6章 炎の龍と水の決戦 6-17
テロンは急いで起き上がろうとした。だが、背筋を突き走った鋭い痛みに息が詰まり、再び背中を大地に落としてしまう。両腕に力を籠めて突っ張ってはみるものの、すぐに立ち上がることができない。痛烈な一撃で全身を駆け巡った衝撃が痺れとなって、まだ全身に残っているのだ。
――そろそろ遊びは終わりだ……!
ズシ、ズシン、と大地が揺れる。古代龍が完全にこちらに向き直ったのだ。痛みと憤怒、凄まじい形相に顔を歪めている。
それを見上げる細い肩は僅かも震えず、両腕を真横に差し伸ばしたままだ。ただ、やわらかな金の髪だけが荒々しく吐かれる龍の息によって揺れるのみ。
――退け……邪魔だ!!
激しい思念が叩きつけられ、まるで見せつけるかように再び尾が振り上げられた。背を向けているのでルシカの表情は見えない。だが、彼女がその攻撃を避けずに受け止める覚悟でいることが感じられた。
「すぐに離れるんだ――ルシカ!」
その肩が一瞬だけ震える。ルシカは答えた。
「できない」
とても静かな、はっきりとした言葉。――ルシカは彼を見捨てるつもりは微塵もないのだ!
古代龍は尾を打ち振るった。同時にルシカが素早く腕を動かし、瞬時に魔導の技を行使する。『力の壁』の煌めきが彼女自身とテロンの体を覆った。物理攻撃を阻む魔法の防護障壁――だが、それは際限なく物理攻撃の全てを吸収してくれるものではない。凄まじいまでの圧力がふたりのいる空間になだれおちる。
ズン!!!
圧し掛かるような闇。ルシカが頭上に掲げた腕のすぐ真上で、空が見えなくなるほどに大きな尾が静止した。――否、魔法の殻に阻まれてこちらの肉体にまで到達できなかったのだ。だがその衝撃は凄まじく、砂塵が舞いあがり、周囲の地面が浅く陥没する。
ルシカはオレンジ色の瞳に白い魔導の輝きを宿し、次なる魔導の為に精神集中を続けていた。仲間たちは龍を挟んだ反対側だ。何とかできるのは自分しかいない――テロンは全身の痛みに抗ってどうにか起き上がった。だが、彼の伸ばした手より早く、古代龍の尾がもう一度ルシカに襲い掛かる……!
鞭のようにしなった尾が容赦なくルシカの胴を打ち、それで完全に防護魔法の効果が消し飛んだ。彼女の体が空中に撥ね上げられる。
「ルシカ――!!」
テロン自身のものも含め、いくつもの叫び声があがった。マイナとともに駆け走ってきたクルーガーが跳躍する。テロンはそれより早くルシカを追って地面を蹴って跳んでいた。
だが、テロンの腕が力なく宙を舞っていた彼女の体に伸ばされたとき、巨大な影が割り込んだ。古代龍の顎が音を立てて閉じたのだ――ずらりと並ぶ剥き出しの牙の壁が、突然眼前に生じたかのごとく。
テロンは絶叫し、すぐにその顎に取り付いた。古代龍が首を激しく振り、彼を落としにかかる。テロンはのこぎりのような口の端を素手で掴み、決して離すまいと踏ん張った。
「くそ……落ち着け。何とかしないと……ルシカ!」
ルシカは牙に噛み砕かれているわけではない――テロンは瞳に焼き付いている光景を思い出した。おそらく古代龍は魔導士を生きたまま体内に取り込むつもりで、完全に全身を咥え込んだのだろう。そのままゴクリと呑み下すつもりで。
冗談じゃない……! テロンのなかで何かが爆発した。ルシカをもう二度と失ってなるものか。護るという誓いを、離れないという約束を、もう二度と揺るがせはしない……!!
「うおぉぉぉおおおおっ!!」
テロンはがっきと取り付いていた両腕に力を籠め、体に纏っている『聖光気』の技に全霊を注ぎ込んだ。
ミシリ、と音がした。次の瞬間、凄まじい音と手応えとともに顎の一部が砕ける。古代龍が驚愕したように動きを止め、刹那、顎の力が緩んだ――いまだ!
