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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【番外編2】 《白き闇からの誘い 編》
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エピローグ 帰還、未来への想い

 天空に輝く星々が、白い光に満ちた昼の空に見えたとしたら、こんな感じなのだろうか。


 テロンは高い天井を眺めながら、そんなことを考えていた。ルシカの行使した魔導の力『光領域ライトエリア』によって、洞穴の上部は熱を伴わない太陽のような明るさを放っている。湿度の高い空間なので、洞穴内の波打つ岩肌の表面に数多あまたの雫が宿っており、美しくきらめきながら洞穴の表面全体を輝きで満たしているのだった。


「ルシカ、無理はするなよ」


「わかっているわ、テロン。だいじょうぶ」


 隣を歩く魔導士ルシカが、テロンを安心させるためにほんわりとした笑顔で応え、魔導行使のための精神集中として深く瞑目した。


 ルシカのやわらかな金の髪が、あるはずのない風にふわりと持ち上がる。放出される魔力マナが風を巻き起こしているのだ。まつげが震え、白の輝きが明滅するオレンジ色の瞳が現れる。ゆっくりと踊るような動きとともに魔導の光がはしり、魔法陣を空中に描き出した。


 仮そめの姿を与えられた炎の竜が、まだ残っていたヒカリゴケの上方を飛びまわり無力化しながら、一行の進む道を確保していく。


 肌寒いほどであった洞穴内の温度は、いまや春のような暖かさにまで上昇しているのであった。


「エトワのところまでは、もうすぐだ」


 クルーガーの言葉通り、この洞穴内に降り立ったときの場所が見えている。だが、肝心のエトワの姿がない。それに気づいたテロンは周囲を見回した。


「兄貴、エトワは何処で待っていると言っていた?」


「そういや、何処でとは聞いていないなァ。てっきり、ここだと思ったんだが」


「――移動はしていない。ここにいる」


 心に届いた思念でエトワの無事を知り、テロンはホッとした。だが、思念だけだ。姿は見えない。


 テロンたちが首を巡らせると、『海蛇王シーサーペント』の胴体の上に自ら光を放つ人影が現れた。幻精界の住人である最上位種『夢見る彷徨人(フラウアシュノール)』である白きもの、エトワだ。テロンやルシカたちと眼が合うと、出逢ったときと同じようにやわらかな笑顔で頷き、彼は地面を指し示した。


「問題がひとつあるのだ」


「足元の火薬のことか? それともここに居るのが俺たちだけではないから、警戒しているのか? 大丈夫だ、一緒にいる男はイルドラーツェンといって――」


「それもあるが、そうではない」


 クルーガーの言葉を途中で遮るように、思念は続いた。


「そなたらの立つ足元の火薬は、確かに我らの存在を危うくさせるものだ。どうしても魔法的な存在である我らとは相容れぬものらしい。火薬というものは、そも魔法を打ち消す気配を持っているからであるが――いまの問題とは、そのことではない」


「では、何が問題だというの?」


 ルシカが身を乗り出すように訊いた。遥か上に立つエトワを見上げる格好なので、爪先立ちになったというべきか。心配と好奇心が入り混じっている、そんな様子の魔導士の娘を見て、エトワは目元を緩めながら思念を続けた。


「ここは四階層目なのだ。我らが案内しようとしていた、最深部である五階層目へ通じる手段は断たれてしまった。だが――あかつきの瞳を持つ魔導士よ、そなたと、そなたの新しき友人の力を借りることができれば入り口は開けそうだ。さあ、こちらへ。他のみなは、広く場所を開けて待っていて欲しい」


 疑問に口を開きかけるイルドラーツェンの肩を叩き、クルーガーが自分自身とともに後方へ下がらせる。ルシカがテロンを見上げ、問うように瞳を合わせてきた。テロンが頷くとルシカは安心したように微笑み、片腕で素早く魔法陣を描いた。『飛行フライ』の魔導の技でエトワの傍まで飛び、彼女は差し出された手に自分の手を重ねた。


「いいのか、テロン」


「信頼している。危険はないさ」


 後方に下がったテロンは声をかけてきた兄にそう答え、ルシカたちの様子を黙って見守った。


 エトワとともにルシカが瞑目し、思念で何かを伝えられているようであった。眼を開いたルシカは唇をそっと開き、低く、高く、囁くような声で歌いはじめた。短いフレーズが終わると、もたげていたウルの首が頷くように縦に揺れた。


 ウルは長い胴をくねらせて尾を引き寄せ、持ち上げると、ある一点に狙いを定め、渾身の力を籠めてひと息に振り下ろした。


ガゴォォォンッ!!


