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エメラルド・シティ 闇にきらめく宝石の街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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野獣の繋がり 4

 ジュドーの腹心の部下であるカルメンは、もともと大陸の住人であった。

 しかし十年ほど前に大陸で人を殺し、警察の手を逃れてエメラルド・シティに渡ってきたのだ。その後、マルケスという名のギャングによって性奴隷として買われた。だが、マルケスの変態じみた要求に耐えきれなくなり脱走する。

 しかし、すぐにマルケスの手下に捕らえられ連れ戻され……そして、見せしめのために両手両足を切断されたのだ。その後の扱いは、言語を絶するものだったという……。

 しかし……そんなカルメンを買い取ったのは、当時まだ一匹狼の商売人だったジュドーだ。ジュドーは交渉の末、カルメンをタダ同然の値段で引き取った。

 その後、ジュドーが行なったのは……アイザックという盲目の大男の背中にカルメンを背負わせ、二人にコンビを組ませた。お互いの足りない部分を補わせたのだ。アイザックにはカルメンの手足の代わりを。カルメンにはアイザックの目の代わりを。

 だが、ジュドーのアイデアはそれだけでは終わらなかった。

 まず、アイザックに二挺の拳銃を持たせた。次に、背中のカルメンに指示をさせることにしたのだ……敵の大まかな位置や、こちらの取るべき行動を。アイザックはカルメンの指示通りに動き、さらに研ぎ澄まされた聴覚や嗅覚などをフル活用し、相手に銃弾を撃ち込み仕留める……。

 言うのは簡単だが、現実には不可能のはずだった。しかし、アイザックとカルメンは血の滲むような……いや、血を吐きながらの猛特訓の末、この奇跡を可能にした。

 こうして、二人一組の殺し屋カップルが誕生したのだ。


「ところが、その後いろいろあって……結局、ジュドーはあの二人に数億ギルダンと新しい身分証を持たせて、エメラルド・シティを脱出させたんだよ……あと見ての通りだ。二人は大陸で、精巧な義手と義足、義眼を手に入れた。生まれ変われたんだよ……そしてジュドーも一匹狼の商売人を引退して、なぜかホームレスになっちまった。普通なら、これでめでたしめでたしのはずなんだが……」

 ギースは喋り疲れたのか、言葉を止めた。持っている水筒の蓋を開け、一口飲む。ギブソンはふと、彼の右手に視線を落とした。黒光りする、無機質ないかつい義手……カルメンのものとは真逆だ。この義手もまた、ギースのこれまでの人生を象徴しているかのようだった。


 二人は今、Z地区の地下道に来ている。Z地区とは言っても、ガン地区との境目のあたりだ。陽はまだ高く、二人のいる地下にまで陽射しが届いている。一見するとのどかな風景ではあるが……ここは陽が沈むと同時に、人外が蠢きだす場所なのだ。だが、ギースは完全にリラックスした表情でのんびり構え、地面に腰を降ろしている。さすがのギブソンも、このギースという男には一目置かざるを得ない……。


「いや、ちょっと待ってください。何億も持ってここを出たのに……また舞い戻って来た、ってのはおかしくないですか? 仮にあの精巧な義手と義足、それに義眼で有り金が全部吹っ飛んだとしても、エメラルド・シティに戻るという選択はないんじゃないですかねえ……あ、大陸でまた何かやらかしたんですか? そのせいで――」

「違う。奴らは自分の意志で戻ってきたんだよ……この血みどろの街に、骨を埋めるためにな」

 訝しげな表情で尋ねるギブソンに対し、ギースは淡々とした口調で答える。その顔には、奇妙な感情が浮かんでいた。ギブソンはなおも尋ねる。

「え……いったい、何でまた……」

「さあな……これはあくまでもオレの想像だが、それが本人たちにとってのケジメなんだろうよ。殺し屋を続けていくことが、な。これまでに大勢の人間の命を奪ってきた……そんな自分たちが、こうして幸せに暮らしました、めでたしめでたし……みたいな生き方をしてはいけないと考えたんだろうよ」

「……」

 ギブソンは胸が締めつけられるような思いに襲われた……己が人生を思い出してしまったのだ。人を欺き、殺し合い、どうにか生き抜いてきた日々。挙げ句の果てに、ヤク中にまで身を堕とした自分……だがシェリーと出会い、ダニーが生まれた。ギブソンは初めて、まともに生きてみる決意をしたのだ。

