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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【第六部】 《古代龍と時の翼 編》
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3章 出逢いと再会 6-8

 リューナは迷わなかった。


 トルテの体を片腕にしっかりと抱いたまま跳ね上げた足で金属の表面を探り、力いっぱいに蹴る。突起を掴んでいた腕を軸にして、相手に向かって跳躍したのだ。リューナの動きと勢いに驚いた相手が慌てて身を引き、場所を空ける。


 リューナはトルテとふたり、転がり込むようにして銀色の飛竜の内部に入った。


「これ――やっぱり乗り物だったのか」


 視力は暗い内部に追いつかなかったが、魔導特有の緑と青の光が数多の星の煌めきのごとく壁を埋め尽くし、さまざまな魔法陣を展開しているのが見てとれる。


 すぐにバシンと音を立てて頭上の入り口が閉まり、乗り物が動き出す。凄まじい加速の反動で、着地したばかりのリューナたちは固い床上を転がった。壁に衝突する瞬間どうにか間に合い、リューナはトルテをかばった。だが代わりに、自分の後頭部をしたたかに打ちつけてしまった。


「――ッてぇ!」


「り、リューナ! 大丈夫ですかっ?」


 トルテがすぐに起き上がり、呻いているリューナの顔を覗き込むと同時に後頭部に手を伸ばした。『治癒ヒーリング』の魔法の温もりとともに痛みがやわらぐ。


 リューナがにじむ視界を振って焦点を合わせたとき、トルテの後方でさきほどの人物が振り返っているのが見えた。


 自分と同じほどの年齢だろうか、見慣れない紋様の刺繍が施されたフードつきの紺の長衣ローブを纏い、顔に幅広の黒眼鏡をかけている。瞳は見えなかったが、細い体躯であることと、背中の突起がたたまれた翼であることはわかった。


「ああん、もぉ~っ、どういうことなんですかっ。ハイラプラスさぁん!」


 リューナの無事に安堵し、九死に一生を得たトルテが思わずといった様子で叫んだ。


 ――まったく同感だぜ、とリューナが苦笑する。しかし困ったことになった。現代に戻る手段を失ってしまったのだから。


「リューナ……ハイラプラス……?」


 さきほどの人物がゆっくりと近づいてきていた。驚きと戸惑いに震えるその声に、リューナ自身も驚いた。しっかりと聞き覚えがあったからだ。


「まさか」


 相手は黒い眼鏡を外し、被っていたフードを背に滑り落とした。青い色彩の髪がさらりと耳に流れる。ガラスのように透き通った薄赤い瞳が大きく見開かれ、まばたきを忘れたかのようにリューナとトルテの顔を凝視していた。


 信じられないといわんばかりの面持ちで、相手が口を開いた。


「……リューナ、トルテ。本当に、君たちなのかい?」


 呆気に取られていたのは、リューナはもちろんトルテも同様であった。交錯していた互いの視線がゆっくりと落ち着き、互いを認め合い――次いで喜びに輝いた。明るい声が弾ける。


「ディアン!!」


「ディアン、ほんとにっ!?」


 リューナとトルテの声が重なり、被さるようにディアンの声が続く。


「まさか、またふたりに逢えるなんて! 夢みたいだよ。でもこんな場所に、どうして君たちが?」


 ディアンが口もとを笑わせながらも首を傾げたそのとき、ゴウゥン、という不穏な音とたれた様な衝撃があった。手近なものに掴まって衝撃に耐えたディアンの顔にサッと緊張が走り、優しげな表情が引き締められる。


「ディアン、いったいどういう状況なんだ、何があった?」


「追われているんだ!」


 リューナの問いにディアンが叫ぶように応え、部屋の前方に駆け走っていく。


「追われているだって?」


 リューナは起き上がり、いま居る空間をざっと見回した。天井は二リール(メートル)ほど、奥行きは七リール(メートル)ほどで、六つの座席が左右に整然と並んでいる。これが乗り物だとすると、前方にある場所が操縦者の座る席なのだろうと容易に想像がついた。そこにもうひとつ別の気配があることに、リューナは気づいていたのだ。


 その気配のある場所から、やわらかな声が響く。


「ねぇ、ディアン。大変なことになっちゃった! さっきの停止で視覚的にも発見されてしまったみたいなの!」


 耳に心地よい声音だが、口調は明らかに緊迫したものである。どうやらこの乗り物を操縦していたのは、自分と同じ年頃の女性のようだ。前方の壁は一面が緩やかなカーブを描く巨大モニター――いや、窓そのものか?――になっていて明るいので顔はよく見えなかったが、背に翼があるのがシルエットでわかる。ディアンと同じ飛翔族なのだ。


