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エメラルド・シティ 闇にきらめく宝石の街  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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笑う犬の冒険・後編

 我輩とマットがエメラルド・シティにやって来て三年が過ぎた。

 マットは相変わらず、その日暮らしを続けている。怪しげな仕事に就き、二〜三日働いては、金の続く限り飲んだくれているか寝ているか……もっとも、我輩のごはん代だけには手を付けなかったため、我輩は飢えることはなかった。常に満腹、とも言い難い状態ではあったが……。


 そんなある日のこと。

 それは昼間の出来事だった。マットは外に出かけており、我輩はいつものようにコンテナに隠れていた。この辺りは危険な場所だ。我輩を取って食おうとする恐ろしい輩が大勢いる。我輩はマットが出かけている時は、コンテナの中に隠れて息を潜めている。外に出るのは、便意を催した時だけだ。

 その日も我輩は、いつも通りコンテナに隠れていたのだが……不意にマットの匂いがした。今日は帰りが早いな……我輩は嬉しさのあまり、パッと起き上がった。無意識のうちに尻尾をぶるんぶるん振り回し、出迎える体勢に入る……だが、それと同時に妙な匂いも飛び込んできた。

 若い女だ。それも、二人いる。

 我輩は警戒し、再び物陰に隠れた。マットがここに客を連れて来るなど、これまでになかったことだ。我輩はこの予期せぬ異常事態に、どう対処したものか考えた。ひょっとしたら、マットは二人の若い女と交尾をするつもりなのだろうか? だとするならば、邪魔をしては悪い……我輩はひとまず隠れ、様子を窺うことにした。

 やがて、マットが入って来た。その後ろからは、まだ若い二人の女……いや、若いというよりは幼い。我輩は、コンテナのゴミの陰からこっそり眺めた。二人とも、よく似た顔をしている。姉妹なのであろうか……ふと我輩は、幼くして死んでしまった兄弟たちのことを思い出した。兄弟たちとの格闘ごっこは楽しかったな……思わず我輩は隠れていた場所から出て、尻尾を振りながら挨拶した。

 そのとたん、けたたましい声……我輩を見て、片方の女が騒ぎ出したのだ。どうやら、一目見て我輩を気に入ったらしい。だが、もう一人の女が罵声を浴びせる……どうやら、罵声を浴びせた方が姉のようだ。顔はほとんど同じだが、性格は正反対であるらしい。匂いもまるで違う。

 ただ、どちらからも血の匂いがしていたのが気になった……。


 この双子の姉妹は、姉の方はユリ、妹の方はケイという名前とのことだ。マットの高い戦闘能力に目を付け、彼を雇うために我が家を訪れたのである。我輩はケイの遊び相手を務めながらも、マットとユリの話に聞き耳をたてていた。なんでも、エメラルド・シティのZ地区に飛行機が墜落したが……そこには大金が積み込まれていたらしいのだ。双子はその積み込まれていた大金を我が物にしたい、と考えたのだ。だが、Z地区には恐ろしい生き物が数多く蠢く魔境である。人間がおいそれと立ち寄れるような場所ではない。

 そこでマットに協力してもらい、金のみを回収して速やかに立ち去ろう、というわけだ。

 横で聞いていて、我輩は不安になった。あまりにも無謀な計画ではないだろうか? 人知を超越した化け物共が生息する地域に潜入し、金だけを回収して脱出するというのは……我輩はケイの前で横たわり足を広げ、そして腹を見せるというあられもない姿を晒しながら考えていた。


