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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【第四部】 《歴史の宝珠 編》
88/223

3章 建国祭にて 4-8

 七番街区はもっともっと人が多い――確かにその通りだった。


 中央通りには花が溢れ、空中を魔導の輝きが飛び交っていた。それがポンと軽い音を立てて花咲き、きれいな花びらに似た輝きを散らしているのだ。


 立体的に交差する優美な歩道には、人の流れが途切れる事なく続いている。


 ひとの流れは派手な色の大きな建物――ショッピングエリアやテーマエリアに呑み込まれていく。飲み食いできる店が数え切れないほどあったが、どれもひとでいっぱいだ。


 ちなみにひととはいっても、様々な種類だ。人間族が比率的には多かったが、他にエルフ族、飛翔族、魔人族、竜人族、あとは少数にはなるがトット族やマルム族など、本当にいろいろだ。恋人同士や家族連れ、グループで集まっている若い者たちが多い。


「すっげぇ! 世界中からひとが集まってんのか?」


「そんなわけないでしょ。ここ以外にも四つの都市があるのよ。それに他にもお出掛けスポットは幾つだってあるんだし」


「向こうの広場、すごく大きなステージがあるのですね。お祭りはあそこであるのですか?」


「十番街区まで全部が会場みたいなものなんだけど。本来ならあの屋外ステージで、このミッドファルースエリアを統治する人間族の王が演説をするんだけどね。お隠れになって――つまり亡くなってしまったばかりだから、今回の演説は無し。百年に一度のイベントなのに残念なことに……」


「ん、王が今いないのか。次の王位継承者は?」


 リューナの質問に、ルエインは口の端を歪めた。


「うぅ、それなんだけど、実は次の王位は先生が継ぐことになっていたのよねぇ……本当に悪いタイミングなんだけど、考えてみれば説明はつくのよね」


 トルテは魔導の花火に見惚みとれていたが、その言葉に隠された重さに気づいて振り返る。彼女と視線を合わせ、ルエインに向き直ったリューナが口を開いた。


「つまり、王は殺されたと? 暗殺なら犯人が捕まらない限り、あんたのいう先生を出したくはない?」


「殺されるかもしれない場所に、大切なひとを引き出したくないってことなんですね」


 リューナの言葉の後に、トルテが何度も頷きながら言い、大きな瞳をルエインに向けた。


「うわわわわっ。そそ、そうなんだけど大切なひとだなんて私はそんなはっきりとは」


 ルエインは真っ赤になって手を意味なく振り回していた。


「へー、へー」


 リューナはあからさまなルエインの慌てぶりを見ていられなくて、あさっての方向に視線を逸らせたのだが――。


「ん?」


 立体交差になっている歩道のひとつを、何やら妙な一団が通りすぎたのが目に入った。十人ほどの集団だ。白と青緑のローブを揃って着用している。だが、駆け抜けていったときの動きから、ローブの下には鎧のような重装備を着ているのが判断できた。刃物の携帯を禁じているこの世界の街中では、珍しい。


 リューナの剣士としての洞察眼だ。


 さらに疑問だったのは、その集団が飛翔族だったからだ。彼らはその名の通り背中に翼を持つ種族だ。重い鎧を着ることは『飛翔できる』という利点を殺してしまう。リューナの時代の常識では考えられなかった。それとも、重装備でも飛べるくらいに鍛えているというのか?


「なんだってんだ……アイツら」


「おそらくタラティオヌの直属兵ね。何故こんなところに」


 口の中でつぶやいた言葉だったのに、ルエインが答えを返してきた。視線を戻すと、彼女はリューナの見ていた立体交差の歩道に目を向けていた。


 さっきまでの緩んだ表情とはうって変わった鋭い眼差しだ。ハイラプラスと同じで、こいつも一筋縄ではいかない相手なのか、とリューナは思わず目を細めた。


「タラティオヌって何だ?」


「飛翔族の王の居る王宮の名よ。あんなに堂々と姿を晒しているなんて、何かあったのかしら」


 ルエインは厳しい表情でそこまで言うと、がらっと態度を変えた。


「まぁいっか。そんなことより、アイスクリームでも食べない?」


「あいす?」


「こっちにおいしいお店があるのよ~。トルテちゃん、行こ~っ」


「あっ。ちょ、ちょっと待ってください」


 にこにこ笑顔でトルテを引っ張っていくルエインに、リューナも行かざるを得なくなった。ちらりと先ほどの道に目をやったが、怪しい一団はすでに見えなくなっていた。





 連れて行かれたのは、周囲と比べても特に大きな建物だ。内部に緑がたくさん植えられ、驚くべきことに上層の階まで公園のような光景が広がっている場所である。


「すっげぇ、空中にある庭園だ」


 この時代に来てからというもの、リューナもトルテも目を丸くすることばかりだ。今のところ、これが一番の驚きだった。


 巨大な建造物だ。おそらく、リューナの知る町ひとつ分の規模はあるだろう。中央は吹き抜けになっており、周囲を取り巻く各階層のほとんどが公園になっている。そして、遥か上から太陽の光が降り注いでいるのだった。周囲の壁ですら、ガラスかクリスタルでできているように透明で、内部は驚くほど明るかった。


