野獣の仕事 4
エメラルド・シティのケン地区には、マスター&ブラスター率いるバーター・ファミリーの息のかかった店が非常に多い。
バーター・ファミリーは、一応はギャングであるが……犯罪よりも、むしろ賭博場や酒場などの経営に力を入れている。また、旅行者が安全に金を使えるように、治安の維持にも力を入れているのだ。虎の会と同じく、バーター・ファミリーのメンバーが街角に立って通りを見張っている。おかげで余計なもめ事や血なまぐさい犯罪などは起きない。せいぜい旅行者が財布をすられたり、置き引きに遭うくらいだ。
しかし……他の地区と同じように、この地区もまた大通りを離れると様相が一変する。昔ながらの無法都市の風景が広がっているのだ。
特に、三階建ての大型駐車場の周辺は酷かった。かつては駐車場として使用されていたのだが……持ち主もさだかでない車が何台もほったらかしになっているのだ。動く車ならば、誰かが乗っていくだろうが……ここに放置されている車は皆、ガソリンを抜かれ使えるパーツを抜かれ……無残な姿で晒されていた。組織を追い出されたチンピラや浮浪者、さらには野犬の群れなどもうろうろしていたのだが……一月ほど前からは、奇妙な集団が住み着いていた。
ギブソンは今、そのケン地区に来ていた。そして、大通りをゆっくりと歩いている。あちこちに、バーター・ファミリーのメンバーらしき者の姿を見かけた。彼らは携帯電話や無線などで連絡し合い、何か事件があればすぐに駆けつける。事が起きた場合の反応は、治安警察よりも早い。時と場合によっては、治安警察にも協力する。彼らは街の治安維持に欠かせない存在であった。
ギブソンはそんなギャングたちの視線を避けつつ、大通りから徐々に離れていった。そして、巨大な駐車場の周辺をじっくり歩く。人目につかないよう歩き、建物の造りを頭に叩きこむ……。
やがて、ギブソンは偵察を終えた。もう、こんな場所に長居する必要はない。ギブソンは立ち去りかけたが……その時、妙な光景を見た。
露店や掘っ立て小屋の立ち並ぶ一角……そのうちの一軒で、ボロボロの服を着た小柄な男が、治安警察の制服を着た男と何やら話している。その小柄な方はよく見ると、昨日の競売会場にいた髪を短く刈り上げていた男だ。確か、ステファンとかいう名前だった。やたらと態度が大きく傲慢な雰囲気を漂わせていたのを覚えている。もっとも、今は浮浪者にしか見えないが……。
二人は声を潜め、真剣な表情で何やら話している。見るからに怪しげな雰囲気だ。まさかとは思うが……ひょっとしたら、虎の会の情報を治安警察に流しているのではないだろうか?
ギブソンは迷ったが、念のために二人を見張ることにした。万が一、虎の会に何かあった場合……ギブソンとマルコは雇い主を失うことになるのだ。それだけは避けたい。
警官とステファンは真剣な表情で話していた。だが、それはものの五分足らずで終わる。ステファンは掘っ立て小屋の中に引っ込み、警官はその場を離れていく。ギブソンは警官の後を付けてみることにした。人目に付かない場所に来たら……何を話していたのか、腕ずくで聞き出すつもりである。
警官は一人、のんびり裏通りを歩いている。年齢は三十歳ほどか。中肉中背、平凡な顔立ち……今のところ、別段おかしな行動はしていない。たまに露店を冷やかしたりするくらいだ。虎の会にスパイを潜り込ませるような大物には見えない。ひょっとしたら、ただ単に世間話をしていただけなのかもしれない。
かと言って、油断もできない。自分を賢いと思いこみ、身の程をわきまえずに無謀な真似をする者はいくらでもいる。前を歩いている警官も、そのタイプかもしれないのだ……。
とにかく、もう少しだけ様子を見てみよう。
しばらくすると、警官は立ち止まり、携帯電話を取り出した。そして何やら話し始める。小声で話しているため、ギブソンには聞き取れない。
かといって、これ以上近づいてはまずい。気づかれる。
ギブソンは迷ったが……結局は引き上げることにした。とりあえず、今は仕事を片付けるのが先だ。期限は一週間しかない。さっさと終わらせる。今日見たものについては……後で時間をかけ、じっくりと調べてみよう。ひょっとしたら、金になるかもしれないのだ。あのステファンが裏切り者であるのなら……それをネタに警官共々ゆするか。
あるいは、ジュドーにたれ込むか。
異能力者フランク・ザガリーノはもともと真面目で温厚な男であった。大半の異能力者たちと同じく、彼もまた監視状態での生活を甘んじて受け入れていたのだ。監視されているとはいえ……慣れてしまえば、さほど不便なものではない。問題さえ起こさなければ、個人の自由行動に対する制限はどんどん少なくなっていくのだ。
