表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【第四部】 《歴史の宝珠 編》
98/223

6章 黄昏のはじまり 4-18

 『月狼王』の背に乗るのはコツがったが、トルテが同乗しているのでスマイリーなりに気を使ったのだろう、それほど揺れを気にせずに済んだ。


 リューナは体の前でトルテの肩を抱き、ふたりはぴたりと寄り添うように巨大な妖獣の背にまたがっていた。しなやかな獣の胴が、足が跳躍する度に、周囲の光景が怖ろしい勢いで後方に飛び去っていく。


「なるほど、一夜で大陸を渡ったのが納得できるな」


 リューナのつぶやきに、トルテが頷いた。


「――もう間もなく見えてくるはずだって、スマイリーが言っています」


 周囲を流れ飛ぶように過ぎ行く森、川、岩肌……それらが途切れたとき、遠く無数の都市の灯火が見えた。その上空に浮かぶ雲を闇夜のなかの幽霊のように明々と照らしている。美しいながらもどこか不気味な光景だったが、夜を押し退け昼のように照らし出す大都市の光が、今宵はありがたかった。


「スマイリー、速度を緩めて、ゆっくりと都市へ入ってくださいね」


 トルテが口に出してスマイリーに話しかけた。心が繋がっているので声に出す必要はないのだろうが、そのり取りをリューナにも同時に伝えたいのだろう。


「メインの大通りを――はい、そこです。いろいろ踏まないように注意してくださいね」


 『月狼王』は背筋を伸ばし、駆ける速度を緩めた。目の前に都市の入り口が見えてくる。


 大陸が消えるかもしれない――。メロニア王宮の執務室でその話をしていたとき、未来を知るリューナとトルテの反応に気づいたハイラプラスがミッドファルース大陸全域の総避難を提案、一同を説き伏せ、全ての民を確実に避難させる計画を一時間で作成した。


 評議会や老院をはじめ、魔導の力のある者たち全てに、大陸に生きるものたち全員の避難を確実に実行するよう要請を出したのだ。


 人口八十万と六十万。人間族と飛翔族の統べるふたつの都市の完全な避難。途方もないその計画は、不安という一本の針で突くだけで大混乱になる危険がある。だがもし象徴たる王が決まったならば、まとまるのは簡単になるだろう――それは、ハイラプラスの発案だった。


「老院と各省、門に連絡は回っているはずだ。ちゃんと間に合っているといいけどな。それに俺、できるかどうか――」


「大丈夫です、リューナ」


 リューナの深いあお色の瞳を覗きこむようにして、トルテが言った。


「リューナならできます。――だって、リューナは皆を救いたいのでしょう?」


 オレンジ色の瞳に映る自信無さげな自分の顔を見つめ、そしてゆっくりと口に、頬に、力を入れていく。


 毅然とした、力ある者が浮かべる微笑……自信たっぷりの王の顔を作る。衣装はすでに王の印が入った正装に着替えてある。豪奢なマントが翻った。藍と白を基調にした配色の衣装はリューナの黒髪によく似合っている。


「ああ。俺は王とかいうガラじゃないが、演技でも何でもいい、俺にできるだけのことをしたい。ここまでの道中で覚悟は決めたつもりだ」


 リューナは『月狼王』の背に立ち上がった。その隣で同じように立ち上がったトルテの腰に片手を回して抱くように支える。


 幻獣であるスマイリーが都市の門を跨ぎ越えるが、門番達は全員敬礼をして押し留める事なくリューナたちふたりと幻獣一体を通した。


 あとは、ハイラプラスの整えた作戦通りに進めるだけだ。


 トルテは両腕をまっすぐ天に伸ばした。昇りたての太陽のようなオレンジ色の虹彩に白い光が現れ、瞳に宿る数多あまたの星となってきらめく。


 都市のメイン通りに巨大な『虹』が具現化され、美しくもすさまじい迫力で大地と夜空をいろどった。


「ど派手なパフォーマンスだな……」


 リューナが思わずつぶやき、ごくりと喉を鳴らした。王宮の者や計画を知る者たちに、これで到着したという合図になるはずだ。


 トルテが魔法への集中を乱さないよう、視線だけをリューナに向けた。リューナはしっかりと頷き、声を張りあげた。


「よし、いこう!」


 ミドガルズオルム王宮の前の広場には、すでに人だかりができている。世界滅亡の噂がまことしやかに語られていることもあり、市民全員が浮き足立っているとのことだった。


 王宮の前には、老院の面々、王宮の兵士や関係者たちが集まってきた市民をなだめつつ、人間族の王の到着を待っているのであった。


 お膳立ては整っており、あとはリューナが動くだけとなっている。さすが策士のハイラプラスというところか。屋外ステージこそないが、スマイリーが壇の役目を担ってくれるはずだ。


 スマイリーは広場の端から中央の広いスペースまで苦もなくひょいと跳び越えてみせた。頭上を通り過ぎる影に、オオォ、とあちこちからどよめきがあがる。


 『月狼王』の上によろめきもせず真っ直ぐに立ち、リューナは広場を見回した。かなりの数の人々が集まっている。広場はしんと静まり返り、ほとんど全員が自分に注目しているのを感じる。驚きが疑問に変わってざわめきはじめる前に、リューナは口を開いた。


