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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【第六部】 《古代龍と時の翼 編》
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4章 過去の記憶、闇夜の襲撃 6-11

 トルテは、エオニアとともに神殿跡の地下に広がる空間の奥に戻っていた。


 数千年を超える年月を経ているからだろう、魔法の輝きは薄れていたが、石造りの柱にははっきりと魔導の技による維持の結界のための魔法陣が刻まれている。


 おそらく魔法王国中期に放置され無傷のままに遺されていた地下遺跡を利用し、後世になって上に神殿を築いたのだろうと思われた。トルテの魔導の瞳には見えているのだが、同じ魔導士であるはずのリューナが気づいていたのかどうかはわからない。


 リューナは今頃、ディアンからどんな話を聞かされているのだろうか。ディアンは様々な事情を抱えているようにみえた。彼が大切に想っているエオニアにも複雑な背景があるらしい――友人のためにならば、役に立ちたいと思う。リューナもきっとそうなのだろう。


「エオニアさんは、こちらに住まわれるようになってから長いのですか?」


 隣を歩く年上の女性に、トルテは尋ねてみた。内なる考えに沈みこんでいた女性は顔をあげ、薄闇のなかでもきらきらと輝いて見える赤い瞳でトルテを真っ直ぐに見返してきた。


 とってもきれいな瞳だわ、とトルテは思う。いつもは明るく笑い、優しい眼差しをしていることが多かったはず。それなのに、ここへ向かっているときから暗く沈みこんでいるのは何故なのかしら――と。


「わたしがここへ来てから、四年になるかな。両親はもう少し長いけれど。わたしは本当の娘ではないのよ。種族が違うんですもの、気づいているとは思うけれど」


 微笑むように首を傾げたので、薄桃色の髪がさらりと流れた。嘘偽りのない言葉であることはわかる。トルテは相手の嘘が見抜ける特技があるからだ――伯父であるクルーガーが言っていたが、生まれながらに人の上に立つことを期待されて様々な思惑のなかで育つと、自然と身につく特技なのだという。自分や大切なものを守るために必要になるから。


「はい。でもまるで本当のご両親みたいに思えます。とても仲良さそうで、あったかくて。やっとおうちに帰ってきたようですのに、どうして悲しそうなんですの? もし差し支えなければ、お話を聞かせていただいても構いませんか?」


「ええ」


 エオニアは足を止めた。ラハンとルミララがいる部屋が目の前だからだ。温かな光が戸口の隙間から足元まで延びている。聞かせたくない話でもあるのだろうか。


「わたしには以前の記憶がないの……そう、四年前に拾われるまでの記憶が。まるで極寒の地を歩くような厚ぼったい衣服を身に着けて、この近くに倒れていたらしいわ。ひどく衰弱していて起き上がることもできず、混乱していて言葉すら失っていたって、父が――ラハンが言っていた。たぶん精神的なショックを受けていたのね。わたしも目覚めてしばらくのことは憶えていないのよ」


「そうだったんですか」


「あれから四年。父も母もとても良くしてくれて、わたしは言葉を取り戻すことができた。兄も、いろいろなことを教えてくれて……でも今は兄は居ないの。わたしのせいでいなくなってしまったようなものかもしれない……」


「お兄さん?」


「わたしを手に入れたがっているやつが居て、その目的を達成するために兄をそそのかして、あちら側に引き入れてしまった。兄に話をしたけれど、聞いてはくれなかった。わたしのせいなのよ……兄はわたしを欲しがっている。交渉の手段……保身のための切り札として」


 エオニアの手が震えていた。トルテはその手を取り、両手でそっと包み込むように握った。


「お兄さんを一緒に連れ帰ることができなくて、とても辛い思いをなさったのですね。別離の痛みに――そしてお兄さんの決意がひるがえらないことを知り、悲しみに打ちひしがれ、さらにそれをおとうさまとおかあさまに報告しなくてはならない。それがいまも胸を締めつけているのですね」


 トルテは優しい表情のまま、瞳を狭めた。先ほどの部屋で、温かな印象に整えられた壁や調度品を見回したとき、壁にかけられていた絵姿をトルテは見ていたのだ――描かれていたのは、ラハンとルミララ、そしてラハンに顔立ちが良く似た青年だ。おそらくあの青年が、エオニアのいう兄なのだろう。


