第二十七話 毛玉様発見の報告
「それでは、い、行ってまいりますわ!」
毛玉を入れた洗濯籠を抱えたイレーヌは、緊張した面持ちで洗濯場を後にした。久しぶりの令嬢言葉にちょっと声が裏返ってしまった。
洗濯室の全員で話し合った結果、満場一致でイレーヌが代表として『毛玉様、確保!』の報告をすることになった。平民で下女のみんなは、口を揃えて貴族やお城の偉い人には関わり合いになりたくないと言ったのだ。
「お貴族様相手の礼儀なんて、あたしら知らないからね。やらかして牢屋に入れられるのは御免だよ」
「丸め込まれて、誰かに手柄を取られちゃうかも知れないしさ!」
「「「その点、イレーヌなら大丈夫だろう?」」」
実際、イレーヌの家は元男爵家と爵位は低いものの、父親は財務部の主任として勤めていた超エリートだ。長女のイレーヌも高度な教育を受けている。
そんなイレーヌが洗濯下女をしながら小さい弟を育てているのだ。何か大きな訳があるのだろう。そのへんはとてもセンシティブな問題なので、洗濯室では誰も触れることはない。
イレーヌは中庭を抜けて一旦城門へと戻り、門番兵に声をかけた。
「すみません、洗濯室に勤務しているイレーヌと申します。毛玉様を保護致しました。係りの方へのお取次ぎをお願い致します」
門番が直立不動のまま、チラリと洗濯籠に視線を移す。
実は門番、市民が持ち込む『毛玉様』にはうんざりしていた。黒い子猫や子犬、カラスの雛……。中には黄色い花を差した毛糸玉を持って来る者までいた。
いやしかし、毛糸玉はなかなか良い線いっていた。ヒューゴが見たら『それを献上せよ』とか何とか、言ったかも知れない。
どうせまたガセだろう。門番はそんな心情をあからさまに態度に表し、『うむ』と言いながら籠を受け取ろうと手を伸ばした。
イレーヌはサッと籠を抱え込み、『係りの方へのお取次ぎをお願い致します』とにっこり笑ってもう一度言った。
若い門番兵は若干ムッとしていたがイレーヌが洗濯下女の身分札を見せると、『こちらへ』と言い、本城へと向かって歩き出した。そろそろ交代の時間だったので、ついでに誰か文官を探して引き渡せば良いと思ったのだ。
本城へと続く前庭を、イレーヌは門番兵の後に続いて楚々と歩いた。令嬢風の歩き方をするのも久しぶりだ。イレーヌは、意図的に貴族だった頃のあれこれとは遠ざかって暮らしていた。
城内への大扉とは別の従業員入口から入り、下級文官の控室のドアをノックする。
「毛玉様の係りの者はいるか?」
「ああ、それならザックが……。おーいザック、毛玉様のご用件だぞ」
しばらく待つとザックと呼ばれた若い文官が現れた。
「毛玉様を保護致しました。ご確認、お願い致します」
イレーヌは軽く腰を落として頭を下げてから、文官に見えるように、洗濯籠の掛け布を外した。
「はいはい、確認致しますよ……へあ、あああっっっ!!!」
軽い調子で籠の中を覗き込んだ文官は、中の毛玉を見るなり叫び声を上げた。
「ほ、本物っぽい……! 本物? かなり毛玉様です! 陛下に……いや、まずは侍従長を……誰か、誰かー!」
大変な混乱ぶりだった。中の毛玉は驚いて跳ねて籠の天井に頭をぶつけてしまい、コロコロと転がった。
その後イレーヌは小部屋へと案内された。そこで毛玉を何人かの文官に見分された後、籠ごと渡すことになり、この時点で有力情報者としての報償金が保証された。
しばらく待つと、小部屋を身なりの良い年配の男性が訪れた。イレーヌは深く腰を落とし、頭を下げる。
「侍従長様……」
「む、ローマン家の娘か……?」
「お久しぶりで御座います。その名はもう……」
