4章 領域を統べる者 7-11
ファリエトーラの容姿もまた、エトワたちと同じく超然とした美貌を有している。造形が左右対称であるが故に、そのような印象を受けるのかもしれなかった。
けれど、人間らしさというものを感じる――テロンは思った。ほとんど表情を崩さない幻精界の住人たちとは違う、表情の動きがあるからだろうか。
「あなたには声が……あなただけは、実体をもつのですね」
感銘を受けたようなルシカの言葉で、テロンも気づく。波動のように伝わってくる声なき言葉とは違う、肉声が発せられているのだ。
「わらわはかつて、現生界に暮らしていました。エトワたちも質量ある存在ですが、殻たる肉体をもつことはできませぬ。たとえどんなに現生界に恋焦がれようとも、叶わぬこともあるのです。とはいえ、わらわの身上が語られることがいまの必然ではありませぬ」
光の領域の統治者、そしてその中心である『光の都』トゥーリエの現し身たるファリエトーラは、寂しげに微笑みながら近づいてきて典雅な辞儀をしたあと、テロンやルシカたちの目の前にある椅子に座した。
立ち上がって正式の礼を返したテロンは、勧められて再び椅子に腰を下ろしていた。ルシカは、生まれたばかりの赤子を胸と腕に抱き、寝台のようにゆったりとした長椅子に座って体を休めている。テロンと同じように立ち上がろうとして、やんわりと止められたのであった。
「あなたがたのことはよく理解しています。エトワの記憶はわらわの記憶、誤解のないように申しあげるならば、わらわたちは幻精界の住人、いのちのかたちは現生界の生き物とは根本から違っているのです。集合体であると同時に、その全てが個々の意思のひとつひとつを構成し、世界を構成するごとく各々の個性を創りあげているのです」
神秘的とさえいえる落ち着いた眼差しを縁取っているのは、光の当たった霧のように輝くまつげであった。それをゆっくりと瞬かせ、美しい女性は言葉を続けた。
「とはいえ、わらわたちの生命の営みは一見あなたがたと異なっているかのようにみえ、あなたがたの生命の在りようとそう違っているわけではありませぬ。ですが、いつまでも変わらぬ悠久の時間を過ごすことより、流れ去る一瞬が輝きに満ち満ちている現生界のほうに憧れているのも否めませぬ。わらわたちは永劫変わらぬ時間を過ごすと同時に、死んだ時間に生きているも同然なのです」
テロンは穏やかなファリエトーラの声に秘められた苦悩に気づき、思わず訊ねた。
「それで、現生界への移住を試みておられたというわけですか」
「……そう、ともいえます。そのような願いが大きなものになり、箱船たる『白き闇の都』ホワイエリーティによって定住の地を求めた者たちも居ます。少数で扉をくぐり、きまぐれに住み着いた者たちも。渡った先でさまざまな出逢いがあり、短くはあれど充実した日々を過ごした者も……居なかったわけではありませぬ」
穏やかな水宝玉色の瞳に愁いの揺らめきを映して、ファリエトーラは語り続けた。
「結局は多くの犠牲を出し、この都へと戻ることとなりました。願いは願い。あなたがたの世界で空を飛ぶ鳥が水中で肺を浸し、泳ぐ魚が空中で渇いてしまうも同じこと。――けれど、それらの試みが全て無駄であったとは思っておりませぬ」
言葉の終わりで、彼女はテロンの背後に視線を流した。その先を追うまでもない。そこには、あるじの登場に合わせて下がり、控えているエトワの気配があったからだ。続く言葉で、苦しげな気配が僅かに緩められたものに変化したのが感じられた。
「何故なら、絆という勇ましくも若々しい力が新たな風を運んできてくれたのですから。もしかしたら、いまの幻精界に望まれていた変化をもたらすきっかけになるやもしれませぬ」
ファリエトーラはあたたかな微笑を浮かべ、次いで面を改めた。
