7章 護るべきもの 7-21
まるで青と赤に染められた無限回廊を突き進んでいるかのようだ。この世界に転移してから現実感とは無縁だったが、さらに目を疑わんばかりの光景がテロンの目に次々と飛び込んでくる。
切り立った壁面は大陸中央フェンリル山脈の北壁ソルナーンもかくやと思わせるほどに堂々と屹立し、深い峡谷のような箇所もあれば、重畳たる結晶壁の連なりを見渡せる場所もあった。
テロンは腕のなかに抱きかかえたルシカの導きに従い、奥へ奥へと向かって駆け続けていた。どこか深い場所から轟き渡ってくる大滝か、炎が激しく燃え盛っているかのような音が常に大地を揺るがし、足をつけて進むしかない者たちをひどく不安にさせる。
「信じられねぇ光景だぜ。まるで結晶の標本のなかに、自分が小さくなって紛れ込んじまったみたいだ」
彼らと並んで走りながら、リューナという名の青年が感想を述べた。確かに、鉱石サンプルを集めて作った箱庭にでも放り込まれたかのような印象だ。
彼は背に連れである幼女を背負い、トルテという名の少女の手をひいている。息も乱さず駆けるその体力と健脚、息の継ぎ方と筋力の確かさ、何より身に纏う気配が、闘いに慣れた者であることを雄弁に語っている。
何者なのか。どこまで信用できる者なのか。
テロンは慎重な性分だ。今はルシカの魔力も気力も、体力すらも、生命そのものが危険なほどに消耗された状態である。無益な争いをする余裕はない。だが、彼ら自身が語ったように敵ではなく味方ならば、頼もしい戦力になってくれるのならば――。
「テロン」
呼びかけられた彼はハッと我に返り、腕のなかのルシカと眼を合わせた。
懸念がまたしても顔に出てしまったのだろうか。いや、妻である彼女は、パートナーである彼の想いをどんなときでも正しく見通してくれているのだろう。
ルシカは口もとだけを微笑ませ、真剣な瞳で真っ直ぐにテロンを見上げたまま、しっかりと頷いてみせた。
彼らのことを心配する必要はない、ということか。そう理解したテロンは同じように頷きを返し、また視線を前に戻して走り続けた。今は彼らのことを信じて、目の前の脅威を取り除くことに専念すればいい――言葉はなくとも、ルシカがそう言っているのだと理解する。
「地中の魔力を一気に開放しても、だいじょうぶでしょうか?」
青年に手を引かれている少女が、首だけをこちらに向けて訊いてきた。少し息を乱しているが、まだまだ余裕がありそうだ。細く小柄な見掛けよりずいぶんと元気があるらしい。丁寧だがはっきりとした物言いと、少々緩慢ではあるが優雅ともいえる所作には、隠しようのない育ちの良さが現れている。
何より目を惹くオレンジ色の大きな瞳は、何故か出逢ったときから幾度となくテロンたちにちらちらと向けられていた。ずいぶんと心配そうな顔をしているのが気になるが……。魔導士であるということもあるのだろうか、ルシカに雰囲気がとてもよく似ている気がする。
少女の問いには、ルシカが答えた。
「堰き止められた大量の水だって、少しずつ放流してやれば洪水という破壊の力になることはないわ。それと同じで、渦巻いている魔力そのものを魔導と意志の力で支配し、少しずつ開放するように幻精界の各所に向けて送り出してやればいいと思うの」
「はい」
トルテの素直な返事に、リューナの切羽詰まったような大声が被さった。
「なッ! そんな簡単にいくとは思えねぇ……思えません! 俺にだって、この下にすっげぇ膨大な魔力の渦が溜まっているのを感じるんだ。いくら宮廷魔導士とはいっても、無茶苦茶ですよ! それでもしあなたやトルテに何かあったら――」
「簡単ではないわ。でも果たさなければ、この世界が終わってしまう」
青年の懸念を、ルシカ自身が遮った。事実だけを述べるときのような静かな声で、淡々と言葉を続ける。
「魔力のコントロールはあたしがするわ。この下に溜まった膨大な魔力を開放すれば、爆発的な勢いになる。純粋な魔力そのもので構成されている世界は崩れ去り、幻獣たちは死を免れない。幻精界だけではないわ。あたしたちの現生界までもが壊滅的な影響を被るでしょう。でも、そうはさせない」
