表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【第四部】 《歴史の宝珠 編》
80/223

プロローグ 遺跡のなかの少年と少女

 トゥルーテ――トルテは満面の笑顔になった。彼女の探していた相手が、とうとう見つかったからだ。


 約束の時間に遅れてしまい、待たせてしまった相手は単身遺跡に潜ってしまっていた。方向音痴の彼女は、ひとりで遺跡の中をぐるぐると歩き回り、ようやく、目指す最深部までたどり着いたのである。


 だが、当の相手は忙しそうだ――背丈ほどもある長剣を振り回しつつ、跳躍して攻撃をかわしている。


「ようやく見つけたと思ったのですけれど、声を掛けにくい状況みたいですね。どうしましょう」


 困ったようにトルテが首を傾けると、左右に分けて高く結ったツインテールの髪が揺れて金色に輝いた。天井が抜け落ちた箇所から、太陽の光が差し込んできたのだ。


 彼女が悩んでいる間にも、『小型三つ頸竜(レッサーヒュドラ)』はくびをもたげ、素早く移動する足元の影を追って激しく暴れ続けていた。


 地面が揺れてとうとう壁の一部が崩れた。前方の闇を透かし見れば、回廊をまだらに明るく照らす光の筋のなかに、少年の黒く艶やかな髪がひらめいていた。





「てやっ!」


 少年――リューナは長剣を旋風のように振り回し、同時に二本の頸を牽制している。彼に向けてガジリと噛み合わせてきた牙を、力任せに弾き返した。


 背後に気配を感じ、肩越しに振り返る。相手をしているレッサーヒュドラの頸は三本。背後から迫ってきたのは残りの一本だ。


「甘いぜ!」


 身をひねるようにして、バシンと勢いよく噛み合わされる牙を避ける。


 そのとき、ヒュン! と鋭い音とともにリューナの鼻先を白い輝きがかすめるように通り過ぎた。見慣れた魔法の輝き――光属性の攻撃魔法『衝撃光インパクトライト』である。


 その軌跡を目で追いかけたリューナは片方の眉を跳ね上げた。対峙していたレッサーヒュドラとは別に、彼の死角からさらにもう一体のレッサーヒュドラが忍び寄っていたのだ。


 空中にあった彼に向けて炎を吐こうと、その口が開く。白い輝きは狙いあやまたず、かっぱりと開いたの喉の奥に命中した。


 ドォオオオォン! 遺跡全体を震わせるような凄まじい絶叫が響き渡る。


 その頸は苦悶の様相で激しく暴れた。他の二本の頸は怒りに満ちた眼差しをして、リューナの背後に視線を向けた。


 あえて振り返らなくてもリューナにはわかっている。幼なじみである魔導士の少女、トルテが彼に追いついたのだ。さきほどの光の魔法は、トルテの魔導に違いない。


「トルテ、思ったより早く着いたんだな。外で待っていてくれりゃ迎えに行ったのに」


 床に降り立ったリューナは、長剣の柄の部分を両手で握り直しながら彼女に声を掛けた。


 通常のものより長さのある剣は、柄の部分も長めに作られている。剣全体のバランスを取るためでもあり、また、使い手である彼の戦闘スタイルに合わせて設計されているのだ。


 真正面の敵に対峙しながらも、リューナは見た。天井から差し込んだ光を反射している刀身に、背後にトコトコと軽い足音ともに歩み寄ってきた少女の姿が映っている。


「二対一なんて、正々堂々ではないんですから、いいですよね?」


 彼に問い掛けてくる声は、この場には似つかわしくないほど、のんびりとした穏やかなものだ。目の前に三本の頸を持つ幻竜の中位種が二体もいるというのに。


 だがトルテらしいな、とリューナは思う。彼女は決して慌てない。いつでもどんなときでも、良くも悪くもマイペースなのだ。


 できれば、目の前の二体のレッサーヒュドラを自分ひとりで倒してから彼女を迎えに行きたかったが――もう追いつかれてしまったのだし、今さら手出しをするなとも言えなかった。


「まあ、仕方ねぇか。やれるか?」


「はいっ」


 リューナの問いに、安心したような返事が返ってきた。律儀なトルテは、了承なく横から手出しをしたくなかったのだろう。


 ジャアァァァ! シャアァァッ!


