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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【第四部】 《歴史の宝珠 編》
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1章 歴史の探求者たち 4-1

 見守るリューナは、手のひらに汗をかいていることに気づいた。


 剣を構えて目に見える危険に立ち向かうのは自分だから気にしないが、トルテのみが立ち向かうことができる危険――魔導の力が必要なときは見守ることしかできないので、極度の緊張を感じるのだ。


 自分が、守ってやれないから――。


 古代魔法王国の封印には、解除の過程で現れる隙間にいくつものトラップが張り巡らされていると聞く。その解除に失敗、もしくは気づくことすらできなかった術者は、自分自身の魔力マナを逆に取り込まれてしまう。魔力を全て奪われること――それはすなわち『死』を意味するのだ。


 トルテに、そんな危険なことをさせたくはない。できれば自分が解除に挑みたいのだが、リューナのような魔術師では、古代魔法王国の遺産『五宝物』を封印している魔法の解除は不可能だ。末裔たる魔導士でなければ、解除に挑むことすらできないのである。


 見守るほうは胃が引っくり返りそうなほどに心配しているというのに、トルテはいつもののほほんとした顔でリューナを振り返った。


「じゃあ、いくね」


 一声掛けてから、彼女なりに表情を引きしめたようだ。


 右腕を真っ直ぐに上へ伸ばし、左手は祭壇に向ける。腕先や体で然るべき動きを為し、多面体の表面に魔法陣を幾つも具現化していく。


 魔法陣を描くスピードは、決して早いとはいえない。宮廷魔導士であるトルテの母親と比べてはいけないのだろうが、やはりまだまだ未熟なんだろうな、とリューナは思った。


 それでも、『魔導士』というを持つものは、大陸に数えるほどしか存在しないのだ。トルテは魔法使いとして非常に貴重な人材といえる。そして、ソサリア王国にとってはもっと重要な意味のある存在なのだが――。


「我は知識を求める者なり。いにしえの封印から、今こそ目覚めよ!」


 トルテが魔導士によってのみ発音される魔法言語『真言語トゥルーワーズ』を高らかに発した。


 非常に正確な発音だ。リューナには発音することはできないが、知識としてはわかるので判断はつく。


 祭壇が、震えた。


 祭壇を構成する平面が動いている。激しくその位置を入れ替え、まるでパズルのように、仕掛け箱が開くときのように、次々と展開していく。やがて四枚の板となった平面は周囲の床に全て沈み、中身が現れた。


 『歴史の宝珠』が造られて封じられたのは『万色の杖』と同じ時期、古代魔法王国の末期だから――光の下に現れたのは実に二千年ぶり、ということになる。


 その実物を目の前にして、ふたりは感動と――それを上回る驚きに立ち尽くしていた。


「うわぁ……なんだか想像よりかな~り大きいんですけど」


 トルテが素直な感想を洩らした。


「同感だ……。宝珠っていうから、手のひらに乗るものとばかり思っていたぜ……」


 それは、とてつもなく大きかったのである。宝珠らしい球体なのだが、大きさはリューナの背丈と変わらない。不透明なオレンジ色をした表面はすべらかで、とても硬そうだ。きらきらと天井からの光を反射して美しく輝いている。


 ふたりは顔を見合わせた。


「……どうやって、持って帰ります?」


 トルテが訊いた。


 リューナは唸った。頭を抱えてみるが、名案が浮かばない。

 

 ここは、リューナの住んでいる町から半日以上歩いた森のなかにある遺跡だ。探していたものが意外に近くにあったので、ふたりは大喜びで遺跡を探索する計画を立てた。


 だが、トルテが王宮を抜け出すことに手間取ったため、待ち合わせの時間を過ぎてしまい、リューナが先に遺跡に潜り込んでしまったわけだが……いや、それについては今は置いておくとして。


 遺跡の中を、そして野獣や魔獣がいる森の中を、こんなに大きなものを転がして帰らないといけないのかと思うと――。


「トルテ。物質の重量を軽減できる魔法ってあったっけ。大きさを縮める魔法とか」


「リューナちゃんのほうが、あ、えっと、リューナ……のほうが知っていれば。あたしはそういう魔法は知りません」


 トルテは申し訳なさそうに肩を落とした。


「物質を浮かせて移動させる魔法はあったが……」


 ずっと魔力を使い続ける、というのは、いざ移動中に戦闘になったときに困る。トルテに魔力を放出し続けてもらうのも酷な話だし、かといってリューナではすぐに魔力を使い果たしてしまうだろう。