「そう、現生界とは生命力と驚異と、ありとあらゆる可能性に満ち溢れた世界です。だからこそ、その世界から迷い込んできた始原の生き物は、恐るべき影響力をもっています。そのような存在が、幻精界の心臓部たる『源』アウラセンタリアに現れたことで、この次元の全てが消失の危機に陥っているといっても過言ではありませぬ」
その言葉でテロンの傍のルシカの気配がびくりと跳ね、吸い込んだままの息を止めたのが感じられた。心配になったテロンは妻の肩を包むように自らの手を置き、揺れるオレンジ色の瞳を覗き込むようにして身をかがめ、視線を合わせた。
「ルシカ、どうした?」
語りかけられたことに気づいてルシカが我に返り、彼を見る。
深い瞳のいろに沈み込んだ不安と焦燥の影に気づき、テロンは彼女の視線をしっかりと受け止めた。
「あ……うん、テロン。ごめんね……。そうね、あたしたち……どうしても行かなければならないみたい」
その言葉に、今度はテロンが息を呑んだ。
ルシカは夫である彼の瞳から目を逸らさず、震える声を確信に満ちた力強い声に変え、言葉の先を続けた。まるでいつもの、国事に際して発言するとき――宮廷魔導士としての責務を担っているときのようにはっきりとした口調で。
「魔導の分離の危険がなくなったいま、ファリエトーラさんの言葉通り、この幻精界がとても危険な状態にあるのがわかる。あたしの瞳にも肌にも、はっきりと刺さるほどに感じられるの。撚り合されて凄まじい力となった魔力の根源が、いまにも捻じ切れ、爆発しそうになっている。猶予は、おそらくあたしたちの時間の感覚でいうと……二日もないと思うわ」
「それほどまでに切羽詰っているというのか。しかし、行かねばならないとはいっても君には――」
「……ええ」
瞳を伏せて視線を逸らしたルシカは顔を下げ、腕のなかの赤子の温もりを感じるように頬を寄せた。引き結んだ唇が慄くように震え、優しげな弧を描く眉が苦しげに寄せられる。
「いま語られたアウラセンタリアと呼ばれる場所は、見当がつくわ。その方向の地下深くで魔力の渦が、まるで荒ぶる竜巻が暴れまわっているみたいに……蓋をされて沸騰したものが一気にはじけてしまうみたいに、どんどん膨れ上がっているのが感じられる。その渦巻いている膨大な魔力を制御できるのは、おそらく魔力そのものを魔導で操ることのできる『魔導士』のみ。それも、様々な属性を全て操ることのできる力をもつ者だけだと思う」
「な……つまりそれは、ルシカの事じゃないか!」
「うん……だから行かなくちゃ、あたし。でも、この子は一緒に連れていけない。危険すぎるから……どうしても駄目。だからテロン、お願い。あなたが傍に居てあげて」
自分だけで行くというのか……? 命を賭す覚悟が要るほどの試みになるというのか? テロンは咄嗟に継ぐ言葉を失い、無言のままはげしくかぶりを振った。
ふたりの様子を見守っていたファリエトーラが口を開きかけ、すぐに閉ざした。視線を向けた先からエトワがテロンたちの傍まで歩み寄り、喉に絡まるような思念の言葉を震わせた。
「暁の魔導士……そなたの言うとおりだ。あらゆる方法を模索したが、我らに妙案はなかった。魔力そのもので構成されている我らでは、いまなお膨れ上がり続けている膨大な魔力に取り込まれ、同化してしまうのみ。事態を悪化させるだけだとわかっている。そなたに頼るしか方法が残されていないのだ……」
顔を上げたルシカは、落ち着いた静かな面持ちでエトワを見ていた――覚悟を決めたのだ。
「だが、彼の地へ到るまでの道中は危険だ。魔力の巡りが滞ったことで、腹を空かせた幻獣たちが凶暴化している。襲い掛かってくる獣たちに優れた魔導の力で対抗しようとも、凄まじい数だ。アウラセンタリアへ到着する前に力尽き、倒れてしまうだろう。餌食になるは明々白々……ならば我らが途中までも同行し、たとえ我ら自身の存在にかえても、暁の魔導士を死守するつもりだ」
「そんな危険のなかに、ルシカを送り出せるわけがない! それに、君たちをむざむざと死なせるわけにもいかないだろ!」
テロンは思わず声を荒げた。