 我輩も、そのZ地区に行こう。

 そして、マットのことを体を張って守ろうではないか。

 我輩の命の恩人であり育ての親である、マット……彼の命を脅かす者があれば、我輩も全身全霊を持って立ち向かう。


 こうして我輩とマットは、双子の姉妹と共に冒険の旅に出発することとなったのだ。




 だが、マットは冒険の旅から戻れなかった。

 我々は、不思議な者たちと出会った。Z地区に捨てられた子供たちと、その子供たちを守る女……さらに、その女の命を狙う者。その複雑な争いに巻き込まれてしまったのだ。そして我々は子供たちと女を助け、追っ手から逃れようと地下に潜り地下道を進んでいた。その時、マットは追っ手の銃弾により深傷を負ってしまったのだ。もはや助からないと判断したマットは……自ら残り、追っ手の注意を引き付けたのだ。その隙に我輩と双子の姉妹、そして女と子供たちは逃げ延びることが出来のである。

 出来ることなら、我輩もマットと共に残りたかった……だが、マットは我輩にこう言ったのだ。

 ユリとケイを頼む。双子を守ってやってくれ、と……。

 マットは我輩に、そう言い残した。ならば、我輩は双子の姉妹を守る。それが、マットの最後の願いであるのなら。我輩は身を切られるような辛い思いにさいなまれながらも、マットを置き去りにした……。

 我々はその後……血も凍るような恐怖に耐え、血みどろの修羅場を潜り抜け、かろうじてZ地区を脱出したのだ。

 そして、マットという尊い犠牲を払ったにもかかわらず……金は手に入れられなかった。後にわかったことだが、墜落した飛行機の中に大金がある……という話はデマだったらしい。




 その後、我輩は双子の姉妹と一緒に暮らすようになったのだ。初めのうち、双子は血の匂いをぷんぷんさせていた。顔つきも可愛いが、どこか荒んでおり……時おり夜中に帰って来た時など、耐え難いくらいの血の匂いを発している時もあったのだ。これは臭いとか、そういった類いのものではない。恐らく、人間には感じとれないものであろうが。

 双子の姉妹が、人殺しを生業としているのは明白だった。我輩は双子が、殺し屋を廃業して欲しいと心より願っていた。だが我輩には、その意思を伝える術がないのだ。この時、我輩は……己が犬であることを恨めしく思った。もし、我輩が人間であったなら……いや、犬のままでも構わないのだ。せめて、人間の言葉を喋ることが出来たなら……我輩は身を挺して訴えたことだろう、人殺しのような裏稼業からは足を洗え、と。

 そう、もし我輩が喋ることが出来たなら……我輩は大勢の観客の前で、芸をして見せることが出来たであろう。そうすれば、金を稼げたはずだ。二人に人殺しをさせることなく、大金を手にすることが出来たかもしれないのだ。

 だが、我輩にはそれが出来ない……今の我輩に出来ること、それは双子の気持ちを癒すことだ。生活する上で双子の負担になるようなことなく……双子の荒んだ気持ちを和らげ、和ませること。今の我輩には、それくらいしか出来そうにないのだ。

 我輩は双子が帰って来ると、尻尾を振りながら出迎えた。姉のユリは無愛想だったが、妹のケイは我輩を見て、満面の笑みを浮かべる。そして、我輩を抱き上げるのだ。我輩はケイの顔に鼻を押し付け、そしてぺろりと舐める。ケイは嬉しそうに笑う……我輩の行動で、ケイの心にあるであろう人殺しという行為から発生する暗い何かを、少しでも和らげてあげたい。

 だが……その後しばらくして、双子は人殺しを辞めた。

 そして、正反対の仕事に就いたのだ。




 今、我輩は孤児院と呼ばれる場所に住んでいる。身寄りのない幼い子供たちを引き取り、面倒をみる施設だ。広い庭には畑があり、鶏も飼われている。ここには小さな子供たちがたくさんいるし、大人も住んでいる。まるで、我輩の故郷の村に帰ってきたような気分だ……。

 そして双子もまた、ここで働いている。


 ここの院長をしているのが、モニカという名の中年女だ。顔の右半分に青あざがある。体は大きく、がっちりした骨太の体格だ。とにかく、豪放磊落がそのまま人の形になったような女なのだ。騒いでいる子供たちも、この女が一喝するとピタリと静まる。