 しかし、二人とも死んでしまった……。


 オレは間違っていたのだろうか。

 オレのような人間が家庭を持ち、平和に暮らす……その考え自体が間違っていたのだろうか。


「おい、どうしたんだギブソン……顔色悪いぞ」

 ギースの声。ギブソンは我に返った。

「あ、すみません。そういや、カルメンさんに伝言を頼まれてました……いずれ、あなたを殺しに行くって言ってましたよ」

「やれやれ、まいったね。オレはあの二人には、とことん嫌われちまっているらしい。けどな、オレはアイザックとカルメンを嫌いになれないんだよな……」

 そう言って苦笑しながら、ギースは立ち上がった。そして、ギブソンに目を向ける。

「それじゃあ、オレは仕事に戻るとするか……なあギブソン、最後に一つ言っておく。アイザックとカルメンはな、ジュドーに拾われる前は、この街で泥水をすすりながら生きてきたんだ。拾われた後だって、楽じゃない。目の見えない男と手足の無い女が、ギャングや異能力者と殺し合うんだぜ……オレたちには想像もつかない恐怖だろうよ」

「……」

 ギブソンは何も言えなかった。アイザックとカルメンの味わってきた地獄……それは到底計り知れないものだろう。自分もそれなりに修羅場を潜り抜けてきた自負はあったが……。

 ギースは言葉を続ける。

「だがな、奴らはその恐怖に耐え、血みどろの修羅場を必死で戦い……そして生き延びてきたんだ。ろくに戦ったことも無い異能力者なんか、比較にならない恐ろしい相手だぞ。奴らを敵に回すような真似だけはするな」




 その日の夜、ギブソンとマルコはオリバー・リードの寝ぐらである地下道へと向かっていた。オリバーはこの地下道に潜んでいるらしい。期限はまだまだ先であるが、早いうちに仕留めてしまおうと考えたのだ。

 二人は、地下道の入口から二十メートルほど離れた場所で物陰に隠れ、待ち伏せる。地下道の中は入り組んだ迷路のようになっており、下手に入り込むと……オリバーの元にたどり着けるどうかも怪しいらしいのだ。しかも、中は異常に臭い。ゴミ、廃水、小動物、中の住人の排泄物……それらの匂いのせいで、マルコの鼻が上手く働かないのだ。ならば、地上で戦う方がいいだろう。


 ギブソンは一人で、物陰に潜み待ち伏せている。情報によると、オリバーは夜になると地上に姿を現し、あちこち徘徊するのだという。ブライアンよりは用心深いようだ。もっとも、あの男は脳までクリスタル漬けになっていたから、比較の対象としては適切ではないが……。

 そしてマルコは、通りの反対側に隠れている。自分が正面から行き、注意を引き付ける。そしてマルコが背後から仕留める。すぐに終わるだろう……想定外の事態が起こらない限りは。


 やがて、地下道から男が姿を現した。街灯やあちこちの建物から洩れ出る明かりに浮かぶその姿は、間違いなくオリバー・リードだ……ただし、写真の頃より痩せてはいるが。単独行動を好むタイプらしく、街の住人とは接触していないらしい。大抵の場合、エメラルド・シティに逃げてきた異能力者は周囲にチンピラを侍らすものなのだが。

 虎の会やバーター・ファミリーのような大組織を追い出されたようなチンピラにとっても、世間ずれしていない逃げてきたばかりの異能力者は扱いやすい。形だけボスとして崇め奉っておけば、トラブルの時には役に立つ。こうして両者は、持ちつ持たれつの関係を築くのだ。

 だが、一人ともなるとやり易い。ギブソンはわざと、目立つような音を立てながら出て行った。

 そして、オリバーの前に立つ。

「お前、オリバー・リードだな……死んでもらうぜ――」

 次の瞬間、ギブソンは目に見えない一撃を食らった――

 まるで車に跳ねられたかように、ギブソンは軽々と飛ばされる。そして地面に叩きつけられた……あまりの威力に、ギブソンは息がつまったようなダメージを受けた。思わず咳き込む。だが、この隙にマルコが奴の首をへし折るはずだ。

