第十五話 正式契約
ヒューゴが『飼い主友の会(仮)』の会合でミーヤの正式名称を口にしたその時。
寸分違わずに全く同じタイミングで、ミーヤはヒューゴのフルネームを尻尾の筆で書き記していた。
そして離れた場所にいた二人は、同時に白いキラキラとした光に包まれた。
ミーヤの頭の中で、お馴染みのファンファーレが鳴り響く。続いてアナウンスが流れる。
《個体名ミーアリーヤと“ヒューゴリウス・アウステリア・リミュエール”との正式な契約が成立しました》
ミーヤとヒューゴを包んでいるその光は、この世界がゲームであるならば『キラキラエフェクト』と呼ばれるものだろう。二人が置かれている現状が、特別だということを物語っており、二人の関係が決定的になったことを示している。
その事象はファンタジー世界の理に則れば『従魔契約』と呼ばれる類い、人気の育成バトルゲームでいうならばボールの中に収まった状態だ。
だが、ミーヤに『君に決めた!』と言ったところで、チョンチョン跳ね回るのが関の山。ヒューゴが自分で戦った方が、断然強いのでやめた方が良い。
キラキラエフェクトが徐々に霧散してゆくと、ミーヤは人間の姿へと変身していることに気がついた。
「えーっ、今変身しちゃうの? 自分で決めたタイミングで変身出来るようにして欲しいなぁ」
そもそもミーヤは、帰巣本能のせいもあったが『へーかの部屋で変身しちゃったら困るから、森に帰った方が良い』という判断から、尻尾を生やしたり置き手紙を書いたりしていたのだ。これでは本末転倒以外の何物でもない。
《ご意見・ご要望、ありがとうございます。検討の上、善処いたします。今回は正式契約に伴う特別措置となります》
すぐに毛玉に戻してはくれないらしい。『正式契約のお祝い』的なニュアンスを醸しているが、ミーヤにとってはありがた迷惑だ。
それと、もう少し簡単な言葉で説明してあげて欲しい。おそらくミーヤは『善処』とか『特別措置』などの意味を理解出来ていない。中身が小学生の毛玉の語彙に、難しい熟語はそう多くは存在していないのだ。守護者に関しても然り。
『これからミーヤのことは、へーかが守ってくれるよ! 良かったね!』とか『ミーヤがその方が良いなら、ちょっと相談してみるね! でも今回はお祝いだからしばらく人間のままだよ!』
とか、そんな感じで寄り添った方が良い。なんなら、後でもう一度アナウンスしてあげて欲しい。ミーヤは人間の姿になったことでテンパっているので、ほとんどアナウンスの意味を考えていない。とても重要なお知らせなのに。
「どうしよう……。誰かに見つかったら、捕まって牢屋に入れられちゃうよ……」
ミーヤは素っ裸で、ヒューゴの部屋をウロウロと歩き回った。ミーヤの精神年齢は小学生なので、本人の羞恥心は薄い。だが見た目は14・5歳の、第二次性徴期真っ只中の少女なのだ。見ているこっちがハラハラする。
クローゼットの中やベッドの下など、隠れられる場所を探し回る。お尻丸出しなのに、しゃがみ込んでベッドの下を覗き込む。ああ……ミーヤったら……! 乙女の恥じらいどこやった? いや……毛玉は最初からそんなモノは持っていなかった。
それはさておき、ベッドの下やクローゼットの中から、裸の少女が見つかったら……。間違いなくヒューゴの二つ名は『冷酷皇帝』から『ロリコン皇帝』に変わるだろう。
大変……ミーヤ、ヒューゴの名誉と『皇帝の品位』を護るんだ!
「置き手紙は書き終わってるから……仕方ないからもうこのまま森へ帰ろう」
正式契約を結んだのに、非常にさっぱりしているミーヤ。ここでミーヤの書いた手紙を、こっそり覗き見てみよう。
『ヒューゴリウス・アウステリア・リミュエールさまへ
へーか、もりにかえるね。たくさん、ありがとう。またね!
