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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【第三部】 《破滅の剣 編》
65/223

4章 破られた封印 3-10

 最下層に至る階段を駆け下りたとき、地面から突きあげるような衝撃が走った。ルシカとザアドが転びかけたが、傍に居た仲間に支えられ、或いは自身で踏みとどまって堪える。


 そのまま一気に最奥の広場へと駆け込んだ一行であったが、『破滅の剣』を封印していた祭壇がついに力尽き、その光を失ったのを目の当たりにすることになった。


 最下層の封印の最奥の広場には、黒装束の男たちが二十を越える数集まっている。その者たちは全員、祭壇に注目していた。


 古代宝物『破滅の剣』から、ドクン、と衝撃の渦が広がり、剣を支えていた台座を粉々に破壊した。


 ザンッ……!


 瓦礫の山となった祭壇跡に、落下した『破滅の剣』が深々と突き刺さった。おおお、と黒装束の男たちからくらい歓喜の声があがるが、ほぼ全員が痺れたように動かない。


 その中でただひとり、黒装束を身にまとっていない男が動いた。背が高く痩身で、赤銅色の髪がゆるく背で束ねられており、動きに合わせて、さらり、さらりと揺れている。


 ティアヌの視線は、その人物に吸い寄せられていた。


「……まさか、そんなはずはない……」


「ティアヌ?」


 驚愕の表情で動きを止めたティアヌを、すぐ傍にいたリーファが驚いて見上げた。


「ルレファン!!」


 突然の大声に、仲間たちも驚いてティアヌを見た。薄青色の目を見開き、悲痛な表情で叫んだエルフ族の青年を。


 そして、突き立った『破滅の剣』に手を伸ばしていたエルフ族の男もまた、その動きを止めた。


めろ! ルレファン――ルレファン・デム・ドーラ!」


 真の名を呼ばれた赤銅色の髪のエルフは、突然の闖入者たちにゆっくりと向き直った。魔剣に伸ばしていた手を引っ込め、殺気を含んでいるかのような鋭い眼差しで、声を掛けてきた同族の姿を見る。


「――ティアヌ、おまえだったか」


「どういうことなんだ? 知っているのか、あいつを!」


 すでに抜き放っていた短剣ダガーを手に、リーファがティアヌに疑問をぶつけた。ティアヌはハッと我に返ったが、感情が抜け落ちた表情をしたまま答える。


「……僕の、幼なじみなんです。でもまさかこんなこと、僕には信じられない……!」


「お、幼なじみ?」


 リーファは驚きのあまりポカンとしてティアヌの顔を凝視した。


「その剣をどうするつもりだ」


 テロンが静かに問い掛けながら、最前列から一歩前に出る。その横に同じく進み出たクルーガーが、自身の魔法剣の柄に手をかけた。


「ルレファン……本当に君なのか?」


 敵の指導者であるエルフの男は、崩れた祭壇の上に立ったまま、真っ直ぐに侵入者たちに向き直った。黒装束の男たちが、ザッとテロンたちを取り囲むように散開する。それぞれが、黒く塗られた刃のダガーを手にしていた。


「さぁ、どうした? ティアヌ」


 揶揄やゆするように口の端を引き上げ、友人に投げかけるものとは思えぬほどに冷たい口調で言葉を続ける。


「せっかくの幼なじみとの再会なんだろう。もう少し、嬉しそうな顔をしてみせろよ」


「……ルレファン……」


 幼き頃からの友の、あまりの変わり様に、ティアヌは血が滲むほどに唇を噛んだ。握りしめた手のひらに爪が食い込むのを感じたが、力を緩めることができない。


「何があったのです……君がこんなことを……」


 ルレファンは肩を震わせた。やがて、それはさざなみのように広がるわらい声になり、やがてはっきりとした哄笑こうしょうに変わった。


「アッハッハハハハハハッ」


 呆然とするティアヌの隣で、いつでも動けるように体勢を低めたリーファが切っ先を前に構える。


 ルレファンは左の手を高く掲げた。その指の間に挟まれるように、みっつの禍々しい輝きがあった。


「あれは!」


「な……」


 それは紛れもなく、奪われた神器――『赤眼の石』、『青眼の石』、そして『虚無の指輪』だった。


「やはりおまえが、父さんと母さんを!」


 リーファが叫ぶ。


「そこの子ども。琥珀色の瞳に覚えがあるな。石の守護をしていた種族の特徴だ」


 そして、とルレファンは言葉を続ける。


「壁の端にいる白いのはトット族だな。そんな生き残りどもを引き連れて、俺を止めに来たというのか? 間抜けなティアヌ、なんと笑止しょうしな!」


 幼なじみふたりは睨み合い、正面から対峙したままその場から動かなかった。


「あなたたち、自分のやっていること、本当にわかっているの?」


 それまで黙って成り行きを見守っていたルシカが口を開いた。昇りたての太陽のようなオレンジ色の瞳を煌めかせて、エルフ族の男、そして黒装束の男たちを恐れ気もなく見回す。


