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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【第七部】 《双つの都 編》
199/223

8章 織り成された虹 7-22

「これは、いったい……?」


 闘いの場を迂回してたどり着いた先で、トルテは眼前にある物体を呆然と見つめていた。


 重苦しい気配を感じる。吸い込んだ大気はひどく冷たく、視界の閉ざされた背後から伝わってくる凄まじい闘いの振動が背筋を震わせ、どきどきと鼓動が早まってくる。


 少女らしい胸の膨らみの内に生じた圧力の原因がなんであるのか、トルテには皆目見当がつかなかった。だが少なくとも、目の前にある球体に理由があるのは明白だ。


「まだわからないわ。でも、結晶の魔力マナの流れがこの球体を中心に構成されているみたいだから……。これがレヴィアタンにとって大事なものであることに間違いはなさそうだけれど」


 トルテのつぶやきを、問われたものと思ったのだろう、ルシカが肩ごしに振り返るようにして彼女に答えた。


 球体はいまだ結晶の内に包まれていたが、隣接している周囲の結晶には大きくひび割れている箇所がある。ルシカはその部分に触れて慎重に指先をすべらせ、小さな魔法陣を表面に描いた。


 パンッ、という破裂音と同時に結晶が剥がれ落ち、球体の一部が露出する。球体の表面には傷ひとつない。


 トルテは目を見張った。


 破壊や攻撃のための魔法は、力加減がとてつもなく難しい。例えば、魔法で金属を溶かし柱を断ち切ることは出来ても、美しい細工物や彫刻を作り出すことはできない。それと同じで必要な部分に必要な分だけの魔力を集め、望みどおりの事象を具現化することは、魔術師など常人には不可能に近いことなのだ。


 もし可能とするものが存在するならば、それは自身の意志の力によって魔導の技そのものを変容させ、膨大な知識と叡智によって万物の流れを視識みしることで魔力を操ることができる者、魔導士をおいて他にない。


 ただでさえ御しにくい魔力マナを目の前でかくも自在に操ってみせる母。トルテが見てきた限りずっとルシカは優れた魔導の遣い手であり先達せんだつであり、あこがれそのものであった。


 自分も成長すれば、年月を重ねれば、母のような熟練者になれる――漠然とそう思っていたトルテであったが、目の前の歳若い母はすでに手も届かぬほどの高みに存在しているように思えた。


 どうしてこの幻精界に居るのだろう。いったい何が……あったのだろう。


「あ、あの……」


 トルテがおずおずと声を掛けようとしたそのとき。球面に触れ、深く瞑目していたルシカが、ふいに顔をあげた。


「……ここに凄まじい魔力が集められた訳が、わかった気がするわ」


「え?」


 別のことを訊こうとしていたトルテは、ルシカの言葉の意味をすぐに理解することができなかった。ぱちぱちとまばたきをして、ようやく我に返る。そう、今はそれどころではない状況なのだ。トルテは素早く深呼吸をひとつして、なんとか気持ちを切り替えた。


「あ、えと……レヴィアタンがこの場所に魔力をとどめている原因が、その球体なのですか」


「あたしはそう思うわ。蓋をされてこの地下にとどめられた魔力が、この球体に注がれるようになっているの。これは……そっか、この物体は『卵』なのかもしれない。ほとんど生命の気配が感じられないけれど……」


「たま……ご? もしかして、レヴィアタンの卵だというのですか?」


 ルシカはもう一度、瞑目するように球体に額を寄せて目蓋を閉じ、内部を探ろうとしているように息をひそめた。ふた呼吸ほどで目を開き、トルテに向けて口を開いた。


「ええ。これはあたしの想像だけど……レヴィアタンはこの卵を孵化させようとして、魔力を集めて増幅させるための力場を造ったんじゃないかしら。『巣』みたいなものかな……あたしたちの常識では考えられないほど大きな規模だけれど」


「巣……?」


 トルテは目を見開いた。ここへ到達する直前、トルテ自身がリューナに向けて語ったことと同じだったからだ。


 脳裏に浮かぶのは、遥かな未来――実現せずに崩れ去ってしまった時代ではあったが、そこで古代龍が築いていた『夢幻の城』とその背後にあった巨大な結晶体が屹立していた、あの光景だ。色も形状も異なってはいるけれど、全体から受ける印象が古代龍の作っていた結晶体とよく似ている。