振り上げた拳を力いっぱい叩きこむ。ぎっちりとかみ合わされていた牙が数本、さらに砕け散る。その奥の赤い闇のなかに、白く細い腕が見える――。
「――ルシカ!」
テロンは叫ぶと同時に自分の腕を隙間から突っ込んだ。脚を突っ張って体を固定する。指先がすべらかな肌に当たる。必死で掴むと、手のひらにしなやかな感触が伝わってきた。
テロンはルシカの体を引きずり出すと同時に、しっかりと腕に抱えこんだ。ぐったりと仰け反りかける細い首を支え、そのまま巨大な顎を蹴るようにして大地に跳ぶ。
どうか無事でいてくれ……祈るような想いで胸が張り裂けそうだった。温かい――弱々しくともはっきりとした彼女の鼓動が伝わってくる。テロンは安堵した――ルシカは生きているのだ!
「あとは任せろッ! 早くルシカを!」
「すまない……!」
入れ違うようにクルーガーが剣を構えて跳躍していた。テロンの背後でギィンという凄まじい音が二度響く。同時にバキリ、と何かが立て続けに折れる音も響いてきた。
テロンは全身をバネにして地面に降り立った。かなりの高さであったが、腕の中のルシカの体に負担ひとつ感じさせないよう気を配って。だが、ぬるりと滑る感触に背筋が冷たくなる。慌てて彼女の体を見た。
ルシカの脇腹に噛みあわされたときの牙による傷が穿たれ、大量の血が流れていたのだ。伏せられたまぶたは動かない。顔色がひどく蒼ざめている――失血によるショックかもしれない。
「急がなければ……!」
テロンに癒しの術はない。自らも蒼白になりながら慌てて術者を求めて立ち上がろうとしたとき、目の前に白い司祭衣がふわりと揺れた。駆け寄ってきたのは、戦場にあっても海のように落ち着いた眼差しをした黒髪の女性。胸には『癒しの神』ファシエルの聖印がある。膝をついてルシカの顔と傷を覗き込むその人物は――。
「大丈夫です、テロン殿下。落ち着いて――ルシカは必ず助けます」
ファシエル神殿の司祭シャールは胸にある聖印に片手を当て、もう一方をルシカの横腹の傷に手を当てた。かつて一緒に戦ったこともある仲間であり、ルシカにとって姉のような女性だ。
「『癒しの神』ファシエルよ……」
祈りの言葉とともに白くあたたかな光が手のひらからあふれ、ルシカの傷から流れ続けていた血が止まる。痛ましかった傷口が元通りのすべらかな肌に戻っていく。『神聖魔法』と呼ばれる、魔術や魔導とは別種の魔法だ。神界に住まうという神々の力を借り受けて為し得る、大いなる奇跡。シャールが行使したのは司祭クラス以上の者にのみ許される『完全治癒』だ。
テロンは安堵のあまりルシカを抱きしめた。その様子を見て、シャールが微笑む。
「よかった……。ファンから直接来たのですが、遅くなってしまい、すみませんでした」
「いや。本当にありがとう……助かったよ」
「コぉぉぉラぁそこッ!! なっさけねぇツラしてんじゃねぇぞッ!」
甲高い声で叫びながら腰にジャラジャラと提げた魔石をまさぐって幾つかを掴み、鎖ごと引きちぎって宙に放り投げたのは、赤みがかった金髪と派手な魔法衣の男だ。頭上で魔石に封じ込められていた護りの魔術と『速詠唱』のための力場が展開される。魔術師メルゾーンだ。リューナの両親であり、ファンの町に住んでいたはずだが、妻であるシャールとともに駆けつけてくれたらしい。
腕のなかでルシカが眼を開いた。
「……ん。テロン……シャールさん?」
その顔に温かないろが戻っているのを見て口もとを緩め、テロンは思わず彼女の頬に手を添えた。
「ルシカ。良かった……すまない。俺のせいで」
「ううん、あなたも――」