ルシカの細い肩が震え、口もとが歪んだかたちに引き結ばれる。まるで涙を流してしまう寸前のように。彼女には、テロンがこれから続けるであろう言葉を知っているのだ。彼の意思を覆すことができぬことも。
だが、これだけは譲れなかった。テロンは言った。
「だから俺も行く! 俺が傍にいて、ルシカを護る」
「テロン……」
「原因であるレヴィアタンを倒せば――そしてルシカが膨れ上がった魔力を鎮めることができれば、幻精界の危機を救えるのか」
テロンは拳を握り締め、ファリエトーラに向き直った。
「現生界から渡ったものが幻精界に住まうあなたがたの命を脅かしているのならば、俺たちが何とかしなければならない。そして大切な我が妻を危ぶませるものならば、俺は全力で闘う。どのような強敵であっても構わない。打ち倒すことでみなが助かるのならば、そうする」
つらそうに目を閉ざしていた光の領域の統治者はゆっくりと瞳を現し、テロンの青い瞳を真っ直ぐに見つめた。光を透かしているかのようなファリエトーラの瞳に表れていたのは、励ますような輝きだ。
「あなたの覚悟はしかと見届けました。けれど、倒す必要はありませぬ。少しでも移動してくれたならばそれで事足りるのです。わらわたちは無益な殺生を好みませぬ。とはいえ……魔獣に類する存在である始原の生き物は、魔力や魔導に誘われ、喰らおうとするでしょう。わらわたちは闘う術を知りませぬ。同行して足手まといになるよりは、みなの魔法を終結させ、可能な限り近くへとあなたがたを運ぶつもりです」
もの言いたげなエトワが一歩、前へ進み出た。けれど光の領域の統治者は典雅な手の動きで彼を制し――手を下ろして唇を微かに震わせ、言葉を続けた。
「……あなたがたを救おうと呼び出したにもかかわらず、あなたがたに凄絶な現状を突きつけることになってしまい、本当に申し訳ありません……。言葉で詫びても足りることはないでしょう……ですが我らとて、世界の破滅を拱いている訳にもまいりませぬ」
ファリエトーラは再び瞳を伏せた。
ふと、テロンの手を何かが掴んだ。目を向けると、上体を起こしたまま片腕と胸に我が子を抱きしめたルシカが、空いた手を伸ばして彼の手を握っていたのだった。
「だいじょうぶね、きっと。ササッと行って、チャチャッと帰ってくればいいだけだもの。現生界に帰ることができない現状で、もし幻精界が崩壊したら、あたしたちもこの子も結局は無事では済まないもの。隣り合う現生界だって多大な影響をこうむる。それに……あたしとこの子のいのちがあるのは、ここにいるみんなのおかげだから」
ルシカは彼の目を見上げ、きっぱりと微笑んだ。
「放ってはおけない。だから行きましょう、テロン。一緒に」
「……ルシカ」
テロンは彼女の瞳を見つめ、ゆっくりと頷いた。その細やかな手をまさぐり、しっかりと握る。しなやかで温かな感触が、彼に自信と確固たる決意をもたらした。
「ああ。行こう。そして無事に帰ってくればいい。この子のもとへ必ず」
「うん!」
ルシカは元気よく頷き、傍らで立ち尽くしている友人にやんわりと語りかけた。
「そういうわけで。エトワ、この子を頼めるかしら。おなか空いたりさせないでね? あたしたちが帰ってくるまで、無事に守っていてくれる?」
呆然とした面差しのエトワはルシカの言葉にハッと我に返った。意を決したように思念の言葉を力強く響かせ、テロンとルシカにきっぱりと頷いたのである。
「もちろんだ。暁の魔導士……すまぬ、このようなことに巻き込んでしまって。だがどうか、こちらのほうは安心して任せてくれ。そして無事、戻ってきて欲しい」
「では」
ファリエトーラは椅子から立ち上がり、金紗の襞もつ衣を揺らめかせつつ片腕を挙げ、大地に根を下ろした大樹が枝葉を広げるように力強い涼やかな声を凛と響かせた。
「都の民全てに告げましょう。現生界の友をしかと定められた場所に送り届けるべく、みなの魔法の力を集結させるのです!」