 彼女が考えを巡らせている間にも、ルシカの言葉は続いていた。


「そう考えた根拠はあるの。かつて始原世界にあふれるほど存在していた魔力マナは、様々な生物が爆発的に増えたとき、その濃さと量を大きく減じた――そんな仮説を唱えた生物考古学者の魔導士がいたのよ」


 ルシカはオレンジ色の瞳を狭めて遠くを見つめる眼差しになりながら、頭のなかの記憶を探るように説明を続けた。


「グローヴァー魔法王国中期に名を残したリフティアという魔導士の論文によれば、それまで繁栄していた大型の生物たちの存続が危ういものになったらしいわ。万物の源である魔力マナが減ったことで身体を保つことができなくなり、新しい生命の誕生すら叶わなくなった……伝説に残っている始原の生物たちが地上から消えてしまったことへの有力な仮説のひとつね」


 話すうちに、ルシカの声の調子は落ち着いたものに変わっていた。やはり母は、知的好奇心に衝かれているときには、他の雑多なことが見えなくなる傾向にあるようだ。それが原因でつまずいたり転んだり、道を間違えて迷子になったりすることもあるが、これは好影響のほうだろう。


「絶滅への道をたどることになった始原の生物たち……現生界ではその運命から逃れるすべはなかった。生命を維持することができなくなってたおれてしまったものがほとんどで、生き残ったものたちも永く深い眠りについた――そう書かれていたけれど」


「それであのレヴィアタンは、この幻精界にのがれてきたのでしょうか」


「きっとそうなんだわ。ここならもともと存在している魔力もあたしたちの現生界よりも遥かに多いし、時間的な滅びの概念とは無縁であるから。これだけ魔力を必要とするなら、現生界では存続が叶わなかったのも無理ないことなのかも知れない」


「それでこちらの世界に渡ってきたのでしょうか」


「そうね。でも……レヴィアタンは離れた場所で眠っていたとあたしたちは聞いていた。それが今になって眠りから覚めた理由がわからないわ」


「無理矢理、眠りから起こされてしまった可能性はありますか?」


「誰かが……あるいは何かが目的をもって、ということ?」


「はい。思い当たることはあるんです」


 トルテは、いつの間にかぎゅっと胸の前で握りしめていたこぶしを解き、背筋を伸ばして言葉を続けた。


「おか……ルシカさんなら知っていますよね。『封魔結晶ふうまけしょう』という品があることを。普通は幻獣や魔神を封じ、呼び出して意のままに操ることのできる魔道具マジックアイテムですけど、確かひいおじ……いえ、先々王の時代にあった戦争で使われたもののなかには、魔獣を封じ込めることのできる特殊なものもあったとか」


「あったらしいわね。戦時中の記録がほとんど焼かれてしまっていたから詳細なことまではわからないけれど、当時魔導士として生きていたあたしの祖父や祖母とは別の魔導士が作り出したものらしいの。それがもとで取り返しのつかない悲劇が起こって、ラシエト聖王国は今でも魔導そのものを憎んでいる。でも、そのことがどうして――」


 ルシカはそこまで言葉を続けたあと、はっと息を呑んだ。


「ここでその品が使われた可能性があるというのね」


 トルテは頷いた。やはり母の理解力と洞察力はさすがといえる。話が早い。


「この幻精界がこんなふうに変わってしまう前は、『光の都(トゥーリエ)』と『影の都(ランティエ)』が天と地を繋いだひとつの場所に存在していたそうです。その『双つの都』の中心にあったアウラセンタリアの地は厳重に監視されて維持されていたのだと、『影の都』の統治者のひとに聞きました」


「レヴィアタンは都から離れた場所で眠っていた……アウラセンタリアの地にもともと居た訳ではなかった。誰かがレヴィアタンを『封魔結晶』の中へ隠して運び込んだ――あなたはそう考えているのね」


「はい」


 トルテは、自分を見つめる真っ直ぐなオレンジ色の眼差しから視線を逸らさないよう瞳に力を籠め、言葉を続けた。


「護られていたはずのアウラセンタリアの地に、その特殊な『封魔結晶』を使ってレヴィアタンを持ち込んだひと――。ここまで来る前に、そのひとはあたしたちを狙って攻撃を仕掛けてきたんです」


