事件の真相・前編
『事件の真相』の主な登場人物
◎ギース・ムーン
エメラルド・シティで墓守りをしている男ですが……一部では、この街のパワーバランスを一変させてしまう男であるとも言われています。
◎タン・フー・ルー
エメラルド・シティの浮浪者たちのリーダーです。
◎アンドレ
バー『ボディプレス』のママをしている巨人女装家です。見た目は色物……しかし、語る言葉は深いものを秘めてます。
◎バニラ
留置場の係をしている警官です。
◎レイモンド
一見パトロールの警官ですが、実は……。
◎キーク・キャラダイン
最悪の評判を持つ警官です。五年前、爆発事故に巻き込まれて死亡しました。
エメラルド・シティには法が無い。一応、治安を守るための警察はいるが……大抵の場合、犯罪は見て見ぬふりである。下手をすると、警官自身が空き巣や強盗をするケースも少なくないのだ。
また、ここには人ならざる者も棲んでいる。人外と呼ばれる怪物たち……吸血鬼、狼男といったような名で呼ばれている伝説上の生き物だ。もっとも、この街では普通に存在しているのだが……。
彼らは、人間を食べる。そう、人肉が主食なのである。そして人外たちは、街を仕切るギャングと契約を交わした。夜の十時を過ぎれば、外をうろつく人間たちを食っても構わないと……さらには、Z地区と呼ばれる場所に、死体を投げ捨てていくこともある。死んだばかりの人間を……人と人ならざる者は、一応は共存していたのである。
そんな街に、奇妙な一団がやって来た。年齢は全員、二十歳前後。男三人に女一人、合わせて四人という編成だ。ビデオカメラを担いだり、ICレコーダーを手にしている。その姿は、他の観光客とは明らかに違う雰囲気である。その顔つきからは、知的好奇心と使命感、そして野心が感じられた。
・・・
◎街のチンピラA
何だいあんたら? オレに何か聞きたいのか?
「五年前に起きた事件のことを聞きたいんですが……エメラルド・シティの勢力図が一変し、街中で吸血鬼が暴れて百人以上の死者が出た、とボクたちは聞きましたが……」
え、あの事件のこと? いやあ、オレは大したことは知らないよ……噂だけだね、噂。この街じゃあ有名な話だけど。
「でしたら……知ってる範囲で構わないので、聞かせていただけますか?」
うーん……タダじゃあ聞かせられないなあ。あんたらに一つ教えてやるよ。このエメラルド・シティじゃあ、情報は金になる……逆に言うなら、何か知りたきゃ金払えってことさ。
「……なるほど。ありがとうございました。では、また今度――」
お、おい……ちょっと待てよ。わかったよ、安くしとくから……え、たったこれだけ? しみったれてんな……ウソウソ。ありがとさん。そもそも、あの事件は……大陸の連中が、街を仕切るギャングの親玉の首をすげ替えようとしたのが始まりらしいぜ。自分たちの犬にギャングたちを仕切らせよう、そうすれば街を支配できる……そこから始まったんだよ。で、そのためにエージェントのエバン・ドラゴってのが派遣された……らしいんだよ。
「エバン・ドラゴ……ですか?」
ま、あくまでも噂だけだどな。ドラゴは手始めに、あちこちに根回しして、街のギャングどもが揉めるように仕向けたらしいんだ。さらに、ギャリソンとかいう大物ギャングも抱き込み、ゴメスとトレホを暗殺したって話だ。
「ゴメスとトレホ……何者です?」
おいおい、んなことも知らねえのかよ……ゴメスってのは、当時このエメラルド・シティの約三分の一を仕切ってたギャングだよ。トレホってのは、そのゴメスの片腕さ。けどな、ドラゴとギャリソンにハメられ、あの世逝きさ。
「では、そのドラゴこそが事件の黒幕だったのでしょうか?」
まあ、一応そういうことになってる……あくまで噂だけどな。オレが知ってるのは、その事件の時にクリスタル・ボーイっていう大物のヤクの売人が、ギャング同士の抗争に巻き込まれて死んだ。さらには、ギャング組織のボスであるタイガーのボディーガードをしてた死神っていう化け物もまた、事件の巻き添えを食って死んだらしい。あの事件で、かなりの数の有名人が死んじまったんだよ。
「なるほど……ところで、ガロードという吸血鬼が街中で暴れて百人以上の死者が出た、という話ですが……そもそも、ガロードは何故そんなことをしたんですかね?」
んなこと、オレに聞かれてもなあ。だいたいガロードに関しては、吸血鬼だってこと以外は何も知られてないんだよ。エメラルド・シティの有名人なのは間違いないんだが……わかってることは、真っ昼間にいきなりギャングたちの前に現れ、そして皆殺しだよ。あれは凄かったらしいぜ……実際、ガロードの事件のあと、エメラルド・シティから大陸に戻った連中が相当いたらしいからな。ま、オレが知ってるのはそれくらいだね。
「そうですか……わかりました。ありがとうございます」
・・・
◎パトロール中の警官A
ああ? 何なんだよ、お前らは?