「さっきみたいに振り切れるかどうか、もう一度試そう!」


 ディアンが叫び、女性の座る席に飛び込んだ。入れ替わるように絶妙のタイミングで身をひるがえした相手に代わって操作レバーを握り、足元の突起を勢いよく踏み込む。光り輝く魔法陣がディアンの眼前に像を結んだ瞬間、後方に身を引っ張られるような感覚とともに乗り物がさらに凄まじい勢いで加速した。正面の窓に見えていた景色が飛ぶように後方へと流れ飛んでいく。


「ごめん。理由あって、いま追っ手から逃げているところなんだ。かなり揺れるから危険だと思う。リューナ、トルテを座席に座らせてあげて」


 乱立する巨大な建造物のなかを、右に左に上に下に、凄まじい下降上昇ターンを繰り返しながら翔け抜けていく。ディアンは巧みにこの乗り物を操っていた。確かに彼の言う通り、リューナは平気で立っているが、トルテはバランスを保つことができず、いまにも転がっていきそうだ。


 リューナはトルテを抱きかかえ、傍にあった座席にトルテを座らせた。それでもずり落ちそうになるトルテの体を、リューナは備え付けの安全ベルトで固定しようとした。留め金の部分がどうしても理解できず戸惑っていると、先ほどの女性が手を伸ばし、カチリと音を立てて留めてくれた。


「ありがとう。えぇと――あんたは?」


「わたしの名はエオニア。さぁ、危ないからあなたもシートに座って」


「俺は大丈夫だ」


 リューナが応えた瞬間、ゴゥンと再び衝撃があった。建造物にかすったわけではない。前方のモニターにそんな様子はなかった。とすれば――追っ手が張りついていると思われる背後からの攻撃に違いない。


「追われているって? 敵なのか?」


「ええ。わたしたち、どうしても捕まるわけにいかなくて……。あなた、ディアンの知りあいなの?」 


 女性が問いかけてきた。窮地にあるとも思えないほど落ち着いたその声に、リューナがまじまじと相手を見つめる。


 ディアンとよく似た赤い色彩をもつ瞳、腰まである薄桃色の長い髪、肌は小麦色に近い――リューナたちが生きていた時代の南の隣国タリスティアルでよく見かける肌の色だ。ほっそりとした骨格と贅肉の薄さは、まさに飛翔族らしい特徴といえる。


「僕たちはある組織からの脱出に成功し、逃げている最中なんだ。君たちを見つけたときは本当に驚いたよ。お互い無事で良かった。もう少しで――」


 激しく操縦レバーを引き倒したり押し込んだりしているディアンが口を挟んだ。彼の眼前にある大きなモニターには、幾つもの魔法陣が閃いたり消えたりを繰り返している。


「ちょっと待て。ある組織って?」


 リューナが訊き返したタイミングで、またも凄まじい衝撃が襲ってきた。ガァン! という衝撃のあとにけたたましいアラーム音が鳴り響き、モニターの右上で赤色の光が明滅をはじめる。


「このままじゃ僕たち、撃ち落とされてしまうかもしれない」


 赤い瞳をすがめたディアンが悔しそうに唇を噛んだ。その腕にそっと触れるようにして、薄桃色の髪の女性が悲しそうに寄り添う。


「ディアン、やはり無理なのよ。わたしを置いて、あなただけでも逃げて。……ね?」


「そんなことできないよ! 僕は君を解放するって約束した。君にも誓ったんだ――僕は意地でも守り抜く!」


 ふたりは熱い眼差しで見つめ合った。乗り物を操作しているディアンはすぐに前方に向き直ったが、エオニアと名乗った女性のほうは涙に揺れる瞳ですがるようにその横顔を見つめ続けている。まるで引き裂かれそうになっている恋人同士のように。


