2章 遺跡の迷い子 7-4
「どうした、トルテ!」
リューナは気配を察して振り返り、トルテの傍に駆け戻った。
腕を自分の体に回して身を震わせていたトルテは、まぶたをぎゅっと閉じて顔色をなくしていたが、リューナに掴まれた手の温もりにハッとしたかのように目を開いた。母の血統から受け継いだオレンジ色の瞳が、潤むように揺れている。
「どこか打ったか、寒いのか?」
「あ……いえ、ううん。わからないの、わからないんだけれど……そうね、なんだろう」
「なんでもないんならいいんだけど。そら、足下にもっと注意しろよ。崩れかけてる」
「え――きゃっ!」
リューナの言葉に慌てて下を向いたトルテは、背負っていた荷物の重みでぐらりと姿勢を崩してしまった。踏みかえた足場の床がピシリと鋭い音を立てる。
「トルテ!」
リューナは咄嗟に彼女を抱きすくめ、素早く自身の背後に移動した。警戒するように鋭く啼いたピュイの声が周囲の闇を貫き、うぉんうぉんと長く尾を引いて闇に支配された空間を渡ってゆく。
まるで虚空で骸骨が笑いさんざめくように不気味で騒々しい音を立て、砕けた岩が底闇へと沈みこんでいった。瓦礫が下まで到達した音は、いつまで経っても響いてこない。リューナとトルテは抱き合った姿勢のままゾッとして下を見て、それからゆっくりと進む方向へと視線を向けた。
「……あっぶねぇ。どこまでこの足場は続いているんだ?」
「あ……はい。えっと、この『虚空の間』の奥には『神像』が建っているそうです。それが見えたあとに、奥の通路に入れるはずです。入り口が一番足場が細くて危ないだろうと聞いていますから、きっとこの先、少しは……」
『光球』で灯した魔法の明かりは、頭上で煌々と輝いている。だが、魔法の光が届く範囲は領域魔法よりかなり狭い。
足下に続く通路はひとがすれ違うことができるぎりぎりの幅、まるで闇に満たされた虚空へと張られた、ひと筋の蜘蛛の糸のようだ。いかなる奇跡の技術か魔法の業か、数千年の時を経ても揺るぎなく真っ直ぐで、橋を必要とする者の足場であり続けている。
確かに、技術的には素晴らしいと思う。下方へと延びる数多の柱は橋をしっかりと支え、右にも左にも歪むことなく建っているのだ。底というものがあっての話だが、かなりの高さになるというのに。
光に照らされて見える範囲の支柱はちっとやそっとじゃ折れそうにないくらい強固みたいだけど……ハイラプラスのおっさんも一言くらい、橋の表面が経年劣化で崩れかかっているかもしれないと教えといてくれりゃいいのになぁ、とリューナは思う。
「この下、真っ直ぐに冥界へ通じている、とかでないならいいんだけど」
腰の後ろに携えていたロープを留め金から外し、手早く彼自身の腕とトルテの細い腰とを結びつけながら、リューナは言った。
「山頂に次元を渡るための扉がありますけれど、入り口にもあるとは聞いていないので、可能性は低そうですね」
心をどこかに飛ばしているのだろうか、まるで危機感のないトルテの静かな言葉に、リューナは口をへの字に曲げた。
「死んじまったら冥界へ逝っちまうだろ、どうせ。そうなったらあながち間違いでもないんじゃないのか?」
「……そうですね、確かに」
リューナは軽口のつもりであったが、いつもの彼女の反応とは違っていた。もしかしたら、母親のことを考えてしまったのかもしれない。死、だなんて口に出さなきゃよかった――後悔したリューナは自分の両頬をこぶしで挟み、ぶるっと頭を打ち振るってことさらに明るい声を張りあげた。
「大丈夫だって、トルテ! 俺たちがなんとかしに行くんだろ? ハイラプラスのおっさんが言ってたじゃないか。諦めなければ、必ず何とかなりますから――ってさ。今までだって俺たち、なんとかしてきたんだ。今度だってぜえぇぇんぶ、うまくいくさ!」
「はい」
トルテは頷き、顔をあげた。リューナが結わえた命綱に気付き、「ありがとう」と微笑む。