「そしてここに、あなたのお兄さんが来るかもしれない。あなたはその予感を感じ、おそれているのですね」


「……その、通りよ。でも何故あなたはそれを知っているの?」


「知っているわけではありません。そんな気がしました。あなたもディアンも、とても優しいひとですから」


 にこっと微笑んだトルテの顔を、エオニアが眼を見開いたまま見つめた。トルテは真面目な顔になり、小首を傾げた。


「でもどうしてあなたが狙われているのでしょう。それに、狙っているという相手は誰なんです?」


「――シニスターと呼ばれる『古代龍』よ。不吉そのもの、現生げんしょう界に生きる全ての生命の敵だわ。あいつは自分以外の生き物のことなど、少しも思い遣ってなんかいない。ただ自分の存続だけを考え、目的を完遂するためだけに生きているのよ」


「目的?」


「それが何なのか、わたしたちにはわからない。ただひとつ確かなことは、シニスターの支配から……傀儡かいらいと成り果てて未来への希望を失った、わたしたち現生界の生き物の本来の姿を取り戻さなければならないということ。ただそのためだけに、父や母、かつての同胞たちは戦ってきたというわ」


 強い意志を秘めたエオニアの瞳に、光が差し込んでいる。トルテが瞳をあげると、いつの間にか部屋の扉が開け放たれていた。シルエットのようになって、ラハンとルミララの夫婦が立っているのに気づく。


「――そこで立ち話も何だ、入ってきなさい、ふたりとも。それからエオニア……ラスカのことはおまえが気に病むことではない。さ、こっちへ」


「……はい、おとうさん」


 静かなラハンの言葉に、エオニアが頷く。トルテは三人の様子を眺め、そして促されるまま部屋に戻りながら、リューナのことを思っていた。


「襲ってくるかもしれないというのなら……大丈夫かしら。リューナ、ディアン」


 そのつぶやきが耳に届いたのだろう、娘の肩を抱いたラハンが、トルテを振り返った。


「ここは一度襲撃され、徹底的に破壊しつくされた跡なのだ。よもやこんな地下に隠れ家があるとは思うまい、この上に住んでいた息子だって知らないことなのだよ――灯台下暗しというやつだ」


「上にあった都市は、ずっと以前に崩壊した遺跡のように見受けられましたけれど……」


「ほとんどはそうだ――大昔に栄えていたという都市の、破壊し尽くされた成れ果てだ。だがこの神殿のすぐ側に家屋を建てていてね、そこに住んでいたのだ。今は見る影もなく焼け落ち、この数ヶ月の間にすっかり草の芽が生えて覆い隠されてしまったが。いやはや、破壊の上にも生命が生まれるのだから……自然の力というものは素晴らしいものだ」


「その自然の力が、わたしたち生き物にもあると良いのですけれど……。個々の意思を失って、生ける屍のようになってしまったわたしたち以外のひとびとのなかにも」


 それまで口を開かなかったルミララが、前掛けを外して畳みながらしんみりと言った。


「え……どういうことですか」


 トルテは意味をはかりかねて、目の前の中年の女性を見つめた。脳裏に浮かんだのは、透き通る蜜色の光のなかに建ち並んでいた、美しくも壮大な超高層の建築物の群だ。グローヴァー魔法王国の王都もかくやと思わせるほどの規模にみえたが……そういえば生気のようなものは感じられなかったことを思い出す。人影がなく――まるで夢のなかに出てくる幻さながらの街のようだった。


「我々はかつてこの地で、隷属を逃れ、自我が残っていたひとびとに読み書きを教えていたのだ。知識を伝えるための学術機関の生き残りとして」


 ラハンが部屋のソファーに深く腰掛けながら、手で顔を覆うようにして言葉を続ける。その仕草や身に纏っている気配には、相当な濃さの疲労が窺えた。トルテは椅子に座りながら、壁にかけられている絵姿を見回した。そこには、目の前の男性と女性と息子が描かれているほかに、肩を寄せ合いつどっている二十人ほどのひとびとの姿が描き残されている。