 衣服の裾を引っ張られる感覚があり、リューナはハッと我に返った。


「ねぇ、リューナ。――あたしたちでふたりのお手伝い、しませんか?」


 リューナは意を決した。威勢のよい声で、彼を見つめていたひたむきなオレンジ色の瞳にこたえる。


「よっしゃ、やってやろうぜ! エオニア、だっけ――どこかに後ろが見える窓ねぇかな?」


 突然の申し出に戸惑ったエオニアだが、ディアンがきっぱりと頷いたのを見てすぐに表情を引きしめた。


「あるわ――こっちよ!」


 エオニアは座席の背もたれや壁の手すりをつたうようにして揺れる空間内を移動し、後方にあったスライド式の扉を操作した。


 座席から抜け出てきたトルテを支えつつ、リューナは女性を追った。


 扉をくぐると、狭い通路に充満していたキナ臭い匂いが鼻をついた。気圧も変わっているようで、鼓膜が押されるような感覚がある。どこかが破壊され、何かが燃えているらしい。通路の先の空間に立ち止まっていたエオニアが指し示したのは、小窓のような細いスリットが幾つも開いている壁の一部分だった。後方確認のための細隙さいげきである。


 リューナとトルテが僅かなスペースから覗くと、後方の様子が見えた。この銀の飛竜と同じような乗り物が五体、そしてでかい親玉みたいなずんぐりとした外観のものが二体いる。いずれも同じように宙を飛び、建物の間を巧みに抜けて滑るように追いかけてくるのだ。


魔導航空機ヴィメリスターの後継機が五つ、高魔導移動砲台ハイメリアキャノンがふたつも。ウピ・ラスカはいったい何を考えているのかしら……そんなにわたしが欲しいというの……」


「ヴィメリ……スタ?」


「え――あぁ、そうね。魔導航空機ヴィメリスターというのは、いまわたしたちが乗っているこの機体のことよ。科学の技術で造られ、魔導の力を動力として空を翔ける航空機の型のひとつ。推進装置と浮力を作り出す装置が魔法陣を展開している機体を指す言葉。以前のものは同時展開されていたから、増幅装置が暴走したりしていろいろ危険だったみたいだけど、今の型は独立して展開するよう、新たに開発されたものなの」


 同時展開うんぬんはよくわからなかったが、ヴィメリスターが空飛ぶ乗り物を指し示す言葉であるのは理解できた。


「じゃあ、キャノンとかいうほうは、名前のとおり砲弾とか撃ってくる機体ということだな」


「その通りよ。ただし砲弾じゃなくて、魔法そのものを撃ってくるんだけど」


 魔導航空機ヴィメリスターのほうは、いま乗り込んでいる金属の空翔ける物と同じような外観――すなわち人工的に造り模したような銀の飛竜のほう。高魔導移動砲台ハイメリアキャノンというのは、前面に砲台を並べているような空飛ぶ戦艦のほうということだ。


 最近グリマイフロウ老が、新たに開発しようとして設計したばかりの魔導の船に似ている。ただしこちらのほうは、優美な装飾も曲線もない無骨な外観だ。


「何だか、どれもこれも空飛ぶ竜みたいなデザインなんだな」


 リューナは素直な感想を口にした。


 エオニアがさらに説明を続けようとしたとき、高魔導移動砲台ハイメリアキャノンのほうから閃光が放たれた。凄まじい気配が、怖ろしい速度で迫ってくる。


「うわっ、撃ってきたか!」


 大気を切り裂き、迫り来る破壊魔法――リューナの首筋がぞわりと総毛立った。


「防ぎますッ!」


 トルテが腕先を突き出すと、後方に巨大な魔法障壁が展開された――『力の壁(フォースウォール)』と『完全魔法防御パーフェクトバリア』の複合魔法だ。同時展開ではない、完全な融合魔導である。相手の魔法は障壁に突き当たり、くぐもった轟音と赤い閃光とともに爆発した。


「何だよあれ……『破壊炎ギガファイア』じゃねぇか」


 本来は『火』の力を持つ魔導士にしか扱えない魔導の技のはずである。


 魔法の障壁一枚で完全に防がれたのは、相手にとって全くの想定外であったらしい。呆然と真っ直ぐに進んできたかのような魔導航空機ヴィメリスターが一機、避け切れず障壁に突っ込んだ。さらにそこへ破壊魔法を撃ってきた砲台つきが衝突して、双方は完全に動きを止めた。すぐに後方へと引き離され、あっという間に視界から消える。