ルシカは瞳を潤ませてテロンの首に腕を回した。そして自分の足で立ち上がり、頭上を飛ぶ魔術に気づいて空を見上げる。メルゾーンが素早く詠唱を完成させ、相も変わらずド派手な魔法攻撃を古代龍にぶつけているのだ。
「メルゾーンっ! 無駄に魔力を使い過ぎなの、魔法使いが敵の注意を惹きつけてどーすんのよっ」
「んだとコラあッ! 喰われかけて伸びてたヤツが言うんじゃねぇぞッ!!」
「むむむっ。油断しただけだもん!」
いつもの掛け合いがはじまった、その光景を見ていたのであろう。跳躍していたクルーガーから茶化すような声がかかる。
「どこかのヒーロー張りに遅かったなァ、魔術学園の園長さん!」
「学園長と言えッ! どこかの保育園かと間違われちまうだろうがッ!」
古代龍に剣を突きたてる国王陛下に語気荒く言い返し、メルゾーンは周囲をぐるりと見渡して声を張り上げた。
「リューナはどうしたッ? まったくアイツときたら、書置きひとつで何日も平気で家を空けやがってッ!」
「あら。そういうあなたも若い頃、十年以上お家を空けてらしたじゃありませんか。書置きひとつありませんでしたけれど」
いつもと変わらぬシャールの朗らかな声と笑顔に、喚き続けていたメルゾーンの背中がビシッと真っ直ぐになる。その間にもクルーガーは剣を振りながら地面と古代龍の巨躯との間を往復していたが、テロンには兄が呆れたようにため息をついたのが気配でわかった。同時にニヤリと笑っていただろうことも。
苦笑しつつ周囲を見回したテロンは、さらに気づいた。駆けつけてくれたのが、彼らだけではなかったことを。
「まったくもうっ。和んでいる場合じゃないでしょ? おじさんたち!」
「お待たせしました。いやぁ~、ミディアルからここまで近いようでずいぶんと遠いんですねぇ」
威勢のよい声とのんびりした声にテロンが目を向けると、そこには可憐な異国風の衣装を纏った短剣使いと、息を切らしたエルフの魔術師が立っていた。リーファとティアヌだ。さらに、ふたりの背後からは――。
「やっと到着、間に合ったぁ! ボクたちも活躍させてよねっ」
「クルーガー、テロン、ルシカ、まかせてっ!」
可愛らしくも勇ましい声がふたつあがった。同時に不思議な光を放つ矢が二筋、古代龍に向けて放たれる。
――何ッ!?
狼狽して障壁魔法を展開しようとした古代龍の喉に、青白く輝く光の筋が吸い込まれるように突き刺さる。二本の矢は各々魔法陣を展開して大爆発を起こした。ビシリ、と音を立てて古代龍の表皮が凍りつく。『氷嵐』の魔法だ。古代龍が苦しそうに喉を掻きむしる。
「よっし命中っ! ボクの腕もまんざらでもないでしょっ?」
言葉尻に星かハートのマークでもつきそうな調子で、同世代の娘たちと比べるとかなり背が高い少女が声をあげた。張り出した胸や尻を持つ体に、不釣合いなほど幼い印象の童顔が乗っかっている。体格がよくて背があるのは、彼女が竜人族だからに他ならない。その後ろには髭面の屈強そうな巨漢が立っている。
「おうよ! ルシカの嬢ちゃんたち、またせたなッ!」
「マウ! リンダ、ディドルクさんっ」
ルシカが嬉しそうな声をあげる。その様子にテロンは思わず微笑んだ。――さすがは高位司祭の回復魔法だ。彼女の肌には傷ひとつ残っていない。
マウとリンダは新しい矢をつがえた。翠と青に塗られている優美な弓の表面には、びっしりと複雑で精密な『真言語』が刻まれている。ルシカとマウの最高傑作『魔導弓』だ。
冒険者ギルドのミディアル支部の長であるディドルクが鉾槍を天へ突き上げ、雷のように轟く声で叫んだ。