最後の言葉の強さは、言い募ろうとしたリューナが息を呑んでしまうほどであった。
その想いの強さと覚悟の理由を、テロンは知っている。彼女は生まれたばかりの娘がこれから歩んでいく世界を何としても守り抜くつもりなのだ。
「ひとりでは危険です! 魔力のコントロールでしたら、あたしも一緒に――」
トルテが駆け走りながらも、つんのめるように悲痛な声を発したときだ。
ズズズズズズ……! かなり離れた場所から、不安を駆り立てるような衝撃と地響きが伝わってきた。レヴィアタンが『月狼王』を相手に暴れているのだろう。結晶丘のひとつが崩れ去ったのかもしれない。
スマイリーと呼ばれた『月狼王』は、ここから離れた場所を逃げ回りながらレヴィアタンの関心を惹きつけているとのことだ。けれど、いつまでもつのか。始原の魔獣と少女たちの友である幻獣の体格差は、比べ物にならないほど歴然としていた。獣が羽虫を追いかけているようなものだ。
「……スマイリー」
祈るように案ずるように、トルテがつぶやく。
「見えたわ、あそこよ!」
腕を伸ばし、ルシカが叫んだ。彼女の指が指し示していたのは、まるで記念碑か何かのように真っ直ぐにそそり立った結晶の塔であった。真っ赤な輝きが下から燦然と空間を染めあげ、周囲の影を完全に奪い去っている。
結晶塔の周囲は、『千年王宮』の半分が入ってしまいそうなほどの広さがあった。
その広場に踏み込んで足元を見ると、下から照らされる光のあまりの強さに結晶本来の色が失せ、不気味なほどに強烈な真紅の光ばかりが透かし見えていた。まるで煮えたぎる溶岩の火口の真上に立っているかのような錯覚に陥ってしまう。
下は巨大な地下空洞になっているらしい。そこに渦巻いている魔力の膨大さに圧倒され、魔導士たちは息を呑んで硬直した。
魔導に疎いテロンにも、常軌を逸した量のエネルギーが大地の下に封じ込められているのが理解できた。背筋を冷たいものが駆け抜ける。今にも足元が爆ぜ割れて爆発し、噴き上がってきた光の奔流に呑み込まれてしまいそうだ……思わずテロンは腕の中のルシカを見つめた。
これほどまでに破滅的な状況に、ルシカが挑むというのか? ルシカは神ではない、魔導士である以外は皆と同じ人間だというのに?
扱う魔力の限界を超えることは速やかな身の破滅に直結する――死という名の。
「……ルシカ……」
渦巻いている魔力の状況を確かめていたルシカが、テロンの視線に気づいた。夫の頬に手を添え、「信じていて」と囁きながらにっこり微笑む。この上もなく優しい笑顔だった。
リューナの背から降ろされた幼女は、水宝玉色の瞳に赤く煮えたぎる魔力を映し、ぞっとしたように腕をさすりながら足元を覗き込んだ。
「すごい……見てるだけで、溶けちゃいそう……」
リューナはかがみこみ、ナルニエと目の高さを合わせて小さな頭をぐりぐりと撫でた。幼女の不安そうな瞳に、ニッと笑って口を開く。
「ナル、ここからは俺たちがやる。どっか分厚い結晶の壁の背後にでも隠れていろ。――おい、ピュイ!」
リューナは後方からようやく追いついてきた子龍に幼女を託した。
「いいかピュイ。なんかあったら声をあげて俺たちに聞こえるくらいの位置にいろ。安全に隠れているんだぞ。もし地面が割れたり抜けるようなことがあったら、ナルを抱えて空中に飛んでやってくれ。それくらいはできるだろ」
当たり前だ、とでも言うように子龍は反り返るようにして胸を張った。トン、と自らの腹を叩いてみせる。「叩くならそこじゃないだろ」とすかさずリューナがツッコミを入れ、トルテがくすりと微笑んだ。
テロンはその光景を見てルシカと目を合わせ、頷きあった。確かに彼らなら大丈夫だろう。自分たちは為すべきことを完遂するまでだ。テロンは刹那、思いを込めて妻を抱きしめた。
「無理はするな、ルシカ」
「テロン、あなたも」
ルシカはテロンの腕から結晶の地面に降り立った。深く瞑目する。魔導行使のため、精神集中を始めたのだ。