フランクは二十年以上の真面目な服従生活の代償として、街中を歩いて買い物することもできたし、様々な娯楽施設にも行けた。旅行にも行くことが出来たのだ……監視人付きではあったが。
それが半年前、突然生き方を変えた。異能力者と判定されてからの、二十年以上……彼はおとなしく、波風立てずに生活していたはずだった。信号無視すらしない人間だったのだ。それが監視人を殺害し、持てる能力をフル活用して逃げ出した。
そしてフランクは、エメラルド・シティに流れ着いた。ここで彼はギャング組織からはみ出たチンピラ共を集め、そのリーダーとなったのだ。何せ、フランクの皮膚は銃弾を通さない。その上、腕力は人間離れしている。素手で人体をバラバラに出来る男だ。チンピラ共にとっては、リーダーであると同時に……自分たちの守護神でもあった。
そして、フランクとその子分たちは三階建ての大型駐車場を根城にした、小さな王国を築き上げた。彼らは盗み、奪い、時には殺し……そうやって生活の糧を得ていたのだ。
しかし、その小さな王国にも……崩壊の時が近づいていた。
夜の十時……辺りは闇と静けさに包まれている。頼りになるのは月明かりと、大通りの街灯からのわずかな光だ。ギブソンは闇に紛れ、駐車場の前に立った。妙に静かだ。時おり、遠くの方から微かな話し声のようなものが聞こえてくるくらいである。こういった集団はえてして、夜には騒ぎを起こすものだが……フランクは物静かで真面目な男だと聞いている。子分たちにも、バカ騒ぎは禁じているのであろうか。
なら、そんな奴が何故、監視人を殺して脱走したのだろうか?
不思議な話ではある。だが、そんなことについて考えている場合ではない。ギブソンは息を吸い込んだ。
そして――
「ベェケェ野郎この野郎! さっさと出て来やがれ! この野郎!」
ろれつの回らない口調でわめきながら、周囲に散乱している空き瓶や石などを投げつける……その音に周囲の野良犬が反応し、一斉に吠え出した。さらに、中の男たちの罵声もそれに続く。
「るせーぞ!」
「失せろや! 酔っぱらいが!」
「殺すぞ!」
だが、ギブソンは怯まない。ろれつの回らない口調で喚く。
「あんだっつうんだ!? あんだってんだよ!? 出て来いベェケェ野郎!」
次の瞬間、銃声が轟く。同時に、駐車場の入り口から殺気立った四〜五人の男たちが出て来た。
だが、それを見るや否や……ギブソンはくるりと向きを変える。そして走り出した。
「待てゴルァ!」
「ぶっ殺せ!」
男たちは後を追って走り出す……巨大な駐車場は無人の廃墟と化した、かに見えた。
だが、肝心のフランクはまだ駐車場に残っていた。今の騒ぎを、彼は苦々しい思いで聞いていたが……その程度のことでいちいち動きたくなかったのだ。何せ、彼は三階にいる。地上に飛び降り、酔っ払いの首をへし折るのは簡単だったが……自分の時間を、そんなことに使いたくない。暗闇の中、フランクは再び眠りについた。
だが――
壁に空いている穴から、何かが着地するような音が響く。同時に、獣が唸るような声……フランクは異変を感じ、飛び起きた。そして、すぐに明かりを灯す。
十メートルほど先に、獣のような顔の男が立っていた。
「お前、まさか……オレを殺しに来たのか? お前も異能力者だろうが? 何故、オレを殺す? 何故、一般人に味方する?」
フランクは当惑し、思わず叫んでいた。しかし、返ってきたのは野獣のような声。フランクは悟った。
目の前の獣を殺さない限り、自分が殺される。
フランクは二メートル近い巨体を踊らせ、殴りかかる。彼の腕力は、一撃で成人男性の頭蓋骨を陥没させることが可能だ。上からの、打ち下ろすようなパンチがマルコを襲う。
だが、マルコはそのパンチをサイドステップでかわした。
そして次の瞬間、弾丸のようなスピードで、フランクの腹に頭からの体当たりを食らわす――
マルコの頭が、フランクの腹にめり込む。巨大な鉄球を高速でぶつけられたような衝撃……。
フランクの皮膚は弾丸や刃物は通さない。しかし、この一撃はあまりにも強烈であった。フランクは前屈みに倒れる。もはや、耐えることも抵抗することも出来ない……マルコの一撃で、内臓が破裂してしまったのだ。
だが、マルコは攻撃の手を緩めない。フランクの頭を掴み――
力任せにねじ切った。
一方のギブソンは、離れた場所で子分たちを全員射殺した。そして死体を漁り、金および金目の物を全て奪う。マルコのことは特に心配していない。勝てないと判断したら逃げろ、と言いきかせてある。いざとなれば……野良猫のような素早い動きで、すぐさま逃げ出すことだろう。もっとも、その場合は……自分もまた、逃げ出す算段をしなくてはならないかもしれないが。虎の会では、いったん引き受けた仕事は……よくよくの事がない限りキャンセル出来ないらしいのだ。もし期限内に仕留められなかったら……今度は自分たちも標的となる。
