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エメラルド・シティ 闇にきらめく宝石の街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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野獣の繋がり 2

 ギブソンは明るくなった室内を見渡す。埃まみれの床とむき出しのコンクリートの壁。室内はがらんとしており、物が無いため妙に広く感じられた。だが、人の出入りしているような雰囲気がある。

 そして、工事用のライトを片手に持ち高々と上げているのは……先ほどの警官だった。


「お前たち……ギブソンとマルコだな? 噂はきいてるよ。いい腕してるって、もっぱらの評判だ。前にもオレの後を付けていたよなあ。あん時は、待ち伏せて殺すつもりだったんだが……」

 とぼけた表情で言い放つ警官。妙に落ち着いた態度だ。マルコはその態度と言葉に苛立ったのか、低く唸りながら前に進み出る。

 しかし、ギブソンが片手を上げて制した。

「やめろマルコ。殺すのはいつでも出来る。それよりも……」

 ギブソンは言葉を止め、警官に視線を向けた。それと同時に、手にした拳銃も向けた。

「そう……オレの名はギブソン。そして、こいつはマルコだよ。なあ、あんたに一つ聞きたい。虎の会の殺し屋と、ずいぶん仲良しみたいなんだが……どういう関係なんだ?」

 ギブソンが尋ねると、警官は肩をすくめた。

「さて、何のことやら……とか言ったら、お前たちはどうするんだ?」

「そうしたら……ここにいるマルコがあんたの左腕を引きちぎる。そして、同じ質問を繰り返す。次にまた、同じ答えが返ってきたら……今度は右腕だ。その次は左足」

 ギブソンは冷静な表情で答える。すると、警官は苦笑した。

「そいつは勘弁してもらいたいな。オレは痛いのが苦手だし……仕方ねえ、教えてやるよ。ただし、ここだけの話ってことで頼むぜ。それに、こっちもお前らには話がある」

 そう言うと、警官はしゃがみこんだ。そして、床板の一部を外す。

「この下に、オレの仲間たちがいる……付いて来なよ――」

「待てよ。一つ言っておくぜ。マルコは百メートルを五秒で走れる上、鼻が利く……あんたじゃ、絶対に逃げ切れない。あんたがどこに隠れようが見つけ出す。マルコからは逃げられないぞ。妙な考えは起こすな」

「わかってるって……んなバカなことはしねえよ」


 警官は梯子を降り、ギブソンが続いた。マルコは梯子など使わず、ギブソンが下に着くと同時に飛び降りる。

 そして……下に着くと同時に、警官が声を発した。

「おいお前ら、明かりを点けろ。客人だ」

 警官の言葉の直後、明かりが灯る。複数のランタンの明かりに浮かび上がってきたものは……上の階と同じく、むき出しのコンクリートの壁と床。だが、木製のテーブルと数脚の椅子が置かれている。木製の戸棚らしきものもあり、生活の匂い漂う部屋だ。

 そして、三人の男が椅子に座り、こちらを睨んでいる。


「旦那……こいつらをどうする気です?」

 髪を短く刈り上げた小男が、警官に尋ねる。虎の会の競りの会場にいた男だ。名前は確か、ステファン……。

「おいステファン……今から、このギブソンと話し合いだ。静かにしてろ」

 警官が言うと、ステファンの表情が変わった。

「旦那! まさかこいつらと――」

「ステファン……オレは黙ってろと言ったんだが? 聞こえなかったのか?」

 警官の低く、凄みのある声……ステファンは不承不承ではあるが口を閉じた。しかし、不満そうな表情でこちらを睨んでいる。

「じゃあ、自己紹介といくか……オレはレイモンド。こいつはステファン。で……」

 レイモンドと名乗った警官は言葉を止め、残りの二人に顔を向ける。

「こっちのいかついツルツル頭はイーゲン……そして、もう一人の方は針医者のダイアンだ。二人とも殺し屋だよ」

 レイモンドの言葉を聞き、ギブソンは二人の顔を見た。イーゲンという男はスキンヘッドの黒人で、二メートルはあるだろうか。肩幅が広くて、がっちりした体格を薄汚い作業服で覆っていた。確かにいかつい男ではある。だが……殺し屋としては目立ち過ぎな気がしなくもない。

 その横にいるダイアンという名の男は、どこか不気味な印象を受ける。不健康そうな顔色、冷酷そうな目、痩せてはいるが強靭さを感じさせる体つき……つかみどころのない表情で、こちらを見ている。


