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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【第三部】 《破滅の剣 編》
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5章 ソサリアの千年王宮 3-15

「もはや、一刻の猶予も許されぬ」


 朝の光が差し込む、ソサリア王宮の大広間の壇上で、騎士隊長の名に相応しいきらびやかな甲冑に身を包んだルーファスが、よく通る声を張りあげていた。


「『無の女神』ハーデロスの降臨が果たされたならば、この大陸はおろか、この現生界そのものが『始原の無』にしてしまう。それを止めることができた者、尽力してくれた者たちには、安寧なる生活を約束し、報酬を取らせよう」


 大広間に集まった、数百人はいるだろう冒険者や傭兵たちが、一斉に歓声をあげる。提示された額は国家が依頼する額としては破格であった。


「よくこれだけ集まったな」


「王都近隣の冒険者や傭兵たちに布告されたのは、俺たちが帰り着いた頃だったらしい。それなのに、すごい数が集まっている」


 現国王ファーダルスの玉座の隣に並ぶ双子の王子は、互いに小声で言葉を交わしていた。


 王都に報告が届いた時点で、王と側近、そして場に居合わせた大魔導士で即座に決定され、実行されたからこその招集規模であった。


「今回は迅速に行動する必要があったから、ルーファスの直属の騎兵隊をはじめ、兵たちはすでに出発しているらしいぞ。だが、『無踏の岬』の途中までの道を切り拓くのが精一杯かもしれない」


 テロンは語りながら、視線を巡らせた。彼らから少し離れた位置に、宮廷魔導士のルシカをはじめ王国の主要人物たちが並んでいる。


 彼の視線に気づいたルシカが、杖を持っていないほうの手を挙げてみせた。テロンの胸が温かくなる。彼は視線を戻しながら、傍らに立つクルーガーに向けて話を続けた。


「岬を通り抜け、さらに『はぐれ島』まで到達できるとなると、悔しいけれど王国兵では無理だろうな。だからこそ――」


 ふと、聞いている気配のないことに気づいたテロンが目を向けると、クルーガーは広間を見渡すように視線を移動させていた。


「どうしたんだ、兄貴。誰か探しているのか?」


「あ……いや。何でもない。ちょっと気になっただけさ。もし――」


 クルーガーは言葉を切って、迷うように視線を彷徨わせた。いつもの兄らしからぬ様子に、テロンは再度問い掛けようとした。


 そのとき、国王ファーダルスが立ち上がったので、テロンとクルーガーは姿勢を正した。


「私もかつては戦士であった。だが今ではもう老いてしまい、自らこの戦いに乗り出すことはできぬ。次世代への希望を背負った若き戦士たちよ、頼んだぞ」


 ソサリア王の、威厳ある声が広間に響き渡った。オオオオォォォ、と冒険者や傭兵たちから声があがる。


「さァて、俺たちも出発するか」


 動きはじめた冒険者たちを見ながら、クルーガーが仲間たちに声を掛けた。


 テロン、ルシカ、ティアヌの三人が頷いて応える。彼らの旅の荷物は、壇の端にまとめてあった。いつでも出立できるように準備は整えられている。


「殿下……本当に行かれるのですか。何も殿下が……」


 すでに説得されてしまったはずのルーファスが、なおも引き止めようと口を開いた。だが、「構わぬ」という重々しい声にルーファスは慌てて口を閉ざし、頭を垂れてかしこまった。


「ファーダルス陛下……」


「このわしにも、そんな時期があったから、おまえたちの気持ちはよくわかっているつもりだ。自分が本当にさねばならないと思うことができたならば、それを見失わぬよう、どんな困難にも負けぬよう、しっかりとし遂げよ」