 床に亀裂が走り、大きな音と衝撃とともに割れ落ちた。下の階へと続く道がひらかれたのだ。


「すごいわ、ウル! さっそくみんなで――きゃっ」


 ルシカが嬉しそうな歓声をあげ、飛び跳ねたので、ずるりと足元が滑った。慌てたウルが素早く鼻先ですくいあげるようにして小さな体を中空へとどめる。おかげでテロンはどうにか間に合い、ルシカを腕のなかに無事受けとめることができた。


「危険がない……わけではなかったようだな」


 苦笑するような兄の声に、テロンは背中を向けたまま自らも苦笑いを洩らした。何もないところでもつまずいて転んでしまう彼女だから、こういうこともあるのだろう……その可能性も、これからは心に留めておくことにする。


「ごめんね……ありがとう。えっとね、エトワが岩盤の薄い位置を詳細に教えてくれたから、ウルに穴を開けてもらったの。他にもいろいろな情報を受け取ったわ。これから眼にするものについて、そしてその使用方法や燃料について、とかね」


 ルシカが瞳を輝かせながら、興奮に頬を染めて言った。


「使用方法……?」


 テロンは首をひねり、穿うがたれたばかりの穴に視線を向けた。





 最下層で一行を待ち受けていた光景は、想像を遥かに超えるものであった。明らかに建設用だと思われる機械が広間ほどの空間に整然と並び、千年の時の流れを微塵も感じさせることなく、錆びることもない最高の状態で保たれていたのである。


「これらが……『千年王宮』を建設したときに使われた技術――機械というものか」


 クルーガーが感心したように声をあげながら、ずらりと並んでいる岩石の切り出し装置や腕のようなものがついた機械などの間を歩き回っていた。


 どれも継ぎ目のない不思議な光沢を持っており、いまの自分たちの文明水準ではすぐに再現できないであろう技術過剰オーバーテクノロジーであることは、ざっと見渡したテロンにもはっきりとわかる。けれど、いつかは目指していく新しい技術のひとつであるだろうことは彼にも想像がついた。


「すごぉい。なんて素晴らしい! すべてを理解するのは大変そう……でも挑み甲斐があるわね!」


 ルシカが瞳に力を込めて大きな声をあげた。どきどきと高鳴っている胸を押さえるように、両手を合わせて握りしめている。嬉しくて仕方がないとでもいうように、眼をきらきらさせて唇をほころばせながら、テロンに向けて言葉を続けた。


「でも安心してね。エトワがね、あたしたちの技術でいますぐに再現できるものではないけれど、ここに並んでいるものはすぐにでも王都の復興に使ってもいいって言ってくれたの。冬までに工事を済ませないと、国民みんなが困ってしまうもの。それに、装置を動かすために必要なものは、きれいな空気と水だけで足りるそうだから」


「それはすごいな……。物を燃焼させたり、魔力マナを使う必要がないってことなのか」


「そうなの。幻精界で生まれた彼らにとって、有機物の燃焼という破壊の力は禁忌らしいわ。そして魔力マナを無駄にできない状況下で使ったものだったから、魔法での操作は問題外だったし」


 テロンは今更ながらにルシカの言葉に含まれている意味の深さに気づき、目を見張った。だが、その深淵までは彼にも理解しきれるものではない。ほとんど神の領域とも呼べるような、途方もない技術なのだ。