「こんなに大きな建物、どうやって造ったんでしょうね」


 目を見張るトルテを横目で見ながら、この大きさに慣れてしまったら『千年王宮』ですら小さく感じてしまうかもしれないな、とリューナは思った。


 リューナとトルテは、緑と光の溢れる中を案内されたあと、中階層の公園に並べられた席のひとつで待たされていた。テーブルと椅子が四脚ほどセットになっている席が、いくつも周囲に置かれている。少し離れた場所に、アイスクリームとやらを売っている店が並んでいる。


 周囲の席も、緑のなかの広いスペースも家族連れでいっぱいだ。皆、のんびりとしていて、自分たちが知るひとたちと変わらない。家族、友だち、恋人同士……。建物に目が慣れれば、王都にある公園で見る光景とあまり違いはない気がした。平和で、誰もがくつろいでいる。


「なんだか不思議ですね」


 ほわっとした微笑みを浮かべてトルテが周囲に目をやっていた。


「そうだなぁ。ここが『いつ』かなんて、忘れそうになるよ」


「おっまたせ~ん」


 砕けた口調に目を向けたリューナとトルテは、目を見開いた。両手に持ったトレーの上にいろいろな食べ物を満載にしたルエインが戻ってきたからだ。


「ルエインさんって、たくさん食べるんですね」


 目を丸くしたトルテの前と顎を落としかけているリューナの前にそれぞれ、どぉんとトレーを置いたルエインがニコッと笑った。


「あら、食べるのはあなたたちよ。珍しいでしょう~? これがアイスよ。イチゴにチョコ、マンゴー、ミント、チーズケーキ味。それからソーダにコーラ、オレンジ、サンドイッチにライスボールその他いろいろ大盤振る舞い!」


「え、えと、イチゴのアイスに、チョコ……」


 トルテが目を輝かせながら、指差し確認しながらルエインに話を聞いている。全ての食べ物の名前を覚えようとしているのだろう。


「ちょっと私は席を外すけど、すぐ戻るから食べていてね」


 しゅたっと片手を挙げてルエインが言った。一歩踏み出して振り返り、「すぐ戻るから、ここから動かないで待っててね」と笑顔のまま告げて、バタバタと走っていってしまった。


「――さっきの連中を見たから、報告にでも行ったのか?」


「そうかもしれませんね」


 リューナは座りなおした。食べ物の量に圧倒されて椅子から落っこちかけていたのだ。


「たぶん、あの先生を追っているとかいう相手と関係があるんだろうな」


 確証はないが、とりあえずリューナたちにできることはなさそうだ。「さて」と、テーブルの上に置かれたトレーに向き直る。


「あら、美味しいです、これ」


 トルテが目を輝かせてカップの中のものを口に運んでいる。もう食べているらしい。アイスクリームと呼ばれるものだろう。


「早いな、おい」


「冷たくて甘いです。『イチゴ』って言ってましたけど、かあさまが好きなピナアの実と味がよく似ています。こちらのほうは、酸っぱさがほとんどありません」


 ほわっと頬を染めて、トルテが喜んでいた。かなり気に入ったようだ。


「ふぅん」


 喉が渇いていたリューナは、細かな泡が立つ水のようなものをごくっと飲んだ。ウッと驚いたが、吐き出すわけにもいかずに首を押さえ、胃に落ちるのを待った。カップの中の液体をまじまじと見つめて、今度は少しずつ試してみる。


「喉が焼けるかと思ったが、なかなかいいな」


「ソーダって言ってましたわ」


「こっちは黒いが、ソーダみたいにしゅわしゅわして甘い」


 リューナたちがいろいろな味を堪能していると、かすかだが悲鳴が聞こえた気がした。


「トルテ」


「はい」


 悲鳴はトルテにも聞こえていた。頷いてリューナに応える。ふたりの意思の疎通は早い。幼なじみでもあり、遺跡をいくつも攻略してきた相棒なのだ。


 周囲の家族連れは気づいていないようだ。


 リューナは立ち上がった。同時にトルテも立ち上がっている。待っていろとは言われたが、悲鳴を耳にして放ってはおけない性格なのだった――リューナもトルテも。


 ふたりは風のように芝生の広場を駆け抜け、悲鳴の上がった場所に向かった。





「さあ! 手間を取らせないでください」


「イヤだ! 僕は戻らないぞ!!」


「力尽くでも、とのおおせなのです。相手が陛下といえども、あの方のご命令とあれば我々は容赦できません」


 その言葉に、少年の肩がびくりとはねる。だが、赤く透き通る瞳に涙が溢れても、首を縦には振らなかった。尻を擦るように手足を使い、じりじりと後退している。


 息はすでにあがっている。心臓も耳に煩いくらいだ――少年は、緩やかなスロープになっているこの最上層まで、一気に走ってきたのだから。


 立体回廊は最上層で行き止まりになっている。少し広くなっている展望スペースがあるだけだ。そこには誰もいなかった。


 少年は左右に目を走らせるが、彼の逃げ場はない。通路の左右には手すりがあり、乗り越えてもその下は吹き抜けになっている。空中には何もなく、遥か下に、最下層の公園とエントランスがあるだけだ。


