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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【第七部】 《双つの都 編》
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5章 暗躍する影 7-14

 悪夢のなかで、ぐるぐると果てしなく続く階段を登っていたことがある。どんなに必死で駆け上がろうとも、どこにもたどり着くことはないのだ。


 いまの状況もそれによく似てはいた。だが、決して同じではないものがある。離れぬようにぎゅっと握ったトルテの手の温もり、そして背負っているナルニエの重みだ。そして――。


「あいつ、追ってきたか?」


 敵の位置を把握しようと下へ向けて研ぎ澄ませたリューナの感覚が、尋常ならざる殺気を感じて警鐘を鳴らしている。だが、立ち止まって下を覗き自分の目で確かめるほどの余裕はなかった。


 全力で駆け上りつつも階段と通路の繋がりを見極めようと視線を上へ彷徨わせているのは、出口を求めてきざはしの行き着く先を見極めるためだ。いまの足場がどの通路へ繋がっていくのか、その先に続く階段はどこまで上っていけるのか――思考時間なしの盤上遊戯ボードゲームに挑んでいるときのように思考が疲弊し、他のことにまで気を配る余裕がなくなりつつあった。


「ちっきしょう。俺は考えるのがニガテだってのに!」


 口のなかで愚痴めいたつぶやきを吐きながらも、リューナは忙しく眼球を動かしながら空中迷宮の繋がりに挑み続ける。


「たぶん、追ってきたんじゃないかな……」


 先ほどのリューナの問いに対する答えだろう。リューナの耳に、すぐ傍で発せられた幼女の不安そうな声が届く。


「さっき出てきた通路がちらっと一番下に見えたけど……床も壁もぜんぶ気味悪いぐらい真っ黒だった」


 リューナが切り拓いた隙間は、あの大男には狭すぎて通り抜けることも叶わぬだろう。狭い通路で恐るべき武器をぶっぱなす奴なのだ。半端に壊された腹立たしい扉など、木っ端微塵に吹き飛ばしてくるに違いない。


「にしても、見張りも監視もいないのはありがたいな」


「ラッキーだね、お兄ちゃん。こんな細いところで戦ったら……まっさかさまに落っこちちゃうもん」


「まったくだぜ。こんな面倒なところ、さっさとおさらばしたいとこなんだけどな。感覚でいうと、そろそろ地上に出てもおかしくねぇくらい登ってきたとは思うんだけど――」


 この都の統治者ラウミエールは、空間を飛び越えて通路を開き、囚われていたナルニエのもとまで導いてくれた。けれど、そこまで到る道筋をすっ飛ばしたために、今いる場所が王宮のどの辺りなのかさっぱり見当がつかなくなってしまったのだ。加えて、無数の階段と渡り廊下をでたらめに積み上げていったかのように複雑な構造をした、この迷宮めいた通路の存在だ。


 正直、どこまで上れば地上階なのか、果たして外まで繋がっているのかという確信さえなかった。だが、リューナが弱音を吐くわけにはいかない。


「だいじょうぶだ、なんとかなる」


 リューナの内心の焦りに気づいていたのだろうか、トルテが元気づけるように明るい声を響かせた。


「ナルちゃんのいた場所からこの階段迷路までずっと、通路は一本だったんです。先ほどの兵たちもあそこまで降りているんでしょうから、別の場所へ出る道はきっとあるはずですわ」


 いつものごとく緊張からはずれたようにマイペースな彼女の言葉だが、声の調子には疲労の兆しがあった。まるで魔導の技を行使し続けているときのように。


 そのことに気づいたリューナは足を緩め、体を捻るようにして肩越しにトルテを振り返った。視線が合った彼女の大きなオレンジ色の瞳のなかに、無数の星のような白い煌めきが宿っている。リューナに引かれているほうではない彼女の手の指先は、小さな輪でも描くような一連の動きを繰り返していた。


「トルテ、まさか――魔法のトラップでも仕掛けられているのか?」


 リューナの言葉に、トルテは素直にコクンと頷きを返した。


「通路も階段も、ここは全てが危険です。あちこちに、発動すればただでは済みそうもない魔法陣が設置されているんです。それが見張りの兵がいない理由だと思います」


 リューナに手を引かれて走りながら、トルテが足もとの模様を視線で示した。通路や階段のどこもかしこも、不気味にのたくった線が絡み合ったように複雑な紋様が刻まれていて、ぼんやりと燐光めいた光を発している。そのおかげで、ここでは『光球ライトボール』を灯していなくても走り続けることができていたのだが――。