 おそらく、知識をそのまま伝えられたルシカ自身にも消化しきれるものではないのだろう。彼女ですら嬉しそうに語りながらも、半ば呆然としていたくらいなのだから。


「グリマイフロウの爺さんがこれを見たら、卒倒しちまうかもな。だが、焦ることはないんだよな――未知の扉を押し開いてゆく楽しみが増えたと思えばいいんだから」


「うん、そうだね」


 言い慣れないテロンの軽口に、ルシカがホッとしたような笑顔を見せた。そんなふたりに歩み寄り、イルドラーツェンが小声で言った。


「発見したこれらは全て、門外不出の最高機密トップシークレットとすべきではないか? 他国に洩れると厄介だろうし……」


 だが、ルシカはきょとんとして軽く目を見張った。


「どうして? これは戦争の道具じゃないのよ。技術をきちんと消化して、求めてきた他の国の技術者たちとも知識を共有し合うつもりなんだけど」


 驚いたイルドラーツェンに、ようやく戻ってきたクルーガーがニヤリと笑いながら言った。


「俺もルシカの意見に賛成だ。それに……これほどに高度な技術なのだ。一国だけの力では、おそらく理解するのに何十年もかかるだろうし。戦争や牽制の道具に使うのではなく、この世界に住まう全ての者たちの豊かな生活や、技術発展のために役立てたほうがいい」


 姿を保ったままエトワが歩み寄ってきて、一行を見回しながら微笑んだ。


「やはり、そなたらを選んで間違いはなかったようだ。これを破壊の道具に使うことはあるまい――我らはそう信じている。それにもしそなたらが、我らの技術を真に理解し、自分たちのものと為し得たあかつきには、我らのように自在に次元の扉を開くことができるようになるだろう」


 白きものに視線を向けられたルシカが、深くゆっくりと頷いた。


「ええ。さっき教えられた事柄の全てを、あたしも今すぐには理解できないけれど、いつか必ず実現してみせるわ。そのときには、きっとあなたたちに逢いにいくね」


 ルシカはにっこりと微笑んだ。エトワは光を透かしたような水宝玉アクアマリン色の瞳を細め、嬉しそうに笑った。


「世界はすでに、新たな流れを迎えているのだ。幻精界には幻精界の、現生界には現生界の。我らもそろそろ幻精界に戻るべき時が来たのだろう」


 白きものは部屋の片隅に描かれていた魔法陣に歩み寄った。踏み込む前に振り返り、テロンたちに向けて手招きをした。


「我ら本来の領域まで到達したからには、移動手段には困らぬ。……案ずるな、これらの魔法陣も含め、全てをここに遺してゆくから、あとは好きに使ってくれて構わない」


「……遺して、ゆく?」


 テロンが訊いた。


「我らの集合体は、幻精界へ帰還する決定を下したのだ。だが、ここに置いた我らの技術をどうするかが問題であった。自らが定めた戒めによって破壊することもできず、このまま移動させることもできない。だから、この世界の者で信頼できる相手に託したかったのだ――我らがここで生きた証として」


 エトワに続き、テロンたちが魔法陣へ踏み込むと、周囲の景色が変わった。光にあふれていた光景から一転、闇の只中に放り込まれたかのようだ。別の場所へ転移したのに違いなかった。


 ジュワアァァァアッ!!


 すぐ近くで凄まじい音が弾けたかと思うと、猛烈な水飛沫が柱のように天へ向けて噴き上がった。その光景には見覚えがあった。この孤島に上陸する前に海上から見えた潮吹きだ。


 ここは島の表層、地面の上なのだ。ふいに頭上から差し込んできた光に思わず眼を向けると、雲の間から月の光が見える。……いや、違う。月の光ではない。風のない魔の海域の空で、重く垂れ込めている雲が切れることはないのだ。光の粒子が集まったような巨大なものが、まるで定まった形のない生き物のように動いているのであった。


「あれが我らの集合体――『白き闇の都(ホワイエリーティ)』という」


 周囲の闇に光を放っているエトワが、自分の体に手を当てながら思念で語った。


「この姿もまたひとつの小さな集合体なのだ。群れという形を取った、そなたらと接触するための集合体『想いを繋げる絆(エトワ)』という」


「集合体だって? 小さなものが集まって、ひとつの生き物のように振る舞えるということなのか?」


「驚くようなことではあるまい……そなたらの肉体とて、たくさんの細胞が寄り集まって成り立っているのだ。それらの個々が我らのように意思を持って自在に動き回れないという違いがあるだけのこと。現生界はまったく奇妙で、まったく羨ましいものだ」