気まずい沈黙が流れたが、イレーヌは顔を上げて淑女の笑みを浮かべた。
「毛玉様のご確認はすみましたでしょうか。洗濯室の皆が待っておりますので、私は辞させて頂きとう御座います」
情報分の報償金保証の言質は済んでいる。あとは本物であれば発見者の報償金も貰えるだろう。
「まぁ、待て。実は陛下が発見者とのお目通りを希望しているのだ」
「はっ……?」
「陛下が確認された。確かにご寵愛の毛玉様であるそうだ。大層お喜びになり、発見者へ直接のお声がけをなさりたいとの仰せだ」
「それは……あまりに畏れ多いことで御座います。身なりのことも御座いますし……」
「陛下たっての思し召しだ。辞退こそ無礼であるぞ」
それは穏やかではあったものの、断定的な口調だった。
「畏まりました」
これ以上の押し問答は不要とばかりに、侍従長は「付いて参れ」と歩き出した。
* * *
イレーヌが案内されたのは謁見の間ではなく、豪華な応接室だった。居た堪れなさに入口付近に立ち尽くしていると、ガチャリとドアが開き大柄の男性が入って来た。先触れもなく、陛下本人のお也である。
「こ、皇帝陛下へのご拝謁、恐悦至極に御座います」
膝をつき、最上級の礼を取る。チラッと見ただけでも、目が眩むような美丈夫だった。そしてとても機嫌が良さそうに見える。何しろ、噂に聞くトレードマークの眉間の皺がない。
「よい。顔を上げろ。無礼講だ」
皇帝陛下は大股でイレーヌの前を通り過ぎ、奥のソファへと腰をおろした。ふと見ると、肩に毛玉様が座していた。ユラユラと頭の花が揺れている。
「この度は世話になった。心から感謝する」
毛玉がパタパタと羽ばたき、ヒューゴの頭に着地し、そのままチョンチョンと跳ねた。
「……もったいないお言葉で御座います」
イレーヌは吹き出しそうになったが、手の甲を強く捻って耐えた。
「洗濯室の勤務だと聞いている。発見の経緯を聞かせてもらえるか?」
「はい。どこから迷い込んだものか、洗濯物の上でチョンチョンと跳ねておられました。お怪我がないよう注意を払いながら洗濯籠の中に入って頂きました」
良い感じにふわっと説明する。虫取り網を持って追いかけ回したなどとは言いにくい。
「そうか。協力してくれた人数は何名程度だ?」
「洗濯室の下女、全員で御座います」
これはちょっと嘘だ。今日は休みの者が何名もいる。
「それでは、報償金として金貨200枚を洗濯室宛で届けさせよう。それと、全員の身分と報酬を下女から女中相当へと上げる。雇用条件はそのままで良いか?」
洗濯室の仕事は、登録制であり不定期での労働だ。空いている日に出勤して、日給で報酬を受け取る。
不安定ではあるが、その条件であるからこそ務められる者も多い。
「はい。大変なお取り計らい、洗濯室一同感謝致します。今後とも誠心誠意、務めさせて頂きます」
金貨200枚! 洗濯室の下女全員で分けても、1人10枚くらいの計算だ。下女から女中へと身分が上がれば、給料も三割程度は上がる。
イレーヌは込み上げる笑いをこらえて、丁寧に淑女の礼をして応接室を辞した。パタンとドアを閉めると、中から皇帝陛下の声が聞こえた。
「ミーヤ、本当によく戻ってくれたな。心配したんだぞ!」
ミーヤ……? 毛玉様の名前かしら……偶然ね。あれ、そういえば、ミーヤが見当たらなかったような……。
イレーヌはスキップしたい気持ちを抑えて最後までシズシズと歩き、洗濯室へと戻った。
洗濯室で待ち構えていた下女たちは、イレーヌの報告を聞き全員が大きな歓声を上げた。
その日の洗濯は、異例の速さと手際で終わった。




