野獣の友 4
Z地区は荒れ果てた場所である。住んでいる生き物は……基本的には、人外と野生動物がほとんどだ。
もっとも、一応は人間も住んでいる。ただし、原始人のような生活をしているのだが……洞穴で雨露を凌ぎ、木の実や川で採れた魚や小動物などを食べて生きている。服は街で拾ってきたボロ切れ、もしくは毛皮だ。
当然、ここに住んでいる者の寿命は短い。いずれは人外か野生動物のエサとなる運命だ。しかし、それでもZ地区に住もうとする人間は後を絶たない。彼らは結局、他の地区では暮らせなくなった者たちなのだ。僅かな生存の可能性に望みを繋ぎ、地獄のような環境で生きる……Z地区は、エメラルド・シティに来た人間が最後の最後に流れ着く場所だった。
そんなZ地区に、ギブソンは入り込んだ。まだ陽は高く、人外どもの蠢く気配はない。マルコは警戒心を露に、あちこち見回している。一方、僅かに先を進んでいるサンズはリラックスしきった表情だ。これから人外と殺し合いをするとは思えない……ギブソンは半ば呆れながら、サンズの後を付いて行く。
「とりあえず、あそこだよ……あん中にボニーはいるはずだ。逃げてなければ、の話だけどな」
そう言いながら、サンズはコンクリートの建物を指差す。かつては、どのような目的で使われていたのか不明だが……現在では朽ち果て、あちこちにひびが入っている。とはいえ、まだしばらくは使えそうだ。少なくとも、雨風を防ぐには事足りるだろう。
「なあ、サンズ……奴らは鼻が利くんだろ? 近づくオレたちの匂いを嗅ぎ付けて、逃げ出してんじゃないのか?」
ギブソンはあたりを見渡しながら尋ねる。
「どうだろうな―――」
「いや、いるよ。妙な匂いがするんだ……たぶん、奴らの匂いだよ」
サンズの代わりに、マルコが答える。そしてマルコはフードを上げ、低く唸りながら建物に入って行く。ギブソンとサンズが後に続いた。
「お前ら、何しに来たニャ……」
建物に入って行った三人を迎えたのは、この言葉だった。同時に、男と女が姿を現す。
男はまだ若く、身長が高くがっちりした体つきだ。ボロボロの粗末な服を着ていて、野性味あふれる顔つきではあるが……どこか人の善さが感じられた。一方の女は、頭に猫のような耳が生えている。男と同じくボロボロの服を着て、筋肉質のしなやかな体、そして男と同じく野生的な顔つきをしている。
「お前ら、何者だニャ?」
女が再度、尋ねてくる。言葉そのものは特徴的で愉快だが……二人からは殺気が漂っている。マルコは低く唸り、前に進み出ようとした。しかし、ギブソンが制する。
「オレたちは殺し屋だ。なあ、あんたボニーさんだよな。あんたは旅行客を殺っちまった……それも六人。オレたちは、あんたを殺さなきゃならねえ。悪いが死んでもらう……」
ギブソンはそう言った後、男の方に視線を向ける。
「あんたがクライドさんだな? オレたちは、あんたを殺せとは言われてない。あんたは……引いちゃあもらえないか?」
「無理だ。ボニーに手を出すなら、お前らこそ全員、死んでもらう」
言葉と同時に、クライドはマルコを睨みながら前に出る……だが、ボニーがその腕を掴んだ。
「クライド……お前には関係ないニャ。さっさと失せるニャ――」
「バカ野郎、オレたちは、一緒にこの世界に来たんじゃねえか。死ぬ時も一緒だぜ」
マルコを睨みながら、言い捨てるクライド。三人の中で一番手強いのは誰なのか、一目で見抜いたらしい……マルコもまた、クライドを睨みながら低く唸っている。
ギブソンは拳銃を抜いた……どうやら、二匹とも仕留めるしかないらしい。一方、ボニーとクライドの視線はマルコに釘付けだ。ギブソンとサンズには、全く注意を払っていない。