「おい、野郎ども!! 世界と、自分たちの酒と飯のために、ヤツを叩きのめしてやろうぜッ!!」
その号令と同時に、彼の背後にある木々の間から次々と出てきた大勢のひとびとが、一斉に鬨の声をあげて古代龍に突っ込んでいく。種族や年齢はもちろん、武器も装備も多種多様な集団は、前衛と後衛に分かれるように絶妙な距離をとって各々のパーティで素早く隊形を組み上げた。
「冒険者たちか!」
テロンは目を見張った。これほどまでに組織だったパーティの大規模同盟を見たのは初めてだった。ルシカも彼の隣で「すごい」とつぶやいて目を輝かせている。
冒険者たちの戦いぶりは、このような体躯をもつ相手にはうってつけだ。五人から七人ほどのパーティを組み、それぞれの人員で攻撃、回復、遠隔攻撃の役割を完結させているのだ。軍隊という組織にはない戦いかたである。学ぶべきものがあるな――テロンは感心した。ルシカも同様だったらしい。賞賛するような眼差しでその戦いぶりを見つめている。
「……っと、見惚れてばかりじゃいられないわね!」
気合い充分のルシカに、シャールがやんわりと声をかける。
「行ってらっしゃい、ルシカ。でも、無茶はしないようにね」
「はい、シャールさん」
まるで少女の頃に戻ったかのように、ルシカがぺろりと舌を出して照れ笑いを浮かべた。そしてすぐに表情を引き締め、古代龍に向き直る。
冒険者たちの参戦によって形勢は逆転した。徐々に追い詰められはじめた古代龍は、唸り、顎を開き、牙を剥きだし、狂ったように尾や首を振り回している。ひとつひとつの攻撃が瀕死になるようなものでなくても、十も二十も連続で食らい続ければ我慢も限界を超えたらしい。
――があぁぁぁぁあああっ!!
古代龍が吼えた。大地と闇空がビリビリと震える。ぎらぎらと尋常ではない光を瞳に宿し、文字通り燃えるような視線で周囲を睨めつけ――その巨大な体躯の表面全体にまるで魔法陣のような紋様と文字の羅列がびっしりと浮かび上がる。
「何だッ!?」
総毛立つような怖ろしい気配と様相に、歴戦の冒険者たちは攻撃の手を緩めて一斉に身を引いた。新たな攻撃に備えて前衛たちを護ろうと、後衛の魔術師たちが彼らに回復と防護の魔法を飛ばす。
テロンの横で剣を振るっていたクルーガーが緊張した面持ちで古代龍の体躯を見上げ、口を開いた。
「魔法語じゃないな。もしや――」
「あれは『真言語』だわ!!」
ルシカが叫ぶ。
テロンは彼女の言葉でことの重大さをすぐに理解した。『真言語』とは、一字一句が魔法陣のように力あるものであり、世界の理を書き綴ることのできる魔法言語のことだ。それを遣って行使される魔法は、神の領域に等しいとされるものばかりである。
テロンは周囲に散らばっていた冒険者たちに向かって大声を張り上げた。
「みんな距離をとれ! ――早くッ!!」
「魔法障壁で各パーティごとに護りを固めろ!」
クルーガーも周囲に向けて指示を飛ばした。腕を振って合図を送り、マイナとプニールをさらに後方へと下がらせる。
ルシカが腕先を虚空に滑らせるように動かし、いくつかの防護魔法を具現化した。魔導の技が体を包み込むあたたかさを感じながら、テロンは油断なく古代龍を見上げた。いまや龍の体躯は真紅の輝きで彩られ、傷だらけの首は天を振り仰いで瘧のように震えている。
古代龍の巨大な瞳のなかに恒星さながらの強い光が幾つも現れた――まるでルシカが魔導の技を行使するときのように。龍は音なき音として魔導の理を紡ぎ出した。
――我が命の源、灼熱の炎よ。我が同胞。目覚めよ、目覚めてかたちを成せ! 我が呼びかけに応えよ!