その様子に気づいたトルテとリューナも彼女に倣って並び立ち、意識を集中させる。
テロンは二歩だけ後方へ下がり、魔導士たちの様子を見守った。
「まずは目の前の結晶を破壊するわ。結晶はかなりの厚さだから、すぐには壊れない。連続で破壊の魔導をぶつけましょう。亀裂を生じて弱くなった部分を探りながら、そこへ攻撃を集中させていきます」
ルシカの凛とした声が響き渡る。
「魔力の渦が露出したら、あたしが制御を開始するわ。その時にはふたりに塔への攻撃を任せます。いつレヴィアタンが戻ってくるかわからない。さあ、一気にいきましょう!」
それぞれが腕を振り上げ、虚空へと滑らせる。ルシカは片足を軸に細やかな体を回し、両の腕で次々と魔法陣を描き出していった。
リューナとトルテが感嘆の表情で目を見張るように彼女の動きを追ったが、すぐに自分たちの魔法に集中を戻した。
トルテという少女の描き出した魔法陣は、ルシカの魔導の技を見慣れているテロンにも見覚えのあるものではなかった。虹色の魔導の光が描き出したのは、まるで魔法陣が幾重にも重ねられたかのように複雑で立体的な光の紋様――。
次の瞬間、テロンは具現化された魔導士たちの魔法に驚嘆した。
「なんという光景だ……!」
まるで低い位置で数十の花火が咲き開いたかのごとく豪華絢爛な光の紋様、そして耳を聾するほどの凄まじい轟音。呼吸もままならぬほどの大気の歪み。
類稀なる魔導の技による、魔法陣の複数同時展開だ。
現生界ではもはや数えるほどしか存在していない魔導士――味方についたならば大いなる天恵をもたらし、敵対行動は天の災厄ともいわれる古代魔法王国の力の継承者たち。ルシカという宮廷魔導士を手に入れたソサリア王国に、他国が穏やかならざる警戒の眼差しを向けるのも無理はない。そう再認識させられるほどの凄まじい光景が、テロンの眼前で展開されている。
彼女らの周囲を渦巻くように駆け上がった色のついた風の勢いに押されながらも、テロンは脚に力を籠めて踏みとどまった。
ドンドンドンドンッ! 複雑な紋様を織り成す光輪が幾つも、結晶塔の周囲に展開されてゆく。ルシカの『衝撃光』が次々と結晶の側面を穿ち、穴をあける。リューナの『真空嵐』が表面を切り裂いた場所へ、トルテの複合魔導が炸裂した。
巨大な結晶の塔が少しずつ、確実に割り砕かれてゆく。テロンもひびの生じた箇所を狙った『聖光弾』を撃ち、魔導士たちの破砕を援護する。
唐突に、塔全体が激しく揺れはじめた。
分厚い結晶の床壁に阻まれていた魔力の渦が新たな出口を求めて暴れまわり、弱くなった部分に圧力を掛けているのだ。塔が振動したことで、ついに周囲の床全体にまで微細な亀裂が入りはじめた。
「もうすぐ砕けるか」
「いえ、まだよ。結晶そのものを繋ぎとめている力があるわ。この場所全体を強固に保っている力――生き物の体を駆け巡っている魔力の流れにも似ている」
テロンの言葉に、ルシカの声が応える。周囲はシュウシュウと噴き上がる蒸気のような煙に覆われ、かなり見通しが悪くなっていた。
ばふっ! という強烈な魔導の風とともにルシカの姿が視界に戻る。彼女は魔導を行使しながら、結晶の床や屹立している結晶の壁に視線を走らせていた。
「どういう意味なんだ、ルシカ」
「この結晶そのものが、レヴィアタンの『巣』なのかも。始原の生き物の生態には今も謎だらけだもの。それにしても信じられない規模だけど、体内から吐き出した何らかの物質が結晶となってこの地を覆い尽くしているみたい」
厳しい面持ちのまま、ルシカが一気に語った。ふと彼女は魔導行使の腕を止め、白い光が無数に踊るオレンジ色の目を細めた。
「あれは……何かしら?」
僅かに語尾の震えた言葉とともに、ルシカのほっそりした腕が上がる。魔導行使のためではない。何かを指差しているのだ。
テロンはルシカの傍に駆け寄り、その視線を追った。
「見える? テロン。塔の内部の低いところ、下からの強い光や屈折でうまく見通せないけれど……ほら、あそこに灰色っぽい丸いものがあるの」