「装飾かなんかじゃなくて、まさかこれ全部が?」


 いつになく真剣なトルテの表情に不安を感じたリューナが訊ねると、魔導士である彼女からぞっとするような答えが返ってきた。


「はい。これらの紋様すべてが、トラップとして発動する魔法陣なんです。意識喪失のものから氷や闇の属性魔法を封印したもの、意識を破滅へ導く狂気の精霊を召喚するもの――いろいろあるみたいです。魔導によるものではなくて、あたしたちの王宮の守護魔法みたいに、優れた設計技術で組み上げられたものみたい」


「げッ。この模様が全部そうだってのか!」


 リューナは思わず駆け走っていたスピードを緩め、今まさに踏まんとしていた紋様を避けた。通路の端に寄ればなんとか踏まずに通過できるが、幅広く描かれている大規模なものがほとんどだ。とてもではないが、全てを完璧に避けて通るのは難しい。かなりの歩幅がない限りは。


「今の今までしっかりがっつり踏んできたような気がするんだけど……」


「だいじょうぶです。全て通り過ぎる直前に解除していますから。ただ――」


 眉を寄せたトルテの視線が、リューナが走っている通路の先へと向けられた。言葉が途切れ、彼女の目が見開かれる。


「リューナ、前を!」


 彼女の視線を追って前へ向き直ったリューナは、慌てて急制動をかけた。勢いのついていた足が虚空へと踏み出しかけ、体勢が崩れる。空中に身投げしてしまうところを、無理に仰け反るようにしてなんとかこらえる。


「あ、危ねぇ……」


 目の前の通路はすっぱりと断ち切れたかのごとくなくなっていた。その先に跳びうつることのできそうな足場はない。首を突き出すようにして下を覗き込むと、あまりの高さにぞっと首筋に不快な感覚が奔ってしまう。


「うぁ……くそッ。こっちじゃなくてさっきの通路だったか」


 しばらく遺跡探索に出かけていなかったせいもあってか、冒険の勘が鈍ってしまったのかもしれなかった。深呼吸をして半ば目を閉じ、たどってきた道筋を頭のなかに描き出す。複雑に絡んだ探求の糸をもう一度慎重に繋ぎ直してみる。


 先ほど下っているかにみえた通路が、正解だった可能性が高い。


「仕方ない、戻ろう」


「はい」


 立ち止まったときトルテはすでに肩で息をしていたが、素直にリューナに従った。


 戻りはじめたとき、ようやく追いついてきたピュイが状況を理解し、恨めしげな声とともに熱い息をひとつ吐いた。みな疲れはじめている。リューナは思わず上を見上げた。


 まだまだここより上には、果てがあるのかもわからないほどに、階段と通路でできた悪夢のような立体交差が延々と続いている。恐ろしく巨大な円筒の塔の内部を、児戯じみた立体迷路に仕立て上げたように。


「どっかの遺跡みたいな無限ループとかじゃないといいけどな。魔法が張られてる確信が持てりゃ、壁を壊しまくって穴を開けて――」


「リューナ!」


 トルテの悲鳴のような叫び声と同時に、リューナの視界が黒一色に染まった。次の瞬間、鼓膜を殴られたかのような衝撃とともに聴覚が吹き飛ぶ。無音のなか、凄まじい爆風を受けた体が空中に撥ね上げられる。


「クッ!」


 リューナは咄嗟に、トルテの体を片手で引き寄せ、首元で繋がれていたナルニエの手をもう一方の手で掴んだ。回転する視界のなかで急速に迫る壁面に気づき、必死で体勢を変えて足を向ける。


 壁に叩きつけられた一瞬後、衝撃の奔流が彼らを呑み込んだ。





 派手に降ってくる大量の瓦礫に顔をしかめ、ラムダは真上へ向け構えていた大弓を床に下ろした。重量のある突起に敷石が大きく穿たれたが、どうせ降り積もっていく瓦礫にまぎれて目立ちはしない。


 本来ならば、ここまであちこち破壊してしまったあとは統治者への報告が面倒だったのだが、もうそのような遣り取りをすることもない。この王宮が徹底的に破壊されようとも、崩れたところで何人下敷きになろうとも、もはや彼の与り知らぬことであった。