 しかし――


「ギ、ギブソン! 大丈夫か!」


 マルコの慌てふためくような声……ギブソンは舌打ちし、上体を起こす。すると次の瞬間、マルコの体が宙を舞っていった――


 オリバーの異能力、それは念動力だ。手を触れずに物を動かす……だが、その程度ならば大したことはないだろう、とギブソンは高を括っていた。どんな奴だろうと、不死身の化け物でない限り仕留められると考えていたのだ。

 だが、計算は完全に狂った。


 マルコもまた、目に見えない強力な力により弾き飛ばされてしまったのだ。自分に構わずさっさと首をへし折っていれば……ギブソンはヘマをしたマルコを内心で罵りながらも、拳銃を抜いた。そしてトリガーを引く。発砲音と同時に、弾丸は真っ直ぐオリバーめがけて放たれ――

 しかし、弾丸は空中で静止した。今度は、目に見えない障壁に阻まれているのだ。オリバーが作り出した障壁に……。

 唖然とするギブソン。対照的に、ニヤリと笑うオリバー。

 次の瞬間、ギブソンはまたしても宙に舞った。目に見えない巨人の腕につままれ、放り投げられたような奇妙な感覚……だが、全身を貫く激痛がそれに取って代わる。またしても地面に叩きつけられ、ギブソンはうめき声を上げる。

 その時、野獣の咆哮が闇夜に響き渡った……確かめるまでもない、マルコの声だ。マルコは吠えると同時に、凄まじい勢いでオリバーに襲いかかった。

 しかし、オリバーは余裕の表情を崩さない。再度マルコを吹き飛ばすべく、己の異能力を解放させた――


 オリバーは理解できていなかった……マルコの野性を。マルコは今の一瞬の攻防で、オリバーの異能力がどういったものなのか見抜き、どう戦えば勝てるのかを悟ったのだ。それも頭ではなく、本能で……マルコは大きくジグザグに動きながら、一気に間合いを詰める。オリバーは、マルコのあまりに早すぎる動きに対応できない――

 一瞬の後、マルコの一撃がオリバーを襲う。

 その一撃でオリバーは絶命した……死の恐怖すら、感じる暇もなく。


 だがマルコは振り返ろうともせず、そのままギブソンの方に駆け寄る。

「ギブソン! 大丈夫なのか!」

「ああ、何とかな。マルコ……次からは同じ状況になったとしても、オレには構うな。相手を仕留めることに専念するんだ。わかったな?」

「え……そ、そんなこと――」

「返事は?」

 ギブソンは痛みをこらえながら立ち上がり、マルコを見下ろす。そう、今日のマルコはヘマをしたのだ。今後、また同じことがあれば……自分たちは返り討ちに遭うかもしれないのだ。

 それだけは避けなくてはならなかった。


「わ、わかった……」

 マルコは頷き、下を向く……その頭を、ギブソンは優しく撫でた。

「だが、よくやったなマルコ。偉いぞ」




 そして翌日、ギブソンは後金を受け取るために食堂『ジュドー&マリア』の地下室にいた。来る途中、リュウと顔を合わせたが……この前のことを根に持っている様子はない。


「ギブソン……相変わらず仕事が早いな」

 言いながら、ジュドーは後金を渡す。ギブソンはペコペコ頭を下げながら、それを受け取った。そして、ちらりと例の二人の方を見る。アイザックとカルメンは今日も来ていた。冷たい表情で、じっとこちらを見ている。ギブソンはすぐに目を逸らし、下を向いた。

 そして、ギースから聞いた話を思い出す。アイザックとカルメン……二人がこれまで歩んで来た道のりは、あまりにも壮絶なものだった。しかも、大陸でまともな人生をやり直すことが出来るはずだったのだ……にも拘らず、二人はこのエメラルド・シティに戻って来た。ギースは、この二人を嫌いになれないと言っていた。殺す、とまで言われたというのに……だが、ギブソンも同じ思いだった。アイザックとカルメンのことは嫌いになれない。彼らの境遇は、どこかマルコのそれに似ている……。


「どうしたギブソン、何ボーッとしてるんだ?」

 ジュドーの声。ギブソンは顔を上げ、いつものようにヘラヘラ笑う。

「いや、今回の仕事は厄介だったな、と思いましてね……また何かあったら、よろしくお願いします」




 野獣の繋がり《完》



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