 エトワはちいさく笑うと、周囲に光り輝いている魔法陣のひとつを手で指し示した。


「さあ、そなたらもいったん船で待つ仲間たちのもとへ戻り、待っている者たちを安心させるべきであろう。一階層目に戻る魔法陣はそこにある。我らはここで見送ろう」


「ありがとう、エトワ。いろいろと」


「またね。いつかきっと再び逢えますように。あたしたちも頑張るね」


 テロンはルシカとともに感謝の想いを込めて、新しい友人の手を握った。仲間たちも白きものに別れを告げ、魔法陣に踏み込んでいった。


 転移した先であった砂浜――白と青の光に染め上げられた入り江を自分たちの帆船へと歩き戻りながら、ルシカが言った。


「本当はね、エトワたちは様々な種族が平等に暮らしているこの現生界に、ずっと憧れていたんだって。仲間として認めてもらい、定住して、一緒に暮らしてゆきたかったみたい」





 魔の海域の海面も見慣れてみると、実に様々な色彩に満ちあふれていた。遠く光る燐光は妖しくも美しい不思議な光景として愉しめたし、船ほどの大きさのある魔獣が群れとなって跳ね飛ぶように進みゆくさまは壮観であった。


「ここ、すっごく気持ちいいよー!」


 ルシカが笑顔を弾けさせながら、並走している戦闘用帆船ブリガンティンに向けて大きく手を振っていた。


 その眼で見ていなければ信じられないほどに長大な胴体を持つ魔獣の上位種が、ちっぽけな人間族の船と寄り添うようにしておとなしげに泳いでいる。その頭部の広い部分に、ルシカとテロンが乗っているのだ。


「そりゃあ、俺だって乗りたいけどなァ……」


 帆船の甲板に立ったクルーガーが、ルシカの呼び掛けにぼやいている。


 ソサリア王国の所有する二隻の帆船は無事、魔の海域を抜けつつあった。傍らで泳ぎ進んでいる『海蛇王シーサーペント』のウルの存在が、他の魔獣を一切寄せ付けなかったのだ。損傷がひどかったラムダーク王国の船は、ウルが胴体に巻きつけたロープで牽引している。イルドラーツェンや兵士たちをはじめ、船員たちは全員ソサリア側の船に乗り込んでいた。


 ルルルゥウウウウー!


「あぁ、なるほどぉ。クルーガーには剣で刺されちゃったからダメってことなのね」


 ウルのき声の意味を通訳したルシカが、冗談めかして半眼になる。巨大な眼球とオレンジ色の瞳、二種類の視線を受けたクルーガーが、抗議の声をあげた。


「なんだよ、テロンだって殴っていただろうに」


「ふふっ。テロンはちゃんと謝ったのと、ウルがあたしに免じて許してくれるって!」


「ずるいなァ、それは」


 三人――もとい、ふたりと一体の遣り取りを黙って聞いていたテロンは、眉を互い違いにしながら複雑な笑顔になってしまう。あまりに身を乗り出し過ぎていたルシカの腰を抱き支え、兄に向けて大声で言った。


「そういうことらしい。――すまないな、兄貴!」


 ウッルルルゥゥゥゥ!


 上空を覆っていた厚い雲が途切れ、風が吹きはじめる。明るい日差しが降りそそぎ、テロンは眩しさに思わず目を細めた。とうとう魔の海域を抜けたのだ。


「ソサリアまでもうすぐだね」


 先ほどまでとは打って変わったように静かな口調にテロンが視線を向けると、風になびくやわらかな金の髪を押さえながらルシカが微笑んでいた。眼が合うと、彼女はウルの後方にある船を指で指し示した。ラムダーク王国所有であったボロボロの船体が、右に左に大きく揺れながらき運ばれている。


「あれに乗っていたら、目がぐるぐる回っちゃいそうだね。もっと静かに揺れることなく走行できたら、ウルに引っ張ってもらって世界旅行できそうなのになぁ」


 ウルルルゥルル――!


