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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【第四部】 《歴史の宝珠 編》
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5章 大切な約束 4-13

「あれ、ここは……?」


 『転移』した先で目を開き、リューナは驚いた。トルテは外に広がる光景をもっとよく見ようと、部屋の外周を囲むクリスタルガラスに走り寄っている。


 部屋の空間には見覚えがあった。もっとも、夜なので闇に沈みがちだが、外からの光に淡く照らされているので歩くのには困らない程度には明るい。


 しかも、床に描かれているみっつの魔法陣がぼんやりと光っているので、それも視野を確保する助けになっていた。ふたつは上下の階への転移の魔法陣、もうひとつは中央に描かれている大きな魔法陣だ。


「ここへ来た時の塔、ですね」


 眼下に広がる吸い込まれそうなほど見事な夜景は、あまりにもきらびやかに地上をいろどり、夜の闇を打ち消していた。おかげで、都市の輪郭やその周囲の景色とともによく見渡せる。


「僕もこの都には久しぶりに来ました。この塔に入ったのははじめてです。綺麗な夜景ですね」


 ディアンもトルテの横に歩み寄り、並ぶようにして数多あまた輝く星々のような大都市の灯に見入った。


「この場所は南隣の大陸トリストラーニャ、竜人族の都メロニアです。あなたたちとはじめて逢った第一監視塔第二階層フロアですよ」


 クリスタルガラスに顔をくっつけるようにして外を見渡す3人に向かって、ハイラプラスが言った。


「竜人族……?」


「ここを治めているのは、私の友人なのです。ちょっと変わり者ですが信用できますよ」


 ハイラプラスはルエインを振り返った。


「またまた、申し訳ないんですが――」


「わかってますよぅ」


 ルエインはぷいと逆の方向を向き、部屋の中央に歩み寄った。そこには、屋上にあったものと同じような魔法陣が床に描かれている。


「ルエインほど優秀な魔導ハッカーは、世界中どこを探しても居ませんからね。私は有能優秀な助手に出逢えて最上に幸せです」


 銀色の髪の青年がにこにこと笑いながら優しい声で言った。背中を向けているルエインだったが、その耳が赤くなっている。


「魔導ハッカー?」


 聞き慣れない言葉にトルテが首を傾けた。


「監視塔の魔法プログラムに入り込み、私たちの魔導行使の痕跡や位置に関する情報を消去してもらっているんですよ。ルエインはもともと監視システムの維持管理局の技術スタッフですから。それも最高責任者グループの、ね」


 リューナは若い女性の後ろ姿を見つめた。どうみても二十歳ハタチ前後だ。もっとも、女性の年齢はわかりにくいが――下手に詮索することの恐ろしさは身に染みている――それほどの地位にいることはちょっと信じ難かった。


「良くも悪くも、実力がものをいう世界ですから」


 ハイラプラスは事も無げにそう言った。


 そうなのか、と訊こうとしてリューナはディアンを振り返った。翼ある友人は肩をすくめた。


 ルエインは腕を横に広げ、息を吸い込んだ。魔法陣が輝く領域に入り込み「システム起動」と声を掛ける。


 空中に「音声認識・起動します」と文字が浮かび上がり、次の瞬間、いきなり膨大な文字と記号が空間に現れた。フロアに緑の光が溢れる。


 ルエインはその空間に入ったまま、自分の体の周囲を流れ飛ぶ文字の羅列の然るべき箇所に次々と触れていく。選ばれた文字は輝き、次の文字列を呼び出していく。立体的なキータッチパネルというわけだ。


