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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【第四部】 《歴史の宝珠 編》
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4章 タラティオヌの飛翔王 4-11

 都市の夜空は、星が見えにくくなるほどに明るいものだった。


 なんとなく眠れないリューナは、王宮の回廊の外にある細長いバルコニーに出ていた。そこからだと、昼間騒ぎがあった広場全体が見渡せる。屋外ステージはすでに片づけられ、広々とした草原となっている広場は、不自然なくらいに静まり返っていた。


 だが、視線を広場の向こうに動かすと、延々と続く道路の先には明るい光が数多あまたあり、たくさんの灯りがきらびやかな地上の星となって、夜をまるで昼間のように照らしているのであった。


「大陸どこでも、こんな大都市があって、夜空を見えなくしているのかなぁ……」


 リューナはつぶやいた。自分がこの場所にいることが夢の中の出来事なのかと思うこともあるが、肌に当たる夜風も、昼間うっかりスマイリーに引っかかれた傷も、全てが現実のものだ。


「……いつ帰れるのやら」


「どこへ帰るの?」


 リューナのため息混じりの独り言に、応える声があった。振り返ると、回廊の屋根を支える柱のひとつから、ほっそりした人影がバルコニーに出てきたところだった。


「よう、ディアン。おまえも眠れないのか?」


 リューナが訊くと、ディアンは困ったような微笑みを浮かべて歩み寄ってきた。


「うん、君には正直に言うけど、やっぱり怖くてね。ここの警備は万全だと、ハイラプラス殿の助手のひとは言ってくれたけれど……それでもいつ僕を迎えにくるかわからなくて」


「まあ、話を聞く限り常識もなさそうな連中みたいだったもんな。けど、堂々とこの建物を襲えば国際問題に発展するんだろ? あ、国際問題っていう言い方は変かな。同じ王国内なんだし」


「言いたいことはわかるよ。自治エリア同士の内乱にでも発展したら、いまの王国は分断されてしまう可能性があるからね」


 ディアンは、同世代には似つかわしくないほどの疲れた表情で言った。


「長く平和が続いたから、ほころびが生じて、どんどんほつれていって……なんだかそんな感じがする。僕は古い本や文献でしか当時を知らないけれど、ずっと昔の人たちのほうが、いきいきと日々の生活を送っていたように思うよ」


「便利すぎる世の中、だからかな」


「魔導の力を自分自身で操ることができるものが少なくなっている、ということも含めてね。荒廃していった経緯には、原因があるんだけど……」


 リューナは、都市の周囲をぐるりと取り囲むように聳えている、雲までも届く高層建築の白い影を見回した。最初に降り立った場所から見えたものと同じ塔が、この都市にも存在していた。同じく、五本ある。


「あの塔のことを『監視塔』って呼んでたよな。魔導の力を使ったときにあそこで感知され、記録されていくのか?」


「うん。千二百年ほど昔に、ちょっと大きなクーデターがあってね。たくさんの死者を出したんだ……。そのときに、厳しく監視せよという動きが出て、ついに法として制定された。当時最先端の技術を結集して作られたそうだよ」


 ディアンはそこまで自然に会話をしていたが、ここで真っ直ぐにリューナに向き直った。


「ねぇ、リューナ。昼間のあのり取りのこと、僕なりに考えてみたんだけど」


 言葉を切り、わずかに逡巡したが、口を開いて言葉を続けた。


「もしかして、リューナとトルテは、この世界のひとじゃないのかなって。世界というか――時代、かな?」


 リューナは足もとに視線を落とし、やがて目を上げて友人の瞳を見た。透きとおった赤い瞳が優しげに細められ、魔法によって灯された白い光に照らされている。


「――ここより未来、二千年は経過している時代から来たんだ、俺とトルテは」


「そっかぁ……」


 ディアンは息を吐きながら言葉を紡いだ。なんだか、ほっとしたような表情だった。


「ありがとう、リューナ、答えてくれて。昼間の遣り取りから、僕なりにあれこれいろいろ考えをめぐらせていたんだけど、これですっきりした気がするよ。……少なくとも二千年後では、僕たちの文明は終焉を迎えたあとだってことだよね」