 ルシカが驚いたように息を呑んだ。次いで表情を引きしめ、「ではまさか、この気配……」とつぶやきながら頭上を振り仰ぐ。


「そのひとは警備する側のひとみたいでしたけれど、都の体制に不満を募らせていたか、この世界そのものに恨みを持っていたのかも知れません。手にしていた武器が普通じゃなくて――」


 トルテがそこまで語ったとき、ドクンと心臓が鳴った。背後の高みから凄まじい敵意が自分たちに向けられていることに、今さらながらに気づく。


「……え?」


 振り返ろうとしたときにはすでに、視界のほとんどが黒の光に染め上げられていた。


 避けることもできぬほどの至近距離。バチバチと爆ぜる雷電が、襲い掛かってくる数百の毒蛇のようにせまる。時が歩みを狂わせ、黒い嵐の中心から突き出した矢の先端までもがはっきりと瞳に映った。


 死、そのものの気配。まごうことなき破壊の力――。トルテはせめて母を護ろうと両腕を広げ、その場に立ちはだかろうとした。


 そのときトルテの横を、ふわりと金色の髪がやわらかな風のようにすり抜けた。


 ルシカだ。トルテの前に踏み出した彼女は、素早く腕をほぼ真上へと突き出していた。一瞬で展開されたのは、煌めく『完全魔法防御パーフェクトバリア』の魔法陣。


 ズンッ!! 凄まじい衝撃が周囲を圧し、渦を巻いた。


 『黒雷矢』の攻撃を、魔法障壁が受け止めたのだ。残る禍々しい雷の断片は、同時に繰り出されていた『衝撃波』によって完全に吹き散らされている。


「ルシカ!」


 地響きを立てるレヴィアタンの首上から、テロンの声が発せられた。妻たちの危機を察した彼が『衝撃波』で援護したのだ。


「真の敵がいるわ! 『無の女神』ハーデロスの力を感じる。おそらくは矢そのものが鍵だわ!」


「ハーデロスだって!?」


 テロンの声音が変わった。


 いつも穏やかな父からは想像できなかったほどの激しい怒りが含まれているのを感じ、トルテは驚いて頭上を振り仰いだ。


「トルテ! 無事かッ?」


 どこからかリューナの声が聞こえた。周囲は砕けた破片や土煙のようなもやで視界が利かず、彼がどこに居るのかは見当もつかない。


「リューナ!」


「ちっくしょう、あいつが来たんだな!」


 リューナの声が苦々しげに吐き捨てる。彼の言葉が向けられた相手が誰なのか、トルテにとっては訊くまでもない。ラムダだ。


「この騒ぎを引き起こした当人が自ら御出座おでましという訳ね」


 ルシカがそう言って、油断のない表情で魔導の感覚を研ぎ澄ませていた。その瞳が向けられているのは、傍にそそり立っている結晶壁の上だ。


 彼女の視線の先にあるのは、黒い鎧に身を包んだ武人である。地上の五種族のどれにも属さない外観は人間族のものと似ているとはいえ、まるで魔人族か竜人族のように巨漢であり、浮かべている表情は凄まじく人離れしたものだ。


「邪神の導きか、運命とやらの悪戯いたずらか……。なぜ邪魔になりそうな者がこの場に集結しておるのだ。――ははぁん、なるほど」


 ラムダは『黒雷撃矢』を放った弓を下げ、ニヤリとわらってみせた。


「さては忌々(いまいま)しき『名無き神』の仕業とやらだな」


「――そちらの事情は知らないけれど」


 突然の襲撃者にもひるむことなく、ルシカが声を張りあげた。


「この地は在るべきかたちに戻させてもらうわ。阻止しようとするならば容赦はしない」


「武器もなくそのような大口を叩くか、おんな。何と笑止しょうしな……む?」


 反り返るようにして傲然ごうぜんと嗤いかけた黒鎧の男の顔が凍り付いた。目を見開き、眼下で叫んだ者の姿を凝視する。


「まさか生きて……!!」


 ラムダが叫んだ。分厚い唇がぶるぶると戦慄わななき、次いで噛み締められた歯がギリリときしんだ。焔のごとく燃え盛る瞳が、ルシカの姿を映して不気味なほどに輝きを増してゆく。だが、その表情はすぐに歪められた。