「あの……治安警察の方ですよね。その……ボクたちはジャーナリスト志望なんですが、取材させていただけませんか?」
取材? 別に構わないけど……何の?
「あの……五年前にこの街で起きた、吸血鬼による虐殺事件のことです……」
ああ、あれか。あれは酷かったな。オレは直接、ガロードがギャングを殺す場面を見たわけじゃない……見たわけじゃないんだが、死体の後始末をさせられたんだよ。いや、あれはもう……爆撃でもされたんじゃないかと思ったくらいさ。大勢の人間がミンチになってたんだぜ。
「は、はあ……ミンチ、ですか……」
そうさ……このエメラルド・シティにいる警官ってのは、みんなロクデナシだよ。ここに飛ばされちまった以上、せいぜいが賄賂をもらい、私腹を肥やし、何事もなく勤め上げ退職する……それを目標にするしかないのさ。ここから大陸の勤務に戻るのは、まず不可能だしな。
「そ、そうですか……」
ああ。だがな、あんなミンチ化した死体なんか見ちまったら……そりゃ嫌になるわな。おかけで、大勢の警官が辞めちまったよ。今じゃあ、治安警察は軍人と同じくらい、キツくて危険な仕事になっちまった。その事件があってから、採用の基準も恐ろしく下がっちまったよ。前科者でも採用する始末だ。最悪さ。
「いや、それは大変でしたね。ところで……ガロードについて、何かご存知ないですか?」
ガロードねえ……あいつに関しては、いろんな噂が流れてる。吸血鬼の真祖だとか、実はどっかの国が造り出した生物兵器だとか……中には、ガロードなんて吸血鬼は実在していない、なんてことを言い出す奴までいるくらいさ。
「実在していない? どういうことです?」
よくある陰謀説さ。ド派手な事件の裏に蠢く大国の陰謀、みたいな。軍の特殊部隊がやったことを、いもしない化け物のせいにした……バカげた話だよ。だがな、そんな意見まで飛び出すくらい、あの事件は衝撃的だったってことさ。
「そういえば、エバン・ドラゴというギャングの正体は、大陸から派遣されたエージェントだったという話を聞きましたが……」
ああ、ドラゴか……まあ、エージェントだったとしても、おかしくはない。なんたって、エメラルド・シティに来て一月くらいで大物になっちまったからな……一時期は、虎の会を乗っ取る寸前までいってたらしいし。
「虎の会?」
そう、虎の会。エメラルド・シティの三分の一を仕切るギャング組織さ。タイガーって女ボスがいて、脇を固めるのがギャリソンと死神だった。ところが……ギャリソンが裏切り、死神が殺された。ボスのタイガーも命を狙われ、殺されかけたんだが……ジュドーって奴に命を救われ、匿われた。その隙に、ドラゴは虎の会を乗っ取ろうとしてたんだよ……事実、乗っ取りかけてはいたんだ。
「そこで、ガロードが登場したわけですか」
そう。ガロードが乗り込んで行き、ドラゴと子分たちを皆殺しにしちまった……ドラゴがエージェントだったって噂は、オレも聞いたことがあるよ。死んじまった今となっては、真相は不明だがね。一つ言えるのは、ガロードがあいつを殺しちまったせいで、全てがうやむやのままだ。
「なるほど……では、ガロードについては――」
あのな、オレはこれ以上は知らない。もっと詳しい話が知りたきゃ、情報通にでも聞くんだな。タン・フー・ルー、アンドレ、そしてギース・ムーン……この三人が情報通さ。
「え……ちょっと待ってください。タン・フー・ルー、アンドレ、ギース・ムーンですね。何者です?」
タン・フー・ルーは浮浪者たちを仕切ってる老人だよ。八十は過ぎてる。アンドレは『ボディプレス』ってバーのママだよ……オカマのな。ギース・ムーンは墓守りをしてる。この三人に聞けば、大抵のことはわかる。ただ、三人とも会うのは難しいな。特に、ギース・ムーンは滅多に墓場から出て来ないし、一見客には会おうともしない。アンドレは気に入った客とじゃなきゃ話さないし……やっぱり三人の中じゃ、タンが一番話しやすいかな。
・・・
◎タン・フー・ルー
「すみません、あなたがタン・フー・ルーさんですよね?」
そうだが……お前ら、いったい何の用だ?
