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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【第三部】 《破滅の剣 編》
68/223

5章 ソサリアの千年王宮 3-13

 緑豊かな大森林をふたつも有するソサリア王国。その広大な国土を潤すのは、幾つもの支流をもつ大河ラテーナだ。


 その大河ラテーナがグリエフ海へと流れ出る三角江エスチュアリーに、王都ミストーナはある。海路の貿易港に隣接し、陸路の交易街道と交わるかなめの都市でもあった。


 王都の場所には、かつてグローヴァー魔法王国期に主要都市のひとつがあったと伝えられている。半ば水没し、一度は無人となった都市が再び機能しはじめた経緯は失われていた。だが現代、未だ謎多き白亜の巨大建造物を中心として、ひとの集う賑やかな都市として発展していた。


 五つの大聖堂、医療施設や学校などの学術施設、大小さまざまな公園、王立図書館、上下水道の機能が整えられ、荒野の獣や魔物から護られた快適な城郭都市だ。なにより、戦火をくぐり抜けてもなお変わらず存在し続けている王宮が、この王都に住む人々の自慢であった。


 『千年王宮せんねんおうきゅう』とも呼ばれる白亜の巨大建造物が、ソサリア王宮である。





 王宮の西棟上階、『転移の間』にクルーガーやテロン、ルシカたち一行が帰還したのは、湖底都市デイアロスの崩壊から三日後の夕刻であった。


「ルシカ!」


「クルーガー様! テロン様!」


 壇上の魔法陣に現れた一行を、五人の人間族の男女が出迎えた。その場で待っていた者たちはみな表情を暗く沈めていたが、王子たちやルシカの無事な姿を目にして思わず安堵の色を浮かべた。


 集まっていた者のなかに祖父の姿を見つけ、ルシカが真っ先にきざはしを駆け下りていった。


「おじいちゃん! あたしたち……」


「わかっておる、ルシカよ。何も言うな」


 そう言ってルシカを優しく抱きしめたのは、彼女の祖父であり魔導の師でもある『時空間』の大魔導士ヴァンドーナだ。


「殿下、よくぞご無事で戻られました……」


 感涙にむせんでクルーガーとテロンを困らせているのは、騎士隊長ルーファスである。クルーガーの剣術の師範であり、勇猛な武人かつ優れた戦略家なのだが、最近は王子たちに振り回されてすっかり涙もろくなったようだ。


「ルシカ殿、知らせは受け取りましたぞ」


 彼らの後方から歩み寄ってきたのは、身なりこそ王宮の武人に相応しいものだが、受ける印象はもっと自由奔放な――冒険者であるかのような雰囲気を持っていた。


「ソバッカ殿」


 テロンが声を掛ける。


「テロン様、また今回も大変な旅だったようですなぁ」


 傭兵隊長ソバッカは、テロンやルシカと探求の旅に出た仲間である。東方のドナン大陸出身であり、先王の時代には現国王ファーダルスと組んで冒険者として大陸を旅していた。ファーダルスが即位後、この国に落ち着いたのだ。妻に先立たれて娘と暮らし、今はすでにその娘も嫁にいってしまい少々寂しい日々を送っていたのだが――。


「シャールさん」


 ソバッカの後ろに立つファシエル神の司祭服の若い女性に気づき、ルシカがホッとしたように声をあげる。シャールのほうも顔をほころばせてルシカたちに歩み寄った。


「ルシカ! 無事で本当によかったわ」


「ふん、こいつは死んでも死なないだろう」


 その横で、憎まれ口を叩きながらもホッとした顔を染め、そっぽを向いたのは、彼女の夫メルゾーンだ。ファンの町に魔術学園を設立した元宮廷魔術師ダルメスの跡継ぎである。


 ルシカはメルゾーンの性格をよく知っているので、いつものように返した。


「あら、メルゾーンも居たのね」


「ぬ、ぬあにおぉッ!? ひとがせっかくわぁざわざ心配して来てやったっつーのに、その態度かッ!」


「お互いさまだもん」


 ルシカが、べーっと舌を出して言葉を返す。


「あらあら、微笑ましいですわね」


「ちっとも微笑ましかねーわい!」


 メルゾーンは妻であるシャールの言葉にまで思わず怒鳴ってしまい、足先を踏みつけられて黙った。妻にはとことん弱いのであるが、これでもメルゾーンの魔術師としての実力は高い。


「何をなごんでいるのだか」


 クルーガーが呆れたように腰に手を当てて嘆息した。


「あ、あの……ここがソサリア王国の王城……なんですか?」


 後方でポカンと突っ立ったまま、一連の騒動を見ていたティアヌが口を開く。


「ああ、ここがソサリア王国の王都ミストーナ。王宮内、西の棟にある『転移の間』だよ」


 クルーガーはティアヌに説明しながら床と台座を指差した。彼らの足元には直径十リール(メートル)ほどもある巨大魔法陣が描かれており、部屋の定められた場所に宝珠オーブが配置されていた。