リューナは彼女の手を引くようにして慎重に足を前へと進めていった。橋の端のほうには、ひび割れている箇所が幾つもある。さきほど崩れてしまった場所にも亀裂があった。
踏む先の床を確認しつつ歩いていたリューナの耳に、トルテの声が届いた。
「リューナ、見えてきました! ほら、あれ……」
言葉の終わりは、畏れを感じたかのようにひどく掠れている。顔をあげた彼もまた、その光景に目を見開き、進むことを忘れてポカンと口を開いて動きを止めたのだった。
「すっげぇ……どうなってんだ」
闇の先へと続いているかのような道の先には、長大な体躯と迫力のある頭部をもつ、とてつもなく巨大なドラゴンの像が建てられていた。まるで訪れた者を出迎えるよう、あるいはこの先に隠された秘密を暴く者を威嚇し思いとどまらせようとでもいうかのように、凄まじい形相をしている。
幾重にも巻いた胴を横倒しにして螺旋のように渦巻かせ、さながら蛇のように胴体をぐるぐると道に巻きついているさまは、まるで神聖な場所へと続く洞穴を思わせた。
「おそらくさ、歓迎できる相手には感動してもらって、ここに攻め入ってきた敵には脅しをかけて先に進むのを思いとどまらせようとしたんじゃないか? それにしても凄すぎるけどな……こんなでっかい石の像だなんて」
「ほんとですね。伝説にある始原の存在のひとつ、『巨大魔海蛇王』の姿を模したのでしょうか……尾と胴をぐるっと繋いだら、王都がすっぽり入ってしまいそう……」
神秘と畏敬の念に打たれ、ふたりは囁き声で言葉を交わした。
「それは言い過ぎなんじゃないのか。そこまででっかい奴が居てたまるかっての」
「でも……ほら、リューナ。下の見えないところまで胴が続いているんですよ。それでぐるぐると上から下まで何重にも螺旋になっているんですもの。そのくらいはありそうだと思いませんか? 作られたものだなんて信じられません。伝説のレヴィアタンそのものが石化してここを守護している、とかいうほうがまだ納得できそう……」
トルテが息を潜めるように小さな声で言葉を続けた。そろりと視線を上げて、石像の巨大な瞳の様子を不安そうな顔で窺っている。
無理もない、とリューナは思う。怖ろしく巨大な竜像は今にもこちらへ首を曲げて動き出しそうなほどに生き生きとした表情をしていたからだ。瞳の直径は、こちらの背丈の倍近くあるのだ。その形相は厳めしく、醜怪ではあるが人智を超越した造形であるゆえに、神々しいまでの圧倒的な威圧感と美しさを秘めている。
同じ始原の存在であるはずのドラゴン――古代龍のピュイまでもが、羽ばたくことで逆鱗に触れるとでも懼れたのか、橋の上に降りていた。
「昔語りでは、この始原の竜が次元を渡って幻精界へ到達し、この現生界と繋がるきっかけになったと聞きます。そのときの光景を目の当たりにし、幻精界から洩れてきた最初の輝きと息吹を身に受け止めたひとびとが、いまのエルフ族の祖先であったとか」
「だからエルフ族は精霊たちの力を感じ取りやすいってわけか。その辺の真偽は定かではないかもしれないけど、俺たちがこれから行こうとしている場所を考えても、これが『神像』と表現されてもおかしくはないな」
「じゃあ、この先に通路があるはずですね」
トルテが明るい表情で言った。
リューナは通路の先を透かし見ようとしたが、幅の狭い橋が終わるのはまたまだ先のように思えた。上を見てごくりと唾を呑み込んでしまう。
この像のド真ん中を通り抜けるってか――ぶるんと首を振り、脳裏に浮かんだ怖ろしい光景を意識の外へと追いやる。始原の竜の像の顔の真下を通るとき、バクッと食べられなきゃいいけどな、と考えてしまったのだ。
警戒を怠らず、全身で周囲の気配や空気の動きに気を配りながら、そろりそろりと慎重に進んでいく。頭上に竜の首がある場所に差し掛かったときには心臓がバクバクと落ち着かなかったが、なにごともなく過ぎることができた。