目をすがめるようにして瞳を凝らし、見当をつけて焦点を合わせてみると、テロンにもそれが見えた。ひと抱えもありそうな大きさの奇妙な影だ。下からの強烈な光にも透けぬほど分厚い殻に覆われた石のようなものが、結晶の内部深くに守られている。
「なるほど……確かに何かが埋まっている。ただの石という感じではないな」
「ええ……。あえてこの場所に安置し、大切に包み隠していたみたいな印象を受けるのが気になるわ」
「危険なものか」
テロンの問いに、ルシカはすぐに反応しなかった。正体を見極めようとして魔導の瞳による観察に精神を集中させているのだろう、上体が前のめりになっている。
やわらかな金の髪が揺れ、魔導の力が空間を揺るがせる風になびいて肩を流れた。隣に並び立つふたりの魔法による破砕が続いているからだ。
「……待って! ふたりとも攻撃を止めて。何かがおかしい!」
ルシカは謎の影から目を離さぬまま、続けて魔導を行使しようとしていたリューナとトルテを制した。テロンを振り返る。
「あれを破壊することで、取り返しのつかないことになりそうな気がする。あたしが直接確かめてくるわ」
「なぁ、どうしたってんだよ! 全部まるごとぶっ壊したらいいんじゃないのか?」
魔導士の青年が焦れたように声を荒げる。魔導の技を行使しようとして再び腕を振り上げた彼の腕に、トルテが慌てて飛びつく。
「待って、リューナ! あたしも感じるの。胸がドキドキして……とても嫌な予感がするんです」
リューナはトルテの言葉に動きを止めた。「いったいなんだって――」と青年が言いかけたとき、テロンは凄まじい勢いで迫ってくる気配に気づいた。ぞわりとする首筋の感覚とともに、声を張り上げる。
「皆、来るぞッ!」
テロンの声に素早く反応したのはルシカだ。仲間たちへ向けた援護魔法を瞬時に行使する。
地面が激しく上下した。亀裂が大地の深くにまで延びる。援護魔法の輝きが彼ら四人の体を包み込んだとき、凄まじい烈風が頭上から叩きつけられた。彼らの周囲に立ち込めていた煙が一瞬で吹き払われる。
「避けろ!」
叫ぶと同時にテロンはルシカの体を抱き寄せて地を蹴り、リューナがトルテをかっさらって跳躍する。
次の瞬間、今まで一行が立っていた場所に凄まじい質量が雪崩れ落ちた。
「うわッ!」
「きゃあぁッ!」
目まぐるしく変わる視界の外から、テロンの耳にリューナとトルテの悲鳴が聞こえた。離れた場所にふたりの無事な気配を感じ、ホッと安堵する。下敷きになることは免れたようだ。だが安心してはいられなかった。
シャアァァァァァッ……!
凄まじい敵意を熾火のように揺らめかせたレヴィアタンの巨大な眼球がそこにあった。
「戻ってきたか!」
テロンはルシカを離れた位置に降ろし、全身に巡る『気』に喝を入れた。『聖光気』の輝きで身を覆い尽くし、拳を、脚を、金色の闘気で鎧う。
ルシカの魔導の技により、自身の体躯がより強靭なものとなって躍動しているのを感じる。感覚が研ぎ澄まされ、周囲の様々な気配が彼を取り巻いた。
背後で成り行きを見守りながら精神を集中させて次の魔法行使のタイミングを図りつつ、結晶塔へ近づくための隙を見極めようとしている彼女の息遣いを感じる。
割って入った巨躯の向こうに感じたのは、闘いに挑もうとする青年の気迫だ。
眼前に横たわっている、凄まじく長大な大蛇の体躯と竜めいた頭部の威容さと醜悪さ。魔導士たちに向けられていた憎悪が、今『聖光気』を纏ったことで油断ならざる敵となった自分にも向けられたこと――。それら全てが手に取るようにわかる。
こうなっては仕方ない――己の拳と技で始原の存在を阻止するまでだ。
テロンは腕に力を籠め、腰を僅かに落とした。おのれ自身を鼓舞するように、仲間たちに聞こえるように声を張りあげる。
「ゆくぞ!」
テロンは燦然と輝き渡る結晶の床を蹴り、恐るべき相手へ向け突っ込んでいった。
「トルテ、もう少し後ろへ下がってろ!」
