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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【第六部】 《古代龍と時の翼 編》
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7章 夢幻都市と龍の居城 6-20

 そのような遣り取りを経て決定されたふたつの計画は、いま実行に移されていた。


 リューナが魔導航空機ヴィメリスターを操縦して『夢幻都市』エターナル中を翔け巡っている間、ディアンは正面モニターの片隅を使って『夢幻の城』内部の詳細なデータを集めていた。その情報は、操縦席の後ろにある席に展開された専用モニターに転送されている。そこにはトルテが座っていた。


 彼女はそれらを眺め、城内マップや仕掛けのすべてを記憶している最中なのであった。天恵と呼べる驚異的な記憶力は、彼女の持つ長所のひとつだ。


 ふたりの様子を見回したあと、リューナは操縦席に座りなおした。眼前に展開されている操縦者専用のモニターを視野に収め、背後に集合しつつある敵の影に気づく。


「さぁて、いよいよ……おいでなすったぜ!」


 リューナは仲間たちに声をかけ、口の片端を笑みのかたちに持ち上げた。そろそろ操縦にも慣れてきた。こんなことは人生でそう何度もある経験でもない――心置きなく暴れてやる!


 都市に到着してからというもの、全力アクロバット飛行で縦横無尽に魔導航空機ヴィメリスターで翔けつづけていたのだ。これで背後に追っ手がつかないほうが不自然だといえよう。陽が昇り、いまや大都市の巨大建造物が並ぶ光景は、白き光とくらき陰の織り成す縞模様となっていた。その影の部分から幾つもの不穏な影が現れたのである。


魔導航空機ヴィメリスター二十機、高魔導移動砲台ハイメリアキャノン四機――これで機関の所有している三分の二が、城から飛び立ったという計算だ」


 操舵室ブリッジに戻ってきたラハンが、妻ルミララの隣のシートに座りながら言った。目視で後方を確認するため席を離れていたのだ。モニターではなく自分の目で確認するのは、彼の性分らしい。


「じゃあ、これで城に向かっても集中砲火を浴びることなく近づけるってわけだ」


 リューナは操縦桿コントロールスティックを握ったままニヤリと笑った。ディアンがモニターの魔文字を操作しながらあきれるように、だがすこぶる愉しそうに微笑みながら言った。


「その分後ろから浴びることになるのだけどね」


「後方のヤツらは引き離してやるから問題ナシだぜ、ディアン! 要は城の中層回廊まで安全に接近できるよう、攻撃に隙ができればいいんだ」


 リューナの座っている操縦席の前には、いくつもの半透明なスクリーンが展開されている。そこに死角である真横や後方、上下さまざまな映像が余すところなく表示されていた。背後に集結し、追跡をはじめた敵の魔導航空機ヴィメリスターや、高魔導移動砲台ハイメリアキャノンの群れ――それはまさに群れと形容するに相応しいほどに集まりつつある。その画像の奥がちかりとまたたいた。


「おっと、撃ってきたぜ!」


 リューナは素早く機体を反応させた。直進したまま横転ロールさせ、飛び刺さってきた『電撃の矢(ライトニングボルト)』をぎりぎりでかわす。続く炎は急上昇で切り抜け、氷のつぶては斜めに降下して避けた。すり抜けた建物のあちこちに魔法が弾け、外壁が次々と崩れ落ちる。


「そんな狙いじゃ、千年経っても当たらないさ!」


 乗り込んでいるのはおそらく一般兵なのだろう。魔導士の行使する攻撃魔法ではないので、雷撃は曲がりもせず真っ直ぐに飛び去っていくだけだ。だが威力のほうはそれなりにでかい。生身で受けたらひとたまりもないだろう――軽口を叩いてはいるが、操縦桿を握るリューナの眼は真剣そのものである。


「魔法の増幅装置、か。こんなものが戦争に使われるようになったら怖ろしいな」


「同感だよ」


 ディアンは傾く床にも頓着せず、手もとに表示されている魔法陣や魔文字を繰りながらリューナの言葉に頷いた。


「魔法王国期にも増幅の魔晶石はあったけれど、戦争や破壊の為に使われたことはなかったからね」


 グローヴァー魔法王国は、魔導の力で現生界そのものを統べていた。些細ないさかいやクーデターはあっても、それ以上の争いがなかったのである。考えてみれば、その状態が三千二百年も続いたというのは驚異的なことだ。主要な五種族の代表者――五人の王の共同統治と、それらを監視する評議会の存在。リューナたちの時代と、どちらが恵まれているのだろう。