あとは、神像の胴の螺旋が奥へと誘う先へと進むのみ。顔を過ぎた辺りから再び空中に舞い上がっていたピュイが、ふいに鼻面の先端をピクリと動かした。足下に目をやりながら慎重に進むふたりの傍まで近づき、顎を開いた。ずらりと並ぶちいちゃな歯と牙が、魔法の光にきらりと光る。得意そうな表情だ。
「ピュイ、ルルルピリッピ」
「空気の流れを感じる? もうすぐなのかしら」
トルテがリューナの体越しに前方を見た。
リューナは腕をかざし、頭上に浮かべてある魔法の光を遮りながら前方に目を凝らした。確かに、道の続いている先の空間に何かあるようだ。まるで夜空に輝く星たちが張り付いたかのように、ゆっくりと穏やかな光を発している空間がある。
進み続けていると、やがてそれが見えてきた。
「壁だ。この道はあそこで終わっているんだな」
リューナは大きく息を吐いた。自分はともかく、背後に続いている少女の足下が危なっかしくて気が気ではなかったのだ。そういえば、外で食事をとって戦闘になったあと、休憩を取っていないも同然であった。表情には出さないが、トルテはかなり疲れているようだった。
闇の空間をすっぱりと終わらせている壁岩には、入り口の扉と同じ帯彫刻がびっしりと彫られていた。それらが幾重にも交わり、複雑な魔法陣のようにも思える巨大な紋様を描いているのだ。
リューナの瞳にもはっきりそれとわかる、魔導の光が数え切れぬほどの輝きとなって、岩の表面を駆け奔っている。遠目に輝いてみえたのはその光だったのだ。
「魔導特有の緑と青、そしてたくさんの黄色の輝き……本来、『召喚』の『名』をもつ力を表す色なのですけれど、『転移』や『門』の魔法陣ではないみたいですね」
見れば、トルテの瞳のなかに星のような閃きがあった。闇のなかで彼女の瞳を鮮やかに浮かび上がらせている。
「壁が展開している魔導の力に、トルテの魔力が反応しているのか。この先に進んで大丈夫なのかな……」
瞳に現れる光の明滅は、魔導行使の徴である。疲れているトルテの体にさらなる過度の負担がかかっているのではないか――リューナは心配になったのだが、トルテはしっかりと頷いた。
「だいじょうぶですよ、リューナ。この先は安全だと思います。それに……あたしたちは進むしか選択はありませんもの」
「……だな。よっしゃ、俺が支えるから、もう少しだけ頑張ってくれ」
「はい」
「ピュルティ、ルラピ?」
「平気です、ピュイ。先に行ってても構いませんよ。たぶん地図のとおりなら、壁の内部に広い空間があるはずだから」
じゃあ、そこまで進んだら休憩にするか――リューナはトルテの腕を支え、安全な足場を選んで前へと導きながら考えていた。
「いいんです、疲れていないから。すぐにでも進みたいの」
トルテには珍しく、頑固にそう言い張った。ようやく岩壁に囲まれた通路までたどり着いたというのに。彼女はなめらかな石床の上にへたり込み、魔力を賦活する液体の入った水筒を二度ほど傾けたあと、すぐに決然とした面持ちで立ち上がったのである。
リューナは背負っていた荷物を下ろし、彼女に向き直った。
「トルテ。途中で何かあって倒れたら困るだろ。半刻くらいは休まないと頂上まではもたないぞ」
「でも……」
つぶやくように言って俯いたトルテの姿を見て、リューナは彼女の傍に歩み寄った。腕を伸ばし、歳下の魔導士の少女の体を引き寄せ、力を篭めて抱きしめる。トルテが驚いたように目を見開いたが、その瞳がみるみるうちに潤んでいった。
いまは四つの年齢差がつき、埋められぬ時間の隔たりはふたりの身長差をより大きなものにしていた。抱きしめられたトルテが観念したように力を抜き、リューナの胸にもたれかかるようにして体を預けた。
落ち着いた声音になるよう心掛けながら、少女の小さな耳に言葉をかける。
「らしくないな、トルテ。おまえが倒れちまったら、俺たちの旅も終わってしまうだろ。急がば回れだよって、ディアンもよく言ってたじゃんか」