「いや、違う……よく似てはいるが別人か、クソッ! だがそんなことは瑣末なことに過ぎぬか。くはははっ。……それほどまでに似ているのだ。おまえの血と魔導を浴びることができれば、俺の復讐心もなだめられよう……!」


 成り行きに驚いたトルテは思わず母の顔を見た。だが、ルシカの表情は身に覚えがないことを語っていた。


 ラムダは大弓を構えた。禍々しい色に塗られた矢がつがえられている。弓本体の重量と強靭な弦をものともせず、ラムダはルシカの心臓にぴたりと狙いをつけた。


「過去の悪夢めが。――この世界とともに死にゆくがいいッ!」


「させん!」


 凄まじい音と衝撃が、遥か下の地面に立っていたトルテにまで伝わってきた。テロンがラムダを、構えていた弓ごと殴り飛ばしたのだ。


 凄まじい一撃を受け、大男が立っていた結晶壁の上部までもが割り砕かれていた。ばらばらと音を立て、離れた場所へ降り積もっている。


「妻には触れさせない。どのような因果があるのかは知らないが、どんなに似ていても別人なのだろう。彼女を狙うというならば……俺が相手だ」


 金色こんじきの輝きを全身に纏ったテロンが、殴ったときの拳を戻しながら結晶壁の上で背筋を伸ばし、静かな声音で男に告げる。けれどその瞳に宿っている強い光と言葉には、背筋の凍りつくような迫力があった。


「テロンとうさま……本気で怒ってる」


 壁上から結晶の床に降り立った父を見つめたまま、トルテは呆然とつぶやいた。けれどすぐに我に返り、離れた場所に倒れ伏したままのラムダに視線を向ける。


 ラムダは片肘をついて上体を引き起こし、顔を上げた。床下に渦巻いている恐るべき魔力の強い輝きに照らされ、不気味なほどに凄まじい形相になっている。


「ふ、クッ……ファハハハハハハッ! どいつもこいつも、クソ忌々しい!」


 黒鎧の男はトルテたちをめつけ、狂ったように哄笑した。


「苛々とさせられるぞ。破滅と消滅の仕上げを目前にして、これほどまでの邪魔が入るとは。『双つの都(ファントゥリア)』の守護の力(エランティス)が活きているのか、それとも『名無き神』の意思が干渉しているのか……」


 目をカッと見開いたまま髪を振り乱し、ブツブツとつぶやきはじめたラムダを、テロンとルシカが油断なく見つめている。相手の真意を測ろうとしているのだろう。


 トルテの隣には、剣を抜いたままのリューナが降り立った。レヴィアタンは結晶壁の向こうへと胴体を回し、狙いの定まらぬ目をして首を巡らせている。


「どういうことなのでしょう、リューナ」


「俺にだって、さっぱりわかんねぇ。あいつがそもそも何を思ってこんなことを仕出かしたのかすら理解できねぇんだぞ。トルテ、おまえやルシカさんに反応していた意味もわかんねぇし――」


 憎悪と憎しみに自らむさぼり食われているのか、或いは内なる責め苦に苛まれているのか。ラムダはゼイゼイと肩で息をしながら立ち上がった。墜落の衝撃でも手放さなかった黒い大弓を支えにして揺れかかる体を支え、凄まじい形相を彼らに向ける。


「……こうなればかたちなどどうでもよい。すべてが消え去るならばどうでもよいわ! 現生界の化け物よッ! 聞こえておろう、我が呼び掛けにこたえよ!」


 ラムダが野太い声を張りあげ、黒い鎧と手甲に包まれた腕先を宙高く持ち上げた。握られたこぶしの中で、星形をした漆黒の鉱石がギラリと光る。彼の背後で、巨大な影が撥ねるようにビクリと反応した。


 『巨大魔海蛇王レヴィアタン』だ。


「やはり『封魔結晶』……」


 トルテは声を震わせた。


「てことは、まさか」


 リューナの声も緊迫したように震えている。彼も魔導士であり、魔術学園の現園長であるメルゾーンの息子なのだ。『封魔結晶』と称される魔道具マジックアイテムが幻獣や魔獣を封じ込めておく他にどのような力を持つものなのかは、知識として充分に知っていた。