リューナは前に視線を向けたまま、背後に立っているだろう幼なじみに向けて叫んだ。
レヴィアタンを引き回していたはずのスマイリーの姿がないのが気にかかるが、まずは注意を自分に惹きつけ、魔導士のルシカとトルテから引き離さなければならない。塔の内部にあった影の正体はさっぱり見当がつかなかったが、ふたりならきっとなんとかしてくれるという確信があった。
「適材適所ってやつだぜ……!」
リューナはいつも通り、魔術の詠唱によって自分に『倍速』と『倍力』の魔法を行使した。魔導の技を扱うようになってからも、このふたつの魔法だけは魔術によって効果を得ている。こればっかりはこれから先も変わらないだろうと思う。
「リューナ、気をつけてください!」
眼前にいるのは、頭部だけで小山ほどもある大蛇だ。現生界にいたとは信じられないほどに巨大な体躯と、凄まじく濃い氷属性の魔力が感じられる喉奥、塔を支える柱ほどもある鋭く長い牙。あえてトルテに言われなくても、目の前の敵は間違いなく死闘を避けられない相手だ。
「不足はねえぜ!」
構えた剣をひるがえすようにして跳躍し、巨大な頭部に斬りかかる。
「でゃあぁぁぁッ!」
ガヅン! 身の丈ほどもある爬虫類めいた鱗がリューナの一撃を受けて傷を生じた。だが、かすり傷ほどの攻撃にしかなっていない。始原世界を生きていた『巨大魔海蛇王』は、全身を一度に視界に納めることができないほどに凄まじい大きさを誇る相手なのだ。
「クソッ! どうすりゃいいってんだッ」
思わずリューナが吐き捨てたとき、眼前で光が炸裂した。ズドン! と腹の底を突き上げるような大気の激震と同時に、レヴィアタンの巨躯がズシリと揺れる。リューナは呆然と目を見張った。
黄金に輝く肉体を武器に突っ込んだテロンが、始原の生き物とされるレヴィアタンの体躯を真正面から殴ったのだ。
太陽の強烈な光にも勝る輝きを纏った両のこぶしが立て続けに鋭く突き出されると、魔導の技である『破壊炎』に勝るとも劣らぬ熱を生じ、魔獣の顎の下にふたつの爆風となって炸裂した。
『炎龍牙突拳』――トルテの父の得意とする体術の技の名のひとつがリューナの脳裏を掠める。千の車輪が一斉に軋むかのような凄まじい悲鳴をあげ、レヴィアタンが大きく仰け反った。
リューナがひそかに憧れを抱き、心底惚れている相手の父であるだけにいつかは越えてみせねばならぬと自身の心に課した壁。大陸中でその名を知らぬものがいないほどの闘いの力と心の強さの持ち主。
「くっそおおおぉぉぉぉッ! 負けてらんねぇッ!!」
技を繰り出したテロンが体勢を整えるために拳を引いたタイミングで、リューナは再び攻撃に出た。『真空嵐』の魔導の技をのせた剣を、渾身の力で叩きこむ。
剣とおのれの周囲に展開された魔法陣。逆巻く烈風と魔導の刃の渦ごと、眼前の敵に叩きつける。
鱗や硬質の皮膚がバリバリと裂けるように大量に切り裂かれて剥がれ落ち、粘りのある紫の色彩がバッと周囲に散った。物理より魔法攻撃のほうが有利ということか――リューナは剣に次の付与魔法を行使した。
テロンが再び拳を、蹴りを叩き込む。攻撃の合間に地に降り立つ彼と入れ替わるように、リューナは魔導の剣で斬りかかった。
はじめはレヴィアタンの尾や牙の攻撃を避けつつ、ただ攻撃を交互に繰り出していたリューナとテロンだったが、やがて互いの動きに感覚が馴染んできた。片方がレヴィアタンの攻撃を惹きつけ、待機していたほうが攻撃を仕掛ける。
ジャアァァッ、ジャアァァッ!!
長大な尾を打ち振るえば隙のできた胴を切り裂かれ、巨大な顎とともに牙を振り下ろせば待ち受けていた拳に頭部の骨を割り砕かれる。ひとつひとつはレヴィアタンの大きさからは微細な傷であったかもしれなかったが、十も二十も重なればさすがに生命力をじりじりと削り取られてゆくに充分な攻撃であった。
トルテの気配を探ると、彼女の傍にルシカの気配があるのを感じ、リューナはホッと安堵の息をついた。彼らがレヴィアタンの注意を引きつけている隙に、無事ふたりは結晶塔へと移動を果たしていた。