幻精界という次元の異なる世界であっても、光の領域からかなりの距離を隔てた、闇の領域。そこには、凄まじく印象が異なっているとはいえ特別な名が冠される都市が存在している。
『影の都』ランティエ。
その中心となる巨大な建造物、限りなく漆黒に近い闇色に浸され、要所要所に灯りはあれど、その広大な宮殿のほとんどを見通すことができぬほどに暗く不安を掻き立てる。まるで続いていた灯りが潰え、闇が闇であることを強く実感したときのように。
影の宮殿には、入り口から最奥へと続く広大な空間が真っ直ぐに突き通されていた。見上げる者の心情によって数多の渦紋様が織り成される、その『射干玉の夢の間』最奥にて――。
「どういうことだ!」
リューナはあらん限りの声を張りあげ、怒鳴っていた。
「ナルニエはずっと、現生界にいたんだぞ。間者だのスパイだの破滅の使者だの、そんなことがあるはずねぇだろッ!」
どこまであるのか想像もつかぬほどに高い天井全体に、リューナの怒鳴り声がこだまのように跳ねながら、通ってきた背後の通廊へと長い長い尾を引いていく。
それほどまでに激昂する彼を、傍に立っている普段穏やかなトルテが宥めようとはしなかった。何故なら、彼女も同じく怒っていたからだ。幼さを残す顔に見合った優しげな眉を、いまはきりりと眉尻を跳ね上げ、背の高い相手に対して踵を上げ、せいいっぱいに小さな背を伸ばしている。
「どういうことですか、ナルちゃんを返してください! こんな人質紛いなこと、容認できません! こんなふうに裏切られるのならば、あたしもリューナもピュイも、おとなしくはいられませんよ!」
「ピュルルピィ! ピリリル! ピピィリ!」
彼女の傍にいる古代龍のピュイまでもが、抗議めいた――というより喧嘩を吹っかけそうな勢いで激しく啼いている。
「煩い! 喚くなッ……えぇい! 黙っていろ!」
三人が対峙している頑強そうな大男は、耳を塞いで怒鳴るような仕草を繰り返していた。リューナたちをここまで連行してきた隊のひとり、戦士然とした装備と体格の大弓使いである。その声は音でなく、感情の起伏すら伝わってくるほどに激しい思念のうねりだ。余程こちらも苛ついているのだろう。
「命令なのだ。おまえたちをラウミエール様の前に連れていかねばならぬ! 意見があるなら我らの統治者に逢って直接申されよ!」
大男はうんざりしたようにそう思念を叩きつけてから、目の前に現れた扉を押し開いた。
「ここの責任者がこのなかにいるっていうのか? 上等だぜ! 直接文句言って、ナルニエを返してもらうからなッ!」
リューナは憤然と息を吐き、背筋を伸ばして大男を睨みつけてから、扉の内部に踏み入った。
そこは、リューナの激昂を瞬時に鎮めてしまうほどに不思議めいた空間だった。静謐な、或いは絢爛な、夜空に見える星界を精巧に模したかのごとく闇にさんざめく数多の輝きの散りばめられた絶佳たる光景が広がっていたのである。
「なんだよこれ……すっげぇ」
ヴァンドリア遺跡に踏み入ったときから圧倒されっぱなしであった絶景の数々も霞んでしまうほどに、心奪われる光景ではあった。けれどリューナはすぐに自分を取り戻し、どこが床かわからぬ奇妙な空間に足を踏み入れ、魔導の力を宿した瞳を精一杯に凝らしながら歩みを進めた。後ろ手にトルテの手をしっかりと握り、自分の後を歩めるように気を配りながら。
「誰か居るんだろ? 姿を現し、俺たちの仲間を返せ! さもないと――うわっ!」
眼前に閃光が生じた。背のトルテをかばいつつ体の位置を変え、突進してきた光の進む軌道から逃れる。
ひらりと軽やかに目の前を通過した指の先ほどしかない星は、後方に輝いていた恒星のひとつとぶつかり、儚い花火のようにパッと輝きを散らしながら消失した。いや、その位置に輝く小さな雲のようなものが現れている。中心に生じた光がくるくると周囲の輝きを絡め取りながら、また先ほどとは異なった青白い輝きを放つ星になる。
リューナは思わずトルテと眼を合わせた。彼女は首を振り、そして何かに気づいたかのようにリューナの進んでいた先へと視線を動かした。リューナは前方に首を戻した。