 テロンもルシカも、その魔道具の効果を理解していた。強化の魔導と『聖光気』を備え、すでに死闘に臨む覚悟を決めている。


「さあ、化け物よ。滅びのさだめから逃れてきた始原世界の死にぞこないよ……! おまえの卵を護るためだ、邪魔者どもを殲滅せよ。さあ、取り巻きどもを殺せッ!」


 レヴィアタンの瞳が燃え上がるように輝きを増した。


 トルテは息を呑んだ。


 レヴィアタンの瞳の奥に、はっきりと知性の光が見えていたことに気づいたのだ。最上級に位置する魔獣は、古代龍のように知性ある存在であることがほとんどだ。おそらく先ほどまでの猛攻は、『巣』を荒らしにきた侵入者を排除しようとしての行動だったのだろう。


 だがいまは、悪意ある相手に操られ、そそのかされてしまい、はっきりと敵になってしまった。トルテは思わず大声で叫んだ。


「いけない! 待って――あたしたちは敵じゃないわ!」


「トルテ!?」


 リューナの驚いた声があがる。


「あの子はたぶん、大事な卵を護ろうとしているだけなんです。あたしたちの敵じゃない。きっと、きっと話せばわかってくれるはずです!」


「けど、いまはあいつに操られているんだぞッ!」


「でも敵じゃないなら、傷つけたくありません。だってあの子に悪気はないんだもの!」


 傍らでも、父と母が驚いたようにこちらを振り返った気配があった。


 トルテは瞳に思いを込めて、両親を振り返った。いま目の前にいる彼らにとって、自分が娘だと認識されていないことはわかっている。けれど、無益な生命の奪い合いをしたくないという気持ちを理解して欲しかった。


 ふたりはトルテの瞳をじっと見つめ、トルテも視線を外さなかった。ふたりの顔を交互に見つめながら、もう一度口を開きかけた。


 それより早く、ルシカの唇が動いた。


「あなたの気持ち、わかるわ」


「トゥーリエの統治者たちも、レヴィアタンを倒す必要はないと言っていたからな。ならばリューナ、君の協力が必要だ」


「え、は、はい。――俺?」


 ルシカに続いて発せられたテロンの言葉に、リューナの素っ頓狂な声が応える。テロンはトルテに目を向けながら言葉を続けた。


「そうだ。先ほどの攻撃、あいつは俺たちではなく、はじめから君――トルテを狙っていた。不意打ちによって戦力を減じたいなら、俺たちであってもおかしくはない。あの遠距離から迷うことなく君に狙いを定めていたのには、何か理由があるはずだ」


「おそらくは、あの弓と矢に。攻撃力だけではなく別の役目を持っているのよ。次にあたしに狙いをつけようとしていたから、魔導士であればいいのかしら……。あたしが魔導士だと思い込んだことに、複雑な背景がありそうだけれど」


「別の誰かと間違えていた……ということか。ルシカ、まさかまた、あの時と同じように――」


「かなりの年月を経てまでも間違われてしまうなんて、ひとつしか心当たりがないけれど……。それについての追求はこの際、後回しにするしかないようね」


 ルシカはオレンジ色の瞳を煌めかせ、何かをふっきったように強い意志を思わせる表情で敵に向き直った。その前に、彼女を護るようにテロンが進み出る。


「俺が奴らの――レヴィアタンの攻撃を惹きつける。リューナ、君はあの男の持っている武器を狙ってくれ。奴が狙いをつける隙を与えぬよう、攻撃を仕掛けて欲しい」


「あたしたちには、あたしたちの役目があるわ」


 ルシカの言葉に、トルテは頷いた。目を合わせたリューナが、彼女の不安や懸念を払拭しようとして、ニッと不敵そうな笑みを浮かべてみせる。トルテには、その心遣いがたまらなく嬉しかった。


 トルテは目を閉じ、開いた。母と同じ強い輝きが瞳に宿っていることを願いながら、諸悪の根源に決然とした視線を向ける。


 ラムダは始原の生き物たるレヴィアタンを従え、再び結晶壁の高い位置に立ち戻っていた。手のなかの鉱石――『封魔結晶』が、地面下に渦巻く魔力マナの輝きにも負けないほどに強く輝いている。



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