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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【番外編2】 《白き闇からの誘い 編》
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6章 光の道 外2-12

 駆け巡る竜さながらの炎の帯は、洞穴内の温度を一気に上昇させた。燃焼による自然の炎とは異なるので、呼吸が苦しくなることはない。だが、その熱さたるや熱に弱いヒカリゴケをめっするに足るものであった。


「イルド! 色の変わった地面に移動して!」


 ルシカは炎を操る魔法陣を維持し続けながら、下に向けて叫んだ。具現化した炎の竜でイルドをあぶらないよう、慎重にヒカリゴケだけを焼いていく。


 『闇の魔神』は戸惑い、もはや消滅寸前であった身体を大きくよろめかせた。踏み変えた足の下にあったヒカリゴケも、すぐに枯れ果てた。闇と火の属性を持つ魔神自身は、周囲を駆け走る炎の影響を受けていない。だが、魔法喰らいによってこうむった影響は少なくなかった。希薄な身体になってはいるが、それでも何とか存在を保ち続けている。


 やがて地面はシュウシュウと音を立てて湯気を生じるのみになり、ルシカは魔法陣を解いた。同時に炎の竜も宙に掻き消えるように消え失せ……あとには陽炎のように揺らめく残滓ざんししか残らなかった。見渡す限り全てのヒカリゴケが枯れ果て、まるで岩にこびりついた泥の跡のように変貌している。


 イルドもまた無事であった。赤い魔法の光を放つ長剣を振り上げ、岩の上に立ったままのルシカに無事を伝えている。


「良かった……ふたりとも無事で」


 ルシカは微笑み、安堵のあまりくたくたと岩の上にへたり込んでしまった。ヒカリゴケには申し訳ないが、あのまま『闇の魔神』を消滅させてしまうわけにはいかなかったのだ。それに遅かれ早かれ、この島の魔力マナが完全に喰い尽くされてしまえば、ヒカリゴケは自滅していただろう。


 呼吸を整えたあと、『浮遊レビテーション』の魔法で地面に降りたルシカは、すぐに『治癒ヒーリング』を行使してイルドの傷を完全に癒した。魔導の力を派手に行使したことで、驚かれるか質問攻めにあうだろうと覚悟していたルシカだったが、彼は落ち着いた表情で立っていた。


 次にルシカは、うずくまっているままの『闇の魔神』に駆け寄った。


 魔神は短く唸り声をあげたが、すでに目の前の魔導士の実力を認めていた。『万色』の魔導士は、彼の記憶にあった過去よりも遥かに強大な力を持っている。いにしえの召喚主に誓わされた魔導士への服従という鎖に縛られている魔神は、近づいてくる彼女に向けて忠誠を示すために深々とこうべれた。


 だがルシカは首をきっぱりと横に振り、戸惑う魔神の傍に歩み寄った。異質な存在ではあるが、その感情は読み取れる。魔神はひどく驚き、もの問いたげな瞳でルシカを見つめていた。ルシカは真面目な面持ちのまま、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「あなたを解放します。……この世界に無理矢理呼び出して縛りつけていた魔導士に代わり、謝ります」


 ルシカが解放の意味の『真言語トゥルーワーズ』を唱え、詫びの言葉を述べる間、魔神はじっと動きを止めたままルシカから目を離さなかった。


「あたしは、あなたがたのように知恵ある存在を、力ずくで従わせることはしない。あたしもあなたも、同じように感情を持っている存在だもの。魔導士としても主従関係ではなく、これからは友人として付き合っていけたらいいなと思っているの」


 魔神は迷い、頷いた。いくぶんたどたどしくはあったが、現生界の言語で答えた。


「ドウやら活眼に値するようだ、ニンゲン族のマドウシよ。我としても非常に喜ばしいモウシデ。……約束のシルシに、あの歌で誓いを立ててクレマイカ」


 ルシカは頷き、そっと唇を開いた。春風のような印象を残す響きを持った言葉が、細い喉からつむがれていく――。魔神は瞑目し、ただじっと深く聞き入った。


 望まれた歌が何であるのかはっきりとは判断できなかったが、ルシカはありったけの魔導と想いを込めて歌った。魔導の力が関する魔法歌として知っていたものは、これだけであったから。歌は間違ってはいなかったようで、ルシカは歌いながらもホッとしていた。


 黙ったまま成り行きを見守っていたイルドは、魔導士の歌を聴いて驚いた。彼の目から頬に、いつの間にか涙の雫が流れていたのだ。低く、高く、うたうように紡がれてゆく詠唱めいた力ある言葉の連なりは、様々なことを彼の脳裏によみがえらせていく。