ならば、仕掛けるのは今だ。
ギブソンはトリガーを引く――
轟く銃声。そして、弾丸はクライドに炸裂した。よろめくクライド……だが、ギブソンは容赦しない。続け様にトリガーを引く。弾倉が空になるまで撃ちまくる……。
「クライド!」
ボニーが吠える……その瞬間、マルコがボニーに襲いかかった。凄まじいスピードで、ボニーに頭から突っ込む――
だが、ボニーはサイドステップで攻撃をかわした。さらにバランスを崩したマルコめがけ、鉤爪の生えた右手を振り下ろす。
その瞬間、マルコも地面に伏せて攻撃をかわす。同時に床すれすれの低空タックルを放つ――
両足を掴まれ、倒れるボニー……だが、その体勢からも果敢に反撃していく。マルコの顔めがけて蹴りを放ち、間合いを離すと同時に素早く立ち上がる。訓練によるものでない、野生動物の動きだ……二人は、凄まじい威嚇の声を上げながら向き合った。
一方のギブソンはクライドめがけ、さらに拳銃をぶっ放す。しかし、クライドは僅かによろめくだけだった。弾丸が当たった次の瞬間、弾丸は体内から弾き出される。そして、傷はふさがっていくのだ……。
ギブソンは舌打ちした。やはり、もっと殺傷力のある武器でないと無理なのか……だが、室内で手榴弾を使うわけにもいかない。その時――
「ギブソンどいてろ!」
サンズの声。と同時に、彼は飛び出して行き、クライドの前に立つ。
直後、サンズの左手がどろどろに溶け始めた。
そして、一瞬のうちに形が変わる……鞭のような形状へと。サンズは鞭と化した左手を振り回し、クライドめがけ襲いかかる。鞭と化した左手が、クライドの首に巻きつく――
だが、クライドはその鞭を両手で掴んだ。そして恐ろしい怪力で振り回す。サンズは体ごと振り回され、床に叩きつけられる。うめき声をもらすサンズ……。
その時、ひときわ大きな銃声が轟く――
直後、クライドは凄まじい衝撃を受けて吹っ飛び、床に倒れた……。
装甲貫通弾……まさかの時のために、ギブソンが用意しておいた物だ。連発は出来ないが、戦車の装甲でも貫くことが出来る。これなら人外が相手でも、多少のダメージは与えられるはずだった。
「ウガァ!」
巨大な弾丸に体を貫かれ、さしものクライドも苦悶の声を上げる。さらに、その攻撃は意外な効果をもたらした。
「クライド!」
マルコと対峙していたボニーが、悲鳴に近い声を上げる。そしてクライドを助けるべく、ギブソンの方に向きを変えた……時間にして、一秒にも満たない間。だが、マルコにはそれで充分だった。
その僅かな隙を突き、マルコが飛び付いた。同時に、両手がボニーの頭に伸びる。
そして、凄まじい怪力で首をねじ切った。
次の瞬間、ボニーの首は胴体から切り離され、コンクリートの床に転がっていった……。
「ボ……ボニー? ボニー!? 貴様らあぁぁ! 殺してやる!」
クライドの、怒りと哀しみの咆哮……その直後、クライドの姿が変貌する。狼を力ずくで擬人化させたような姿へと。神、いや悪魔の気まぐれにより創り出された怪物が、そこに出現したのだ……。
怪物は吠えると同時に、マルコに突進する――
だが、マルコはその突進を受け止めた。さらに両腕を胴体に回し、一気に持ち上げる。
そのまま、恐ろしい怪力で体を締め上げた。クライドはもがき、両腕を外そうとするが――
今度はサンズが走り、そして跳躍した。その右手は、刃物の形へと変化している。禍々しい妖刀のような形に……。
サンズはクライドの首めがけ、刀と化した右手を一閃させる――
次の瞬間、クライドの首が床に転がる……怒りと哀しみの表情を崩さぬまま。
「いやあ、とりあえず助かったぜ……オレ一人だったら、確実に死んでたな。二人ともありがとさん、金は明日払うからな。じゃあ、とりあえずはそういうことで……」
