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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【第七部】 《双つの都 編》
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4章 領域を統べる者 7-10

 光がなければ手足の先も見えぬほどの常闇とこやみひたされた大地。草木も育たぬのであろう礫岩に覆い尽くされた空間のなか、ざっと感じるだけでも十を超える気配が近づいてくる。


「聞こえぬか、獣ごときが我らに楯突くか。ラウミエールさまの意向とはいえ、歯向かうなら容赦はせぬ!」


 礫岩を踏みしだく複数の足音は靴によるもの――射ってきた矢といい発せられた言語といい、知性ある上位種族に属する存在なのだろうと思われた。けれどリューナは、警戒心を解くことができなかった。


「敵なんだろ、スマイリー? おまえが避けてなかったら、足、串刺しになってたぞ……!」


 油断なく全身に力を漲らせつつも動きを止めている『月狼王』に、リューナは問うた。どうやらスマイリーにとって、近づいてくるものたちは歓迎のできぬ相手であり、同時に軽々しく牙を剥くこともできぬ相手でもあるらしい。微妙な雰囲気に苛立ち、リューナは手にしている長剣を新たな気配に向け、構えようとした。


「待ってください、リューナ。剣を、剣を下ろしてっ」


 トルテが小声で叫んだ。反射的に剣を下ろし、リューナは彼女を振り返った。オレンジ色の瞳に揺るぎのない光を湛え、リューナに向けた視線を動かすことなくトルテは言葉を続けた。


「スマイリー、あたしたちは大丈夫です。みんなを連れて離れてください」


 牙研ぐ鋭い殺気を放っていたスマイリーの気配が、戸惑ったものに変わる。次に発せられたトルテの言葉は、静かで抑揚のない穏やかな声音でありながら、彼の逡巡を打ち砕くほどにきっぱりと断言されたものであった。


「ゆくのです」


 スマイリーはちらりとトルテの表情を見遣った。次の瞬間、跳び退るようにリューナたちの背後へ向けて跳躍し、速やかに闇の向こうへと消え去った。


 トルテが表情を緩め、ふぅっと胸に溜めていた息を吐く。張り詰めていた魔力マナの気配が薄れ、そこでリューナはようやくトルテが凄まじいまでの魔導の技を行使していたことに気づいた。獣王と称される幻獣の上位種『月狼王』を、魔導の力で説き伏せていたのだ。


「どういうことだ、トルテ」


「このままではスマイリーたちが危なかったのです、リューナ。おそらくあたしたちは襲われていると誤解されているのでしょう、だから彼らは――」


「そこに居る者らは、次元を越えてきた異邦人であろう」


 先ほどから高圧的な物言いを投げかけている声が彼女の言葉を遮るように響き渡り、リューナの作り出した魔法の光の届く範囲に入り込んできた。その姿を見て、トルテの懸念が正しかったことをリューナは理解した。


 重厚な黒鎧に身を包んだ巨漢の男。漆黒の短髪は天を突き、鋭い眼差しには冷徹な光さえ窺える。手にしているのは、男の背丈ほどもある弓だ。闇色に輝く弓幹ゆがらには棘のような突起が並び、そのひとつひとつに嫌な気配の魔力を感じる。『月狼王』の足を狙った矢を放ったのは間違いない。同じ形状の次矢がつがえられていたからだ。


「あんたら、この世界の住人か」


 リューナは警戒を緩めることなく、下げている剣をいつでも跳ね上げることのできるよう力を籠めたまま声を発した。男の構える矢の先端は逸らされていたが、後ろに従っている複数の者たちの動向は窺い知れない。次の狙いがリューナたちに向けられている可能性もある。


「間違いなさそうだな、異邦人らよ」


 リューナに向けて断言した男は目を細め、次にトルテを見た。


「ほう……」


 好奇なものを見つめるような眼差しで、舐めるように金色の髪をした少女の痩身を眺めている。トルテの眉が僅かに寄せられたが、彼女は気圧されることなく静かな眼差しで相手を見つめ返した。