「――俺はリューナ、新しい『王』だ! これから俺の話すことを聞いてくれ」


 ハイラプラスは、あえて台詞セリフまでは決めなかった。リューナは演劇が苦手だ。たどたどしくなるくらいならば自分の言葉で喋るように、と言われていた。その判断はありがたかったがプレッシャーでもある。リューナは真っ白になりそうな頭のなか必死で言葉を捕まえながら口上を続けた。


「この現生界に生きる全ての命に反旗をひるがえし、破滅をもたらさんとする者たちが居る。この都……いや、大陸の全てが戦いの場となるだろう。我々グローヴァー王国の五芒の星は、第一級避難命令を出した」


 ざわり、と集まった数万の人々の声が波となって押しよせたが、リューナは動じずさらに声を張りあげた。


「我々、王宮の魔導士たちが『転移テレポート』の魔法陣を設置していく。動けない者のところにはこっちから直接行く。全員がつつがなく避難を完了できるよう全力を尽くす。だから安心して、助け合いながら速やかに行動して欲しい」


 言葉が終わるのと同時に、トルテが両腕を広げた。スマイリーの足元に巨大な『転移』の魔法陣が展開される。再び、オォというどよめき。


 リューナはトルテを抱えて地面に降り立った。そして、自ら率先して王宮の兵士たちとともに人々を案内し、押し合いや騒動にならないよう順番に転移されていくよう手伝った。


 驚くべきことに、広場に集まっていた者たちも、そこかしこから集まって来る者たちも、そして広場ではない都市のあちこちに設置された『転移』の魔法陣にも、人々はきちんと列を作り、並びはじめた。リューナが到着する前とは違ってたいした混乱もなく、先を争う者もいなかった。


 ただ、生まれ育った場所を捨て去ることを是としない人々がいた。この都市を、家を離れることに逡巡し、戸惑っている。リューナがじかに声をかけさとそうとしたとき、彼らが言った。


「王よ! もしここに戻れなくても、新天地であなたさまが我々を導いてくださるならば、行きましょう」


「約束してくれ、王よ。私たちを見捨てないと」


 その言葉に、リューナは迷った。だが、迷いを顔に出すわけにはいかないこともまたわかっていた。瞳に力を込めて内心の迷いを映さぬように気を使いながら、その人々の目を見つめた。


「もちろんだ。戦いが終わったら、俺はみなとともに新天地へ行こう。そこで落ち着き、不自由なく皆が暮らせるように全力を尽くすよ」


 おぉ、ありがとう、頼むよ……と口々に言い、しっかと手を握り……そうして人々はおとなしく列に加わったのだった。リューナは目を伏せそうになるのをこらえながら、しっかりと背筋を伸ばした。


「……リューナ……」


 聞こえるか聞こえないかぎりぎりのか細いつぶやきに首を巡らせると、トルテが自分の衣の胸のをキュッと握りしめ、そんなリューナを見ていた。


 その不安そうな視線に気づいたリューナがトルテに微笑んでみせたが、彼女の表情は晴れなかった。


 王を演じていた少年の胸の内にぽとりと落ちた、おもりのようにズシリと質量を持った何か……これは責任、というものなのか?


 リューナは民に向けて偽りの微笑みを浮かべながら、人知れず握り込んだ手のひらに爪を立てていた。





「ディアン様!」


 タラティオヌに凱旋した若き王の姿に、王宮の人々の驚きの声があがった。


「そう、僕はディアンだ。戻ったぞ! ――急ぎ、非常放送の回線を開いて! 都市中に僕の声を届けるのだ。スティルク老、ニアルス殿を至急ここへ呼べ。皆、この場に集まるのだ、急げ!」


 タラティオヌ王宮に入ってすぐにある巨大な広間で、次々と集まってくる臣下たちに向けてディアンが声を張りあげた。王宮に残っていた者たちは、ほとんどが先王から仕えている忠臣たちだった。


 集まってきた彼らの質問にディアンが答え、手短に事情を説明すると、彼らは胸にこぶしを当てて深々と一礼した。そしてすぐに各々の役割をこなす為、急ぎ足で走り出ていった。


「……やはり、ドゥルガーの息がかかった者はほとんど出払っているな。混乱がなくて助かる」


 ディアンのつぶやきに、傍らに居たフェリアが頷く。その後ろにはエルフ族の老院の者ひとりと戦士が数名続いている。都市の外には百名ほどの兵士が控えていた。


杞憂きゆうでしたでしょうか。我々が出向いて来るまでもなかったようですね」


「――いえ、感謝しております。僕がひとりで帰ってきても、これほどスムーズには行かなかったでしょうから」


 ディアンの指示を受けた老院と魔導の実力のある者たちによって、王宮の正面にある石畳の広場に『転移』の魔法陣が次々と設置されはじめた。非常放送を都市全体に放送できるよう壇が整えられるのを眺め渡しながら、ディアンはホッと息を吐いた。