それだけ言い残し、サンズは去って行った。ボニーの首を片手に持ったまま……何とも掴み所のない、奇妙な男であった。ギブソンは苦笑し、マルコの方を向いた。
「マルコ――」
帰ろうか、と言いかけたが、その視界の端にボニーとクライドの亡骸が入った……ギブソンはどうしても、二人をそのままにしておきたくはなかった。
(死ぬ時は一緒だ)
クライドはそう言っていた。そして……言葉の通り、二人は一緒に死んだ。その絆の深さは、自分などには計り知れない。
若者向けの歌や映画などでは、恋だの愛だのをたやすく口にする。しかし、この二人の繋がりを見ると、そういった言葉がいかに薄っぺらなものであるか……ギブソンは思い知らされた気がした。
だからこそ、ギブソンは二人をそのままにしておきたくなかったのだ。
「マルコ、すまないが穴を掘るの手伝ってくれ」
深く大きな穴を掘り、そこに二人の亡骸を埋める。
そして、ギブソンは思った。彼らの関係は、一体どんなものだったのだろう。単純な恋だの愛だのとも、また違う気がする。もっと根源的な部分での結びつき……いや、人間にはわからないのかもしれない。
少なくとも、自分のような心も体も真っ赤に染まってしまった人間には。
「ギブソン、あっちから妙な匂いがする」
マルコの声により、ギブソンは我に返った。
「何だマルコ……獣でも来たのか?」
「違う。死の匂いと……死にかけてる匂いだ。何かが死んでる……でも、生きてる奴もいる」
そう言うと、マルコは建物の横にある、廃材で建てられたような掘っ立て小屋に入っていく。ギブソンも後に続いた。
中に入ったとたん、ギブソンは鼻をつまんだ。中には死臭が漂っている。耐え難いものだ……そして、宙を飛び回るハエの群れ。ギブソンは顔をしかめながら、手を振り追い払う。
そして、床には犬の死体があった。
「マルコ……もう死んでるぞ」
言いながら、ギブソンは部屋の中を見回す。どうやら、かつては野良犬の住みかであったようだ。母犬だったのだろうか、その横には小さな毛の固まりが三つ……生まれたての子犬だ。死んだあとも母犬から離れまいとしているかのように寄り添っている。
ギブソンは胸が痛んだ。妻と息子の姿を思い出したのだ。床の死体から目を逸らす。しかし――
「いや、こいつはまだ生きてる」
マルコはそう言うと、亡骸に見えるものの一つを持ち上げた。そしてギブソンに見せる。ギブソンが触れてみると、小さな鼓動が伝わってきた。弱々しいが、まだ生きている。だが、このまま放っておけば確実に死ぬだろう。
「マルコ、お前はこの犬をどうしたいんだ?」
ギブソンが尋ねると、マルコは下を向いた。そして子犬を見つめる。
「わからない……」
「マルコ……この犬をどうしたいんだ? 助けたいのか? それとも、このまま放っておくか?」
再度、尋ねるギブソン。マルコに生命の尊さを説くのは馬鹿げている。マルコは殺し屋であり、殺らなきゃ殺られるという世界で生きてきたのだ。そんなマルコに、生命は大事だなどというお題目は通じない。
ならば、マルコの中から湧き出るかもしれない感情に期待したのだ。
だが――
「わ、わからない……」
マルコは困った表情だ。ギブソンはどうしようか迷った。自分の考えの押しつけになるかもしれない。しかし、オルゴールを失ったマルコには……新たな支えが必要だ。
「マルコ、その犬を連れて帰ろう」
「……食べるのか?」
「バカ、違うよ。お前には友だちがいないだろ? お前にも友だちが必要だ」
ギブソンはそう言うと、マルコの顔を覗きこむ。だが、それに対するマルコの答えは意外なものだった。