思念として綴られようともその言葉は紛れもない『真言語』――魔導士のみに扱える魔導の言葉。行使されたのは『火制御』であり、その規模は尋常ではなかった。
龍は牙を剥きだし、自分以外のすべてに憎悪を叩きつけた。
――焼き尽くせえぇぇぇぇッ!
その瞬間、闇空は闇空でなくなった。
光が駆け走り、ミディアルの都市の半分が収まるのではというほどの大きさの超巨大な魔法陣が古代龍の頭上に展開される。禍々しく輝く魔法陣の中央から炎が出現し、まるで生き物のように地上を駆け巡った。周囲が阿鼻叫喚の灼熱地獄と化してゆく。
「なんてこと……!」
ルシカは自らも魔導の技を行使し、効果範囲を極大にして『氷嵐』を展開した。攻撃の為ではない。周囲を冷やし、ひとと森の炎上と延焼を防ぐためだ。
テロンは『衝撃波』で炎の直撃を逸らしながら周囲を見回し、仲間たちの無事を確かめた。リンダやマウたちは咄嗟の機転で『魔導弓』を大地に向けて射たことが功を奏し、水と氷の力で自分たちを護ることができている。リーファはティアヌが精霊の力を使って安全を確保していた。冒険者たちに被害が出ているが、何とかパーティ同士で助け合ってこの状況をしのいでいる。
大森林アルベルトは生き物のように暴れまわる炎に焼かれ、炎の海と化しつつあった。これほどまでに広範囲が焼けはじめたのでは、もはや魔術師たちの魔法では消火できないだろうと思われた。猛火は樹齢数百年を越えているであろう木々すらもあっけなく灰に変えてゆく。
狂ったように哄笑する古代龍に、テロンは静かな視線を向けた。膨れあがった怒りが大きくなり過ぎて、かえって精神を平らかに研ぎ澄ましたのである。大地と空の上げる悲鳴と慄きが手に取るように感じられる――間違いない。地鳴りのような響きが少しずつ、だが確実に高まりつつあった。
「テロン」
ルシカが静かな口調で彼の名を呼んだ。テロンは彼女の決然とした表情を見て、すぐに理解した。やはり懸念していたとおり、ザルバーンでの山岳氷河の消失と周辺の氷河湖の決壊洪水による多大な影響が差し迫っているのだ。
「ルシカ。……はじまるのか」
「ええ。……そろそろ来るわ。テロン、お願い――あたしを抱いていてくれる?」
「わかった」
テロンは言葉通りルシカを抱き上げ、マイナを護るクルーガーとプニールに駆け寄った。ルシカがテロンの首に腕をまわし、ぴたりと寄り添うようにして静かに瞑目する。深い精神集中に入ったのだ。
「兄貴!」
「テロン、ルシカの様子――とうとうはじまったのだな。ルアノの避難は完了しているのか?」
クルーガーが念を押すように訊いてきた。テロンは頷き、言葉を足した。
「ああ。ザナスとテラシストの両都市も対岸への避難を完了している」
「そうか」
「あとはミディアルだが――」
テロンが言い掛けたとき、ルシカが瞑目したまま微笑して囁いた。
「……大丈夫。来てくれたわ」
ウルゥルルルルルーゥウゥ!!
「よし、行動開始だ! ――みな聴け、ミディアル方面へ走れ! 水が押し寄せてくるぞ!!」
クルーガーの張り上げた声に、冒険者たちを含めその場にいた者たち全員が移動を開始する。マイナの指示でプニールが地面に伏せ、その背に負傷者たちを乗せた。周囲の森はまだ燃えており、古代龍は咆哮を続けている。
テロンはルシカを腕に抱いたまま、フェンリル山脈として屹立する北壁を見た。闇夜であるにもかかわらず、フェンリル山脈の足もと――断崖絶壁である北壁の下部分がぼぅっと淡く輝きはじめる。
次いでその強固な岩壁が、内側から弾け飛ぶように崩壊した。