「あ、はい……ボクたちはジャーナリスト志望の者です。今日はエメラルド・シティに住んでいる方々から、色々とお話を聞かせていただきたいと思いまして……」
そうか……で、ワシに何を聞きたい?
「あの……ガロードが起こした五年前の事件について聞きたいんですが……」
あの事件か。あれは実に痛ましい話だよ。多くの血が流れ……死ぬ必要のない者が大勢死んだ。大陸の一握りの人間が、つまらんことを考えたためにな。
「じゃあ……エバン・ドラゴはやはり大陸のエージェントだったんですね?」
そうだ……結局は奴も、ゲームの駒の一つに過ぎなかったわけだが。そう、ガロードもしょせんは駒の一つだったのかもしれぬ。神が、エメラルド・シティという名の盤上で遊んでいたゲームの、な。
「なるほど……ところで、ガロードと会ったことはありますか?」
ない。会いたくもないな……ガロードは人の理を外れた、呪われし存在だ。奴は百人以上の人間を殺めた怪物なのだよ……ガロードを英雄視する者もいる。しかし、奴は吸血鬼だ。呪われし生を続けなくてはならぬ運命……人間とは、永遠に相容れぬ存在だよ。
「そうですか……わかりました。ではこれで――」
待て。ワシもあんたらに聞きたい。あんたらはどうしたいのだ?
「え? どうしたい、と言われても……」
お前たちは、何のために事件のことを調べるのだ? 先ほどは、ジャーナリスト志望です、と言っていたな……ジャーナリストを目指しているお前たちが、伝えようとしているものは何なのだ?
「そ、それは……」
単なる好奇心、あるいは若さゆえの功名心ならば……このあたりで手を引け。これ以上のことは、お前たちが知る必要はない。下手に首を突っ込めば、お前たちは生きて帰れなくなるかもしれんのだぞ……その覚悟はあるのか?
「……ボクたちは、このエメラルド・シティで起きた事件を、もっと多くの人々に知ってもらいたいと思っています。だからこそ、こうして取材に来ているんです」
危険な目に遭う覚悟はあるのか? この事件には、大小さまざまな組織……そして多くの人間の思惑が絡み合っている。真相を知れば、命を落とすかもしれんぞ。
「か、覚悟は出来ています……」
ならば、キーク・キャラダインという名の警官について調べてみるといい。あの事件で、爆発事故に巻き込まれ亡くなった男だ。
「キーク・キャラダインですか……わかりました」
・・・
◎パトロール中の警官A
何だ、またお前らかよ。どうしたんだ?
「あの……あなたに教えていただいた、タン・フー・ルーさんに会って話を聞いてきました」
そうか。良かったな。
「そしたら、キーク・キャラダインという名の警官について調べてみろ、と言われました」
キーク・キャラダイン? ああ、いたなあ、そんな奴。爆発事故で死んじまったけど……あいつがどうしたんだ?
「あの事件に関係あると聞きましたが……」
キークが? いや、それは有り得ないよ。あいつはどうしようもないクズ警官だぜ。あいつが死んだ理由を聞いたら……お前ら笑うよ。
「はあ……いったい、どんな理由なんです?」
あいつはな、空き巣に入ってたんだよ。そしたら、その家には大量の銃器だの弾薬だの爆発物だのが置いてあったのさ。ま、エメラルド・シティでは珍しくないがな。で、ちょっとした弾みで銃器が暴発しやがった。結果、大爆発……キークの野郎、ミンチみたく粉々になってたらしいぜ。吹っ飛ばされた右手の指紋から、キークだと判明したんだけどな。
「あ、空き巣ですか?」
そう、空き巣。しかも、それだけじゃねえんだ。キークは他にも、あっちこっちで悪さをしてた。悪さが過ぎて、トレホにシメられたこともあった。警官がギャングにシメられるんだぜ……どんだけのロクデナシかわかるだろ? トランク署長も何度あいつを殴ったかわからねえ。その度にあいつは「署長が殴ったあ! 署長が殴ったあ!」ってガキみたいに騒いでたけどな。
「はあ……それはそれは……」
とにかくだ、キークについては……バニラって奴の方が詳しいよ。あいつはキークと仲良かったからな。バニラは留置場の係をやってる。あいつはサボり癖があるが、根は悪い奴じゃねえ。バニラに聞いてみな。ただ、時間の無駄だと思うぜ」
「わかりました。ありがとうございます」