「自分たちも、世界も、何もかも全てを『始原の無』に返してしまったら、文字通り何の意味もなくなってしまうのよ」


 黒装束の男たちの中には、『ソサリアの護り手』たるテロンとルシカを知っている者もいるようだ。散々追いかけ回されているのだから当然といえる。


「無駄な企みを止めて、おとなしく投降しろ」


 テロンがよく響く声で、静かに言った。


「ソサリア王宮の双子の王子と、宮廷魔導士か」


 ルレファンは忌々しそうに舌打ちをした。彼もまた、その名と実力を伝え聞いているのだろう。


 ルシカが『万色の杖』を握りしめ、テロンは腰を低くして構えた。


 クルーガーとシムリアは自分の剣の柄を握り、ザアドは背中の斧に手を伸ばした。フォーラスの姿はいつの間にか消えていた。おそらく背後の闇に潜んだのだろう。


「黒装束の男たちの持つ武器には、猛毒が塗られているはずだ」


 テロンが小声でシムリアたちに忠告する。即効性のある毒で、味も匂いもあるため、主に暗殺用の武器に塗って使われるものだ。『竜の岬』での事件やラシエト聖王国での騒ぎのときも、テロンとルシカはかなり悩まされてきた。


「『無』こそが、我が望み」


 ルレファンが口の端を持ち上げる。微笑んだようだ。ただ、燃えるような赤い瞳は微塵も笑っていない。


 ティアヌは怒りを感じるよりも、大切なものを失った喪失感に打ちのめされていた。自分が旅に出るとき、幼なじみのルレファンに言った……「一緒に来ないか」と。ルレファンは「やることがあるから」と答えて断ったのだ。


「これが……このことだったのか、やること、って。優しくて真面目で、誰よりも他人のことを考えていた君が。世界を破滅させて、自分も消えて、いったい何が望みだというんですか……!」


 ティアヌの言葉を聞いて、ルレファンという男の顔に、はじめて激しい怒りの表情が現れた。


「……おまえにはわかるものか! わかるはずもないわッ!!!」


 エルフの男は右手を横に払った。


 それが合図だった。二十を越える数の黒装束の男たちが、毒のダガーを手に一斉に突っ込んでくる。


「ハァァァァッ」


 テロンが全身に気合いをこめた。瞬間、その体全体を黄金の陽炎が包んだ。同時に『衝撃波』を放つ。


 ドォン! 封印の間の空気を震わせて放たれた不可視の力のかたまりが、跳びかかってきた黒装束の男たちを一瞬で吹き飛ばした。


 魔法陣を瞬時に描き、仲間たちに次々と防護の魔法を行使するルシカをかばいながら、テロンが敵を打ちのめしていく。


 クルーガーは空中を飛んできた小さな刃物のようなものを、反射的に次々と剣で叩き落し、大きく剣を振るった。


 ゴオォォォッ! 魔法剣に付与エンチャントされていた風の魔力が解放され、石造りの床の破片ごと敵を空中に巻き上げる。


 距離を詰めてきた黒装束のダガーの一撃を、クルーガーが剣をクルリと回転させて体に引き寄せ、受け止める。刃と刃がぶつかりあい、火花が散った。同時に背後から繰り出された別のダガーを、腰に差していた小剣ショートソードを抜いて阻む。


「後ろに目があるのかい、王子さんよ!」


 斧を振るう巨漢の大男の感心したような言葉に、クルーガーがにやりと笑う。気合い一閃、斬りかかってきたふたりを剣で弾き飛ばした。


 黒装束の男たちは魔術師でもある。後方に残った何人かが指で印を組み、もごもごと魔法行使の詠唱をはじめた。


「遅いッ!」


 ルシカは杖を振り抜き、左手を突き出すようにして魔法陣を展開し、瞬時に魔法を完成させた。複数の相手に行使されたのは『沈黙サイレンス』の魔法だ。


 『万色』の魔導士の力は強大だった。続いて飛ばされた『麻痺パラライズ』により、後方の魔術師たちは完全に無力化された。


 シムリアたちにも、毒を塗られたダガーの攻撃がかすりもしない。未踏の遺跡まで狙うほどの冒険者の腕は、並大抵のものではなかったようだ。


「ティアヌ!」


 リーファはダガーを振るいながら、仲間であるエルフ族の青年に声を掛け続けていた。


「ティアヌ、戦え!」


 襲い掛かる刃先を敏捷なフットワークで避けながら、相手の手首や胴を切り裂いている。いかに鍛えようとも非力な少女の体だ。相手を圧倒するような腕力がない。その分、手数で勝負というわけだ。


 頭を低くして相手のダガーをかわし、素早く一歩踏み込んで自分のダガーをひるがえす。そのまま敵の腕の下をくぐり抜け、その背後にいた次の相手に先制攻撃で挑んでゆく。


 呆然として立ち尽くしたままのティアヌを、かばいつつである。


 ティアヌの異常な様子に気づいたクルーガーが、ふたりの元に駆けつけた。左右からティアヌを挟んでリーファと死角をカバーしつつ、戦いはじめる。


 ティアヌとルレファンの瞳はぶつかり合ったまま、どちらも逸らそうとする気配すらなかった。まるで、他人には聴こえぬ会話が交わされているようにもみえるのだった――。



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