「こちらは終わったよ」


 ささやかなリューナの思考は、ディアンの声で中断された。いま手元にあるエターナル城内のデータから引き出せる情報すべてを抜き取った、ということだ。


「トルテ、君のほうは大丈夫かな」


「ありがとうディアン。だいじょうぶ、すべて記憶しましたから。迷路のような通路ですが、迷うことはないと思います」


「う……そういえばトルテ、おまえ方向音痴だったような……」


 迷路と聞いて、リューナの背筋を冷たい感覚が走った。類稀なる魔導も記憶力も、迷子になることを妨げてはくれない。遺跡探索の相棒としてトルテと行動をともにしてきたリューナは、彼女の方向感覚を知り過ぎるほどに知り尽くしている。


 だがトルテは、のんびりとした声で自信たっぷりに請け負った。


「だいじょうぶですってば、リューナ。縦、横、高さのある広い場所ではないんですから。クルーガーおじさまがね、迷子になる原因は空間認知能力の甘さだって話していたことがありました。でも今回は換気孔という狭い通路のなか、進むルートを選択していくだけですから。その心配はなさそうですよね」


「ううぅ、頼むぜ」


 ハチャメチャな理論だなぁ……とは思ったが、とりあえずトルテの言葉に頷いておく――やべぇ、心臓が別の意味でバクバクしてきた。リューナは急に疲れを感じてしまったが、すぐに開き直った。いざとなれば迎えに行けばいいだけのことだ。


 その間にも、魔導航空機ヴィメリスターはダイブ、ロール、急上昇を駆使し、後方から放たれる嵐のような攻撃をかわし続けていた。図体のでかい軍艦クラスの敵機が上位魔法を撃ってきたので、すでに後方で高層建築物の三つほどが大きな損傷を受けて崩れかけている。


「しかし……ケツについている数機はともかく、何とかキャノンとかいうでっかいのは操縦も狙いも定かじゃねぇぞ。訓練とかロクにしていないんじゃねぇのか」


「自分の街を壊しているなんて……ひどいですね」


 リューナの耳に、トルテの悲しみに満ちたつぶやきが聞こえてきた。


「あまり心配しないで。このあたりは都市の外周域なんだ。住民たちは都市の奥側に集中して住んでいるから、このあたりにあるのは合成プラントや循環機関、詰めているのは内外を見張っている組織の関係者ぐらいじゃないかな」


 後ろに座っているトルテに首を向け、ディアンが説明した。彼女の心痛を軽くしようと気遣ったのだろう。ディアンはすぐに視線を前に戻し、操縦席に座っているリューナに声をかけた。


「そろそろ都市の外れだよ、リューナ。ここらでいいかな」


「よっしゃ、はじめるぞ!」


 ディアンの言葉に、リューナは機体を急上昇させた。速度を保ったまま宙返り(ループ)し、その頂点で機体を上向かせ、そのまま斜め下に降下するように勢いよく突っ込ませたのだ。その場所は敵機が飛行しているど真ん中である。


 金色の魔導航空機ヴィメリスターは、こちらの数倍はある高魔導移動砲台ハイメリア・キャノンの鼻先を掠めるようにして一気に高度を落とした。後ろに張りついていた二機が驚いたように方向を変えようとしたが、時すでに遅し、凄まじい速度のまま砲台の並ぶ甲板に激突する。ごうん、という重々しい爆発音が立て続けにふたつ、広い都市のあちこちにこだまして延々と響き渡った。


 視界を塞いだ白い煙と飛散した破片とで、空飛ぶ軍艦も銀色の機体も、ほとんどの敵機が騒然としたように隊列を乱した。追っていた敵機はみな、リューナたちの機影を完全に見失ったらしい。でたらめに周囲を飛びまわり、さらなる混乱を招いている。混沌と化した状況のなかで回避が遅れ、敵機同士で互いにぶつかりあい、ふらふらと建物の狭間に落ちてゆくものもあった。


 リューナはその間に地表すれすれまで魔導航空機ヴィメリスターを降下させ、爆発音の続く場所からかなりの距離を開けていた。機体の高度を落とすことで、その位置エネルギーを速度に変えていたのだ。いまや金色の機体は『夢幻の城』へ向け、素晴らしい速度で翔けている。


