野獣の密談 2
マスターの言葉を聞いたギブソンは、愛想笑いを浮かべた。そして頭を深々と下げる。
「いやあ、わざわざすみません。我々のような小物と会ってくださる――」
「小物だと? 謙遜はしなくていい。巷の噂によれば……お前たちは、実に優秀な殺し屋だという話だ。だから、直接この眼で見てみたかったのだ。しかし、噂以上だな。このブラスターを怯ませたのは、マルコが初めてだ」
マスターの声は妙にかん高い。ギャング組織のボスらしからぬ声だ。しかし、そもそもが小人と巨人という異形の二人なのである。声が少々変わっていることなど、実に些細な問題だ。異形の二人がギャングを仕切る……ここエメラルド・シティを象徴しているといえるかもしれない。
「いえいえ、そんなことはないですよ」
そう言いながら、ギブソンは卑屈な表情で片手を振った。だが、目は部屋のあちこちを観察する。どうも、あのサンズとかいう男が気になる。先ほどから、扉の方で面白そうにこちらを見ていた。二匹の獣の対峙する様子を、リラックスしきった表情で……あの男は何者なのだろう。
「ところで、だ。ギブソン……お前のことを調べさせてもらったが、わからんのだよ。単刀直入に聞こう。ここに来る前、お前はどこで何をやっていた?」
マスターの問い……ギブソンは言葉に窮した。一応は答えなくてはならない。だが、どうしたものだろうか……。
「いやあ、オレなんか大した者じゃないですから……本当にただのチンピラみたいな者でして――」
「ギブソン、とりあえず椅子だすから座りなよ。マルコ、あんたもだ。ところでマスター、とりあえず何か持って来ましょうか?」
サンズがとぼけた口調で、横から口を挟む。マスターは不快そうな表情を浮かべたが……それは一瞬だけだった。
「ああ、頼む」
「あのサンズさんは、変わった人ですね……」
サンズが出て行くと同時に、ギブソンは苦笑しながら言った。
「ああ……奴には困ったものだよ……」
マスターは呟くような口調で答える。どうやら、マスターもあの男には手を焼いているらしい……見た目はただのだらしない男なのだが、いったいどんな能力があるというのだろうか。
「ところで、ギブソン……お前は現在、虎の会の仕事を請け負っているな?」
「え、ええ」
「そうか……」
マスターは頷くと、ギブソンを見つめ、そしてマルコを見つめる。マルコは顔を見られないよう、下を向いたままだ。
「なあギブソン……もし私が仕事を頼んだ場合、やる気はあるか?」
問いかけるマスター……ギブソンは即座に頷く。
「もちろんです。オレはフリーの人間ですからね。仕事の話でしたら、いつでも大歓迎ですよ」
「ほう……」
マスターは言葉を止め、何やら考え込むような表情になる。
わずかな間の後、口を開いた。
「バーター・ファミリーの背後には、大陸のお偉方がいる……それは知っているな?」
「ええ、聞いてます」
「バーター・ファミリーは……大陸から来る客の安全を守ることも仕事にしている。特に、大物がお忍びで来た場合など……」
そう、現在のエメラルド・シティにとって……大陸からの客の落としていく金は重要な収入源である。
今までのエメラルド・シティは、本当にごく一部の人種のみが出入りしていた場所だったのだ。金持ちの変態、武器やドラッグなどを取り引きするギャング、人体実験を行う科学者たち……いろんな人間たちがそれぞれの思惑で、この街を利用していたのだ。もちろん、その者たちは街の発展に大きく貢献してはいたのだが。
しかし、今では大陸の上流階級の人間たちが大挙して訪れるようになってしまった。大陸の人間たちにとって……エメラルド・シティは今や巨大なアトラクションなのだ。ギャンブル、売春、ドラッグ、さらにはもっと危険な遊びまで……国内で行えば、確実に良識派に叩かれるような類いの遊びも、ここでは文句を言われない。
それに対する街の住人たちの反応は様々だ。中には大陸の人間にはうろついて欲しくない者もいる。しかし……何せ、街の三分の一を仕切るギャングのバーター・ファミリーが積極的に大陸からの客を受け入れているのだ。正面きって異議を唱えられる度胸のある者などいない。