 まるで、踊っているような動きだった。ぱぱぱぱぱっ、と文字を素早い動きで押した後、全ての文字が消えた。


完了オールクリアです、っと」


「相変わらず、お見事です、ルエイン」


 ぱんぱん、と両手を打ち鳴らし、ハイラプラスが誉めると、ルエインは振り返り、まんざらでもないという表情でにこっと笑って応えた。


 ――ん? なんだろう、一瞬胸がざわっとしような……。


 左腕をぎゅっと握られ、リューナが視線を向けると、トルテが傍に立っていた。リューナの腕に手をかけ、まるですがるように体を寄せているのだった。無意識の行動らしい。


「……どうした、トルテ」


「あ……いえ、ううん」


 トルテは首を振った。金色の髪が揺れるその肩を見て、リューナはあることに気づいた。


「そういえば、あのナマイキ笑顔ヤロウはどこへ行ったんだ?」


 リューナの言葉に、トルテは目をぱちくりさせた。たっぷりふた呼吸分ほど考えて「あぁ」と声をあげる。


「スマイリーは、別のご用事で動いてもらっていますわ」


「別の用事?」


「おつかいです」


 にっこり笑うトルテに、何のおつかいだと訊こうとしたリューナだったが、小さいほうの白く輝いている魔法陣に人影が現れたのに気づき、言葉を呑み込んだ。


 思わず背後にトルテをかばうように動く。


「あのかたは――」


 その人物の顔を見たディアンが驚いたような声で言った。


「おぉ、ハイラプラス、着いておったか」


 魔法陣に現れた人物がよく響く声を上げた。実に堂々たる態度で、身に着けた衣服は飾り布が幾重にもついた豪奢なものだった。肩口には、まるで竜の牙を思わせるような装飾が揺れている。燃えるような赤い髪は短く整えられており、同じ色の瞳、口元には髭をたくわえていた。


「ダルバトリエ、久しぶりですね」


 ハイラプラスは喜びに顔をほころばせ、その傍らに歩み戻ったルエインは胸に手を当てて頭を下げた。


 ディアンも畏まったような顔をして、慎重にその人物に歩み寄っていた。それに気づいた相手が「おぉ」と再び声をあげる。


「飛翔族の王であるディアン殿。お逢いできて嬉しいですよ。戴冠式のときには、遠くから姿を拝見したのみですから」


 その人物は背が高かったが、相手のディアンに目線を合わせるようにかがみこみ、笑顔で手を差し出した。


「僕も、噂に名高い錬金術士であるダルバトリエ殿に逢えるなんて光栄です。あなたの論文をいくつも読ませていただきました」


「それは嬉しい。ディアン殿も、この分野に興味がおありだとは」


 ダルバトリエと呼ばれた御仁は豪快に笑い、そしてリューナとトルテに向き直った。


「ほう……この者たちは?」


 興味深々、という様子で腰をかがめて至近距離で見つめられ、リューナは戸惑った。隣では、物怖じしないトルテがにこやかに微笑んだ。


「トゥルーテといいます。みなさんにはトルテと呼ばれています。竜人族の王、ダルバトリエ陛下」


「あ、俺はリューナです」


 トルテの言うとおり、この人物こそが竜人族の王なのだろう。なかなかに侮りがたい肉体の持ち主だ。魔導士というよりは戦士に近い印象を受ける。


「ハイラプラスの新しい友人なのだな。こやつの友人をやるのは大変だろう」


 がははは、と豪快に笑い、ダルバトリエはリューナの肩にズシンと手を置いた。


「それはどういう意味ですか?」


 ハイラプラスが苦笑した。いつもの取り澄ました顔ではなく、旧友にだけ見せる素直な表情だった。


「まったく、いつも騒ぎの渦中にいないと気が済まないようだな、ハイラプラスよ。そんなに生き急いでいると早死にするぞ」


「あなたほどではありませんよ」


「ハッハッ、アカデミーに居た頃と変わらんな」


「アカデミー?」


「グローヴァーアカデミー、魔導の最高学術機関です。私たちは同期で学んだ仲なんですよ」


 リューナの問いに、ハイラプラスが答えた。


「同期って……」


 リューナは思わずふたりを交互に見つめた。種族の違いを差し引いても、ダルバトリエの年齢は三十代半ばに見えるし、ハイラプラスは青年といってもいい年齢のようだ。もしかして相当若作りで年齢が俺の親父ぐらいだったりして……。


「飛び級ですよ」


 まるでリューナの心の内を読んだかのように、ハイラプラスが口を開いた。


「そういえば、注文していた魔晶石はどうなりました?」


「おお、実はそのことでも話があるんじゃ。まぁ、ここでは何だし、我がメロニア王宮へ行ってからでどうだ?」


「そうですね」


 ハイラプラスとダルバトリエの遣り取りを聞き、リューナの傍らにいたトルテが、彼にそっと訊いてきた。


「なんの魔晶石なんですか?」


「『歴史の宝珠』に必要な最後の部品らしい。注文済みだと言っていたが、この人に頼んだみたいだな」


「まぁ、そうだったんですか」


「おまえさんが俺に頼みごとをしてくるなんて、アカデミーで准教授たちが揃って辞表を書いた事件以来じゃのぅ」


 ハイラプラスの肩を抱きながら笑い続けるダルバトリエの背中を見て、一体どんな騒ぎを起こしたんだろうと気になるリューナだった。





 監視塔から出て、メロニア王宮と呼ばれる建物がある中央街区までの間、リューナとトルテは快適な移動手段に歓声をあげていた。馬車とは違う優美なデザインの箱部屋が、魔導で動くのである。