 目の前で、幻竜たちが苛立たしげに威嚇の声を発している。すさまじい殺気と怒り、そして魔導の気配に対する異常なまでの敵対心。


 だが、トルテは動じることなく、ゆっくりと腕を真横に伸ばした。魔導の力を行使するための準備動作だ。


「ねぇ、リューナ。……ここに、あるんですよね?」


 空中に腕を滑らせるように動かしながら、トルテが彼に尋ねる。わかっていて、確認するような口調だ。


「ああ。この先に祭壇があった」


 リューナがきっぱりと答えると、「はいっ、安心しました」と、明るい声が返ってきた。――嬉しいだろうな、そりゃあ。俺たちがずっと探し続けていたものが、この先にあるのだから。


 グォオオォォオオオォォ!!


 レッサーヒュドラの頸が一斉に吠えた。それぞれの口から灼熱の炎が吐き出され、遺跡内の温度が一気に上昇した。ふたりの姿が炎の本流に呑まれ、幻竜たちの視界から一時的に消える。


 だが、次の瞬間。炎の中から魔導の光の球が膨れ上がり、弾けた!


 少女が伸ばした腕に呼応するかのように素早く立体的に組み上がった青い魔法陣の作り出す力場が、灼熱の炎を押し返していた。少女の周囲をまるく残し、周囲の床が焦げて黒く変色した。


「てぃやあぁぁぁぁッ!」


 リューナは天井近くに飛んでいた。


 手前にいるレッサーヒュドラの頸が、一斉に頭上の彼を見上げた。一部崩壊して青い空が見える天井、そして剣の切っ先を真下に向けて迫るリューナの姿が、幻竜の巨大な赤い瞳に映る。


 それは、レッサーヒュドラが現生げんしょう界で見た最後の光景となったはずだ。


 リューナは剣で三本の頸を切り裂きながら重力に引かれるままに落ち、その勢いで、胴体にひとつしかない心臓コアを真っ直ぐに刺し貫いた。断末魔の絶叫を残してレッサーヒュドラが倒れ、盛大に巻き上がった土煙が広い遺跡の通路いっぱいに広がる。


 グオオ。


 後方のレッサーヒュドラは土煙に視界を閉ざされ、狼狽したように唸った。三本の頸をてんでばらばらな方向に向け、各々の口からひと息分の炎を吐いた。


 その腹下に滑り込んできた人影に気づく余裕はなかっただろう。気合いとともに突き出されたリューナの長剣が、直前に倒したレッサーヒュドラと同じ位置にある心臓コアを貫いた。


 巨大な体躯が、腹に突き刺さった長剣を押しつぶすように床に倒れる。だが、そこにいたはずのリューナの体は、すでに別の場所に移動していた。


「ナイスタイミングだったなぁ、トルテ」


 本来の世界――幻精げんせい界へと還ってゆくレッサーヒュドラたちの巨体を眺めながら、リューナは言った。満足そうに細めた瞳の色は、深海のような濃い蒼である。


「リューナちゃんも、お見事です」


 ほんわりと微笑みながらトルテが言葉を返した。


 先ほど、そのまま下敷きになるはずだったリューナの体を引き寄せたのは、トルテの力だ。天井近くまでリューナを一気に飛ばしたのも彼女である。物理的な力ではない――魔導の技で行使された魔法によるものだ。


 幻竜二体を続けざまに倒した早業は、幼い頃から行動をともにしてきたふたりの、連携の賜物だ。


 ぱちぱちと手を打ち合わせる彼女の装備に、武器らしいものは一切ない。細い腰の後ろには、ベルトに留めてある冒険者用の小さなナイフがあり、背には旅の荷物があったが、それだけだ。


 衣服は、実に女の子らしい装飾が施された上質なものだ。スカートは膝丈で、袖は短く、淡い桜色と萌黄色を基調にしたワンピースである。長いケープを羽織っているので、何とか外出着だと言えなくもなかったが、このように罠が張り巡らされた埃っぽい遺跡を探索するのに向いた格好ではない。


 だがリューナは特に気にしていない。それが彼女の普段着だったから。


 リューナは黒のズボンに薄青色のシャツ、濃紺の外套マント、ベルトには短剣、そして背中には長剣用のさやと荷物を括りつけていた。


 二体の幻竜は完全に消え去り、床に残された長剣の刀身だけが天井からの光を反射している。


 剣を回収しようと歩き出した少年の横に並びながら、少女が胸に手を当てて言った。


「リューナちゃん、いつも警戒しないで歩いていっちゃうんですから。仕掛けられた罠が発動して、幻精界から『小型三つ頸竜(レッサーヒュドラ)』が召喚されてしまったんでしょう。あの子たちもびっくりしていたと思います」