「このまま一気に最深部まで突っ込むぜ!」


 低空飛行を続けている視界のなか、モニターに感知されて表示されるもののなかに動くものはほとんどいない。リューナは機敏に障害物を避けながらも、厳しい面持ちで操縦桿を握りしめていた。古代龍シニスターの狙いが何であるのかその真意はまだ掴めていないが、現生界に生きる他者を踏みにじっているのは間違いない。


「もうすぐエターナルの城が見えるはずだよ」


 ディアンの緊迫した声が操舵室ブリッジに響いたとき、左右を流れるように過ぎ去っていた建物の林が途切れた。


 視界いっぱいに広がったのは、礫岩が転がる不毛の大地――草木が育つこともなさそうな、荒れ果てた大地である。その場所には自然の恵みというものが感じられなかった。それもそのはず、モニターの示す外気温は灼熱の砂漠と同じほどであるらしい。


 その奥に屹立きつりつしている絶壁は、紅玉ルビーのごとく透け輝く巨大な結晶体であった。空の色は青ではなく、色が抜けたような不気味な白さで覆い尽くされている。その無機質な色彩のなかで異彩を放っているのが、この現生界に存在するものだと思えないほど大きな結晶体であった――めくらましの魔法でも張ってあるのではないかと、リューナが自分の眼を疑ったほどだ。


 太陽は大空に穿たれた穴のような場所から光を放っているように見える。そのような陰惨な陽光のもとにあってもなお、巨岩は燦然と煌めいていた。美しくも異様な光景である。


 その中央には、確かにひとの手で建造されたものらしい城があった。そこが目指している場所、『夢幻の城』エターナルの城である。周囲の礫砂漠が高温である為、まるで陽炎か蜃気楼のように妖しげに揺らめいてみえる。


「こんな暑そうな場所……歩いて近づくことなんかできなかっただろうな。この空飛ぶ乗り物があって助かったぜ」


「シニスターの体内を満たしている『地』と『火』の魔導の力、それらの影響を受けているのかもしれないね」


「この場所を根城として千年以上もとどまっていたとすれば、ありえないことではなさそうですね」


 ディアンとトルテが興味深げに言った。


「それにしても……大陸の中央を走っているはずのフェンリル山脈が跡形もないなんて。どんな天変地異が起こったんだよ」


「間違いなく山脈の位置はここみたいですよ、リューナ。最高峰だったザルバーンが『夢幻の城』のある場所になっていますから。あの赤い宝石みたいなものは、古代龍が眠っていた特別な場所の名残なのかもしれません。シニスターがこの世界を掌握したことで……世界は凄まじい変化を遂げたようですね」


「ディアンは一度あの城に侵入したんじゃないのか? エオニアを救出するために。俺たちと再会したあのときにさ」


「いや、あのとき僕が彼女を取り戻したのは、手前にあったエターナルの都市内部なんだ。ここまで来たのは僕も初めてだよ」


「君たち……語り合っている余裕はないぞ。敵の機体が城の左右から次々と発進している」


 ラハンの緊迫した声がリューナたちのお喋りを遮った。その言葉通り、ぐんぐん近づいてくる真紅の城の両脇から黒い影が次々と空中に舞い上がっている。この礫砂漠には、隠れて移動できそうな岩も建物も何もない――城に待機していた攻撃機や兵士たちを誘い出し、ここで遭遇する数を減じておいたのは正解だったようだ。


「――来ます!」


 ディアンの言葉と同時に、前方に幾つも咲き開いたかのごとく展開された魔法陣から、雷や炎が次々と押し寄せた。


 リューナは瞳に力を籠めて前方に向け、撃ち出された魔導の軌跡と方向を瞬時に見極めながら操縦桿コントロールスティックを操った。魔導航空機ヴィメリスターは凄まじい速度を保ったまま位置と姿勢を変え、すべての攻撃を紙一重で避けながらも確実に城へと接近していった。リューナは自分がトルテの魔導の力を借りて空中を駆け巡り、敵と闘っているときのことを思い出していた――こういう時には思いっきり突っ込むのが一番だ!


 だが、相手の魔導航空機ヴィメリスター編隊も無駄な攻撃を繰り返しているばかりではなかった。タイミングを合わせたのだろう、複数の魔法陣が同時に展開された――隙間なく広範囲に攻撃魔法を撃ち出そうとしているのだ!