「ちきしょう、何でこんなにでかいんだよ」


 リューナは祭壇があった場所に置かれている球状のものを手の甲でコツンと叩いた。


 すると、宝珠はいとも簡単にコロッと転がり、ふたりは慌てふためいた。だが、どこにもぶつかることなくすぐに再び静止した。球体ではあるが質量に片寄りがあるらしくコロコロとは転がらなかった。


 ふたりは顔を見合わせた。


 リューナは無言で球の表面に両腕を回した。その反対側に回りこんだトルテが、同じように細い腕を回し、「せーの」で持ち上げる。


 ふわっと宙に持ち上がった球をふたりは目を丸くして見上げた。少しの力で頭上まで持ち上がってしまったのだ。


「信じられない……先入観って怖いな」


 リューナがつぶやき、トルテもうんうんと頷いた。


 けれど、これなら抱えて帰れそうだ――ふたりはにんまりと笑い合った。





 ふたりがファンの町に帰りついた頃には、夜半を過ぎていた。星の海にはすでに月が昇っており、煌々たる光の船となって浮かんでいる。


 ファンの町は十年以上も前に、この国で初めてとなる魔術師育成のための学園が開かれた学術都市だ。それまでは普通の町として人口も規模もそれほどでもなかったが、今は若い年齢層の集まる活気あふれる町として発展している。


 街道から真っ直ぐに町に入れば、町へ入るための門と衛兵の詰め所がある。


 トルテの存在もあるし、でっかい荷物についてもあまり問い詰められたくないふたりは、詰め所を避けて町の東側から、ある大きな屋敷の裏門に回った。その屋敷は、魔術学園に隣接している。


 学園の創設者ダルメス・トルエランの屋敷であり、今はその息子メルゾーンが学園長の仕事とともに跡を継いでいる。そしていずれは……その役回りがリューナに回ってくるのだろう。そのことに関して、リューナ本人は全く話題にしないのであるが。


 両手が塞がっているので、リューナは木の扉を蹴り開けるようにして屋敷の敷地内に入った。扉はひどく迷惑そうにチカチカと光を発したが、屋敷の主の息子の帰宅を阻止することはなかった。


 学園と繋がってることもあり、敷地は広かった。小規模だが、実験・観察用に様々な種類の植物を植えた森まである。ふたりはその森の真ん中にある二階建ての建物に向かった。


 一階は教室にも使われる部屋だが、上は倉庫になっている。今は使われておらず、実質、鍵を持っているリューナとトルテの秘密の部屋になっていた。


 幼い頃の呼び名で言えば『秘密基地』である。


 あまりにかさばる球状の荷物なので、急な階段はそのまま抱えて運ぶわけにもいかず、二階まで移動させるのにはトルテの魔導の技を使った。


 部屋に収まった『歴史の宝珠』を見て、ふたりはようやく安心して木の床にへたり込んだ。


「ふぅ……やっと着いたか」


「途中、八回も魔獣に襲われましたもんね」


 その度に、宝珠を壊されるわけにいかず戦いには気を使い……道中はトルテが転ばないかひやひやして……圧し掛かるような重い疲労を感じたリューナは、床にそのまま仰向けに倒れこんだ。


「だ、大丈夫ですか、リューナちゃん」


「――『ちゃん』は要らねぇって」


 上から覗きこんでくるトルテの頭をぐりぐりと撫で、リューナは言った。口の端にはあたたかい笑みが浮かんでいる。


「大丈夫だ。これは気疲れってやつだぜ」


 そう言って息を吐き、リューナは全身の力を抜いて目を閉じた。


 トルテとは、幼い頃から一緒に過ごしてきたのだ。


 トゥルーテ・ラ・ソサリア――トルテは、このソサリア王国の王位継承権を持つ身だ。現国王であるクルーガー・ナル・ソサリアが未だに独身で次の世継ぎが居ないからである。


 トルテは、クルーガー国王の双子の弟のひとり娘、つまり王弟のご息女ということになる。国王に万一のことがあれば、父であるテロン・トル・ソサリアの次に王国を治める者となってしまうのだ。