「うん……うん、わかってる。ごめんなさい。でも……行かなきゃって気がして。冷たくて嫌な予感が急かすように、あたしの背中を押しているの」
リューナはトルテの背後を見た。もちろん押してくる予感が物理的なものではないとわかっているが、ちょうどそこにピュイが居たのだ。トルテの外套の端をしっかと前脚の鉤爪で握り締めている。リューナは顔をしかめてみせ、舌を出してやった。
ピュイは憤然と頬を膨らませた。――どこの世界にこんな器用で感情豊かな龍が居るってんだよ、と呆れたリューナのほうの腕の力が抜けてしまう。
目の端を自分の指で拭い、トルテが顔をあげた。
「ありがとう、リューナ。心配かけてごめんなさい」
「あ、いや。そ、そうだ、いい考えがあるぜ! もし魔力が足りないときには、俺のを持っていけよ。ハイラプラスのおっちゃんが行使してたのがあっただろ、ほら、確か『魔力移動』とかいうやつ」
我ながら素晴らしい思いつきだ! ――勢い込んでトルテに語るリューナだったが、すぐに言葉を切った。ぞわりと背筋が冷えるような、嫌な振動が響いてきたのだ。
トルテも気づいたのだろう、不安そうな視線を彷徨わせたあと、リューナの視線の先と同じ天井を見上げる。
「なッ……」
間違いない、巨石の組まれた通路の天井が、ガタガタとズサズサと揺れはじめたのだ! 同時に、凄まじい圧迫感が襲い掛かってくる。
「あっ!」
トルテが悲鳴をあげた。リューナが彼女を背後へ突き飛ばしたのだ。それが精一杯だった。
トルテの背後にはピュイが居る――あいつならトルテが壁に叩きつけられるのをその体躯で防いでくれるはずだ。
腕を掲げて首と頭頂部分をかばう。圧倒的な重みが激しい痛みとともに全身を襲い、リューナの体を一瞬で石床へと叩きつけた。
轟音の中で鼓膜を揺さぶったのは、トルテの悲鳴のような呼び声ではなかっただろうか。リューナは意識を失うまいと閉じた目蓋の内で瞳に力を篭め、自身の中の魔力を奮い起こした。
――チクショウ! こんな瞬間にこそ役立ってくれよッ!
リューナの魔導の力の『名』は『生命』だ。身を護る『防護』も行使することができるはず。とはいえ、精神集中はおろか準備動作さえできていない状況だ。
刹那とも永劫ともつかぬ責め苦が過ぎ去り、怖ろしいほどの静寂が周囲を満たした。
「り、リューナ……リューナ!」
トルテの震える声が聞こえた。リューナはうっすらと目を開き、頭部と脚と背中に生じている痛みに呻きながら、起き上がろうと必死に腕を突っ張った。
ガラガラという音と重みが自分の体の上から雪崩れ落ち、土埃の向こうに青白い光が透かし見えた。トルテが灯した魔法の光だろう。
「リューナ!」
涙の滲んだ呼び声とともにやわらかな白の輝きが視界を満たし、全身を駆け巡っていた痛みが潮引くようにすぅっと薄れていった。細やかな腕がリューナの背に回され、彼をぎゅっと抱きしめる。リューナの腕に触れた熱い水滴は、もしかしたらトルテの涙だったのかも知れない。
気がつくと、リューナは瓦礫の山と化した岩天井の上に立っていた。トルテに抱き支えられている。『治癒』の魔法の残滓が彼らを包み込んでいて、ふわりと空中に溶け消えゆくところだった。
「もう大丈夫だ……トルテ。怪我はないか?」
「あたしは平気です。でもリューナが……リューナがぺっしゃんこになったかと思って……あぁ、リューナ! 無事でよかった……」
トルテは心底安堵したかのようにリューナの頬をそっと撫で、ゆっくりと息を吐いた。
周囲に積み上がった岩の量は半端なものではない。よく死ななかったものだな……と下敷きになった本人が呆れてしまう。
「ピリューィ!」
ピュイが鳴いた。瓦礫の山の向こう側だ。
「どうした、ピュイ!」
「なにがあったの?」
リューナとトルテは瓦礫を乗り越え、後脚をばたばたと踏みかえている古代龍の傍に立った。
あえて指差されるまでもなかった。ピュイが何を発見したのか、ふたりはすぐに見つけたからだ。
