、たったこれっぽっちかよ。これじゃあ、オレたちは飢え死にしちまうぜ。もう一回、行ってきてくれや。あ、そう言えば……ちょっと大変なことが起きたぞ」
そう言うと、バクストンは気の毒そうな顔をする。珍しいことだ……いったい何が起きたのだろうか。カイトは不安になった。
「え……ど、どうしたんですか?」
「それがな、ジムが死んじまったんだよ。可哀想になあ」
「え……ちょっと待ってくださいよ……何があったんですか!」
カイトは思わず叫んでいた。そしてバクストンに詰め寄る……だが、バクストンは困ったような表情で首を振るだけだった。
「いや、オレもよくわからねえんだよな……外で遊んでて、転んだ拍子に首を折ったみたいだ。オレたちが駆けつけた時には、もう死んでたんだ……ま、オレたちのせいじゃねえからな。しかし気の毒な話だよ。まだ小さかったのにな」
「じゃ、じゃあ死体は!? 死体はどこにあるんですか!?」
なおも食い下がるカイト……だが、バクストンは肩をすくめた。
「いや、しょうがねえからオレたちで深い穴掘って埋めてやったんだよ。大変だったんだぜ……なあ、お前たち?」
バクストンのその言葉の後、子分のジョージが口を開いた。
「そうだぜカイト。オレたちはな、墓穴を掘って疲れちまったんだよ……なんたって、深く掘らねえといけないからな。おかげで疲れたよ。だから、もっとマトモな物を食わしてくれ。食い物がないなら、引ったくりか強盗でもやって金稼いでくれや」
そう言うと、周りの男たちも笑い声を上げた。
カイトは怒りに震える……ジムは十二歳の少年だった。体が弱く、狩りに連れて歩くことは出来なかったのだ。代わりに女の子たちと一緒に、服を直したり料理の支度をしたりしていた。ジムは優しく、仲間思いの少年だったのだ。なのに奴らは、ジムが死んだことを何とも思っていないらしい……。
だが、その時カイトの頭に疑問が浮かぶ。ジムはとても体が弱かったのだ。先天的なものなのか、あるいは後天的なものなのかは知らないが、走ったりすると直ぐに息が切れた。そして胸を押さえて座りこむ……そんな少年だった。だからこそ、カイトはジムを置いて行ったのだ。しかも、ジムはそんな自分のことをすまなく感じていた。カイトたちが狩りに行っている間、少しでもみんなの役に立とうと、細々した作業を率先して行なっていたのだ。
そんなジムが、みんなが狩りに出ている時に外で遊んだりするだろうか? しかも、その挙げ句に首を折って死亡する……あり得ない話だ。
「すみません、本当にジムは遊んでいたんですか? あいつは体が弱かったんですよ? 外で遊ぶなんておかしい――」
「うるせえなあ……なあカイト、オレたちが嘘をついているとでも言いたいのかよ?」
バクストンの表情が変わった。同時に腕が伸びる。カイトの襟首を掴み、そして引き寄せた。凄まじい腕力だ……カイトは苦しさのあまり、必死でもがいた。だが、その腕は微動だにしない。そしてバクストンは顔を近づけてきた……。
「調子に乗るんじゃねえぞクソガキが……お前はオレたちの言うことを、黙って素直に聞いてりゃあいいんだよ。いいか、お前のことを大目に見てやってんのはな、食い物と金をきちんと持って来られるからだ……わかったな?」
バクストンの声は凄みを帯びている……その表情は獰猛なものになりつつあった。その気になれば、カイトの首をへし折ることなど造作もないことだろう。
「わ、わかりました……」
カイトはかすれ声で、どうにか返事をした。ここで殺されるわけにはいかない。もし、自分が死んでしまったなら……残された子供たちが、どんな目に遭わされるかは容易に想像がつく。正に生き地獄だろう。奴らは、何をしでかすかわからない。子供が相手でも容赦しないのだ。
カイトは以前から、バクストンと取り引きしていた。バクストンの言うことは聞くし、食べ物や金はきちんと持って来る。その代わりに女の子たちに手は出さないでくれ、と……カイトは震えながら頼みこんだ。
だが意外にも、バクストンはその条件をあっさりと呑んだ。
「構わねえよ。オレはガキの女には興味ないしな。ただ、オレの子分どもはガキが相手でも、女となればヤっちまうかもしれねえ……オレが奴らを力で押さえ付けておかねえと、何が起きるかわからねえぞ。オレの言いたいことはわかるな?」
バクストンの言葉に対し、カイトは頷くことしか出来なかった。子供たちの中には女の子もいる。一番の年長者は、十四歳のクリスだ。クリスの体は、もうすっかり女らしくなってきている。男たちに襲われたとしても不思議ではない。カイトは責任感の強い少年である……他の子供たちを、暴力の餌食にしたくはなかったのだ。だからこそ、今までバクストンたちの言いなりになってきた。彼らに食料と金を渡し、少しでも機嫌を損ねないように努めてきた。