「ったく、国王め……さっさと結婚すれば、トルテが王宮の外に出るのももう少し簡単になるのに」


 幼い頃は、母であるシャールと、トルテの母君であるルシカが仲良しということもあり、しょっちゅう会っていたものだ。父や母たちが公務で出掛けている間は王宮に預けられ、トルテとふたり一緒に多くの時間を過ごした。


 王宮のある王都とこの屋敷とは『転移』の魔法陣で繋がっている。ただし、好き勝手に行き来できるわけではない。


 使用できるのは、トルテの両親とリューナ自身の両親のみだ。王宮を抜け出すための使用はできないように対策済みなのだった――。


 頬にあたたかくてやわらかい衝撃を受け、リューナはパッと目を開けた。トルテが上体をかがめて、顔を覆いかぶせるようにして彼の頬にキスをしたのだ。


「うわッ!!」


 仰天したリューナは耳まで真っ赤になり、腕と足をバタバタとむやみに空回りさせて床を引っ掻いた。


 トルテが、何事かと目を丸くして彼を眺めている。


 ようやく上体を起こしたリューナは、床に直に座ったままのトルテと目を合わせた。


 前に垂れてきた長い金髪のツインテールを手で後ろに払いながら、トルテは微笑んだ。


「ルシカかあさまは、テロンとうさまが『疲れた』って言ったときには、いつもこうしていましたよ。そうしたら、とうさまは『疲れが吹き飛ぶ』って嬉しそうにしていて」


(トルテに他意はないんだ、ないんだよな)


 リューナはどきどきとうるさい心臓に手を当てて、頭のなかで繰り返していた。


(トルテはおれが疲れているから、おれのことを心配して――。うわ駄目だやっぱり顔がにやけちまう!)


 リューナは半端に頬を引きつらせたまま顔を伏せた。


 うつむいた視界のなかで、座ったままのトルテの膝が木の床の上を近づいてくるのが見えた。彼女の手が、膝の上で握りしめられてた彼の手を取った。すべすべした小さな手が彼の大きな手を包み込む。


「でも、ついにやりましたね、リューナ!」


 突然の嬉しそうな声に、リューナは弾かれるようにして顔を上げた。


「ひいおじいさまにも、ルシカかあさまにも解けなかった謎が、ついに解明されるかもしれません!」


 期待に上擦っている少女の声が、ゆっくりとリューナの脳に滲みこんできて、五宝物の宝珠のことを言っているのだとようやく気づく。


 およそ五千年もの昔から二千年前まで、このアーストリア世界を統一し、繁栄し続けた古代魔法王国グローヴァー。滅びた原因は歴史の失われた鎖の一環として、記述も言い伝えも現代に何ひとつ残されてはいない。


 その謎を解明するのが、『時空間』の大魔導士ヴァンドーナの悲願であり、その意思を継いだと宣言しているトルテとリューナの冒険の目標である。


 ヴァンドーナの話を聞かせてくれたのは、他でもない孫のルシカ、つまりトルテの母親だった。ふたりの小さな子どもたちに語って聞かせてくれた祖父の思い出は、耳に心地よく聞こえたのであった。ルシカがヴァンドーナを祖父として師として、とても大切に思っていたからだろう。


 子どもたちが好奇心を刺激されたのは、その大魔導士が探求し続けていたという古代魔法王国滅亡の謎だった。


 いつだったか、トルテとふたりで王宮の図書館棟に行ったときに見たことがある。ホールの壁に貼られたたくさんの地図は、古代の地図から現代の地図まで、このトリストラーニャ大陸以外のものもたくさんあった。


 そのなかでもふたりの目を惹いたのは、魔法王国期と現代の世界地図だった。中央に並べるように飾られたそのふたつには、詳細な違いは数え切れないほどあったが、見落としようのない決定的な違いがひとつ、際立っていた。


 それは――この大陸に隣接していたもうひとつの大陸の有無である。


 古代地図には『ミッドファルース大陸』という名が書かれていた。


 ソサリア王国などの独立国が十五カ国以上存在するこの大陸と隣接する、もうひとつの大陸。その広さは同じくらいあった。


 これが――まるまる消えた? 全部?


 子どもたちはぽかんと地図を見上げて、いつかその謎を自分たちで突き止めてやるのだと、輝く瞳を見合わせた。憧れの大魔導士も到達できなかった謎の答えを、手に入れることができるのならば――。


「いつか必ず、一緒に!」


 ふたりは地図の前で約束をして、がっしり互いの手を握り合ったのだ。



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