 統治者に仕えていた茶番も、護る側としての責任者の仮面も、もはや過去のもの。


「とうに始まっていたのだ。いや……終わっていたというべきか。全ては()()に目をつけられたときから、すでに命運尽きていたも同然だったのだ。我が身が実体を持ったのも、あの古代生物が紛れ込んできたのも、幾重にも用意されていた道筋のひとつひとつに過ぎぬとはいえ」


 降り注いでくる瓦礫を腕で乱暴に振り払いながら、金属鎧に身を包んだ男は声に出して吐き捨てた。自分の治めている領域に起こったこと全てを把握している統治者ラウミエールだろうが、今さら何を聞かれようと気にすることではないのだ――ラムダは荒々しく頭を振り、壮絶な笑みを浮かべた。


「すでに奴は気づいているだろうがな」


 だがそれでも、我に新たな力を与えている別次元の存在には気づくまい……最期の最期までな。後半部分のつぶやきは、さすがに声には出さなかった。


 現生界と深く係わることで実体を持つことになった幻精界の住人たちは、属していた領域の統治者のくびきから完全に解き放たれる。各々が独立した意思を持ち、独立した欲望を持つに至るのだ。


 たいていは、次元を越えて繋がれた絆を受け入れ、自然に変化を受け入れていく順序だろうが、彼の場合は違っていた。


 幻精界や現生界をも超越した世界に棲まう大いなる意思によって翻弄された、彼の数奇な運命。そのきっかけをもたらしたのは統治者どもであり、決定的な戦乱の渦に巻き込んでくれたのは人間たちであった。


「滅びるがいい、跡形も残さず。『無』にし消失するがいい、この呪われた我が身とともに。盛大な花火は、さぞかし素晴らしい見ものだろうぞ」


 ラムダは凄絶な笑みを浮かべ、漆黒の鎧の肩を震わせてさざめくような声を発した。頭上を振り仰ぎ、彼の最後の戦いの烽火のろしとなる獲物たちが落下してくるのを待ちながら。


 だが、目当てのものはなかなか落ちてこない。


「フン、どこぞに引っ掛かりでもしたか」


 下げた大弓の代わりに構えていた鉤爪のごとき妖しげな剣を腰に留め戻し、もう一度頭上に視線を向ける。ラムダは眉間に皺を刻み、目を狭めた。


 直撃はしていなかったはずだ。じかに狙って心臓を射抜いてやるつもりであったが、この迷宮に無数に設置されているトラップたる魔法陣のひとつに遮られ、真っ直ぐに矢を射ることができなかったのである。瓦礫と埃の幕はそのうち晴れるだろうが、やはり獲物たちの降ってくる気配はなかった。


 背に留めつけている矢筒から新たな『黒雷矢』を引き抜き、再び大弓を持ち上げ、頭上へ向ける。寒々とした闇と無機質な色彩に沈む視界のなか、ちらとでも鮮やかな色彩の切れ端でも見えれば、今度こそ射抜くつもりで。


 引き絞っている弓弦ゆづるの奏でる呪詛のような鳴音に、彼は唇の端を吊り上げた。彼の運命を翻弄した別次元の力も、戦う力として役立つものならばいといはしない。


 彼の本来の武器であった『黒雷撃矢』は、『無』の力を宿したことにより、いまや脅威の代物となった。様々な負の要素と大いなる破壊の力、そして周囲に吹き荒れる衝撃の余波。


おそれることは何もない。無敵と謳われる幻精界の統治者どもであろうとも、この矢をまともに喰らえば奴らにとっての最悪の結末は避けられぬはず」


 己が思考に浸り続けていたラムダは、雪崩れ落ちてくる瓦礫と埃が止む気配がないことを見て取り、忌々しげな舌打ちを響かせた。禍々しく脈打つ大弓を再び下ろし、屈強な鎧肩に担ぎ上げる。


「まぁいい、どうせ奴らは動けぬはず。直接行ってとどめを刺せばよい」


 ぬらりとわらい、降り積もった瓦礫を踏みしだきながら歩き出した。


 この王宮の隅々までを、彼は熟知している。役立たずであった部下どもが滅多に訪れぬこの『蜘蛛網の間』の構造をも把握している。人間族の魔導士らふたりと目障りなガキ一匹が立っていた通路まで、すぐにたどり着くことができるに違いない。


「不意打ちを喰らっては、さすがの魔導剣士も防げなかっただろうな」


 威勢ばかりの黒髪の青年が無残に倒れ伏した光景を思い浮かべ、ラムダは残忍な形に口の端を歪めた。


 いま動けぬ状態にあるならば、なおかつ意識を留めているのならば、あやつの目の前で魔導士の娘をいたぶってやるのも悪くない。そのあとでゆっくりと……ひとりずつ息の根を止めてやる。