おそらく崩れて降り積もった瓦礫の山の上から転げ落ちたのであろう。派手に目を回した幼女が、仰向けになって大の字に倒れていたのだ。
トルテがぽっかりと口を開き、目をまんまるにしてリューナを見た。おそらくリューナ自身も、そのような顔をしていたに違いない。
ふたりは顔を見合わせてから、もう一度倒れている相手に瞳を向けた。
その相手がぴょこんと上体を起こしたので、ふたりとも思わず素早く身を引いてしまった。開かれた瞳の色彩、そして全身から放たれている雰囲気が、あまりにも現生界の生き物とかけ離れていたがゆえに。
ピュイが、まるで空気の抜けるような鳴き声をあげた。
幼女は大きな瞳で周囲を見回し、リューナとトルテ、そして自分と同じほどの背丈をした龍の存在に気づいた。不思議そうな顔をして、首をちょこんと左に傾げる。
白銀に輝く涼やかに垂らされた髪、美しい水宝玉色の瞳は内なる光に照らされているように透き通っており、肌は抜けるように白くなめらかだ。幼い少女のような外見をしているが、明らかにリューナやトルテと同じ人間族だとは思えない気配を放っている。
「ここ、どこ? あなたたち、だぁれ?」
硬直したように動きを止めているリューナとトルテ、そしてピュイを眺め、幼女が訊いた。波動のような音、心そのものに伝わってくる響きを持つ声で。
「すごい……魔力だけで姿かたちを成しているなんて。まるで……まるで、幻獣みたい。でも不思議な感じ……。もしかしてあなたは、幻精界から来たんですか?」
トルテがぼぅっとした表情で口を開いた。頬が上気したように染まり、オレンジ色の瞳がきらきらと輝いている。胸に手を当てて呼吸を整え、膝を折るようにして身をかがめる。座り込んだままの幼女の目線と合わせるようにして、トルテはにっこりと微笑んだ。
「あたしはトゥルーテ。みんなからはトルテって呼ばれています。あなたのお名前は?」
「ナルニエ。ナルって呼んでくだしゃ――ください」
にぱっと幼女が笑った。
リューナはようやく得心した。そうか……この女の子は、魔導書で読んだ幻精界の住人と同じ特徴をもっているんだ。純粋な魔力そのもので構成された身体、輝くような容姿! だけど……どうしてこんなちっこいガキの姿をしているんだろう。
「そっちのしつれー、失礼なおにいさんは、どなた?」
ぴっ、とリューナを指差し、ナルニエと名乗る不思議な幼女は頬を膨らませた。先程のピュイを思い出させる仕草である。
「ていうか、俺の考えが読めるのかよ! あ、いや、んな訳ねえか、驚いた。俺はリューナだ」
「よめるわけないでしょが、リューナ」
「いきなり呼び捨てかよ……」
「ピュルルルピピィ」
「いいから笑うなっての!」
リューナは腕を組み、眼前の幼いふたりを睨みつけた。巡らせた視線がトルテと交わり、咎めるような眼差しに気づいて慌てて腕をほどく。
「ナルちゃん、上から落ちてきたの?」
視線を幼女に戻したトルテが穏やかに尋ねると、ナルニエはこくりと頷いた。
「うん。下にいたんだね、ごめんね、下敷きにしちゃって。拡散しちゃってるあいだにあちこちボロくなってたって気づかなくて、崩しちゃったの」
「かくさん?」
「うん」
ナルニエは悲しげな表情になり、首を振った。白銀色の髪がさらさらと揺れる。身に纏っているのは、蒲公英色をした可愛らしいパフスリーブ袖のワンピースだ。若緑色の糸で織られた頭巾つきのケープを羽織っている。どちらも銀の糸で縫われていた。
「何千年……経っちゃったんだろ。生き残りはきっとわたしたちだけなんだね……あなたたちの気配を感じて集まってみたら、たったこれだけしかいなかったもん。こんな姿じゃ、現生界を旅する『白き闇の都』には見つけてもらえないだろうな……というか、いまでもあの集合体は動いているのかなぁ……」
ナルニエは思慮深げな顔で眉を寄せ、首をひねった。仕草はとても可愛らしいのだが、どうやら『ひと』ではなかったようだ――リューナはしげしげと幼女を眺めた。