「まあ、今頃自分の世界に還されてのんびり眠っているさ。時間差で二体目が召喚されるなんて、なかなか凝った罠だったなぁ」


 リューナは床に落ちていた愛用の長剣を拾い上げた。トルテの父であるテロンから誕生日に贈られた大切な剣だ。その剣を自分の背中の鞘に戻し、ふぅっとため息をついて振り返った。もの問いたげな視線を背中に感じたので。


 ちょっぴり頬を膨らませているトルテと目が合い、リューナは肩をすくめながら口を開いた。


「――あいつらを倒したら、ちゃんと呼びにいく予定だったんだよ」


「あたしはリューナちゃんと一緒にここまで来たかったんです」


「機嫌直してくれよ、トルテ。どうせ封印を解くのは、おまえしかできないんだからさ」


 その言葉を聞き、トルテはにっこり笑った。くるくるとよく変わる表情だ。ちょうど、天井からの光がトルテの瞳に差し込んでいて、澄んだオレンジ色がいっそうきらきらと輝いてみえる。なかなか印象的な笑顔だった。


「はやく行こう、リューナちゃん!」


 待ちきれない、とばかりにトルテが駆け出した。


「俺と一緒に、とか言ってやがったくせに」


 我に返って苦笑したリューナの目の前で――トルテは派手に転んだ。とても痛そうな音がした。


 急いで追いついたリューナが手を差し出し、助け起こすと、少女のおでこが赤くなっていた。


「相変わらず目が離せねぇなぁ……トルテは」


 ため息とともに言い、リューナは言葉を続けた。


「それから、『ちゃん』はいい加減やめようぜ。頼むからさ」


「ずっと昔からそうしていたから、なかなか難しいんです。ごめんなさい」


 トルテはそう答えたが、次にグッとこぶしを握った。


「でも頑張ります! り、リューナ、ち――り、リューナ」


「真面目にそんなにりきんで呼ばれても、こ、こっちが恥ずかしくなるんだけど」


 ふたりは顔を見合わせ、互いに頬を真っ赤に染めた。彷徨さまよっていたふたりの視線が合い……照れたような温かい笑いがふたりの顔に広がる。リューナは、トルテに手を差し出した。


「とりあえず行こうぜ。とうとう見つけたんだからさ――おれたちが探していた『歴史の宝珠ほうじゅ』!」


「はいっ!」


 歳のわりに小さな手をリューナの手に重ね、トルテは元気に返事をした。通路の先には、王宮の大広間ほどもある空間があった。そこには、訪れる者を待っている巨大な祭壇が鎮座ましましている。


「封印解除の方法はわかるのか?」


 リューナの言葉に、トルテは背負っていた荷物からノートを取り出した。古代王国の遺した文献を、彼女が必要な箇所だけ書き写しておいたものだ。


「うん、この通りにやれば問題ないと思います。かあさまは『生命の魔晶石』の封印解除をした――あたしだって、やるだけのことはやってみます」


 むんっ、と気合いを入れて、トルテが胸を張る。


 リューナは、その背中をトンと叩いてやった。驚いたトルテが短く悲鳴をあげ、背後で苦笑しているリューナの顔を振り返った。


「トルテは変に緊張していると失敗しちまうからさ、いつも通り、リラックスしてやったほうがいいと思うぜ」


 幼なじみの言葉に、むぅ、と唸って少しだけ考え込んでから、トルテは素直に頷いた。


「わかりました。それじゃ、下がっていてくださいね。――いつも通りに頑張りますから」


 トルテは、可愛らしく並んだ歯をニッとみせるようにして笑った。それがリューナ自身の笑顔の真似だと気づき、リューナ本人は照れくさくなって小さく肩をすくめ、おとなしく数歩後退した。


 祭壇は、平らな面がたくさん合わさった多面体だ。高さは二リール(メートル)ほど。周囲にはぐるっと魔法語ルーンが彫られていた。その言葉はふたりともきちんと読むことができる。


  知識を求めるもの、我に従い、我を解き放て。

  歴史をその目で視る覚悟のあるもの、我を操作せよ。

  畏れぬもの、時のヴェールを越えて真実を見るものなり。 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