「みんな掴まってろよ!」


 叫ぶと同時に、リューナは思い切り操縦桿を引いた。同時に足もとの突起を次々と踏み込んで最大限に魔導出力をあげる。


「なッ、うわっ」


 ラハンのものらしい声と同時に、ルミララの悲鳴もあがった。ディアンとトルテは凄まじい圧力がかかっているにもかかわらず、全身に力を籠めて堪えている。一気に空中高く機体が持ち上がったところで、ふと圧力が抜け、浮遊感が押し寄せたときにだけトルテの小さな悲鳴が聞こえた。


「いくぞ!」


 リューナは機体の姿勢を整え、真下に向けた。おそらく敵にとっては、こちらの姿が太陽の光のなかに見えたに違いない。体が浮くような感覚と同時に内臓が引っくり返るような――首筋の毛がぞわりと立つような感覚に襲われる。


 正面の巨大モニターに、地表の様子が映っている。真上から覗き込んでいる城は、まるで超巨大な円盤のようだ。上層の中央部分に円形の競技場のような広場があり、そこに光り輝く円陣のようなものが輝いているのが見える――何かの魔法陣だろうか?


 けれどその正体を見定めるに充分な時間はなかった。視界いっぱいに迫りくる地表には、ざっと数えても十を超える魔導航空機ヴィメリスターや、高魔導移動砲台ハイメリアキャノンが待ち構えている。リューナはその中心へ向けて機体を突っ込ませているのだ。気を抜くと敵機にはもちろん地面そのものに激突することになる。


 だが、このような動きをとったのには狙いがあるのだ――多勢に無勢の状況を打開する、起死回生の一手が。


「ディアン!」


「任せて!」


 リューナの張り上げた声に、友人である魔導士はすぐに反応した。ディアンが素早く腕を動かして魔導の準備動作を完了させ、目の前のモニターに展開されている魔法陣に手のひらを叩きつけた。リューナたちの乗る魔導航空機ヴィメリスターの先端部分に光が駆け奔り、巨大な魔法陣が展開される。


 『魔法封印シールオブマジック』だ。


 本来は個人に向けて行使される魔法封じの魔導の技であるが、ディアンは『封印』の名を持つ魔導士だ。その範囲と威力は通常の魔導士が行使するよりも遥かに強力なものとなる。加えて魔導航空機ヴィメリスターの増幅装置を介することによって、眼を見張るほどに凄まじい効果ですべての敵を圧倒したのである。


 魔法を向けられた敵機の半分以上が、ぐらりと傾いた。それぞれの機体を宙に浮かせていた浮力発生装置と推進装置の双方が、瞬時にその機能を停止したのである。コントロールを失った機体が次々と地上へ墜落していき、その衝撃でもうもうと土煙が空中高くに舞い上がった。まだかろうじて墜落を免れていた敵機たちも、その視界を完全に奪われて無力化された。


「すっげぇ! さすがディアンだ」


「お役に立てて嬉しいよ。乗り手が魔導士だと、こんな使い方もできるんだね」


 リューナたちはその隙に『夢幻の城』へと接近し、中層にある空中回廊とそれを支える柱の接合部分との狭間に機体を滑り込ませた。


「ここからは、あたしの出番ですね」


 トルテはシートベルトを外し、席から立ち上がった。ラハンとルミララが頷く。リューナも操縦席をディアンに預け、トルテの傍に駆け寄った。軽くほそやかな体を抱き上げたとき、ルミララが布包みのようなものをトルテの腕に押しつけた。


「わたしが手縫いで作った膝と肘の保護パッドですよ。狭い通路を腹這いで進んだら、ひどくこすれるでしょうからね」


「ありがとうございます、ルミララさん」


 嬉しそうに礼を言ったトルテとともに、リューナは非常用の脱出口から外へ出た。途端に、むあっとした熱風が吹きつけ、トルテは髪を押さえてリューナの胸に頬を寄せた。


「熱いんですね、風がとっても」


「だな。だからこそ換気の為の通路がたくさんあるんだろうけど……本当に大丈夫か、トルテ。危険だと思ったらそれ以上の無理は絶対にするんじゃないぞ」


「まぁリューナ、もしかして心配してくれているのですか?」


「当ったり前だろ!」


 腕のなかの小柄な少女の顔を覗き込むようにして小声で怒鳴ると、オレンジ色に透き通る瞳がニコリと微笑むように細められ、この上もなく嬉しそうに見返してきた。


 リューナはトルテを抱えたまま、回廊の屋根に降り立った。眼を上げると、空中回廊と柱が接合された部分、城本体の外壁部分に小さな穴が開いているのが見えた。子どもが潜って遊べそうなほどの大きさの四角い穴だ。それが城内と繋がっている換気孔のひとつであり、エオニアが捕らえられているはずの部屋へ繋がる最短ルートの入り口であった。