 そして、モニカの補佐をしているのがジョニーという男だ。モニカよりもさらに背が高い。大きな筋肉質の体は、パワーに満ち溢れている。どうやら、孤児院および孤児院の関係者に害を為そうとする何者かが現れた場合……ジョニーがその者を叩き出すことになっているらしい。ジョニーは恐ろしく強い男だ。我輩の鼻に伝わる情報によれば、ジョニーなら成長しきった熊ですら素手で打ち倒すことが出来るのだ。さらに言うと、ジョニーは「強化人間」なる者らしい。強化人間が何者なのか、我輩にはよく分からないが……どうやら、戦闘用に品種改良された人間であるらしい。

 ビリーという若い優男もいる。この男は一見すると軽薄であり、常にヘラヘラしているように思える。実際、力仕事は全てジョニーに押し付け、自分は手抜きをしていたりするのだが……それがバレて、ジョニーに叱られたりもしている。しかし、市場での取引に関してはビリーの方が上手だ。ヘラヘラしながら立て板に水のごとく喋りまくり、やたら高く売りつけたり安く買い叩いたりしていた。この男もまた、普通の人間とは違う匂いがしている。

 そのビリーの横にくっついているのが、マリアという若い女だ。妙に特徴のある喋り方をする、変わり者であるが……子供たちからの人気は高い。いつも子供たちを集めては、奇妙な遊びに興じている。時には我輩も付き合わされることがある。これがなかなか大変なのだ。だが、マリアには周りの人間を笑顔にする不思議な力がある。

 彼ら四人は、ついこの間までは赤の他人であった。それが偶然にもZ地区で出会い、そして襲撃を受けたが……マットの働きにより追っ手から逃れることが出来た者たちなのだ。この孤児院では、マットの名は皆に語り継がれている。命を捨てて皆を救った英雄として。


 そして……ユリとケイの双子も、皆と一緒に働いているのだ。子供たちの面倒を見たり、畑の手伝いをしたり、鶏の世話をしたり、市場に買い物に行ったり……双子はここで働くようになってから変化した。表情が穏やかになり、他人への態度も柔らかくなった。何より、二人から血の匂いが消え失せたことが……我輩にとっては、とても嬉しいことだ。

 無愛想だった姉のユリも、時おり我輩に笑顔を見せるようになった。その顔を見て、我輩も笑う。そう、我輩は笑う犬なのだ。愛する人間たちの幸せそうな姿を見て笑う……その瞬間こそが、我輩にとっての無上の喜びなのだ。

 周りのみんなが笑顔になれば、知らず知らずのうちに自分も笑顔になっている。だから我輩は、周りの人間の幸せを願う。幸せな人間は、よく笑う……周りの人間の笑顔に囲まれて、我輩も笑う。


 そして、我輩には心がけていることがある。夜は出口に一番近い場所で眠るのだ。外からの物音や匂いに、すぐさま反応出来るようにしている。そうすれば、外敵の侵入を防げる。と同時に、来客にもいち早く気づくことが出来るからだ……夜中であろうと、来客の可能性はある。

 そして、帰還する者の存在にも気づける……。


 我輩は、マットが生きていると信じている。マットが我輩や双子の姉妹を置いてきぼりにして、先にあの世に逝くはずがないのだ。マットは誰よりも義理堅く、そして誰よりも優しい男なのである。

 マットはいつか必ず帰って来るだろう。暗闇の中、この孤児院の僅かな明かりを目指して……だが、マットは迷うかもしれない。夜中にみんなが眠っていては、マットの存在に気づかないかもしれない。また、マットもみんなの存在に気づかないかもしれない。

 だからこそ、我輩が気づいてあげなくてはならないのだ。そして、マットを出迎えるのは我輩の役目……そう、誰よりも早く一番に出迎えるのだ。

 マットは必ず帰って来る……我輩は、そう信じているのだ。




 笑う犬の冒険《完》



 すみません。今回の話は、単体だとわかりづらいですね。マットとロバーツの物語は『エメラルドシティの三人』に載っています。




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