 トルテの視線に気づいたルミララが、寂しそうに微笑みながら口を開いた。


「息子と、上にあった村に暮らしていた住民たちよ。わたしたちは知識の伝道者、歴史の語り部――何世紀もの間に古代龍によって捕らわれ、ただ生き長らえて子孫を残していくだけの人類を、いつか本当の意味で解放して、自由な生命としてこれからの世界を生きてゆきたい……その時がきたときのために、知識や歴史を伝え遺していた隠れ里だったの」


「あたしたちの未来が……そんなことになっているなんて。いったいどこで間違えたというのでしょう」


 トルテは呆然としてつぶやいた。父や母、伯父たちが平和に導いてゆくはずの世界が、千三百年もの間にこうも変貌しているとは……信じられない思いだった。けれど、目の前の者たちが決して嘘偽りを語っているわけではないことはわかる。何があったのか――そう、ひとつだけ思い当たる、はっきりしていることがある、それは――。


「『古代龍』、が原因なのですね」


 トルテは言った。胸の衣服を両手でギュッと握りしめ、苦しくなる呼吸にあえぎそうになりながら。


 自分のなかに熾火おきびのように生じた怒りがあった。渦巻く不安もまた、あった。かつて感じたことがない様々に渦巻く複雑な感情だ。――父と母はどうなったのだろう……そこまで考えが及んだとき、トルテは眼前が真っ暗になるのを感じた。


 何かが起こったのだ、自分たちが発ってきた現代で、父と母の身に。そして王国に。でなければ、このように世界が変貌するはずがない……!


「大丈夫か?」


 なかば意識を失いかけて傾いたトルテの体を、ラハンが支えた。エオニアとルミララも心配そうな表情で覗き込んでいる。ぐらぐらと揺れる視界の隅に、地図があった。地形からして、見慣れたソサリア王国の領土の地図だ。だがそこに知っている都市の名は残っていない。隣にある地図でトルテは知った――この上にあった都市がかつて、ミディアルと呼ばれていたという事実を。


「あぁ……リューナ……!」


 トルテは悲鳴をあげるように心の内で呼びかけた。打ちひしがれた瞳をあげ、支えてくれる青年を求めてオレンジ色の瞳が彷徨う。――どうしよう、リューナ……!


 そのとき、地下空間を凄まじい衝撃が襲った。





 リューナは駆けた。一陣の風のごとく、それよりも速く。


 塚森のある森林地帯は、神殿跡の南に広がっている。周囲にはいつの間にか大勢の気配に満ちていた。妙に希薄で生気のない気配だが、間違いなくひとのものだ。人間族と飛翔族、竜人族――世界で主要な五種族のなかの三つ。リューナは駆け走りながらそれらの位置を把握した。ざっと数えても三十は超えている。


 林が切れる。視界が開けた。


 ドゥン!


 眼前で炎が咲き開いた。石造りの柱や周囲の草の原を炎の舌で舐め焦がし、みるみるうちに煤けた黒に染めていく。


「『火球ファイアボール』のようだが――にしては変だ」


 リューナは素早く周囲を見回した。闇夜であったが、いまは燃え広がった炎が周囲を照らしている。


 木々の間に隠れるようにして、巨大な筒を持った兵たちがいる。表面に複雑な紋様を刻み込んだ、無骨そのものの細工だ。その筒から魔法を撃ち出しているらしい。


 見極めようと眼を凝らした瞬間、またひとつ攻撃魔法が撃ち出された。赤い光が筒の表面を駆け巡り、まるで圧縮された魔法陣のように光り輝いたあと、真っ直ぐ前方に発射されたのである。


 赤い光は宙を奔り、神殿跡の手前に突き当たって爆発した。生じた炎と爆風が石の表面や辺りの草を薙ぎ払う。神殿跡の周囲は火の海と化しつつあった。


「ちくしょうッ! やめろッ」


 リューナはひと息に魔法筒との距離を詰めた。それを支え持っていたふたりの人間族の兵士がこちらに気づき、驚いたように首を向けたが、いやにぎくしゃくと人形めいた動きだ。リューナの剣が振り抜かれ、魔法の筒大砲を真っ二つに切断する。