 リューナにも、彼女の凛とした気配が伝わってくる。


 幼少の頃からともに遺跡を探索してきた彼女の、度胸と覚悟。小柄で小さな体と、王宮育ちの物柔らかな仕草からは想像もつかぬ芯の強さだ。


 実にトルテらしいなとリューナは思う。刹那だけ微笑し、背筋を伸ばしてトルテの傍らに立つ。リューナにも覚悟はある。好きな相手を護るという揺るぎない想いとともに。


「……そちらの娘の内から強大な魔力マナを感じるぞ。よもやこれほどまでの魔力をもった魔導士が、現生界に存在しているとはな……。ふん、剣は下げたままにしておけ、魔導剣士よ。もしおまえが僅かでも我らと敵対する素振りを見せたのなら、おまえたちの心臓を射抜かねばならぬ。そこな龍の幼子も、娘の背に隠れているもうひとりも、全員を確実に仕留めるぞ。心臓の穴は現生界の住人には致命的であろう。これは脅しではない」


「なるほど。どうりで、さっきから首筋がピリピリするわけだぜ」


 リューナは平然とした声音で言い、男の背後に広がっている闇を睨むような眼差しで眺め渡した。闇のなかから弓矢でこちらに狙いをつけているだろう複数の気配。それらに向けて充分に届くよう、声を大きくしてリューナは言葉を続けた。


「俺たちには、目指している場所がある。そこへ到る道を探しているだけだ。もしあんたらがその場所から来たというのでなければ、俺たちのことは放っておいてくれ。ここが侵入を許されていない地域だというのならば、出て行く道を示してほしい。早々に立ち去るつもりだ」


 成り行きから引き受けたとはいえ、リューナはグローヴァー魔法王国の五種族を導いた最後の王たちのひとりだ。いざとなれば普段の反抗的な物言いから、背伸びをしてでも身につけねばならなかった立場相応の振る舞いに切り替えることができるつもりであった。


 男はちらりと自分の背後の闇に視線を投げかけ、それからおもむろにリューナたちへと向き直った。


「おまえたちが目指している場所とは、どこだ?」


「『光の都』と呼ばれている場所だ」


「なっ……トゥーリエへ……だと?」


 男の表情が変わった。厳しい顔つきから狼狽へと変わり、次いで苦々しげなものに変化したのだ。


「残念であったな。ここからあの都へ到る道は、いまや無いも同然。おまえたちの身柄はこちらで拘束させてもらおう。異邦人であるおまえたちを野放しにはしておけぬ。おまえたち自身の安全の為と、我らの懸念の為に、そして我らが統治者の願いの為にな」


「なっ、ちょっと待てよ! 俺たちはどんな指図も受けるいわれはないぞ!」


 リューナは声を荒げた。


 男が指を動かした。合図に応え、バラバラと闇を割って散開しまたたく間に彼らを取り囲んだのは、揃って黒の鎧を身に纏った丈高い頑強そうな男たちであった。まるで軍隊だな――リューナは目をすがめて油断のない視線を走らせた。数は十二。恐れるほどの人数ではなかった。


 だが、リューナだけならともかく、全員が無事傷つけられることなくこの場から逃れることが難しいのは、火を見るよりも明らかだ。顔を上げたトルテとリューナの視線が合う。言葉はなかったが、彼女が腕の内に抱きしめているナルニエのことを気にしているのが理解できた。周囲を取り巻く彼らから隠そうと、自分の胸に押し付けるようにしてかばっているのだ。


 同じ幻精界の住人だろうに懼れることがあるのだろうか。咄嗟にリューナは思考を巡らせたが、答えには至らなかった。


 トルテとピュイの間に挟まれるようにして隠されていたナルニエが、殺気と重圧に耐え切れなくなったかのように掠れた声をあげた。


「いや……ランティエ……『陰なる軍勢』!」


 聞きとがめた男が眉を上げた。


「ほう。異邦人のなかに、我らのことを知るものがいるのは何故かな」


 男はトルテの肩を無造作に掴み、声の主からグイと引き剥がした。鋼の光沢を持つ闇色の篭手に首筋を傷つけられたトルテが、小さな悲鳴をあげる。


「おい!」


 リューナは思わず叫んだ。が、乱暴に腹を小突かれてしまう。よろめいたトルテの体が倒れる前に抱きとめるのが精一杯だ。憤然と顔をあげ、男の顔を睨みつけたが、自分の感情を必死で抑え込んだ。