 厳しい表情で告げた父王は、次いでその表情を緩めた。ふたりの息子に優しく深い眼差しを向け、微笑んでみせる。


「果たしたならば、帰ってこい。必ず、無事でな」


「はい、父上」


 双子の王子が、しっかりと頷く。


「ルシカ、そなたも無事に帰るように。無理をしすぎるでないぞ」


「はい、ファーダルス陛下」


 畏まって返事をしたルシカの足元に、何かが抱きついている。


「かならず、かえってきて、ね?」


 マウだった。さすがに今回は一緒に連れていけないので、王宮内で留守番である。


「ええ、必ず帰ってくるわ」


 ルシカはかがみこんでマウに視線を合わせ、大きく頷いて応えた。そして立ち上がり、祖父に視線を向ける。ヴァンドーナは孫娘の心配そうな顔に、微笑んで頷いてみせた。


「こちらのことは心配せんでもよい。術者も揃ったしの。万一のときでも民を護ることができる。おまえたちは気にせず、全力で敵の企みを阻止してこい。そして、無事に戻ってくるのだぞ。よいな、ルシカ」


 大魔導士から一歩引いたところに佇んでいた魔術師ダルメスは、自分の後任である宮廷魔導士の娘を見つめていた。年老いた眼差しに浮かんでいる光は、まだ若い娘を死地に送り出してしまうことへの後悔やためらいを映して揺らめいているようにみえる。


 ――友であるヴァンドーナの助言と推薦があったとはいえ、ルシカを宮廷魔導士に決定したのは、他ならぬダルメス本人であった。その為に周辺国家との軋轢が生じるであろうことも、ルシカが危険な任務につく可能性も、予想していなかったといえば嘘になる。だが、『魔導士』ほどの力の持ち主が国家に就いてもよいという申し出は、この上なく魅力的であったのだ。


 しかも、友であり恩人でもあるヴァンドーナの孫娘である。信頼はもちろん、その知識の深さと幅広さ、魔法行使の実力には計り知れないほどの価値があった。二年前の自分はふたつ返事で承諾したが……結果的に、少女を危険な旅に送り出すことになろうとは。


「ダルメス様」


 その思いを正しく理解したルシカは、静かに年老いた老師の前に立ち、一礼すると、やわらかな笑顔を彼に向けた。


「ずっと、あなたにお伝えしたいと思っていました。――あたしをあなたの後任として、宮廷付きの魔法使いにしてくださって、ありがとうございます」


「だが……そのことで、ルシカ、そなたの生きる道は険しいものとなった。普通の娘としての幸せを奪ってしまったのではないかと、私は……」


「そんなことは、決してありません。あたしはとっても嬉しいんです。だって、こうして皆と出逢えたのですから。あたしの幸せは、ここで見つけることができたんです」


 ルシカは心の底から満足そうに、きっぱりとした口調で言い切った。彼女の隣に並び立つテロンが、愛しそうに彼女を見つめて微笑んでいる。その傍らでは、もうひとりの王子クルーガーが腕を組んで笑いながら、深く頷いている。


「そうじゃよ、ダルメス。それにルシカがここにいるのは、このわしが助言したからでもある。責任うんぬんというならば、そなただけの問題ではあるまい」


 ヴァンドーナは片目を閉じてみせ、友である老魔術師の肩をぽんぽんと叩いた。


「ずっとそれが心に引っかかっておったのだ。これで私は、そなたに救われた……」


 心から安堵したかのように涙を滲ませた老魔術師を、ルシカがそっと抱きしめる。


「ダルメス様、ありがとう。気にかけてくださって」


 姿勢を戻したルシカに、テロンが彼女の荷物を手渡した。後ろでは、クルーガーとティアヌも各々の荷を背負い、出立の準備を整えている。


 彼らのもとに、シャールとメルゾーンが歩み寄った。シャールは瞳を翳らせ、彼らに向けて言葉を掛ける。


「すみません。私も一緒に行けたらよいのですけど……」


「シャールさん、心配なしです! 悪い奴から祭器を奪い返してくるだけだもの。それに――」


 ルシカはメルゾーンに向き直った。警戒したメルゾーンが、構えるように身を引く。だがルシカは、穏やかな表情で言葉を続けた。


「メルゾーン、奥さんと子どもをちゃんと護ってね。もし……あたしが戻ってこなかったら、そのときにはあとを頼みます」


「出発するぞ」


 開け放たれた扉から掛けられた仲間たちの声に、ルシカはもう一度ふたりに笑顔を見せると、『万色の杖』を手に握り直して駆け出した。もう振り返ることもなく、扉を抜けて歩いていく。