「ディアン様、お帰りなさいませ」


「よくご無事で」


「放送と演説の準備が整いました。ディアン様、どうぞこちらへ」


 都市のあちこちから人々が集まってくる。これから、この都市に住まう者全員を避難させるのだ。


「リューナ、トルテ……そっちもうまく事が進んでいることを祈るよ。僕は僕で、頑張るからね。後で必ず――無事に会おう」


 遠くミドガルズオルムの都がある方向に目を向けたあと、ディアンは表情を引き締めて壇に向かった。





「あいつらは大丈夫かな。任せておいて良かったのか、ハイラプラスよ」


 ダルバトリエの声に、ハイラプラスは薄く微笑んだ。


「もちろんですよ。彼らは子どもではありません。王たる資格は十分にある若者たちです」


「俺のところもフェリア殿のところにも、『転移』先の魔法陣は設置済みだしの。全員を受け入れできる手筈は整えてきたし心配はないぞ」


 ダルバトリエはニヤリと笑った。ずらりと並ぶ牙が、月明かりに白く光る。


 ハイラプラスの耳をかすめるのは、上空を吹く夜風だ。たっぷりとした銀の髪がマントのようにひるがえる。


 本来の姿に戻ったダルバトリエ――赤に輝く鱗に、たっぷりとした四枚の翼に長い頸、鋭い鉤爪と角が剣呑そうな飛翔ドラゴンは、ミッドファルース大陸の上を悠々と飛んでいた。


 後ろには、同じように本来のドラゴンの姿に戻った竜人族の兵士たちが三十体ほど続いている。色は、グリーンや銀、硫黄、コバルトと様々だが、そのどれもが侮りがたい牙と鉤爪を持ち、中には蒸気や炎を吐く者もいた。


「ハッハッハ! この姿も久しぶりじゃのぉ。今ではこの姿に戻れる者の数もめっきり減ってしまったが、いずれも勇猛果敢な戦士ばかりだぞ」


 遮るものもない上空、地図のように見える眼下の森や平野、礫砂漠、銀色に光る細い川筋をいくつも飛び越えてきた。


 ふたりは出発までの間ぎりぎりまで時間を使い、メロニアの都市機能を拡張し、ミッドファルースから脱出してくる民の受け入れ態勢を整えてきた。もともと、人口が減り続けている都市である。倍に膨れ上がったところで、問題になるのは一時的な食糧不足の懸念くらいだろう。それはエルフ族の都トレントリアでも同様だ。


 リューナとトルテ、ディアンとフェリアの奮闘もあり、すでに市民の半数以上がミドガルズオルムとタラティオヌの各都市を脱出している。四人もこちらに合流するため、各都市を出発した頃だろう。


 ダルバトリエが大きなあごわずかに開いて人語を発した。


「もう間もなく世界の『へそ』に到着するぞ。妙な感慨を感じるな、のぉ、ハイラプラスよ。俺たちが共に過ごしたアカデミーがあったのは、その窪地を囲む『烈風結界』の傍ではないか」


「……そうでしたね」


 遠い過去、充実していた時間、将来に夢を見ていた時期――その頃に思いを馳せたハイラプラスの顔に、苦い笑いが貼り付いた。


「時は戻りませんねぇ。たとえ過去にさかのぼってみたとしても、結果はきっと変わらないのでしょう……生きることは選択の連続、不確定の先に伸びる紐。『私たち』の現在は、その時点から伸びた時間軸なのですから」


「そう思うておるのならば、何故におまえは過去にさかのぼる装置なんぞ作ったのだ?」


 ダルバトリエからの問いに、ハイラプラスは苦笑した。


「さあ……今となっては私にもわからなくなってしまいましたよ。ただ、開発を思い立ったときには、どうしても為さねばならないことのように思えたのです。もしかしたら、あのアカデミーの最後の事件を阻止したかったのかもしれませんが――」


 今になって思う作った理由とは……あのふたりの為だったのかもしれませんね、とハイラプラスは心の内で言葉を続けた。あのふたりと出逢う為の――。


 そのとき、ちょうど大陸中央に連なる環状山脈の尾根を越えた。


「おい、見えてきたぞ! あれが世界の『へそ』――次元の裂け目だ!」


 前方の荒涼とした闇の大地に、光り輝く巨大な魔法陣が横たわっている。その中央には、平らな大地に穿たれた穴があった。


 直径三百リールはある穴の外周を囲うように描かれているのは、広大な『召喚』の魔法陣だ。


「確かに『神の召喚(サモンゴッド)』の魔法陣のようですね。ですが、あれだと――」


「呼び出される神は、おそらく闇の主神ダルフォースだな……」


 『終末の書・方法の章』に書かれていたのは、『無』を司るハーデロスであった。その書を手に入れていないのだから、方法は違っている可能性はあったのだが――。


「よりにもよって邪悪の主神か。この次元そのものが消し飛ぶかもしれんぞ」


「どちらにせよ、発動させなければ同じことですよ。我々はその為に来たのですから」


 『終末の書・時の章』に記された『極』の時刻まで、あと3時間。仲間たちと合流し、このまま突っ込めば十分に間に合うはずだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