 いま俺が暴れたらマズい――視界の端に、幾つもの矢がトルテたちの体の中心に揺るぎなく向けられているのを捉えたのだ。ソサリアの魔導弓にも似た構造を持っているが、全体から受ける印象は光と闇ほどに違っている、禍々しい魔法の気配。射抜かれたならば、死よりもひどい苦しみにのたうちながら滅せられるのであろう。


 ナルニエを目にした男は、驚愕したように動きを止めた。


「こやつは……!」


 リューナとトルテにギロリと視線を向ける。狂気に衝かれたのかと思ってしまうほどの尋常ならざる目つきで、男は囁くように、だが抜き身の刃のごとく鋭く尖った声を低めて叫ぶように、問いを発した。


「トゥーリエの民がどうしてここに居る! おまえたち……何を企んでこの地に入り込んだ!」


 全身から殺気めいた気配を発し、濃赤の瞳が燠火おきびのような輝きを宿した。その鬼気迫る様子に同胞ですらいぶかしんだのか、弓を構えていたひとりが口を開いた。出てきたのは声ではなく、波動のような思念の言葉だ。


「ラムダ殿、いかがなされた。この者は危険なのか――もしや、その者の髪と瞳の光は」


「何でもない! 怪しきものは全てラウミエールさまの前へ引き立てねばならぬ。我らの受けた密命を忘れるでないぞ。過ぎたる詮索はおまえたちの消滅を招くぞ!」


 問いかけた者を含めた周囲の仲間全てに語気荒く言い渡すと、男は腕をサッと伸ばし、片腕でトルテの両手を掴んだ。鎧に覆われた肉体で抱え込むようにして、抵抗もなかった娘の動きを封じる。


 硬い突起のある鎧に引っ掛けられた外套ケープが下の衣服もろとも裂かれ、肌を傷つけられたトルテの顔が痛みに歪んだ。


「――ツ!」


 小さな靴先は地面から完全に浮いている。身動きすらままならず、締め上げられた彼女の呼吸が苦しげなものに変わってゆく。まるで大熊に捕らえられた子猫のように。


「ふっ、魔導の技を遣って逃げられたのでは困るからな。口も封じさせて頂こう。『真言語トゥルーワーズ』なるものを唱えられてもかなわ――」


「トルテに手を出すなッ!」


 リューナはえた。男へ跳びかかり、鎧に覆われた腕を掴んで渾身の力を籠める。リューナの全身を白い輝きが駆け上がり、男の腕の繋ぎ目が軋むような音を立てた。


 驚いた男が力を緩め、その隙にリューナはトルテを取り戻した。


「こ、こやつ、言葉も動作もなしに魔導の技をッ?」


 驚愕から憤怒の表情になった男が合図の手を挙げかけたそのとき。


「お待ちなさい!」


 声を張りあげたのは、トルテだ。呼吸は乱れているが、しっかりと背筋を伸ばして立っている。


「どうしても用があるというのなら、あたしは逃げません。そのかわり、以後は乱暴をしないと約束しなさい」


「お姉ちゃん……」


 ナルニエがトルテの服の裾を握り、彼女を見上げていた。幼女の瞳はひどく心配そうな光を湛え、どうしようもなく揺れている。恐怖を感じているのだ。周囲を取り囲んでいる男たちが自分たちに狙いを向け、対峙しているリーダー格の相手はいまにも噴き出しそうなほのおをその瞳に映し出しているのだから。


「だいじょうぶです、ナルちゃん。あなたはなんにも悪くありませんもの。悪いのは、いきなり現れて一方的な暴力を振るっている、このひとたちです」


 トルテの瞳は、魔法の冴え冴えとした光のなかでも太陽のごとく澄んだ煌めきを宿していた。真っ直ぐな眼差しを周囲の男たちに投げかけている。その暖かで揺るぎない火箭ひやに貫かれた者たちは、力が抜けたように狙いを下へと逸らし、次々と手にしていた武器を下ろした。