「……ああ。でも、具体的にいつどんなことが起こったとか、そういうのが残っていないから、詳しいことはわからないんだ。俺たちの時代では、失われた歴史の鎖の輪って呼ばれている時代なんだ、ここは」


失われた鎖の輪(ミッシングリンク)……」


 ディアンは目を伏せ、考えこんだ。


 リューナは、言えない言葉を呑み込むのに必死だった。――自分のいる時代には、この『ミッドファルース大陸』が存在していないことを。


 ――言うべきなのか? でも、それが歴史の介入となって未来が変わることになったら、自分たちの存在はどうなるんだろう。世界のありようが変化するのか。それとも、自分がここに来て何か行動を起こしたからこそ、未来が今の俺たちの未来に繋がったのだろうか。


 だが、大陸ひとつがなくなるような事態だ。目の前に立つ、自分と同じほどの歳の少年に話すべきことなのだろうか。きっと自分がディアンの立場だったら――。


 リューナはぎゅっと目を閉じた。そして、意を決してゆっくりと口を開きかけたときだった。


「リューナ!」


 空を見上げたディアンが緊迫したように小声で呼びかけてきた。ハッと、リューナも遅ればせながら気配に気づき、夜空を見上げた。ふたりの顔が驚きに歪み、次いで緊張のために引きしめられた。


「――信じられない。ここに強襲をかけるというのかッ!」


 叫んだリューナの視線が捉えたのは、魔導の力で転移してきたらしい人影が夜空に次々と浮かび上がってくる光景であった。すでにひと目で数えられる数を遥かに凌駕している。地上からの灯りに照らされた純白の翼が、まるで綿を散らしたときのように夜空を埋め尽くしていた。


 錆び付いたような警報音が、王宮全体に鳴り響く。


「ディアン、早く中へ!」


 リューナはディアンの腕を掴んで、王宮内に戻ろうとした。


「リューナ、もしかして、あれは僕を連れ出すために派遣されてきた兵たちかもしれない。だとしたら、僕が出て行くべきではないかと思うんだ」


「何だって? どうしてディアンが出て行かなきゃならないんだ!」


 リューナは、その場に留まろうとするディアンの肩を揺さぶった。


「僕がいることで、ここの皆に迷惑をかけるわけにはいかない。万一にも、戦闘状態になるなんてことがあってはならないんだ。内乱がはじまるよ!」


 ディアンも負けじとリューナの腕を掴んだ。


「けど、こんなの相手側がおかしいだろ! 連中、明らかに宣戦布告してきているんだぞ。そんな中に出て行ってみろ、おまえの身だって無事じゃ済まないぞ!」


「リューナの言う通りですよ」


 涼やかな声がして、ふたりの傍にハイラプラスが立っていた。


「ハイラプラスのおっさん、いつの間に!」


「……おっさんではありませんが、まぁ、君たちに比べるとおっさんで仕方ないのかもしれませんね」


 にっこり笑いながら銀髪の青年が言った。深夜だというのに寝ていなかったのか、身にまとっているのは丈の長い研究者用の白衣だ。『歴史の宝珠』の調節でもしていたのかもしれない。