 子どもの頃に亡くした母のこと、交わした言葉、大切に秘めた思い出……そして、今回船出することになった父王との意見の衝突を……。激動の時代、暗躍する貴族たちの企みから息子をかばってきた過去。魔法という力のために失われた妻への想いと深い後悔。父には父の、国の動かしかたがある。歌の意味は彼にわからなかった。ただ強く、心の隅々にまでに響き渡っていた。多くのことを脳裏によみがえらせ、もう一度考え直すきっかけとなった。


 ――魔導の力を継ぐ者のみが発音できる『真言語トゥルーワーズ』で綴られる歌は、遥か古代の魔法王国の建国のときから伝えられているものだ。神界へ到達し、はじまりの王たちが手に入れた力のひとつであったとされている。特別な歌ではあったが、しごくありふれたものでもあったのだ。


 民たちの血が魔導の力を忘れ果て、発音のすべを失った王国末期には失われていたが、それまでの長い歴史のなかで、祭りのとき、祝いごとのとき、そして揉めごとがあったときにも、この歌の魔法は現生界のすべてのものに安らぎと友愛を与え続けてきたのである。


 ひと続き歌い終えると、ルシカは魔神の瞳を見た。もはやそこに憎悪の光はかけらもない。ただ静かに、穏やかな眼差しで見つめ返していた。


「故郷ニ」


 魔神は言った。ルシカは頷いて応え、ゆっくりと腕を持ち上げた。『送還センドバック』の魔導の輝きがひらき、次元を繋いだ魔法陣が消えたあとには、魔神の姿はなくなっていた。数千年の長き封印から解放され、心の底からほっとしたような微笑だけが、ルシカの脳裏に残った。


 無事、元の世界に戻ったのだ。


 ルシカは長く息を吐くと、上げていた腕を下ろした。そうしてイルドのほうを振り返って、オレンジ色の眼をまん丸にした。その背後にあったものを目にして驚いたのである。ルシカの視線に気づいたイルドが背後を振り返り、自分の背後に立っていた――いや、背後の空間すべてを占めていたというべきか――ものに気づき、あまりの驚きと恐怖に硬直した。


 そこには、乗ってきた船ほどもある巨大な海蛇の頭部があったのだ。魔獣『海蛇王シーサーペント』と呼ばれるものだと、ルシカはすぐに理解した。


 『海蛇王シーサーペント』はうっとりと巨大な瞳を潤ませ、口を半ば開けてゆらり、ゆらりと揺れていた。その背後には、うねうねとうごめく胴がどこまでも続いている。歌を聴いていたのだ。そして、大変気に入ったらしい。


 ウルゥルルルルルルー!


 ルシカと魔獣の視線が合い、見つめ合って、双方は同じタイミングで首を傾げた。ルシカは思わず微笑んだ。


 海の大蛇は首を伸ばし、小さな魔導士の体におずおずと近づいた。魔獣の眼前に立っていたイルドが慌てて跳び退き、腰の剣を構えようとしたが、次に見た光景にあっけに取られ、彼は動きを止めた。逃げも怯えもしないまま、ルシカがそっと巨大な頭部に腕を伸ばし、ゆっくりと撫ではじめたからだ。


「よしよし。さっきの歌、気に入ってくれたのね? あなたも古き血を受け継ぐひとりなのね。でも、ひとりぼっちなの? ずっとここに……ひとりでいたの……? それは寂しかったわね。でももう大丈夫よ、心配しないで」


 ルシカは魔獣の鼻先を撫でさすり、優しく話しかけながらその瞳を覗き込んだ。彼女自身の姿がまるまる映りこむような巨大な瞳である。ドラゴンの瞳のように瞳孔が大きく、希有な宝石よりもなお美しい瞳だ。その輝きの奥底に、はっきりと理性と知性の光があることにルシカは気づいた。おそらく、人語を理解できるほどの知能があるに違いない。


 ウルル……。


「ん? なぁに、後ろに何かあるの……?」


 魔獣がそっと鼻先で押すようにルシカを押しやろうとしたので、ルシカは長い胴がどこまでも続いている向こうを見ようと伸び上がった。ルシカの放った魔導の光が洞穴内を照らし続けていたので、明るさには困ることがなかったが、魔獣の胴体以外は何もないように思えた。ルシカは動きを止め、じっと瞳を凝らした。


 ふいに、何か胸を満たしていくような温もりを感じ、ルシカはどきどきと鼓動を高鳴らせた。まだ何も見えなかったが、心が震え、涙があふれそうになる。これはまさか、この近づいてくる気配は――。


「ルシカ!」


 自分の名を呼ぶ、とてもよく耳に馴染んだ声が聞こえた。駆け走ってくる力強い足音が聞こえる。魔獣の胴をひと息に跳び越え、やっと姿が見えて……気がつくとルシカは相手に向かって走っていた。全力で駆け走ってもたどり着くまでがもどかしい。