「リューナ――これからあなたとあたし、ふたりの意識の一部を繋ぎますね」


「わかった。途中で途切れることのないように、しっかり繋いでくれよな」


 リューナがそう言うと、トルテは彼を見上げてパチパチとまばたきを繰り返して首を傾げ――次いで顎に指を当てるようにして言葉を続けた。


「しっかりと繋いでしまって、後悔は……ありませんか?」


「え? ど、どうしてだ?」


 思わず狼狽するリューナの衣服の端を引っ張り、トルテはリューナの耳もとに口を近づけて囁くように訊いた。


「だって、リューナが強く思っちゃったことぜんぶ、あたしに届くかも知れないんですよ?」


「――ええええッ!?」


 リューナは思わず大声を出し、慌てて「しー、しーっ!」とふたりして唇に手を当てて体を低くした。それでどうなるというわけではなかったが。幸い見張りのような者は周囲にいなかったようだ。


「でも、どうしてそんなに慌てるんですか、リューナってば。あたしに聞かせちゃいけない悪いことでも考えているんですか?」


 トルテは可愛らしい膨れっ面になった。


「い、いや。そそそ、そんなわけないだろッ。ただ、聞かれて困ることならひとつだけ――」


「――あるんですか?」


 トルテが自分の細い腰に拳を突き当て、身を乗り出すようにして上目遣いにリューナを睨む。


 リューナは観念した。魔法で伝わって相手にバレてしまうくらいなら、いま自分の意思で伝えておこう――ひとつ深呼吸をしたあと、言った。


「おまえが好きだ」


 とうとう言っちまった――顔がどうしようもなく熱くなり、心臓の鼓動が耳に響くほどにバクバクと鳴ったが、リューナに後悔はなかった。この際だ、ぜんぶ伝えておこう。さらなる覚悟が決まる。


「幼なじみとかか親友とかじゃなく、それ以上にトルテが好きだ。何やっててもおまえのことばっか頭に浮かぶし、思い詰めた顔してたら抱きしめてやりたいほどだし、俺の命を賭けてもおまえを――ッて何だ、どうしたんだトルテ?」


 リューナは、ぽかんとした表情のまま耳まで真っ赤になったトルテに気づき、自分の頬も同じように熱くなっていることを自覚した。もしかして、はやとちりをしちまったのかな俺――まさか!


「い、いえっ、あのその、そんなつもりなかったというか、そこまで言っていただけるとは思っていなかったというか、な、何ともうしますか――う、嬉しいです。あたしもおなじ気持ちでしたから……」


 ふたりは同じように頬を染めて互いに瞳を逸らしたが、そんな場合ではないことを思い出して顔を上げた。視線を合わせ、互いに頷いてみせる。


「……気をつけていけよ、トルテ」


「はい。リューナも気をつけてくださいね。あたし、エオニアさんと一緒に待っていますから」


 深い呼吸をひとつしたトルテはリューナの手を取り、互いの右手を繋いだ。そうして左手で印を結び、静かに魔導の技を行使した。意識のなかで魔法陣がかたちを成し、そこにぽつんと灯った光のようなトルテの気配を感じる。まるで意思伝達の魔石を呑み込んだかのような感覚だ――実際に呑み込んだら大変なことになるから、やったことはないけど。


 トルテはリューナの手を握ったまま、あたたかな微笑みを浮かべた。それから円を描くように腕を空中に滑らせて『浮遊レビテーション』と『遠隔操作テレキネシス』の複合魔法を具現化させた。ふわりと空中に浮かんで換気孔に向けて空中を移動しながら、明るい声をリューナに向けた。


「さきほどの言葉、告白だと思っていいんでしたら、あとからきっとお返事しますね――だから必ず、迎えにきてくださいね!」


「あっ、ずるいぞトルテ!」


 リューナがそう言ったときには、トルテの後ろ姿はすでに換気孔のなかに消えていた。あとから返事か――リューナはこぶしを握りしめた。敵をぜんぶ蹴散らして、ゼッタイにあいつを迎えに行かないとだな。


「無事で待っていろよ、トルテ」


 その言葉が『精神感応テレパシー』の魔導を通して伝わったのかはわからなかったが、にっこり笑って返事をしたトルテの声が聞こえたような気がした。



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