「リューナ、いい機会だから、今教えておきましょう」


 背の高いハイラプラスはかがみこみ、リューナの腕を取った。そして、自分の右手をリューナの利き手に押し付けたのである。


 手のひらは、リューナの父親のものより大きい。なんだか自分が子どもであることを自覚して、リューナは口の端を曲げた。


 だが、一拍遅れて手のひらから流れ込んできた熱のようなものと、魔導行使のイメージという膨大な情報に脳が翻弄され、リューナは硬直したように動きを止めた。


「な……これは!」


 リューナは口をぱくぱくと動かした。こんな意思伝達ははじめての経験だった。


「試してみなさい、リューナ。――自分の使いたい剣をイメージして、周囲と自分の構成元素から望みの形を創るのです」


 ハイラプラスは低く囁くようにリューナに告げると、背すじを伸ばして夜空を見上げた。


「さて――私は、招かれざる客人に挨拶しなければなりませんね」


 ハイラプラスの表情が一変した。


「あなたたちは王宮内に戻っていなさい。トルテちゃんを起こして一緒に居るように」


「えっ。まだ寝てんのかよ、あいつ」


 リューナは額に手を当てた。トルテは寝るのが早いが、寝覚めはあまり良いとは言えない。本人が満足できるまで眠ったら、すっきりした笑顔で起き上がるのだが。


「ディアン、トルテを起こすのを手伝ってくれよ」


 それを口実に、リューナはディアンの手を引いて王宮内へ戻った。ハイラプラスもそれを狙っていたのだろう。ディアンを矢面から遠ざけるために。


 リューナは回廊を駆けつつ、透明な窓から空に舞う飛翔族たちと、人間の青年の対峙する様子をちらちらと確認していた。





 ハイラプラスは左腕を微かに動かした。次いで、右手の指で印を切った。その長身に緑の光がまとわりつき、背中に魔法陣を描き出す。


 巨大な翼のような魔力の流れが具現化し、青年の体は苦もなく滑るように空中に舞い上がった。あっと思う間もなく、飛翔族の軍の先頭で羽ばたいている男と同じ高さまで到達し、静止した。彼我ひがの距離は二十リール(メートル)ほどだ。


「このミドガルズオルムの空へ侵入した此度こたびのそなたらの行為、宣戦布告と見なしますが、そのことは理解しておいでかな」


 ハイラプラスは薄い唇を開き、表情は変えずに声を発した。整った顔だけに表情を失くすと怖ろしいまでに迫力がある。


「どうなのです、ザルバス」


 呼びかけられた男は、口の端を曲げた。ハイラプラスとは違う光沢の銀の髪がひるがえり、赤い瞳が地上の明かりを反射してギラリと輝く。


「どこぞに尻尾を巻いてコソコソと隠れ逃げておったらしいが、魔力は衰えてはいないようだな、ハイラプラス」


 獣めいた鋭い目もとをすがめ、ザルバスと呼ばれた男は薄い唇を舐めた。羽ばたく翼には、黒い羽が幾本か混じっている。


 それゆえ、彼はシューティングスターとも異名を持つ。翼に流れる黒き星と、もうひとつ、彼の魔導の名によって。


「すでにさいは投げられたのだ」


 ザルバスは右手を振り上げた。彼の指先に光が奔る。輝いた魔法陣は黄と緑の光に縁取られた紋様だった。


 その魔法陣の具現化を目にして、ハイラプラスもまた両腕を広げた。銀色の髪は魔導の力場が生じる風に吹き上げられ、舞い踊るように持ち上がっている。体の周囲にいくつもの魔法陣を具現化し、体の前で、まるでカードでも重ね合わせるように魔法陣を統合させた。


 ゴウッ!


 天上から、ものすごい圧力を持った紅蓮の炎の塊が降ってきた。真っ直ぐにミドガルズオルムの王宮を目指す。


 ガアァァァンッ!


 それは、凄まじい破壊音とともに中空で爆発した。王宮の屋根に到達する前に。青白い竜のような電撃が迎撃し、天空からの飛来物を破壊したのだ。


 ザルバスの『隕石落下メテオストライク』と、それを打ち砕いたハイラプラスの複合魔法『青き稲妻(ブルーライトニング)』だった。


「これでしまいではない。次々ゆくぞ!」


 ザルバスは叫ぶように言い、顔を悪鬼のように歪めた。シューディングスターの真の実力が、天空からの飛来物を次々に王宮目掛けて撃ち込んでいく。


 迎え撃つハイラプラスの背後に味方はいない。もしくは、それすらも策なのか、彼は一瞬眼下の巨大な建物の一角を見遣みやり、ニコリと笑った。


 ハイラプラスは、次々と飛来する天からの弾丸を、正確に片っ端から粉砕していく。


 業を煮やしたザルバスは、背後の兵に向けて手をグイと動かした。まるで何かの合図だったかのように、三十余りの飛翔兵たちが動きはじめた。



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