 対峙していた男だけは苛立ちと怒りに染めた瞳で目の前の小さな娘を睨みつけた。が、彼女の傍らに立つ、いざとなれば自身の身でかばおうと神経を張り詰めている青年の気迫に気づいたらしい。苦々しげな舌打ちをひとつして、ようやく腕を下ろした。


「では、その言葉どおりにおとなしく、我らの都に来い。もし妙な真似をしたら、おまえたち全員の命はない」


「その言葉、そっくりそのまま返してやるぜ」


 リューナは吐き捨てるように言ってやった。


 背を向けた男の肩がピクリと跳ねたが、無言のまま周囲の部下たちに連行の命令を下したのであった。





「では、その始原の生き物が目覚めたことで、この世界のことわりが歪められつつある、と?」


 テロンは、妻のルシカと顔を見合わせた。


 ソサリア随一の知識の量と深さと有しているルシカですら、そのような事実があったことを知らなかったらしい。驚いたように眉を上げて目を見開いていたが、彼女はすぐに表情を引き締めた。


「遥か太古……現生界で始原の存在として誕生した生き物は、五つあったと伝えられているわ。そのうちのひとつが古代龍だったわけだけれど。確かに『巨大魔海蛇王レヴィアタン』と呼ばれている存在も、伝説には残っている。けれど当然ながら、詳しいことまでは解明されていなかった。魔法王国中期、古代生物学者であり『使魔』の魔導士であったリファイナの名とともに遺された文献に記されていたのみ。個体のひとつが石となって大地の裂け目から発見されたらしいけれど――」


「俺たちの時代には残っていない。文献は海を越えていて無事だったが、発見された標本は王国末期のミッドファルース大陸消失とともに失われてしまったんだよな」


「そうなのよね。でも、こちらの世界に次元を渡った一個体が残っていただなんて……」


 唇に手を当てて深く考えを巡らせる『万色』の魔導士に、エトワが水宝玉アクアマリン色の瞳を伏せて思念の言葉を紡いだ。


「信じられぬか」


「いえ……驚いているだけ。あなたたちを疑う理由はどこにもないもの。そうね……そう聞いたあとなら、この遠く感じる気配のことが何となくだけど、理解できる気がする」


 テロンとルシカはエトワたちの話を聞くため、生まれたばかりの赤子とともに、『光の都』トゥーリエの中心に建立された『金色こんじきの宮殿』内にある『憩いの間』へと場所を移していた。


 宮殿には黄金が使われているわけではない。壁も床も天上も、調度品ひとつとっても、テロンがかつて見たことも聞いたこともない不思議な物質で造られていた。いや、もしかしたら、目にしたことのあるごくありふれた物質が、ここではその在りようを変えて存在しているのかもしれなかった。


 ルシカによれば、幻精界とは、テロンたちの住む現生界とはまったく別の次元に存在しているらしかった。空間はもちろん、時間の在りようも違っているのだという。意思をもつ生物は、自分の視覚や聴覚などの感覚器を通して得た情報を、自らの脳で再構成して認知し、理解するものだ。目にしたものを過去の記憶や経験、知識、概念によって解釈するのである。


 つまり、自分たちが目にし耳にしている幻精界とは、無意識のうちに慣れ親しんだ現生界のものとの共通点を見出し、類似している要素を掻き集めたものとして知覚された光景であるということらしかった。


 詳しい説明をされても、テロンにとっていま目の前に広がっている光景が現実であり、置かれている状況のなかで行動することに変わりはなかった。必要以上に難しく考えるのは、彼の性分ではない。


「そのレヴィアタンというものは、幻精界全体に影響を及ぼしてしまうほどに強大な存在なのか?」


 テロンは訊いた。遠く感じているという気配のある方向へ視線を向けていたルシカも顔を戻し、テロンと同じようにエトワを見た。


 エトワは薄い彫りの整った面差しに苦しげなかげを落とし、ふたりの視線を受け止めた。微かに首を横に振り、思念の言葉を続ける。


「目覚めた場所が悪かったのだ。この世界に吹いている風は魔力マナの流れでもある。滞りなく隅々にまで行き渡ってこそ、円環は閉じられ、バランスが保たれる。だがいまは――」