「友だち……いる」
「ええ? 本当か!? どこの誰だ!?」
ギブソンは驚いた。マルコは、いつの間に友だちを作っていたのだろう。自分が出かけている間に、近所の子供とでも友だちになったのだろうか。
しかし、マルコの答えは……。
「ギブソン」
マルコはそう言いながら、ギブソンを指差す。ギブソンは一瞬、何のことを言っているのかわからなかった。だが、その言葉の意味を理解すると……思わず苦笑した。
「マルコ……確かにオレは友だちだ。でもな、友だちは多い方がいい。絵本の勇者は、馬が友だちだっただろ? マルコも犬を友だちにするんだ」
「犬……友だち……」
言いながら、マルコは手の中の子犬を見つめる。その表情からするに、困惑しているようだった。ひょっとしたら、マルコは犬が嫌いなのかもしれない……しかし、ここは試しに飼わせてみよう。もし駄目なら、その時はバーニーにでも引き取ってもらおう。
「なあマルコ……お前、犬は嫌いか?」
「別に……嫌いじゃない」
「じゃあ、連れて帰ろうぜ……そうすれば、お前のいい友だちになってくれるはずだ」
そう言いながら、ギブソンは指を水で濡らし、子犬の口元に近づける。すると子犬は目を開け、指を舐め始めた。
マルコは興味深い表情で、じっと見ている。
「マルコ……お前の新しい友だちだ。可愛がってやれよ……」
・・・
「はい……オレオレって? オレオレ詐欺の方ですか……わかってますよ陽一さん……さすがですね……はあ、わかりました」
成宮亮はスマホをポケットにしまった。そして歩き出す。車が停めてある駐車場まで、あと十メートルほどだ。だが、その時――
みい、という声が聞こえてきた。
亮は足元を見る。
生まれたての子猫が、そこにいた……。
「え……」
亮は絶句する。ここは都内だ。周りはアスファルトとコンクリートに覆われている。どこから来たのだろうか……。
子猫はまたしても、みいと鳴いた。そして、よちよちと歩いてくる。放っておいたら、確実にカラスの餌だろう……。
亮は子猫を抱き上げた。子猫は震えているが、それは恐怖のためではないだろう。
「お前、うちの子になりたいか?」
亮は尋ねると同時に、子猫の顔を見る。もちろん答えは返ってこない……だが子猫に、はい、と言われたような気がした。
だから、そのまま車に乗せた。
「お前ら、喧嘩すんなよ……」
亮は後ろの席に声をかけると、車を出す。後ろの席には、いま拾ったばかりの子猫と……さっき道ばたで拾った子犬がいるのだ。この子犬も、生まれたばかりのようである。亮の足元に突然現れ、そして体を擦り寄せてきたのだ。
「やれやれ……一体どうなってんだ?」
呟く亮。そう、今日はおかしな日だ。立て続けに、生まれたての子犬と子猫を拾ったのだから。こんな偶然が、あっていいのだろうか……。
ふと、数年前の出来事を思い出す。睡眠薬を大量に飲み、自殺を試みた時のことを。
そして、不思議な体験をした……そう、自分は異世界で女になっていたのだ。そして男たちに襲われたが、ボニーとクライドと名乗る獣人に助けられた。その二人は、かつて自分が飼っていた犬と猫の転生した姿だったのである。
その二人に助けられ、亮は元の世界に帰ってきたのだ……誰も信じないであろう話。自分自身ですら、あれは夢だったのではないのか、と思うこともある。
もしかして、お前らは……。
あいつらの生まれ変わりなのかい?
だが、亮はその考えを打ち消した。そんなはずはない。ボニーとクライドは強かった……あの二人を殺せる者など、あの世界にはいないだろう。
まあいい。
この二匹を、オレが育てよう……。
名前はもちろん、ボニーとクライドだ。
野獣の友《完》