ギブソンは駐車場に戻った。そして上がって行く。人の気配はないが、かすかにオルゴールの音が聞こえてくる。その時ギブソンの頭に、マルコは殺人の罪悪感を消すためにオルゴールを聴いているのではないだろうか、という考えが浮かんだ。
だが、すぐにその考えを打ち消す。自分と出会う前、マルコは人間を食べていたのだ。そう、マルコにとっては……人間は他の動物と同じく、捕食対象だったのである。そんなマルコが、人間を殺害したからといって、罪悪感を感じるとは思えない。
それに、今は罪悪感など感じない方がいいのだ。マルコには、人殺しくらいしか出来る仕事がないのだから。
三階に上がると、数台の車の残骸と……大柄な男の残骸が転がっていた。間違いなく、フランク・ザガリーノの成れの果てだ。その横では、マルコが床にしゃがみこみ、オルゴールを鳴らしている。だが、上がって来たギブソンを見て顔をほころばせた。
「マルコ、よくやったな……」
そう言いながらギブソンは近づき、マルコの頭を撫でる。撫でながら、携帯電話を取り出した。
「あ、どうも……はい、フランク・ザガリーノは今、仕留めました……すぐに確認して下さい……」
その翌日、ギブソンは食堂『ジュドー&マリア』にいた。ただし、今日は地下室にはいない。店の二階にある事務所にいるのだ。目の前の机に座っているのはジュドーである、という点は同じだが。
「ほら、後金だよ……それにしても早いな。大したもんだよ」
くだけた口調でそう言うと、ジュドーは封筒を差し出してきた。言葉といい、態度といい、不思議な余裕を感じさせる。やはり、この前会ったギースと、どこか似ている……とギブソンは思った。一方はギャング組織のボスの片腕、もう一方は自称・墓守り。にもかかわらず、どこか同じものを感じる。
だが、そんなことは今考えるべきことではない。ギブソンは頭を下げ、立ち去ろうとした時――
「なあ、あのフランクだが……あいつは今まで真面目にやってたんだよ。それが何であんなことをしでかしたか、お前わかるか?」
ジュドーの問い。ギブソンは首をかしげた。
「さあ……雷にでも打たれて、人生観が変わっちゃったとか?」
「いや……フランクは余命一年だったんだよ」
「はあ?」
「そう、余命一年だった。染色体がどうとか、遺伝子レベルで何とかかんとか……オレは医者じゃないから、詳しいことはわからんがね」
そう、フランクは余命一年だったのだ。本来なら、そんなことは本人には知らされないはずだった……ところが、哀れに思った監視人がフランクに喋ってしまった。
その数日後、フランクは監視人を殺し逃亡したのである。
「……ってわけさ。つまり、お前が手を降さなくても、奴は半年も経てば死んでたんだ」
淡々とした口調で、語るジュドー。ギブソンの顔から、いつもの軽薄な表情が消える。
「何で、監視人は……」
「喋っちまったのか、と言いたいのか? 本人じゃないからわからんが、監視してる間に情が移ったんじゃないかな。監視人としちゃあ、余命一年を悔いなく過ごして欲しい、という思いだったんだろうが……結果的には、監視人と異能力者の双方が命を落とす羽目になったんだよ」
「……」
ギブソンは何も言えなかった。何と皮肉な話なのだろうか……だが、ジュドーの話はまだ終わりではなかった。
「本当はな、依頼人の名前を言うのはご法度なんだが……特別に教えてやる。フランクの殺しを依頼したのは……監視人の奥さんだ」「え……じゃあ、仇を取って欲しいと……」
「そうだ。放っておいても、一年経てばフランクは自動的に死ぬ……だが、奥さんは奴を殺してくれと依頼した。要するに……フランクの生きる日々を、少しでも減らしたかったのさ。さらには、フランクの死に、わずかでも介入したかったんだろうな」
「……」
「依頼人のフランクへの恨みの強さが、少しは理解できたろう。晴らせぬ恨みを晴らす……前にも言ったが、オレたちみたいなクズでなきゃ出来ない仕事だ。そいつを忘れるな」
ギブソンが地下室に戻ると、マルコは暗い部屋の中でじっと絵本を見ていた。ギブソンが明かりを灯すと、マルコは思い詰めた様子で口を開く。
「ギブソン……これ、何て読むんだ?」
そう言いながら、マルコは絵本の最初のページを指差す。
「これか……これはな、むかしむかし、って書いてあるんだ」
「むかしむかし……どういう意味だ?」
「……昔、という言葉は分かるな? 昔が二つ並ぶ……つまりは、ずっとずっと昔ってことだ」
「ずっとずっと昔か……わかった」
真剣な表情で、マルコは頷いた。その表情を見たギブソンに、一つの考えが浮かぶ。
「マルコ……オレがこの本を読んでやるよ。この本を読みながら、少しずつ字の勉強をしていこう……」
野獣の仕事《完》