 この魔法陣は、南の森にあるミルト村の郊外にある、ヴァンドーナの私邸の魔法陣と繋がっている。王宮とヴァンドーナの私邸とは自由に行き来ができるというわけだ。ただし、魔法陣はヴァンドーナ本人もしくはルシカしか発動させることができないものだが。


 一行が、通常二週間はかかる王都までの道のりを、たった三日で帰ってくることができたのは、この魔法陣のおかげである。


 『湖底都市』デイアロスから危ういところで脱出した一行は、ミディアルから王宮へ『伝達』の魔法を使って報告のみを先に届け、自分たちはヴァンドーナ私邸から戻ってきたのだ。


 ヴァンドーナはもちろんだが、ルシカも今では魔導の力を使い、場所を選ばず王宮に繋がる魔法陣を作り出すことができるようになった。だが、遺跡を脱出する際に魔力マナと気力を使い果たし、体内にも相当な痛手を受けていたため、それ以上の魔法を行使することをテロンがかたくなに反対したのである。


 ルシカは「平気」の言葉を繰り返していたが、脱出後すぐに魔導を行使していたら生命の存続すら危うくしていたことに、テロンはきちんと気づいていたのだ。


 テロンの説明でクルーガーも理解し、結局ルシカはふたりに強い口調で説き伏せられたのだ。私邸まで戻り、常設してある魔法陣を使って魔力の消費を抑えて戻ってきた、という経緯である。


「ルシカ殿、テロン殿。……この報告にあったことは、全て事実なのですな」


 ソバッカが訊いた。手にしているのは、先に伝達しておいた知らせを書き記した報告書である。別に内容について疑ったわけではなく、夢か間違いであればと願わずにはおれない内容だったからだろう。


「全て、事実だ」


 テロンが低く言った。


「この世の全てを『始原の無』に戻すといわれている『無の女神』ハーデロス。それがこの世に降臨する――」


 テロンが説明する後ろで、ティアヌは片手で額を押さえるようにして立ち尽くしていた。頭の中に浮かんでいたのは、怒りと憎悪に歪んだ幼なじみの顔、そして連れ去られた少女の姿だった。


 ……ルレファンは、何のためにリーファを連れ去ったのか……。


「わるいかみさま、くる、ほんとほんと」


 マウが、短い手足をバタバタさせてとてとてと走り回っている。


「トット族の子どもですな。アルベルトの警備隊から、彼らの村が壊滅したという報告を受けております。全く、可哀相なことを……」


「これで、敵の手に復活に必要な全ての神器が渡ったことになる。そして、仲間であるフェルマの少女も」


 テロンの言葉に、びくり、とティアヌの肩が反応した。


「そういえば、他に冒険者が三人、一緒ではなかったのですかな?」


 ソバッカが尋ねる。クルーガーは足元に視線を落とした。


「ああ……。途中までは一緒だったんだが」

 

 シムリア、ザアド、フォーラスの三人は、ミディアルまでクルーガーたちと行動を共にしていたのだが、都市の出口で突然別れを告げられたのだ。


「王宮みたいな融通の利かないところは、苦手だから」


 シムリアは笑っていたが、その眼はわずかも笑っていなかった。


「それにさ、あんたたちがハーデロスの降臨を阻止するつもりなら、またどこかで会えるかもね」


 彼女が何を考えていたのかは、結局、クルーガーにはわからなかった。ただそのとき、彼はひとつの事実に気づいていた――自分がこの女性と別れたくないと感じていることを。いつもの彼ならば疑問にも思わなかっただろう。だが、そのとき感じた気持ちが何だったのかを見極める間もなく、彼女はクルーガーの前から去ってしまった……。


「ハーデロスを降臨させるいしずえとなる神殿ならば、おそらく北にある『無踏の岬』の先にある『はぐれ島』クリストアのことじゃろう」


 ヴァンドーナが告げ、確信に満ちた声で言葉を続ける。


「三日前、おそらくデイアロスが崩壊したときじゃ。赤い光が北へ向かって駆け抜けていきおった。間違いあるまい」


「……私たちも光を目撃しました。不吉なものを感じ、それで王都まで来てみたのです」


 シャールが胸に手を当てて言った。シャールとメルゾーンは、ここから南東にあるファンの町に住んでいるのだ。


「そう、そして俺たちも」


 廊下から扉越しに声が聞こえた。


 王宮に住まう者ではない声の主に、騎士隊長ルーファスが鋭く反応する。剣の柄に手をかける武人を、ルシカが慌てて制する。


「待って! この声はあのときの――」


「どうやら覚えていてくれたようだな。『万色』の力持つ魔導士の娘よ」


 扉が開いた。部屋に入ってきたのは、タナトゥスとその妹アレーズだ。


「久しぶり……本当に久しぶりだな」


 タナトゥスはルシカを見て、眩しそうに嬉しそうに、翠色の目を微笑ませた。



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