 気を良くした竜人王が王宮で振舞ったアイスクリームを、リューナとトルテはディアンとともに三人でご馳走になり、ルエインは疲れたことを理由に早々と退室した。


 その後、ディアンも気疲れしたのか椅子に座ったまま寝てしまった。何といっても、もう明け方近いのだ。


「魔晶石のことだが」


 それまで若い頃の話などが展開されていたが、唐突にダルバトリエが話題を変えた。


「おまえさんの注文の充填専用の魔晶石を作ろうとして、偶然にも別の魔晶石ができてな。あぁ、待て、案ずるでないぞ。注文のほうもちゃんとできあがっておる」


「そうですか、良かった。あれがないと困るもので。――で、偶然にできたほうは、何か問題があるんですか?」


 リューナとトルテも目を擦っていたが、この話題には心惹かれるものがあり、目を開いて聞き入った。


 ダルバトリエは、椅子に座りなおして身を乗り出すようにしながら、目を輝かせて言葉を続けた。


「これがまた面白い、かつ貴重なものでな……驚くなよ?」


「何なんです? もったいぶらずに教えてくださいよ」


「――『万色』の光を生み出す魔晶石なのだ」


 その言葉に弾かれたように、リューナが、トルテが顔を上げた。


「おや、ふたりも知っておるのか?」


 ダルバトリエが意外そうに若いふたりに顔を向ける。ハイラプラスは片眉を上げて指を組み、ふぅむと唸ったあと、おもむろに口を開いた。


「確かに、珍しいですね……。『万色』の力を持つ魔導士がいれば喜ぶでしょうが」


「まぁ、そうじゃな。そのような力を持つものは、過去には三千年前にひとり現れたきりだし」


「どうしてその石が、『万色』の力を持つものにしか喜ばれないんだ?」


 リューナはどきどきと高鳴る胸の鼓動を感じながら口を挟んだ。何か、歴史の重要な面に立ち会っている気がしていたのだ。


「『万色』の力を生まれながらに持つ者は、自分の力をコントロールすることができない。ゆえに、その力に気づくまでは、あたかもたいした力を持たない者として誤解されてしまうのだ」


「類稀なる力ゆえに気づかれず、三千年前に現れたその魔導士の人生の半分は、非常に辛く孤独なものであったといいます」


「偶然できあがった品じゃ。その時の『万色』の魔導士に、この魔晶石を杖にでも仕立てて進呈したいくらいだが」


 ダルバトリエはふぅとため息をついた。


「その者以外に価値がないものなのか……」


 リューナのつぶやきに、ふたりの学術者は頷いた。


「こんな魔晶石は滅多にできるものではない。王国一の宝物にするほどの希少価値はあると思うのじゃが、何にせよ、使える対象が限定的過ぎる」


「ふっふっふ、王国一には私の『時間移動タイムトラベル装置エキップメント』で決まりでしょう」


 ふんぞり返るダルバトリエに、不敵に微笑むハイラプラス。魔導士ふたりのアカデミー時代が思い浮かぶようで、リューナはちょっぴり身を引いた。


「……あたしのお母さんは、『万色』の魔導士です」


 トルテがぽそりと言い、あくびを噛み殺して目の端に浮かんだ涙をぬぐった。急激に眠くなったらしい。火花を散らしていたふたりが、半分眠っているような少女に目を向けた。


 動きを止めていたハイラプラスの目が、はっと見開かれる。自分の顎に手を当て、ふむ、とひとつ頷く。


「――なるほど、それがあなたの力のルーツなのですね」


「あ、あのさ……」


 言いかけるリューナを手で制し、ハイラプラスは口を開いた。


「もうひとつ、新たな依頼ができました。その魔晶石を必要としている『万色』の魔導士に渡したいのですけど」


「おぉ、それは素晴らしい。だが――そのような力を持つ者が生まれたという話は聞いたことがないが」


 ハイラプラスはニコッと笑い、リューナに片目を瞑ってみせた。そして、リューナの肩にもたれかかるようにしてすやすやと寝入ってしまった少女を見ながら、ハイラプラスはゆっくりと語りはじめた。


 都市の灯りは少しずつ消え、いつの間にか黎明の空となっているのだった。



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