「暁の瞳をした金の髪の魔導士、それを守護している黒髪の魔導と剣の遣い手……妙な因縁だ。似ても似つかぬ他人だろうが、代わりに奴らをもてあそんでやれば、少しは鬱憤うっぷんを晴らすことができるかもしれぬな」


 現生界から来たという目障りな魔導の遣い手どもは、何としてでも排除せねばならぬ――ラムダは大柄な体躯ゆえの歩幅の大きさを活かした凄まじい速度で階段を駆け進みながら、心の内で呪詛を吐くようにつぶやき続けた。


 よりにもよって、彼が辛酸を舐めた世界から来た者たちであり、彼の企みを叩き潰すことのできる可能性を持つ力を携えた『魔導士』だというのだから。加えて、まるでこの世界を護ろうとする意思に呼ばれたか導かれでもしたかのような、タイミングの良さ。


「まさかとは思うが、忌々しいラウミエールが全てを見透かして呼び込んだのではあるまいな……」


 嫌な懸念が脳裏を掠め過ぎたが、今さら後には引けなかった。


 すでに賽は投げられた。ラムダにとっても己が欲望と切望を遂げ、復讐を果たす又とない好機。そして命ぜられた破壊を完遂し、『無』へと全てを捧げねばならぬ。我が運命をもてあそんだ世界に対する、憎悪とともに。


「与えてやろう――『死』よりもなお決定的な事象、『消滅』という結末を」





 リューナは呻いた。ズキリと激しい痛みが頭蓋を刺す。


「く……そッ……!」


 意識が飛んだのは、僅かな時間だったはず。目を開いたリューナの瞳に、頭上から石の破片が落ちてくるのが映っている。遥か頭上のほうまで、凄まじい破壊の爪跡が残っていた。迷宮の大部分が破壊されてしまったらしい。


 痛みを無視して腹と首に力を篭め、リューナは上体を起こした。咄嗟にかばったのだろうトルテの体を胸に抱き、ナルニエを背に乗せたまま、横向きに倒れていたのだとわかる。


 ふたりの安否を心配して心臓をぎゅっと掴まれたように感じたリューナだが、トルテが微かに呻き声をあげたのを聞き、ナルニエもすぐに目を開けたのを見て取り、ホッと安堵の息を吐いた。


「ナル、無事か?」


「うん……ナルは、だいじょうぶ。おねえちゃんは?」


「へい……き。平気です」


 ナルニエの声が聞こえたのだろう、トルテが目覚め、腕を突っ張るようにして起き上がる。


 トルテの腕に血の滲んだ箇所を見て、リューナは『治癒ヒーリング』を遣うために手を伸ばした。トルテが微笑み、彼の手をそっと押さえる。


「ありがとう、でもだいじょうぶ」


 トルテは視線を動かし、変わり果てた周囲の光景に気づいて息を呑んだ。


「それよりリューナ、いったいなにが起きたんでしょう……ピュイはどこ?」


 問われて周囲に目を向け、リューナはひやりとしたものを感じた――ピュイのやつが居ねェ! まさか落ちたのか?


「くそッ!」


 リューナは飛びつくように崩れかけた通路の端へ取り付き、遥か下を覗き込んだ。小生意気な古代龍の相手とは普段喧嘩ばかりだが、無事であってほしい仲間であることに違いはない。


 眼下はいまだ治まらぬ土埃が渦を巻き、上からはまだまだ瓦礫が落ちてくる。通路も階段も崩壊してしまった箇所がほとんどで、おそらく暴走してしまった魔法が吹き荒れたのだろう、あちこちに凍りついた箇所や黒焦げになった壁が無残な姿を晒している。ぬめぬめとなにかの粘液がとめどなく滴っている場所もあった。


「ピュイちゃんを捜そうよ」


 ナルニエが小さな拳を握りしめ、力強く言った。ふらつく足で懸命に立ち上がり、駆け出そうとするので、リューナが慌てて腕を伸ばして幼女の襟を捉える。


「待てよ! いま俺の傍を離れるな。感じるんだ……この気配。あいつが来ている」


 リューナは油断のない視線を周囲に向けた。ぞっと背筋を撫でるように冷ややかな殺気の迫り来る方向を探り当て、利き腕に長剣を出現させる。思っていたよりも近い。


「トルテ、ナルと一緒に居るんだ。足元に注意しろよ、いつ崩れてもおかしくないからな」


 リューナは素早くいつもの魔術を詠唱し、長剣を構えた。狭い通路には長すぎる愛用の剣も、いまは見晴らしが良くなって周囲が広くなり、扱いやすくなった。存分に暴れてやれそうだ。なんとしても注意を引きつけ、後方のトルテたちを矢面から逸らしておかねばならない。