 目の前に立ちはだかるのは、十人のおとなの兵士だ。必死に視線を彷徨わせる少年だが、兵士たちの足元にも横にも、抜けられる隙はない。


「さがれ……僕は自由になりたいんだ!」


 激昂する少年だったが、目からは涙の雫が散った。兵士たちは目を見交わし、頷いたひとりが腕を伸ばしながら少年に迫る。


「――イヤだ、誰かッ!!」


 ザッ……! そのとき、少年と掴みかかる兵士の狭間に飛び込んできた者がいた。


 リューナだ。素手で兵士の腕を弾くようにして、強引に距離を広げる。


「なっ……」


 狼狽した兵たちの動きが一瞬、止まった。


「このガキ、何処から!?」


 後方から声があがる。周囲に足場はない。ここは下部の柱のみに支えられた最上階なのだ。


「逃げるんだろ?」


 リューナは少年の体を抱えるように腕を回しながら、素早く訊いた。少年が急いで頷く。


「うん!」


「よっしゃ!」


 リューナは同世代の少年を抱えて床を蹴った。驚き、咄嗟に伸ばされた兵士たちの腕も届かないほどの見事な跳躍だ。


「うわっ」


 少年が声を上げる。ふたりの体は手すりを越え、吹き抜けの、何もない空中に飛び出したのである。少年の背で、もぞりと何かが動こうとしたが、それより早く――。


 グイッ、とふたりの体が真横に引っ張られた。不可視の力だ。吹き抜けの空間を半分ほど落ちていたので、ふたりの体は中階層の床に転がり込んだ。


 少年をかばいながらきれいに身を転がしたリューナは、パッと立ち上がり、床に座り込んだままの少年の腕を掴んだ。引き起こすようにして声を張りあげる。


「こっちだ! 追われてるんだろ、はやく来い!」


 少年はよろめくように立ち上がり、リューナと一緒に近くの出入り口へ向かって走り出した。中階層からの出入り口は、外の立体交差の歩道へそのまま繋がっているのだ。


「くそっ、どうなっているんだ!」


 最上層に残された兵士たちの中の数人が吐き捨てるように声を張り上げ、ふたりを追う為に空中へ飛び出そうとした。


「待て! ここではまずい。騒ぎを大きくしては、評議会にも報告が行くぞ!」


 リーダー格の兵士が翼を広げようとしていた兵士たちを鋭く制した。歯噛みした兵士たちは、下層へ向けて足を使い、駆け下りていった。





「た、助かったよ、キミ。あ、ありがとう」


 先ほどいたビルからは遠くなってしまったが、追っ手は撒けたのだろうと思われた。掴んでいた腕を離すと、少年は地面にへたり込んだ。はぁはぁと息をきらしてあえいだ。


 リューナと同じ年頃の男の子だ。細い絹のような青い髪、瞳の色はガラスのように透き通った薄い赤色だ。ローブに包まれた背中にはふたつの膨らみがある。リューナはその正体を知っている。折りたたまれた翼なのだ。


 飛翔族なのだ――ソサリア王国の南、大陸中央にある大都市ミディアルに多く住んでいる種族。その先にある南の隣国は、飛翔族の治める国である。学園にも何人か留学してきていたので、珍しいとも思わないが……。


「大丈夫か? 体、どっか悪いのか」


 リューナは息も切らしていないのだが、少年はぜいぜいと呼吸を乱して苦しそうだ。もともと肌は白いようだが、顔色は真っ青になっている。


「い、いや、すぐに回復するよ。し、心配ない。で、でも、いまの力は?」


「ん? ああ、俺たちが飛んだのは、彼女の力だよ」


 リューナは振り返る事なく、親指を自分の後方に向けながら言った。


「こんにちは。トゥルーテといいます。トルテって皆には呼ばれています」


 トルテがのんびりと自己紹介をした。明るい笑顔を向けられた少年は表情を和らげた。ようやく緊張が解けたのだ。


「僕はディアン。こんにちは、トルテ、それから――」


「俺はリューナ」


「ありがとう、リューナ」


 頬を染めて嬉しそうな笑顔になる少年につられるように、リューナも笑った。その屈託のない笑顔に、こいつとは友だちになれそうだなと思った。


「なんだか僕たち、友だちになれそうな気がするね」


 少年も同じことを感じていたらしく、リューナは驚いた。その言葉に、ゆっくりと大きく頷く。


「ああ。そうだな」


 おとなである兵士を相手に逃げてきたのだ。緊張の反動からか、三人は無性に笑いが込み上げてきて、しばらく一緒に笑い続けた。


 そのころ――。


「あの子たち、どこ行ったのかしらっ?」


 魔導の監視体制をくぐり抜ける通信手段を使うためビルの地下にある管理室まで降りていたルエインは、ふたりを待たせていたはずのテーブルに戻り、呆然としたのだった。


「大失態だわ。すぐに探さなきゃ」


 口の中でつぶやいたルエインは、すぐに駆け出した。



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