そもそも……バーター・ファミリー自体が大陸のお偉方の息のかかった組織である。マスター&ブラスターといえど、しょせんは雇われリーダーにすぎないのだ。大陸の人間の意向には逆らえない。
かくして、大陸からの客は増える。エメラルド・シティは潤い……結果的に、寄生虫であるギャングたちの懐も潤っていった。
しかし、旅行客が増えれば困ったことも起きる。
基本的に、大半の客は分をわきまえている。行っていい場所といけない場所はちゃんと心得ている。大抵の場合、旅行前に事情通から説明はされているだろうし、そうでなくても実際に自分の目で見れば、足を踏み入れていい場所か悪い場所かの判断は出来るはずだった。
だが、どこの場所にも命知らずは存在する。このエメラルド・シティの裏側を取材しようとするジャーナリスト、あるいは怖いもの見たさの無謀な若者など……さらには、大陸のお偉方たちの命令を受けた人間が、危険な地域に出向くこともある。その目的は……大陸では行えないような実験、街の調査、そして異能力者や人外たちとの接触などである。
ジャーナリストや無謀な若者はともかく……お偉方たちの命令を受けた人間については無下に出来ない。その場合、身辺をガードする者が必要となる。
「で、ガードの役割を……オレたちに依頼したいわけですか?」
尋ねるギブソン。マスターはニヤリと笑った。
「そうだ。お前たちの腕なら安心して任せられる」
「どうでしょうね……オレたちはプロのボディーガードじゃないんですよ。殺し屋としては、このマルコの右に出る者はいないでしょうが……ボディーガードとなると、オレたちには不向きかもしれませんよ」
ギブソンは申し訳なさそうな顔で言葉を返す。そう、殺し屋とボディーガードはまるで違う。ボディーガードには、敵を殺す必要がない。その代わりに、雇い主を守らなくてはならないのだ。襲撃してきた者を殺せる能力よりも、雇い主を守り逃げ延びる能力の方がずっと重要である。
マルコには襲撃してきた者を殺す能力はある。それは保証できるが……守る能力となると、首をかしげざるを得ない。もし襲撃者が囮を使った陽動作戦などしてきたら……マルコは簡単に引っかかってしまうのではないだろうか。
「わかっている。だが、構わん……お前たちをガードに雇った、それだけでかなり違ってくるからな……それに、守るのは専門の人間に任せればいい。お前たちは、襲撃してきた者を殺せばいい」
「なるほど……」
頷くギブソン。それなら問題ないだろう。もっとも、マルコにチームプレーは難しいだろうが……そのあたりは自分がカバーするしかない。
「まあ……今すぐ、というわけではない。考えておいてくれ」
マスターがそう言うと同時に、扉を開いた。そして、酒瓶を二本かかえたサンズが入って来る。そして――
「とりあえずビール持って来たよ……飲む?」
とぼけた言葉とともに、瓶を差し出すサンズ……さすがのギブソンも唖然とした表情になり、
「い、いや……いいよ」
と答える。見ているマスターも、苦々しい表情で口を開いた。
「なあサンズ……せめてグラスを持ってきてくれんか……」
「え? ああ、そうでしたね…… まあ、いいじゃないすか。仲良しってことで回し飲み――」
「サンズ……二人はそろそろお帰りのようだ。下までお送りしろ」
若干、げんなりした表情で命じるマスター……すると、サンズは頷き、扉を開けた。
「もう帰っちゃうのかよ……まあ、いいや。じゃ、行こうか……送ってく」
ケン地区の大通りを歩きがら、ギブソンは先ほどの二人について考えていた。マスター、そしてサンズ……マスターの方は、切れ者だが与しやすい印象を受けた。確かに、使えない人間やミスをした人間を平気で殺せるような冷酷さは持っている……だが、利益のないことはしない。奴は根っからの商人だ。ジュドーのような、底知れない深みは持ち合わせていないように思える。
それよりも気になったのはサンズだ。初めて会った時の、周囲に脱力感を振りまく独特の雰囲気は……マスター&ブラスターの前でも変わらなかった。いや、それどころか……マルコとブラスターが睨み合い、今にも殺し合いを始めそうな状況を間近で見ていながら、のほほんとした表情で立っていたのだ。
あいつは普通じゃないぞ……。
だが、何者だ?