 ビリビリと肌に感じられるほどの鬼気迫る気配。いまやはっきりと感じられるその凄まじい殺気のなかに、憎悪と嫌悪の気配も嗅ぎ取れた。


 これほどまでの恨みを向けられる憶えはまるでなかったが、話が通じる相手ではない。


 重たげな金属の摩擦音がリューナの鼓膜を震わせる。歪んだ笑みをいかめしい顔に張り付かせて大股に階段を上ってきたのは、予想どおり、ラムダと呼ばれる油断のならない男だ。リューナは息を吸い込み、相手にぴたりと剣の切っ先を向けた。


「ほほぅ……まだそんな元気が残っているのか。手こずらせるものだ、忌々しい魔導士ども」


 野太い声をかすらせるようにして、ラムダが吐き捨てた。腰から抜いた剣は、リューナが見たこともない剣だ。鉤爪のように厚く鋭い、捻じ曲がった気味の悪い漆黒の刀身。


 相手の動きから目を離さぬようにして、リューナは鋭く訊いた。


「あんた、俺たちを殺そうとしているよな。俺たちは、この世界を救いにいく任務ミッションを受けてるんだぜ。あんたが都を護る役目にあるのなら、貴重な戦力をほふるのはおかしくねェか?」


「護る……だと? 笑止な」


 莫迦ばかにしたような口調で応え、ラムダが嗤う。思わず顔をしかめたリューナに向け、ラムダはすぐに真顔に戻り、低く鋭い声を響かせた。


「フン。おまえらはおまえらで使い道があったのだがな。統治者と民らをあざむく盾となり、くだんの地へ向かったのちに生贄となり、その場で果ててもらう予定であった。それほどまでに凄まじくも力強い魔力マナを身に宿した存在ならば、最後の仕上げに使えそうだと思ったのだが――」


「最後の仕上げ?」


 リューナが問うが、相手は構わず先を続けた。


「ふ、ふ、ふ。聞いても理解はできぬであろうよ。それにしてもおまえらは、ことごとく我が筋書きを台無しにしてくれる。こうなればもはや目障りでしかない。どうせ死ぬのだ、我が剣に血を啜られて糧となるが良い……!」


 言い終えると同時に、ラムダが疾風のように突っ込んできた。リューナは構えていた剣の角度を変え、得体の知れぬ威力を秘めた相手の刀身の切っ先を受け流した。じゃりっという不快な音が鳴り響き、次の瞬間、床が砕ける。


「やべぇ!」


 リューナは跳び退すさり、後方に立っていたふたりをそれぞれの腕にさらって大きく跳躍した。十数リール(メートル)離れた場所にある、まだ崩れずに残っていたきざはしのひとつに着地し、ふたりを降ろす。


 振り返ると、砕けた通路の無事な側でラムダがこちらを見据えていた。リューナの視線に応えるかのように剣を斜めに振り抜き、誘うようにゆっくりとした動きで切っ先を真っ直ぐに向けてくる。


 長剣を握りしめるリューナの袖を、トルテが掴んだ。


「リューナ、深みにはまるのは危険です。この都を脱出するのが、あたしたちの目的です。けれどもし闘うというのなら、あたしも一緒に!」


 トルテが決然と言った。リューナが慌てて首を横に振る。


「いまは出ないでくれ、トルテ。あいつはなにか俺たちの知らない因縁に衝き動かされている……そんな気がするんだ」


「……因縁?」


「待ってろ、すぐにかたをつけてくる。俺に考えがあるんだ。トルテは魔導でピュイの行方を探ってくれ。あいつは仮にも、俺たちと同じ魔導士なんだからさ。きっと、どこかに無事でいるはずだ」


 トルテはリューナの瞳をじっと見つめ、それから力強く頷いた。


「わかりました。ピュイを見つけたあと、あたしにも考えがあります。――リューナ、気をつけてくださいね」


「あぁ!」


 リューナはトルテに頷いたあと、視線を敵に戻した。再び長剣を構える。


 深海のごとき魔導の瞳に白い輝きを宿し、彼は一気に跳躍した。



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