「レヴィアタンによって本来あるべき円環が断ち切られている、ということなのね」


 ルシカが先の言葉を継いだ。彼女のオレンジ色の虹彩に、星のような白い輝きが現れている。言葉と同時に、魔導の力の宿る瞳で世界を巡る魔力マナを見ているのだろうと思われた。


「ルシカ。君はいま出産のあとで疲れているんだぞ。無理はしないでくれ」


 魔導の行使には疲労をともなう。それがどれほどの負担になるのか、テロンは魔導士ではないので想像もつかなかったが、妻の体調が心配で仕方がない。少しでも休んでくれれば良いのだが――というのが本音だ。状況はどうやら、それを許してくれそうになかったが。


 テロンの想いに、ルシカはしっかり気づいていたらしい。彼の顔を見てにっこりと笑い、頷いてくれた。虹彩に灯っていた輝きはすでに消えている。


「暁の魔導士の体のことも考えれば、すぐに現生界へと送り戻さねばならぬ。けれど、そなたらが存在していた時間の流れ――過去でもない、未来でもない、そなたらにとっての『現在』に戻るためには、同じ方法、同じ場所での『転移』が必要となるのだ。通り抜ける光の道、それを繋ぐ扉が同じでなくてはならぬ。さもなくば、別の時間、別の時代へと出てしまうことになるやもしれぬ」


「魔法というのは自由にみえて、実は様々な制約に縛られています。いま、事態は刻々と悪いほうへ進んでおります。同じ扉を開くつもりで魔法を行使しても、歪められてしまうかもしれませぬ」


 エトワの背後に控えていた女性のひとりイシェルドゥが、同じ思念の言葉で伝えてきた。


 少し長い沈黙が降りた。広い空間に、涼やかな無数の水音が響いている。『憩いの間』と呼ばれるこの空間は、その名に相応しく心地良い空気に満たされていた。


 光り輝く色のグラデーションで構成された『金色こんじきの宮殿』は、テロンの生まれ育った白亜の『千年王宮』にも譲らぬ美しさがある。


 南の隣国タリスティアルの夏に咲き開くという向日葵ひまわりの花色に染まった梁や柱が整然と並び、高天井は磨き抜かれた月の光のように透けるヴェールに覆われていた。ほのかな光を放っている壁には、数多あまた流れ落ちる細い絹糸のような滝が虹の姿を織り成している。


 静かに澄み渡った水面のような床には塵ひとつなく、光が跳ね返り、さながら天と地を綴じ合わせた無限回廊のようだ。広間のような室内は、まるで世界中の美しい輝きが全て集められたかのように絢爛であり、それでいてゆったりと憩うことのできるあたたかな空間に整えられていたのであった。


 テロンは息を深く吸い込み、口を開いた。


「俺たちをここへ導いてくれた光の道は、エトワの魔法だったのか?」


「我らではない。この都の力だ。その行使は、統治者であるファリエトーラによるもの。我らのとなる集合体はこの都であり、知識もまた共有されている。無から有を生み出す魔法の行使というのは、常に都の統治者のみに与えられている力なのだ」


 そうエトワが答えたとき、部屋の奥で動きがあった。気配を感じたテロンが咄嗟に視線を投げかけると、そこにひとつの人影が現れていた。


「絆と絆が結ぶ巡りあわせというものは、大きな可能性をもたらすもののようですね」


 響いてきた声は、春の風が森の樹々をさざめかせるように軽やかで、微笑しているかのような気配をともなっていた。金紗のひだを重ねる衣の裾を長く曳きながら歩み寄ってきたのは、ほっそりと背が高く、エトワたちと同じ水宝玉アクアマリン色の瞳に月のような輝きを湛えた眼差し、白く抜けるような肌と月の光を束ねて糸にしたかのように豊かな髪を両脇に垂らした、彫り浅く超然とした面差しの女性であった。


「わらわがファリエトーラ。常に都とともにあり、光の領域を統べるもの。ようこそ、平和の王国より来たりし民と友の護り手、そして暁の魔導士よ。ここから先はわらわの口から語りましょう」



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