 表面に刻まれた魔法陣が暴走したのか、赤い光が爆発した。抱え持っていたふたりの兵が悲鳴をあげて筒を取り落とす。リューナは素早く飛び退って逃れていた。だが、兵たちの鎧には耐火の魔法でもかかっていたのか、すぐに体勢を整え、抜き放った細身の剣でリューナに向かってきた。


「剣なんざ持ち出しても俺の敵じゃねぇぞッ!」


 リューナは本能で体が動くに任せ、相手の剣を根元から容赦なく叩き折った。金属の放つ耳障りな音が林に鋭く響き渡る。戦いの気配を聞きつけ、すぐに他の兵たちが駆けつけてくるかもしれない。


「トルテ……いま行く!」


 魔導航空機ヴィメリスターを飛び出したときから、リューナの胸にざわざわと嫌な予感めいたものが渦巻いていた。トルテが呼んでいる――そんな気がしてならなかったのだ。


 リューナは素早く自分に『倍力インクリーズパワー』と『倍速ヘイスト』を行使した。このふたつは、物心ついた頃からすでに魔術として使いこなしていた魔法だ。いま魔導の技として使えるようになってからも詠唱することで効果を得ている。


「ディアンは大丈夫なようなことを言っていたけど」


 リューナは大地を蹴った。林から草原くさはらに飛び出し、一気に草の生えた間隙かんげきを駆け抜ける。すでに神殿跡をぐるりと囲むように兵たちが陣容を整え、その範囲を狭めつつあった。


「ここはすでにバレてたってことか!」


 剣を風車のように振り回し、駆け走るようにして位置を移しながら、リューナは次々と兵たちが手にしている武器を叩き壊していった。地面を蹴って宙を舞い、素早く相手を蹴りつけ、反動を利用して次の相手の鳩尾に剣の柄を突き入れる。着地と同時に手首を回すようにして刀身を引き寄せ、次の相手に向かって跳躍する。


 まばたきを十するかしないかの僅かな間に、二十を超える兵士たちを次々に地面に叩き伏せ、リューナはハッと顔をあげた。


「――っとあぶねぇッ!」


 殺気を感じてひるがえした身体のあった場所の背後にある石柱の表面が、爆ぜるように細かく吹き飛んだ。無数の石つぶてが放たれたかのように、柱の表面がボコボコに抉られている。


「何だよあれッ!?」


 思わず愚痴のような言葉を発したリューナに応えたのは、ディアンの声だった。


「銃火器です! 魔法の障壁すら貫いてきますから、気をつけて!」


「何だと、冗談じゃねぇッ」


 火薬を使っていやがるのか――リューナは硝煙の匂いで理解した。魔法とすこぶる相性が悪いとされている火薬である。物理的な魔法障壁を張っても、すぐに破られてしまうかもしれない。避けるしかないか――リューナは眼をすがめて周囲に視線を走らせた。


 兵士が持っている黒くて細い筒のようなものが、ディアンの言う銃火器とかいうものらしい。兵士が向けてくる真正面に向けて発射されることを見抜き、リューナは地面を転がるようにしてその狙いから逃れた。


 ぶわっ!


 押さえつけられるような風圧とともに、巨大なものがのしかかってくる気配があった。思わず飛び退すさったリューナが空を振り仰ぐと、そこに魔導航空機ヴィメリスターが浮かんでいた。乗り込んでいるのは、おそらくディアンだろう。


「そいつをどうするんだ、ディアン! ほとんど後ろが壊れかけているじゃないか。それに武器も――」


「この魔導航空機ヴィメリスターは本来、魔導士用に開発されたものなんだよ。武器が搭載されていないのには理由があるんだ。見てて!」


 覇気のある声が機体から聞こえた。同時に展開された魔法陣に、リューナは息を呑んだ。『真空嵐ウィンドストーム』だ。離れた位置に立っていた兵士たちが吹きすさぶ風に容赦なく引っさらわれたあと、地面に叩きつけられて無力化されていく。真空の刃によって鎧も武器もボロボロだ。近くにいた兵たちは、魔法が行使されている間に飛びかかったリューナによってほぼ全員が昏倒させられていた。