「なるほど。で、レイモンドさんよ……あんたたちはいったい何なんだ?」

 ギブソンが尋ねると、レイモンドはじっとこちらを見つめ――

「オレたちは……一応、フリーの殺し屋だよ。今は虎の会専属みたいなもんだがな」

「……じゃあ、お前は治安警察やりながら、虎の会の殺し屋もやってんのか? 呆れた奴だな」

「悪かったな……まあ、ここいらじゃあ警官も殺し屋も大した違いはないよ。それはともかく……お前らにぜひ、聞いて欲しい話があるんだよ」

 そう言うと、レイモンドは椅子に座った。


「なあ、ギブソン……このエメラルド・シティでも、近頃では仕事がやりづらくなってんだ」

「はあ? どういうことだよ?」

 ギブソンが尋ねると、レイモンドは肩をすくめた。

「実はな、依頼そのものは増えてる。ところが、標的にされる連中がまた、一筋縄じゃあいかない奴らばかりだ。殺し屋が返り討ちに遭うケースも少なくない。しかも……最近じゃあ、期限がやたらと早くなってきやがった」

 レイモンドは吐き捨てるような口調で言った。ギブソンは黙ったまま、目の前の警官の表情や仕草をよく観察した。そして、レイモンドの内面を推し量ろうと試みる。この男は信用できるのだろうか?

 一方、レイモンドは言葉を続ける。

「期限を守れなかったら、どうなるか……よくよくの事情でない限り、仕損じたと判断され、今度はこっちが標的になっちまう。はっきり言って、虎の会は厳しすぎるんだよな……」

「なるほど……で、あんたは何が言いたいんだ? まさか、オレを相手に愚痴りたかっただけなのか?」

 ギブソンの言葉に、レイモンドは苦笑した。頭を振りながら口を開く。

「違う違う……どうせ愚痴るなら、若くて綺麗な姉ちゃんにするよ。単刀直入に言うとな、殺し屋同士で助け合わないか、ってことだよ」

 レイモンドの言葉を聞き、ギブソンは首をかしげる……いったい、どういうことなのだろう。

「助け合う、だあ? 虎の会じゃあ、そんなことを認めてんのか?」

「いや、認めてはいない……そもそも、競りが何のためにあると思う? オレたちの間の競争心を煽るためさ。そうすることで、虎の会のマージンは高くなり、フリーの殺し屋たちが団結するのも防げる、ってわけさ。今までは、そのやり方でも良かったが……時代は変わったよ。これからは、横のつながりを大切にしなきゃならねえ。ローン・ウルフじゃあ、やっていけないんだよ」

 レイモンドは言葉を止めた。すると、ステファンが戸棚からコップと水差しを取り出し、テーブルの上に置く。レイモンドは頷き、コップに水を注いで、一気に飲み干した。

 その間、ギブソンはレイモンドの言葉について考える。助け合う、というのは悪くない。二人きりでは正直、厳しい部分もある。だが……目の前にいるのは治安警察なのだ。警官と殺し屋の二足のわらじ……理解不能だ。単なる悪徳警官の域を超えている。

 そんな危険な奴と関わり合うのは……。


「悪いなギブソン、話を中断させちまって……どうだよ、オレたちと組まねえか?」

 言いながら、レイモンドはじっとこちらを見つめてきた……ギブソンはちらりとマルコを見る。マルコは我関せず、とでも言わんばかりの様子で下を向いている。話し合いはギブソンに任せきりなのだ……ギブソンは嘆息し、レイモンドに視線を戻す。

「組む、というと……一体どうするんだ?」

「なに、大したことじゃない。要は、オレたちの手には余るような奴が標的だった時、あるいは期限が迫ってきた時……そんな時はお互いに助け合おう、ってわけさ。どうだよ?」

「助け合う、か……」

 ギブソンは考えた。悪くはない提案に思える。しかし、目の前の男たちを信用していいものかどうか……ここは、保留するべきなのだろう。

 普通の状況ならば。

 しかし……。


「レイモンド……あんたに一つ聞きたい。あんたはどっちなんだ?」

「どっち、とは?」

「あんたは……裏の人間なのか? 表の人間なのか? どっちが本当のあんたなんだよ? それに……あんたがオレたちを売らないという保証はあるのか?」

 立て続けに飛び出す、ギブソンの問い……レイモンドが口を開こうとした時――


「こいつがオレたちやお前らを売るような真似をしたら……オレが殺す。それで文句はないだろうが」


 その言葉を発したのは、ダイアンという男だった。ダイアンは座ったまま、冷たい表情でギブソンを見つめている。その瞳からは……冷ややかではあるが、はっきりとした殺意が感じられた。この男には、レイモンドに対する仲間意識など欠片もないらしい。ギブソンは言葉を返そうとした。だが、それより先にステファンが立ち上がる。怒りに燃えた表情だ。その怒りの矛先は、ダイアンに向けられた。

