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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【番外編】 《兆しと、ふたりの絆 編》
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3章 進展 外-5

「気にせず入れよ、ルシカ」


「ありがとう。相変わらず……すごい本の数ね」


 自室でそのまま旅支度を終えたルシカは、報告と相談を兼ねてクルーガーの私室を訪れていた。


 落ち着いた色合いの室内には、居心地の良さそうな長椅子やサイドテーブルが窓の傍に配置されている。上には、魔術書や勉学の為の書物だけでなく、物語や冒険者の手記など、様々な本が積まれていた。


 ルシカは部屋の奥まで進み、外がよく見渡せる窓の傍に立った。「図書館棟からも借りっぱなしだからな」と言いながら、クルーガーも窓に歩み寄った。


「体のほうは、もういいのか」


「うん。ごめんね、心配ばかり掛けてしまって……もう平気。これから発つから、クルーガーにしらせたかったの」


「そうか、テロンの手掛かりが掴めたんだな」


「居場所でなくて、北東の方角ってことしかまだ判らないんだけど、生きているのは間違いないの」


「そりゃ、そうさ。あいつがそう易々とくたばるわけないだろう」


 当たり前のような口調を装いながら、クルーガーはホッと安堵の表情をみせた。


「クルーガーの、その双子の勘ってやつも、信頼できるみたいね」


 ルシカはクルーガーの腹に軽くこぶしを突き当てた。


「いつものルシカらしさが戻ったようで何よりだ」


 ルシカの額を指で軽く突いて、クルーガーはニヤリと笑いながら言葉を返した。


「王都から北東の方角というと……シーテリア、ロスタフ、マイナムを巡る北街道沿いだな」


「うん。それでね、あたしはシャールさんたちと一緒に、魔法で方角を判定しながら順に進もうと思っているの」


「馬で移動するつもりか?」


「そう、歩いてだと時間がかかりすぎるから。馬で移動しつつ、千リール(メートル)進むごとに判定をするの。方角のずれから、ある程度の距離もわかってくるから――」


 クルーガーの、何ともいえないような視線に、ルシカが気づいた。四つ年上、しかも背丈はかなり上の青年の青い瞳を見上げ、ルシカは頬を膨らませた。


「何よぉ、言いたいことがあるなら聞くわよ」


「ルシカは馬に乗れないだろう。落馬して首でも折られたら、それこそ大変なことに――。俺の馬で行くか? ルシカのひとりやふたり後ろに乗せても、半日でロスタフに着けるぞ」


「あたしがふたりもいたら大変だわ」


 ルシカが言い、うっかり「確かに」と応えたクルーガーは、少女の蹴りを軽くかわした。


 もうすっかりいつもの光景だった。ただ、そこに半ば呆れたような表情をしつつも、優しい表情で笑ってふたりを見ているテロンの姿がないだけで――。


「ありがとう。でも、クルーガーの馬だったら普通の馬が追いつけないわ。速度がすごいんだもん。それに――あたしの馬の問題はすでに対策済みです」


 何故か、エヘン、と胸を張るルシカだった。


「ほう」


「シャールさんの後ろに乗せてもらうことにしたの。魔法にも驚かない訓練を受けた馬で、あたしが方向を探りながらでも進むことができるんだって」


 元宮廷魔術師ダルメスの所有する馬だという。メルゾーンの実の父、シャールにとっては義理の父になる。


「それは名案だな」


「でしょう?」


 嬉しそうに微笑むルシカを見つめ、クルーガーも口の端を吊り上げて笑顔を作った。


「それに、一緒には行けないでしょう。クルーガーはラシエト聖王国との外交で出掛けるのよね?」


 クルーガーは頷いた。少し表情が硬くなる。


「いずれは、あたしとテロンでその任務は引き継ぐからね。おじいちゃんの姿がいま王宮にないのも、そっちのほうで動いているって陛下に聞いたから」


「ヴァンドーナ殿が?」


 それは初耳だった。の大魔導士は、王国のために動くときには決して表立って行動しない。


「表立っておじいちゃんが動いたら、それこそ大陸の他の独立国も猜疑さいぎ心に駆られて、もっともっとソサリアに警戒の目が向けられる。あたしはこの国の者だけど、おじいちゃんはあくまでも中立の立場にいなければならないの」