 リューナは旋回する魔導航空機ヴィメリスターに向けて声をかけた。


「すげぇぞ、ディアン! そいつ、操縦席から魔導の攻撃を放てるんだな」


「魔導士の意のままに、何倍にも増幅してね。普通の人間だとそうはいかないけれど。――さあ、これで歩兵たちはあらかた片づいたみたいだ。でも、どうも腑に落ちないな。指揮をしていたはずの者が見当たらない……それに、あっけなさすぎる」


「そうだな……それにしても何なんだよ、こいつら。兵士や戦士にしては動きが鈍いし、鍛えられてもいないみたいだぞ。手に持っている武器がなければ、街で飲んだくれているおっさんとたいして変わんねぇぜ」


 内部にいるディアンに声が届くよう、言葉の前半部分は大声でリューナは語ったが、どうやらその必要はなかったらしい。声を落とした後半部分までしっかり聞こえていたからだ。


「まさにそうだよ。この世界の住人たちはみな、驚くほど脆弱ぜいじゃくになってる。シニスターによって操られているから、本当に傀儡人形さながらの動きしかできないし、個々の意識もあるのかどうかすら怪しいんだ」


「操られているって……」


 リューナは絶句した。


「世界中の住民がそうだっていうのか? あの都市だけでもデカかったのに、でもラハンたちは違ったみたいだけど――」


「それについては詳しく説明するよ。まずはみんなを連れてここから移動しないと――む、いや、待って!」


 ディアンの声の調子ががらりと変わり、緊迫したものになった。


「何か巨大なものが空を飛んで近づいてくる――高魔導移動砲台ハイメリアキャノンらしい光は見えないけれど、それ以上の脅威かもしれない。すごい重圧を感じるよ。こっちは僕に任せて、リューナはエオニアやトルテたちのほうを頼む!」


 ディアンの操る小型の船ほどもある機体が旋回し、蜂蜜色の都市がある方向を向いた。確かにその方向から、得体の知れない、とてつもない気配が近づいてくるようだ。


 気にはなったが、いまは確かにトルテたちを救出するほうが先だ。地下へと続いていた柱は黒く焦げており、いまにも崩壊してしまいそうに見える。無事なのだろうか――ひやりとした汗がリューナの背中を伝う。


「……ナ、リューナ!」


 その柱の影から、小さな人影がリューナに向けて突進してきた。幼なじみの体を全身で受け止めると、トルテはリューナの胸にすがりつき、涙の雫を拭おうともしないまま激しくしゃくりあげた。


「――どうした、何があった!?」


 尋常ではない様子に驚き、リューナはトルテの全身を見回した。怪我はないようだが――次いで背後に続いて出てきたエオニアやラハン、ルミララを見てホッと息をつく。四人とも煤と埃だらけだが、無事であることは確かなようだ。だが、何故こんなにもトルテが打ちひしがれているんだ……?


 リューナはトルテの瞳を覗き込んだ。こんなトルテは、久しぶりに見た――かつてルエインを止めようとして自分の生命を危険に晒し、ハイラプラスの悲しみを深くしたときのように。いや……考え込んでいる場合じゃない!


「今はとにかくこの場所から離れないと」


 ラハンが頷き、口を開いた。


「移動手段を他にもひとつ隠してあるんだ。わたしたちがここに留まっていてはディアンも撤退できない。さぁすぐに向かおう――急ぎなさい!」


 言葉の最後は、ディアンの乗り込んでいる魔導航空機ヴィメリスターを見上げたまま動かないエオニアに向けられていた。ルミララがその背を叩くようにして娘に微笑みかけ、移動を促している。


 リューナもトルテの肩を抱くようにして駆け出そうとした。――だが、ぞわりと背筋をかけのぼった凄まじい悪寒に思わず足を止めた。振り返って、愕然とする。頭上から聞こえたディアンの声も震えていた。


「あれは……まさか、そんな……」


 こちらへ向かって空を飛んで移動してきたのは、凄まじく巨大であり威風堂々とした姿の生き物――話に聞いていた『古代龍』そのものだったのだ。



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