 ルシカの言葉を聞き、ウルが同意するようにき声をあげた。そのとき甲板の端から、低音がかすれたような声が張り上げられた。


「心配せんでもよいぞ、ルシカ殿! このわしがそやつ専用の曳き船くらい、朝飯前にちょちょいと設計してやるわいっ!」


 ガハガハと自信たっぷりにわらっているのは、グリマイフロウ老だ。高齢であっても耳はまったく衰えていないばかりか、相当に良いらしい。


 テロンは吹き出すように笑ったあと、「良かったな」とルシカとウルの双方に声を掛けた。魔導士の娘と『海蛇王シーサーペント』が、何とも嬉しそうな声で返事をする。


 テロンは穏やかな気持ちになって、近づいてくる故郷の大地を眺め渡した。山岳氷河を抱く高い山脈を背に、緑と翠に輝く森と大河の横たわるソサリア王国――。ルシカと兄と、仲間たちとともに暮らしている自分の居場所。そして自分たちが守り、平和を維持して未来へ発展させてゆく国だ。


 ふと双子の兄の話し声が耳に届き、テロンは甲板に意識を向けた。


「戻るのか、イルドラーツェン。父上との衝突は避けられぬだろうが、それでもこちらとの結びつきを強めようと?」


「何度でも、わかってもらえるまで説得してみせるよ。ソサリア王国と我が国、双方の平和と友好の為に。ラムダークも変わらねばならない。陰謀に渦巻く澱んだ国ではなく、背中を守る必要のない安全な国にしたいんだ」


「次期国王である君の言葉ならば、心強いな」


 ソサリア王国の国王とラムダーク王国の王太子が、互いの手をがっしりと握り合う。その光景を見届けて、テロンは微笑んだ。


 ふいに袖口を引っ張られ、テロンはルシカに視線を向けた。すべらかな白い肌で陽の光を受け、透き通るオレンジ色の瞳をきらめかせ、唇を丸くすぼめるようにして真剣な面持ちのまま彼を見上げている。


「ねぇ、テロン」


「なんだい、ルシカ?」


 ルシカは桜色に頬を染め、ほんの少しだけ視線を動かしたあと、また真っ直ぐに向き直ってテロンを見つめ……首をすこし傾げるようにしてこの上もなくあたたかな笑顔になり、そっと唇を開いた。


「あたしね、あなたに出逢えて……本当によかった。テロン。あなたが好きなの」


「……ルシカ」


 そのとき、ウルの巨大な頭部がぐらりと揺れた。


 姿勢が崩れてふたりの顔が近づき、こつん、と額が当たる。間近で見つめ合ったまま、照れたテロンが微笑むと、ルシカもまた恥じらうように頬を染めた。青い瞳とオレンジの瞳が向き合い、光り輝く海面を映し込んで煌めきを閉じ込めた無限回廊となる――。


「これからもずっと永遠に……愛している」


 ふたりはゆっくりと唇を重ね、互いの温もりを確かめ合った。





 エトワは地下に戻り、最後の封印を解いていた。友人たちが王都の『千年王宮』へ帰り着いたとき、向こう側で復帰させる『転移』の門をここへとどこおりなく繋ぐことができるよう、環境を整えていたのである。


 彼は頭上を振り仰いだ。地下深くにあっても、次元を渡る光の道は通じるもの。雪崩なだれるように、天空から光が降ってくる。『白き闇の都(ホワイエリーティ)』が幻精界への扉を開いたのだ。世界のことわりが揺らぎ、時間の流れが混じりあう。


 エトワは振り返った。最後にもう一度、現生界の光景をしっかりと記憶としてとどめておこうとしたのだ。洞穴内を見通した視界の端に、何かがきらりと輝いていた。


 ひとかけらの石が落ちている。


 光の道のあふれんばかりの強い輝きを内に取り込み反射して、まるで高熱の炎を発しているかのような、爆ぜ割れた水晶のかけらだ。それが何であったのか、彼は理解した。友人たちの面影を思い出したのだ。


 白きものは光に透ける水宝玉アクアマリン色の瞳をそっと微笑ませ、石に、ゆっくりと歩み寄った――。





――白き闇からのいざない 完――


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