 その後方に続いていた小型機四機と大型の砲台つき一機は、その二機を回りこむようにしてかわし、こちらの追跡を続行している。


 トルテが腕を下ろすと、エオニアは開きっぱなしだった眼をぱちぱちとしばたたかせ、年下の魔導士に感嘆の視線を向けた。


「驚いたぁ……すっごいじゃない! それにしても、この子の使う魔導って不思議なのね。それに信じられないほど強いのね!」


「訊いていいかな、エオニア。あの空飛ぶ機械を停止させるには、機体のどの部分を破壊すればいい?」


「え? ――あ、あぁ。推進力装置を停止させればいいのよ。浮力を生じる装置が下にあって、推進力のほうは上についているあの突起部分なの」


「なるほど、あの部分か。飛竜でいうなら肩甲骨の間にあるトゲの位置だな。――よっしゃ、まかせとけ!」


 リューナは周囲を見回した。気圧が変わっているということは、機体の何処かに穴が開いているということだ。空気の動きをたどってみると、すぐに穴は見つかった。横腹の装甲版が吹き飛び、ぽっかりと穿たれていたのである。


 リューナはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、トルテを振り返った。


「俺が追っ手の残りを足止めする。トルテ、やれるか?」


 トルテもまた口元に微笑みを浮かべ、にっこりと頷いた。


「はいっ」


「よっしゃ!」


 穴をくぐり抜け、リューナは空中へ身を投じた。


 息を呑むエオニアの隣でトルテが腕を差し伸ばすと、リューナの体が宙に浮かび上がった。魔導の流れを眼で追ったエオニアは、リューナとトルテの繋がりを理解して納得したようだ。トルテの魔導の技が、リューナを飛ばしているのである。『遠隔操作テレキネシス』の応用であり、並ならぬふたりの以心伝心、共鳴ぶりの証であった。


「いくぜ!」


 リューナはトルテの力で虚空を運ばれながら、自身の魔導の技を行使した。魔導特有の光が閃き、消えたあとには、愛用の長剣を右手に握っていた。トルテの父テロンより贈られたその剣は、通常の剣よりずっと長いものだ。全体のバランスを取るために柄の部分も長く重量も相当なものだ。リューナのためだけに生まれた剣である。


「――それにしても」


 トルテの魔導の力はすごいな、とリューナは改めて思った。ディアンの操る機体から二百リール(メートル)は離れていて、どちらも凄まじいスピードで動いているというのに。しかもこの重量である。


 そのかわり魔導を行使している間は、トルテのほうが無防備になる。彼女の母ルシカと違い、トルテは異なる魔法を同時展開できないからだ。


「さぁ、トルテ。――容赦なく俺を放り込んでくれ!」


 小声でつぶやいたあと、リューナは空中を翔けて突撃した。飛翔族よりも速く、真なるドラゴンの姿に変化へんげした竜人族よりも大胆に。手のなかに握りこんだ長剣を振りかぶり、眼前に迫った銀色のかたまりに向けて振り下ろす。


 まさに鉄壁でも殴ったかのような衝撃が腕に伝わってきたが、それも一瞬のこと。力任せの一撃ははじめの抵抗を抜けたあと、まるで辿る道筋を見い出したかのようにやすやすと残りを切断した。


 推進装置だと説明された突起部分はすっぱりと切り離され、遙かな地面に向けて落下していく。


「まずはひとつ!」


 リューナは全身を引っ張る力に身をゆだねた。


 次に眼前に現れたふたつ――横をかすめ過ぎる機体に剣を振り回し、狙った箇所を続けざまに容赦なく切り飛ばす。乗り込んでいるだろう誰かの動揺する気配を感じたが、すでにリューナの体は次の目標に向けて運ばれていた。


「さすがトルテ、よくわかってんじゃんか」


 思わず口の端に笑みが零れる。リューナが一撃で相手の物体を切り払ったことを正しく理解し、トルテは次のふたつに時間をかけぬよう通り過ぎざまに処理できるよう導いたのだ。一刻も早く、リューナが戻ってこられるように。


 残った小型機の推進装置を斬り捨てると同時に、リューナの体が凄まじい勢いで引っ張られる。その場所に砲台つきの機体が突っ込み、空中に停止していた小型機にぶつかってその動きを止めたのだ。


 ゴゴゴウゥン! ガガンッ! ギイィィィィィッ……!!


 凄まじい衝突音と金属同士の軋る音が、不可思議な大都市のなか立て続けにとどろく。


「ざまぁみろってんだ! ――おわっと」


 停止した視界いっぱいにトルテの安堵した笑顔があった。リューナは微笑んだ。彼女のもとに無事戻ったのである。


「すごいわ……あなたたちって」


 ポカンとしてさかんに瞬きを繰り返す女性の赤い眼を見るまでもなく、ディアンの操作するこの機体が無事危機を脱したことをリューナは理解した。


 リューナはトルテと眼を見交わし、にっこりと微笑みあった。



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