ギブソンは思わず立ち止まった。そして振り返る。
「なあマルコ、あのデカいブラスターって奴は……強いのか?」
ギブソンが尋ねると……一瞬の間が空いた後、マルコは答えた。
「あいつは強い……熊よりも強いと思う」
「じゃあ、サンズって奴も強いのか? あの椅子を出してくれた変な男だ」
「……」
マルコは黙りこみ、考えるような仕草をみせる。ややあって、口を開いた。
「あいつは……よくわからない。爪も牙もないし、力もない。でも……凄く強いような気がする」
マルコの答えを聞き、ギブソンは考えた。となると……奴は異能力者なのかもしれない。マルコは鼻が利く。強い者や殺意を抱いている者に対しては特に……そのマルコが言っているのだ。間違いないだろう。
「そうか……あいつは強いのか――」
「でも、オレは負けない。ギブソンが殺せと言うなら、二人とも殺す」
低い声で、唸るように言い放つマルコ。その言葉には、凄まじい怨念がこめられている……ギブソンは黙ったまま、マルコを見つめた。
マルコは幼い時、実の母親に殴られ蹴られ罵られて育ってきた。挙げ句に、貧民街の見世物小屋に叩き売られたのだ。そして、見世物小屋では鞭で打たれた。マルコは初めは耐えていたが、成長すると力が加速度的に増していき……猛獣並みに、いや、それ以上の腕力を持つに至ったのだ。彼は暴力から逃れるために支配人を殺した。
その時、マルコは初めて悟ったのだろう……自分の強さを。そして、これまで自分を悩ませていた暴力には、暴力で応えるしかないということを。
そんなマルコにとって……敗北は死ぬよりも辛いことなのだ。敗北すれば……マルコは元の生活に戻ることになる。見世物小屋で殴られ蹴られ罵られ、化け物扱いされていた生活に。
少なくとも、マルコ本人はそう思い込んでいるのだ……。
「ギブソン……どうしたんだよ?」
マルコの声を聞き、ギブソンは我に返る。
「いや、何でもない……さあ、帰ろうか」
そう言って、ギブソンが向きを変えた時、妙なものが視線に入った。治安警察の制服を着た男が、裏の路地へと消えていく……それ自体は珍しくはない。
だが、その警官の顔には見覚えがあった。虎の会の殺し屋と、何やらひそひそ話していた男だ……ギブソンは一瞬、迷った。
しかし、このままにしてはおけない。あの男は、虎の会の内情を探っているかもしれないのだ……ギブソンは警官の後から、ゆっくりと歩き始めた。
「ギブソン……どこに行くんだよ?」
マルコが後から付いて来ながら、訝しげな口調で尋ねる。
「マルコ……すまないが急用だ。黙って付いて来てくれ」
警官は裏通りを歩いて行く。大通りを百メートルも離れていないのだが……周囲の風景は既に変わってきている。まず、人通りがほとんどない。しかし、建物の陰から視線を感じる。さらには、かさこそと何かが蠢く音……そして警官は、携帯電話で何やら話しながら歩いている。小声で話しているため、会話の内容までは聞き取れない。ギブソンは一定の距離を保ち、物陰に隠れながら付いて行く。
やがて、警官は崩れかけた建物の中に入る。
ギブソンもまた、中に入って行った。中は暗く、人の気配が感じられない。おあつらえ向きの場所だ。何をしに来たのかは知らないが、この中で警官を締め上げる。元より、長く尾行する気はない。人気の無い場所に来たならば、力ずくで情報を聞き出すつもりでいたのだ。ギブソンはわずかな光を頼りに入って行くが――
しかし、マルコの手が後ろから伸びて来た……ギブソンの肩を、がっちりと掴む。
「ギブソン……ヤバいぞ。嫌な匂いだ。どうする?」
「嫌な匂い?」
「ああ……嫌な匂いだ。血の匂いと、殺しの匂いがする……」
マルコは言いながら、フードを上げる。野獣のような顔が露になった。臨戦態勢に入ったのだ。これはただ事ではない……ギブソンは拳銃を抜く。もしや、待ち伏せか?
その時、ポケットに入れていた携帯電話が震え出した。見ると、ジュドーからだ。これは出ないわけにはいかない。ギブソンはマルコに目で合図し、外に出て行く。あの警官のことは、また別の機会にしよう。
「あ、お疲れ様です。どうしました?」
(すまないが急用だ。明日の午後八時、店の地下室まで来てくれ)




