第二十九話 〈閑話〉妖精のタカラモノ①
ミーヤが人間の姿に変身することを、ヒューゴは意外にもすんなりと受け入れた。
どうやらアウステリア皇国には、森に住む妖精が少女の姿で街に行く昔話があるらしく、ミーヤのことをそれっぽい存在だと認識したらしい。
ある晩ミーヤのおねだりに応えて、ヒューゴが枕もとでその昔話を聞かせてくれることになった。
* * *
「ある深い深い森の奥に、小さな妖精たちが住んでいた。その森はとても豊かで危険な動物もあまり居なかったので、妖精たちは自由気ままに暮らしていた」
ヒューゴの低い声がゆっくり物語を紡ぎはじめる。ミーヤは妹尾美弥だった頃に、毎晩ふとんにくるまって聞いた母親の読み聞かせを思い出して嬉しくなった。嬉しくなって頭の花をゆらゆらと揺らした。
「妖精たちには成人として認められるための、乗り越えねばならない儀式があった。それは人間の街へ行って『価値あるもの』を持って帰らなければならない、というものだった」
物語の導入としては悪くない。それを聞いた子供たちは、誰もが自分だったら何を持って帰るだろうかと考えるだろう。もちろんミーヤも考えた。
(洗たくは手が荒れるから、ハンドクリームかな? 綺麗な刺しゅう糸も良いなぁ!)
ミーヤよ、それは『欲しいもの』だろう。この物語の意図は、『人生において、何に価値を見出すか』とかそういった哲学的なものだと思うぞ。
ちなみにミーヤは美弥だった頃、小学校で手芸クラブに所属していたので、今だにちまちまとした作業は得意なのだ。
今のミーヤの宝ものは、ヒューゴにもらった綺麗なお菓子の包み紙だ。小さく畳んで自作のポシェットの中に入れてある。
ミーヤは自慢したくなって、メモ用紙に『わたしのタカラモノ』と書いて、ポシェットから包み紙を出してヒューゴに見せた。
尻尾で丁寧に皺を伸ばして、精一杯胸を張る。
ヒューゴは『そうか』と言って、毛玉の頭を指の腹で撫でてくれた。
ミーヤは、ここはお互いの宝ものを見せ合って自慢し合う場面だと思っていたので、『へーかのタカラモノ、なーに?』とメモ用紙に書いた。
何と言ってもヒューゴは皇帝陛下なのだ。きっとミーヤが想像もつかないすごいモノを持っている。大きな宝石や勇者の聖剣、不思議な魔法の道具かも知れないと思って、ミーヤはワクワクして待った。
けれどヒューゴは優しく笑って、ミーヤをそっと胸に抱いた。
「私の宝ものはミーヤだよ」
ミーヤはちょっと……いや、かなり照れ臭くなって、頭の花を揺らしてそれを誤魔化した。この気持ちは、妹尾美弥だった頃にも覚えがある。
お酒を飲んで赤い顔をしたお父さんが同じことを言っていた。エプロンを背中で結びながらお母さんが、替え歌にして口ずさんでいたこともある。
その時もミーヤはかなり照れ臭くさかったけれど、両親の宝ものである自分ならば、大人になったら何にでもなれるだろうと、やけに大きな気持ちになった。
(なぜか毛玉になっちゃったんだけどね!)
ミーヤが少ししんみりしていると、『パンパカパーン』と例のファンファーレが鳴った。
《『愛されポイント』がたまりました。何を生やしますか? 『だいしゅきポイント』がたまりました。ヒューマンタイプへの変身が可能です》
まさかの両想いである。
ヒューゴに愛されて『愛されポイント』がたまった。ヒューゴのことが大好きだから、『だいしゅきポイント』がたまったのだ。
つまり嬉し恥ずかしの両想いなのだ。
ミーヤはますます照れ臭くなって、布団の中に潜ってプルプルと震えた。
「どうした? ミーヤ。続きを聞かなくて良いのか?」
聞きたい! 物語はまだまだ始まったばかりだ。
ミーヤはモゾモゾと布団から顔を出して、ヒューゴに続きをねだった。
* * *
ある年若い妖精が、儀式のために人間の街へと向かうことになりました。その妖精は儀式をとても楽しみにしていました。
人間の街は面白いものや美味しいものがたくさんあると、大人の妖精たちに聞いていたからです。
「街には悪い人間もいるから、決して妖精の姿を見られてはいけないよ。捕まって遠くへ売られてしまったり、瓶に閉じ込められたりしたこともあるんだ」
そんな話を聞いても、若い妖精は少しも怖くはありませんでした。
「わたしは速く飛ぶのも、見つからない場所に隠れるのも得意だもの。人間になんか捕まらないわ!」
妖精は得意になって言いましたが、大人の妖精にポコンと頭を叩かれてしまいました。
「妖精の姿を見られてはいけない話をしているんだよ。約束が守れないなら、儀式は取り止めだ」
「わかりました! 約束を守ります!」
妖精は慌てて人間の姿になると、急いで森の出口へとかけてゆきました。