 あたしがこの王宮に居られるように配慮した代償みたいなものかな、とルシカはつぶやいた。ルシカの幸せがここにあると、祖父は知っているからだ。


「偉大なる大魔導士、この大陸最大の力の持ち主――か」


「魔導士、なんてが、たまに悲しくなることがあるわ」


 ルシカがオレンジ色の瞳を伏せて、前に垂れていた金の髪を背に払った。


「今回のラシエトとラムダークの件も、あたしのせいだと思う……大変な思いをさせることになってごめんね、クルーガー」


 クルーガーが動かなければならなくなったことに、ルシカは申し訳なく思っていた。


「ルシカのせいって訳じゃないだろ。気にするな。君に宮廷魔導士を任命したのは、この王宮のほうなんだから」


 クルーガーはルシカの肩を包むように大きな手を置いた。表情を沈めたままのルシカに向け、口を開きかける。だが、途中で口を閉ざし、次に開いたときにはわざと明るく芝居がかった声を張り上げた。


「行け、ルシカ。テロンのほうは君に任せた。弟を、必ず、無事に連れ帰ってくれよ」


 ルシカが顔を上げる。金の髪が跳ねるくらいに勢いよく頷き、次いで花がほころぶような笑顔で言った。


「うん、任せて! おにいちゃん!」


 ルシカは芝居を返すようにそう言ったのだが――。クルーガーの膝がガックリと折れたので、彼女は大きなオレンジ色の目をまんまるにして、キョトンと動きを止めてしまったのであった。




 

「ルシカ、判定はどうですか?」


 馬を操りながら、シャールは後ろにしがみついているルシカに向かって問うた。


 二頭の馬は、夜闇の中を疾走していた。杖に灯された魔法の光が周囲を明るく照らしている。荒野を行くならば、魔法の光は魔物たちの注意を引きつけるので危険だが、整備された街道を馬で進んでいるので速度が速く、問題はなかった。


「う、うん。ち、ちちちょっと速度を緩めてくれたららら……」


 何だか必死に発しているような言葉に、シャールが並足にまで馬の速度を落とした。テロンを捜すための魔法は簡略化してあるので、あまり揺れなければ不安定な馬上でも何とか使うことができるのだが……。


 ルシカは『万色の杖』を握りしめ、念を凝らす。そして、すぐに目を開いて報告した。


「――うん、方向は変わらず。このまま進んでください」


 頷いたシャールが、再び馬を走らせる。ルシカが慌てて目の前の細い腰にしがみついた。


「いちいち測定とか面倒だぞ。魔法ですぱっと距離がわからないのか、魔導士のくせに」


 メルゾーンが後方の馬上で声を発し――ルシカとシャールの視線にグッと続きの言葉を呑み込む。いつも言い合いをしているルシカの睨むような視線を受けるのはいいが、いつもと変わらない妻のにこやかな視線が一番怖かった。


「この先はロスタフですね、ルシカ。どうします?」


 ロスタフは大きな都市だ。大陸の北側では最大の港を有する。


 『竜の岬』の首の付け根にある都市なので、外海に面する交易の港、美しい内海が見渡せる有名な観光の名所、その二面を持つ。加えて、ロスタフはソサリア王国でも五本の指に入るほどの規模を誇っていた。人通りも半端なものではない。


「い、一度馬を降りなければ、ならない、で、ですね」


 ルシカは舌を噛まないように注意しながら、シャールの問いに答えた。


 見上げる空が、少しずつ明るくなってきている。まもなくルシカのオレンジ色の瞳のような太陽が、東の空に昇ってくるだろう。


 周囲の森が切れた。進行方向に、明け方でもなお消えぬ大都市の灯が無数にきらめいているのが視界に広がる。


「見えたぞ、ロスタフだ」


 メルゾーンが声をあげる。二頭の馬は街道を走り続けた。



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