雲の学校ではじまり
はるか高い空の上。
青い空を大きな海みたいにして、その上にふわふわと浮かぶ「雲の原っぱ」がありました。
そこは地上からは見えない、雲たちだけの世界です。
原っぱには、白くて小さな雲の子どもたちがたくさん暮らしていました。
朝になるとふわーっと空に広がり、夕方にはゆっくりと集まって、形を変えながら遊んだり、学んだりしているのです。
その中に、ふたつの小さな雲がいました。
ひとりはもくもく。
名前のとおり、もこもこと膨らむのが得意で、いつも「いつか立派な入道雲になるんだ!」と夢を語っていました。元気いっぱいでまっすぐな性格だけど、ちょっと張り切りすぎて形がくずれてしまうこともしばしば。
もうひとりはもふもふ。
ふんわりやわらかくて、触れるとまるで綿菓子のよう。とても優しいけれど、泣き虫で、ちょっとした風にも「ひゃあっ」と震えてしまいます。泣くと小さな雨粒をぽろぽろ落としてしまうので、ほかの雲たちから「また降らしちゃった!」と笑われることもありました。
そんな二人が通っていたのが「雲の学校」です。
◇
ある日の朝。
雲の学校の広場には、子どもの雲たちがわいわいと集まっていました。今日は新しい授業の日で、「空の道を知る」ことを教わる予定です。
先生は、大きな雷雲のごろごろ先生。
ごろごろっと鳴る声と大きな体で、ちょっと怖そうに見えますが、本当はとても面倒見のいい先生でした。
『さあ、みんな! 雲はただ浮かんでいるだけじゃない! 風にのって旅をし、雨や雪を降らせ、大地をうるおす。おまえたちも、いずれは役目を持つ雲になるんだぞ!』
ごろごろ先生の声に、雲たちは「はい!」と一斉に答えました。
もくもくは胸をふくらませ、もふもふはちょっぴり震えながら返事をしました。
『今日はまず、“形”を見せてもらおう! 自分がどんな雲になりたいか、思いっきり膨らんでごらん!』
「よーし、見てろよ!」
もくもくは勢いよく体をふくらませ、ぐんぐん大きくなっていきました。
が、はりきりすぎて端っこがびよーんと伸びてしまい、変な形に。
「わわっ、ちょっと待って、バランスが……!」
ぽよん、と体が揺れて、もくもくは半分くずれそうになりました。
雲たちがくすくす笑い、先生もごろごろと低く笑いました。
『あせるな、もくもく! 形は夢に近づくための練習だ。何度でもやり直せばいい』
「は、はい!」
もくもくは恥ずかしそうに笑いました。
一方のもふもふは……。
「わ、わたしは……えっと……」
小さくふくらもうとするけれど、すぐにしゅんと縮んでしまいます。
緊張と不安で、ぽたりと雨粒を落としてしまいました。
「また降らしちゃった……ごめんなさい……」
しょんぼりと涙を流すもふもふに、もくもくはすぐに寄り添いました。
「だいじょうぶだよ! ほら、もふもふの雨は気持ちいいから、地上の花がきっと喜んでる!」
その言葉に、もふもふは少しだけ笑顔を取り戻しました。
◇
授業が終わったあと、二人は原っぱの端に腰をおろしました。
下をのぞくと、はるか遠くに青い山や町並みが見えます。
「なあ、もふもふ。俺、ぜったい大きな入道雲になって、地上のみんなが見上げるくらい立派になるんだ」
もくもくは胸を張りました。
「……すごいなぁ。でも、わたしは……小さな雨を落とすだけでも失敗しちゃうし、立派な雲になれるのかな」
もふもふは不安そうに体をしゅんと縮めました。
「なれるさ!」
もくもくはきっぱりと言いました。
「だって俺、いつもお前と一緒にいるし! お前の雨はやさしいし、俺のもくもくと合わせたら、きっとすごい雲になれるんだ」
「……ほんとに?」
「ほんとほんと!」
そのとき、風がふわっと吹き抜け、ふたりの形を少し揺らしました。
けれど、それはまるで「がんばれ」と応援してくれているようでした。
もくもくは笑い、もふもふもつられて笑いました。
二人の小さな影は寄り添って、広い空の中にぽっかりと浮かんでいました。
◇
その日の夜。
もふもふは寝る前に小さくつぶやきました。
「……泣き虫でも、立派になれるかな」
となりで眠そうにしていたもくもくが、どこか夢の中で答えるように言いました。
「なれるって。だって、お前はもふもふだから」
空の上に星がきらめき、二人の雲をやさしく照らしていました。
こうして、もくもくともふもふの「ぼうけん」が始まったのです。