だが、ついに死人が出てしまったのだ……。
カイトは涙をこらえ、子供たちの元に戻る。泣くわけにはいかない。子供たちの前では、カイトは強く頼もしいリーダーでなくてはならないのだ。
「カイト……ちょっと来て……」
夕食の後、不意にカイトは声をかけられた。相手はクリスだ。クリスは辺りを見回しながら、慎重に外に出て行く。カイトも後から続いた。
「クリス、どうした?」
カイトが尋ねると、クリスはちらりとバクストンたちの住みかを見る。バクストンたちは、カイトや子供たちの住む廃墟の上の階に住んでいるのだ。時おり、バカ騒ぎしているらしい声が響いている……。
「絶対に言うな、って言われてたけど……あんたが居ない間、ジムは奴らの部屋に呼ばれてたの……」
「待てよ、それはどういうことだ?」
「ジムは黙ってくれって言ってたし、何をされたのかも言わなかった。でも、あれは絶対、何かされてたんだよ……」
「ジ、ジムは男だぞ……男に何を――」
「バクストンは……男の方が好きなんだよ……」
「んだと……」
カイトは怒りのあまり震え出した。確かにジムは華奢な体と綺麗な顔をしていたのだ。それに……言われてみれば、最近は暗い表情を浮かべていることも多かった。だが、カイトは気にも止めていなかった。というよりも、バクストンたちの機嫌を損ねないよう、いかにして貢ぎ物を稼ぎ出すか……そちらの方で頭がいっぱいだったのだ。
「それで……今日も……呼ばれて……虚ろな目で……出て行って……そしたら……」
クリスの体も震え出す。声には嗚咽が混じり、目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。
カイトは、バクストンたちのいる部屋を睨み付けた。出来ることなら、今すぐにでも乗り込んで行って皆殺しにしてやりたい。だが……自分の力では、奴らのうち一人か二人を殺すのがやっとだろう。
しかも、そんなことをしたら自分は殺され、子供たちはさらに酷い目に遭うだろう。目の前で泣いているクリスにいたっては、奴らの性欲の捌け口にされてしまうかもしれない。
そうだ……。
ジムが死んだ今、バクストンは他の子供たちに手を出すかもしれない。
仕方ない……。
みんなを連れて、ここから逃げよう。
奴らの居ない場所に行こう。
カイトは心を決めた。もっと早く、こうすべきだったのだ。もっと早く決断していれば、ジムは死ななくても済んだのに……。
「クリス……みんなに伝えてくれ。明日、ここから逃げよう」
「え……本当に?」
「うん。もっと早く、こうすべきだったんだ……」
翌日、カイトはいつもと同じように、子供たちを連れて狩りに出かけた。
ただし、Z地区に入り込むと同時に、皆を近くの洞窟に集める。
そして、皆の顔を見渡した。
「いいか、お前ら……ジムはバクストンたちのせいで死んだ。放っておいたら、また死人が出る。オレはもう我慢できない。今日の夜、みんなを連れてこの洞窟に移る。いいな?」
カイトの言葉を聞き、子供たちの顔に浮かんだのは戸惑いの色だった。互いに顔を見合わせる。だが、カイトは言葉を続けた。
「わかったな? これ以上、バクストンたちと一緒に暮らしてたら……また誰かが殺されるか、あるいは酷い目に遭わされるんだ。だから今夜、ここに移る。いいな」
カイトは有無を言わさぬ表情で、子供たちを見つめる。子供たちは迷っている表情だったが――
ややあって、意を決した表情で頷いた。
「よし、決まりだな。じゃあ、いったん戻ろう。あとは今夜――」
「お前ら、こんな所で何をやってるんだ?」
後ろからいきなり聞こえてきた、とぼけた声……カイトは慌てて振り返る。
そこにいたのは、市場でたまに会う男だった。名前はギース・ムーン。墓守をしているらしい。右手には黒光りする金属製の義手を付けている。常に軽薄そうな表情を浮かべているが、街の人間からは一目置かれている存在だった。
「な、何だ……ギースさんか……」
カイトがほっとして呟くと、ギースは笑みを浮かべた。
「どうせお前ら、よからぬ相談でもしていたんだろうが。それより、お前らはバクストンの一味に目を付けられたらしいな……可哀想だが、まあ頑張れや」
言いながら、ギースは平然とした顔で洞窟の奥まで進んで行く……カイトと子供たちは、唖然とした表情でその様子を見ていた。