「……ルシカ……あいつ」


 呆然とつぶやくメルゾーンの傍らで、シャールが自分の下腹に手を添えていた。


「気づいていたのですね、ルシカ。必ず……無事で、どうか生きて戻ってくることを……」


 シャールは胸の前で手を組み、神への祈りを捧げた。


「さぁ、我々は地下の魔法陣の間へゆこう」


 遠ざかる孫の背を見送り、大魔導士ヴァンドーナが残った者たちに向けて重々しく宣言する。


「彼らを信じ、我々は我々のやるべきことを果たすのじゃ」





「おじいちゃん……みんな、大丈夫かしら……」


 街道を北東に向かって馬を走らせながら、ルシカはそっとつぶやいた。


 テロンが手綱を握る馬上にいるが、彼にしっかりと抱き支えられており、不安定に揺れることもなくなっていた。ふたりの絆が深まったゆえかもしれない。


 ルシカは、王都ミストーナの周辺地域までをも護ることのできる『障壁シールド』魔法陣の存在を知っていた。その魔法王国期の遺産を王宮の地下深くで発見したのは、他でもないルシカとヴァンドーナだったのだ。


 周辺地域にまで及ぶ範囲の広さから、当時の都市は、今では考えられないほどの規模だったことが想像できた。都市の周囲数箇所に配置されている発動装置を調べてみると、魔法王国末期に造られたものだとわかった。当時に何が起こったのか、その記録はどこにも残されていない。


 そして、制御するための魔法陣の上に『千年王宮』は建造されていた。だが、巧妙に隠されていたこと、そこに到る通路が確保されていたことから、王宮を設計した存在は、この『障壁』の存在を知っていたと判断できる。


 謎は尽きなかったが、今必要なのは都市を護るための障壁である。制御するための魔法陣の扱いに、自分自身の魔力マナは必要ではなかった。けれど、凄まじいまでの規模の魔力の流れを扱うため、術者たちにとてつもない気力と体力を要求するのである。


 もはや齢九十を越えるほどに老齢の祖父が……果たして耐えることができるのだろうか。たとえ、大魔導士と謳われるほどの実力と経験をもっていても、だ。


「何としても障壁を使わずに済むよう、ハーデロスが降臨する前に、『神の召喚(サモンゴッド)』を阻止しなければ」


 口の中で決然とつぶやいたルシカは、体をぴたりと寄せているテロンの顔を見上げた。青い瞳は真っ直ぐ前に向けられ、一心に馬を走らせている。


 視線を移動させ、もう一頭の馬を見た。クルーガーの馬には、彼とともにティアヌが乗っている。大人ふたりくらいではビクともしない強靭な馬であった。


「クルーガー、どうかしたの?」


 目を伏せがちにして、時折王宮のほうを振り返っているクルーガーに、ルシカは声を掛けた。


 その声にはっとしたように、クルーガーはいつもの自信たっぷりの表情に戻った。心配そうに見つめてくるルシカに向け、大丈夫だと頷いてみせる。


 クルーガーはシムリアのことを考えていたのだ。


(結局、大広間には居なかったな……)


 居なかったのは不思議ではない。徒歩で二週間近くかかる道のりを、自分たちはたった三日で帰ってきたのだ。まともに地上を移動していたのならば、こちらに追いつけるはずもない。


 クルーガーは小さく息を吐いた。


 そして頭を振り、目の前のことに集中するため、前方に青い目を凝らして馬を走らせ続けた。



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