「ダイアン! てめえ旦那に何てこと言いやがるんだ――」

「ステファン! てめえは黙ってろ!」

 いきなり立ち上がり、ステファンを一喝するレイモンド……ステファンは不満そうな顔をしながらも、口を閉じ座り込んだ。レイモンドはちらりとダイアンを見た後、ギブソンに視線を戻す。

「まあ、そういうことだ……オレもこの世界に首を突っ込んじまった以上、裏切ったらどうなるか、くらいのことはわかってるつもりだよ。さて……どうするんだ?」

「……」

 ギブソンは他の三人の表情を窺ってみた。イーゲンという大男は、じっとマルコを睨んでいる。ステファンは不貞腐れた様子で、そっぽを向いている。ダイアンは冷たい目で、じっとこちらを見ている。見事なまでにバラバラだ。チームワークという言葉とは無縁のようである。この四人を繋いでいる物は利益だけなのだろう。しかし、逆に言うなら……己に利益をもたらす存在には寛大だろう。もっともわかりやすい繋がり方だ。

 さらに、この連中のリーダー格はレイモンドなのだろう。しかし、一番危険なのはダイアンではないのか……ギブソンの勘は、そう告げている。

 もちろん、彼らと戦えばマルコは勝つだろう。ただ、自分は無傷では済まない……いずれにしても、殺しのプロ四人を一度に相手にするのは面倒だ。

 そう、レイモンドの申し出を断ったら、面倒なことになるであろう……確実ではないが、その可能性は非常に高い。何よりも、こんな狭い場所で金にもならない殺し合いはしたくないし、マルコにもさせたくはない。


「わかったよ。あんたらの申し出を受けよう。今後とも、よろしく……とでも言っておこうか」

「ああ、こちらこそよろしくな。それと……明後日の競りには、ステファンが出る。あんまり苛めないでくれや」

 そう言うと、レイモンドはニヤリと笑った。


「ギブソン、大丈夫か?」

 帰る道すがら、心配そうに声をかけてきたマルコ。

「ああ、大丈夫だよ。ちょっと疲れたがな……」

 そう答え、ギブソンは無理に笑顔を作ってみせた。もっとも、正直言って今日は疲れたが……殺し屋カルテットとの話し合いは、かなり神経をすり減らすものだった。殺しとは、また別の緊張感……交渉もまた、非常に疲れる仕事だ。

 今日はさっさと帰って、眠るとしよう。

「ギブソン……あいつらみんな、殺しちまった方がよかったんじゃないか?」

 心配そうな口調で尋ねるマルコ。マルコはマルコなりに心配しているのだ。と同時に、ギブソンを困らせるような者は自分が排除してやる、という気持ちも……ギブソンは苦笑した。店で自分が揉めた時には、止めに入ったのだが……マルコの中では、殺しは己の仕事であるという認識なのではないか。

 そう、マルコにはいざとなった時……問題を解決する手段がたった一つしかないのだ。障害となる者を殺す、それだけなのである。もちろん、自分への気遣いはありがたいが。

 マルコは少しずつであるが、確実に成長している。だが、この先……まともな生き方をさせるには、何から教えていけばいいのだろう?

「大丈夫だ……マルコ、あいつらを殺す必要はなかったんだよ。それよりも、早く帰ろうぜ」

 そう言って、ギブソンは足を早めた。今はそんなことを考えている場合ではない。寝ぐらにしている地下室に帰ろう。


 黙ったまま、歩き続ける二人。歩きながら、ギブソンは今日の出会いについて考えた。疲れる一日ではあったが……収穫も大きかった。様々な人種との繋がりができたのはいいことだ。あのレイモンドという男は……治安警察官と殺し屋の二足のわらじを履いているのだという。ならば、味方に付けておいて損はないだろう。

 それに、明後日には競りがある。マルコのためにも、仕事を取ってこなくてはなるまい。






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