ミーヤより』
ヒューゴの重い毛玉愛に比べると、ミーヤのヒューゴへの態度は軽い。同じように孤独と隣合わせで過ごして来た者同士だが、これが野生動物の逞しさなのだろうか。
「ここんとこ、インクが飛んじゃったのどうしよう。あ、そうだ!」
メモ用紙の真ん中に、ポタリとインクが垂れて滲んだ跡がある。ミーヤは丸いシミに、チョイチョイと小さな花を付け足した。
「えへへ。うまいこと誤魔化せたね!」
インクのシミは、頭に花を生やしたミーヤになった。なんのかんの言って、ミーヤは頭の花に愛着が湧いている。
ヒューゴのベッドからシーツを剥がし、それを裸の身体に巻きつけて、カーテンのタッセルを腰紐に使う。さすがに部屋の外にマッパのまま出ることはしない。
目指すは、お城の裏庭にある洗濯場だ。そこまで行けば誰かがいる。乾物屋の女将さんや元男爵令嬢が、きっと助けてくれる。
ミーヤがバルコニーへと出ると、少し冷たい夕方の風が、シーツの裾をパタパタと煽って巻き上げた。ヒューゴの寝室は三階。ここから飛び降りたならば、軽い怪我では済まないだろう。
「毛玉ならパタパタして降りられたのに……」
ミーヤは口を尖らせて言った。そして無意識のうちに、毛玉の時に翼を羽ばたかせる要領で背中に力を込めた。
すると、パタパタと背中で聞き慣れた音がして、ふわりと身体が浮き上がった。
「あれ? 翼、ある⁈」
思わずカタコトになってしまった。振り返って背中を見ると、真っ白い小さな一対の翼が羽ばたいていた。毛玉の時とは違い、人間のミーヤは首も腰もあるから振り返れるのだ。
もしやと思いお尻に手をやると、案の定尻尾も付いている。頭の花だけは人間仕様なのか、てっぺんではなくこめかみ辺りから生えているようだ。これなら花を頭に飾ったお洒落さんに見えるかも知れない。
毛玉の姿で生やしたものが、人間の姿にも反映されてしまっているようだ。軽はずみに手や足を生やしてもらわなくて本当に良かった。
「便利だけど……。これじゃあ変な人みたいじゃないかな?」
変な人どころか、いくらファンタジー世界と言えども、人というカテゴリに収まるかどうかさえ微妙なところだ。
ミーヤは複雑な気持ちで背中の翼をパタパタと羽ばたかせて、ベランダから飛び降りた。
人間のミーヤに生えている翼も、身体に比べるとかなり小さい。そしてやはり、蝶や蚊ほどの飛行性能しか有していないようだ。それでもまぁ、落下の速度を緩やかにしてくれたので、ミーヤは無事に地面に降り立つことが出来た。
そのまま毛玉の用心深さを発揮して、植え込みに隠れたり、花壇の中を匍匐前進しながら裏庭へと向かう。
(今日は天気が良かったから、きっとたくさん洗濯物を干した。そうしたら、この時間ならまだアイロン掛けしている人がいるんじゃないかな!)
高い塀をパタパタと乗り越え、木から木へと飛び移る。見廻りの騎士たちを見掛けると、辛抱強く通り過ぎるまで気配を消した。ミーヤは隠れることに関してだけは、エキスパートの域にある。
(毛玉の時と違って、人間の肌はすぐに傷になっちゃうなぁ。身体を揺すって泥を払うことも出来ないし……)
ミーヤは擦り傷をたくさん作り、泥だらけになりながらも、ようやく洗濯場へとたどり着いた。背中の翼を折りたたみ、シーツで覆って隠す。お尻の尻尾は元より隠れているので良しとした。
ドアを開けると乾物屋の女将さんと、元男爵令嬢がお喋りをしながらシーツにアイロンを掛けていた。
「ミーヤ! いったいどうしていたの? 全然来ないから心配していたのよ!」
「あんた……! その格好、どうしたんだい。何があったんだい⁈」
ミーヤが考えていたよりも、心配されていたらしい。誰かの心に自分が住んでいたことで、ミーヤはほっこり嬉しくなって、えへへと笑ってから答えた。
「うん。逃げて来たの……」
二人は青くなった。裸にシーツを巻いた姿、擦り傷だらけの身体……。どう考えても尋常ではない。人攫いに攫われたか、変態野郎に裸で監禁されていたのか……。
「ミーヤ……もう大丈夫よ。怖いことは終わったの。悪い人はここまでは来ないわ」
「嫌なことは忘れちまいな! よしよし、良い子だ。よく頑張ったね!」
二人に両側から抱きしめられて、ミーヤはまた、えへへと笑った。褒められて、ギューッとされたのが嬉しかったからだ。二人がどんな想像をしているのかは、少しもわかっていない。
一方、その頃。
白い光に包まれたヒューゴは、かつてない程に動揺していた。
(何なんだこの光は! 他の者には見えていない……のか? 幻術か? 刺客はどこに居る⁈)
次話は正式契約時の、ヒューゴの様子です。