同時に、低く落ち着いた波動をもつ思念が押し寄せてくる。どこか物憂げな、それでいて逆らうことを許さぬ王者のような、重圧と慈愛の双方を感じさせる思念であった。
「驚かせてしまったのならばすまぬ。だが、これらは本物ではない。全ては私の孤独を慰めるために整えられた偽りの空間。生きたそなたたちを傷つけることはない」
いつの間にか、数歩離れた先に周囲の暗き色彩が凝って形を成したかのような椅子が生じている。闇色の玉座は揺るぎなく星々の空間に浮き留まっており、腰掛けている人影を燐光めいた輝きで照らしていた。
凄絶なまでに整った美貌の青年だが、その顔には見掛けの年齢を遥かに超越した表情を浮かべている。まぶたは閉ざされ、丈高く鋼のごとき強靭さを感じさせる体であるのに、覇気はなく、どこか沈み込んでいるかのように沈痛な面持ちをしている。
「この部屋にあるのは、まぼろし。望もうとも手に入らぬものを延々と映し出す心の鏡。……だがそなたたちは、まぼろしではない。現生界からの客人とは、そなたたちのことだな」
「あんたたちから見たら、現生界からきた異邦人、ということになるんだろ」
リューナはむっつりと応えた。その呼び名は、ここへ連れてこられる道中に繰り返し幾度も呼びかけられた言葉だった。その言葉に籠められていたのは親しみなどではなく、はっきりと突き放しているような印象があった。
「俺たちはここへ初めて来たばかりだっていうのに。現生界になんか恨みでもあるのか? ラムダとか呼ばれていたおっさんなんか、露骨なくらい俺たちを嫌ってた。力尽くで言うことを聞かせようとか、おとなのすることじゃねぇだろ。乱暴すぎるぜ!」
椅子に座していた男は穏やかな笑い声をたてるように思念の波を発し、おもむろに目を開いた。静かに燃える焔が奥に隠されているのではと思えるほどに熱い、輝くような赤の色を内包した力強い瞳だった。
「あなたがラウミエールという名の、この領域の統治者なのですか」
トルテがリューナの横へ進み出て、訊ねた。問うような口調ではなく、確信したかのような言い方だった。なるほど、相手の姿に凝縮されている魔力の濃さは半端なものではない。さきほどまでリューナたちの周囲を固めていた下っ端たちとは、まるで違う。
「いかにも。私が闇の領域を治め、この『影の都』ランティエと常にともにある存在、ラウミエールと呼ばれている者。魔導士であるというそなたたちであるからこそ、私たちの抱えている問題を解決し、再び光明を見出すためのきっかけになるやも知れぬ。そなたたちがここへ導かれたのも――」
「ちょっと待てよ!」
リューナは男の思念を遮った。
「それは、俺たちがさっき聞いたばかりの話と同じことなのか? あんたたちが俺たちに頼みたいことがあるとか。ある場所に向かい、そこででっかい邪魔者を何とかして欲しいと。自分たちにはどうしようもないから、現生界から来た俺たちの力を欲しているのだと。――けどな、どうして人質が必要なんだ? 脅して頼んでくるようなことに力を貸すつもりはないぜッ!」
「鎧のひとたちは、あなたからの命令を受けてあたしたちを捜しに来たのだと話していました。扉のひとつが開かれたこと、次元を渡ってきた者がいること、その者たちこそがこの幻精界を救えるので連れてくるように、そう聞かされているのだと」
トルテは瞳に力を籠め、言葉を続けた。
「ですが、あたしたちは最初からそんなつもりで来たんじゃありません。それでもみなさんが困っているというのならば、力をお貸ししたいとも思います。けれど、あまりに遣り方が強引すぎるのではありませんか? ナルちゃんをどこへやったんですか!」
「黄金が現に見た甘き夢の忘れ形見――ナルニエとそなたたちが呼んでいる者ならば、安心せよ、無事で居る。あの者を捕らえたことに関しては、実は私の命令ではない。そのことも含め、そなたたちに話を聞いてもらいたいのだ」