 ルシカは真っ直ぐに飛び込んだ。青い瞳の優しい眼差しをした長身の青年、愛する夫の腕のなかに。


「テロン……!」


「……ルシカ!」


 力強く抱きしめてくれる夫の腕のなかで、ルシカはようやく緊張を解いた。安堵のあまり涙がこぼれる。相手の広い胸に顔をうずめ、ようやく本当に安心できるのだと思うと、力が抜けた。くずおれそうになると、テロンはしっかりと支えるように腕に力を籠めてくれた。


 片腕で腰を抱かれ、片腕で頬を支えられて上向いた顔に、テロンの顔がそっと覆い被さってくる。ルシカは微笑み、そっとまぶたを閉じて受けとめた。





「ルシカ、よかった、無事で本当に……」


 テロンは顔を離し、そこまで言うと言葉をつまらせた。やっと見つけた、ようやく腕に抱きしめることができた愛妻に安堵し、喜びのあまり腕に力を籠めてしまったが、ルシカの状態に気づいて慌てて力を弱めた。改めて顔を覗き込むと、ルシカはテロンの瞳を真っ直ぐに見上げていた。眉尻を下げ、申しわけなそうな表情で彼女が口を開く。


「あの……いろいろ、ごめんなさい。無茶をしたり離れちゃったりして、あなたとの約束を破ってしまって――」


「そんなことはいい。その怪我を見ればよくわかるさ。いろいろ大変だったんだろ? だからもういいんだ、ルシカが無事なら」


 テロンが言うと、彼女はポカンとした表情で動きを止めた。「なんのこと?」と言い掛けた唇が半端に開いたまま、自分の体を見下ろし――慌てて腕先で印を切った。白い魔導の輝きが彼女自身を包み込むと、擦り傷や切り傷、打撲のあとや内出血のあとがきれいに消えた。自分のことなど、すっかり忘れていたのである。


 テロンは苦笑しながらホッとため息をつき、もう一度ルシカを抱きしめた。そしてようやくもうひとり――魔獣の鼻先から離れた場所に立っている若者に気づいたのである。腰の長剣の飾りと、皮鎧の胸にあるラムダークの紋章を見て取り、テロンは口を開いた。


「君は、もしかして――」


 テロンが言い掛けたとき、自分の背後からもうひとりの人間が近づいてくる気配があった。涼やかな声がかかる。


「やあ、ラムダーク王家のイルドラーツェン・アル・ラムダーク殿。制止を振り切り、自ら船に乗って来ようとは、さすが君らしいな」


 振り返ると、兄のクルーガーが立っていた。ニヤリと笑って寄越すと、すたすたと前を過ぎて相手に歩み寄り、まるで友人のように親しげにその肩を叩いているのであった。テロンは驚き、思わず声をあげた。


「兄貴! 行方知れずの要人が誰だったのか、知っていたのか?」


「いや、予想していただけだよ。これだけ恥も外聞もかなぐり捨てて必死に行方を捜している者が誰なのか、それくらい簡単に予想がつきそうなものだろ? イルドラーツェン、父君が心労のあまり倒れるほどに心配されていたぞ。立場上言明を避けておられたが、わかる者にはわかるものだ」


「イルド――イルドラーツェン……王太子……? え、えええっ?」


 続いて驚きの声をあげたのは、ルシカだった。逆にその声で虚を突かれたような顔になったのは、クルーガーである。テロンは状況をようやく理解し、ふたりを交互に見つめ、苦笑いを洩らした。そして居心地の悪そうな表情で立っているイルドラーツェン王太子を見て、テロンは怪訝な面持ちで首をひねった。クルーガーは大きく息を吐き、首を横に振りながら額を押さえている。


「ルシカ……君は洞察力と判断力に優れていると思っていたが……。吃驚びっくりするようなところで、肝心な部分が抜けているようだなァ」


「どういう意味よ、クルーガー」


 反論できないルシカが、頬を膨らませる。


「そういう意味だ」


 普段は説明される側、突っ込みを入れられる側であったお返しとばかりに、クルーガーが胸を張ってルシカを見下ろしている。兄貴も兄貴だよな、と思いつつ、テロンは心の内でため息をついた。


 つまりルシカは、一緒にいる相手がイルドラーツェン王太子とは知らずに行動していたのだろう。いずれラムダーク王国を背負い立つ、未来の王である。そういえばルシカは、ラムダーク王国を訪れたことがない。


 そうか……、とテロンは思い至った。ラムダーク王国へは海を越えなければならず、しかもその航路は、ルシカの両親が尊い命を海底へと沈められた場所を通るのだ。父ファーダルスも、兄クルーガーも、そういう理由があって今まで一度もルシカをラムダークへ向かわせなかったのだろう。また、自分たちの結婚式の際にも、王太子までは来てはいなかった。


「――すまない。名を全て名乗らなかった俺のせいなのだ。イルド、と。何故なら、その……」


 イルドラーツェンは、少し言いにくそうに言葉をつまらせた。海育ちの若者の浅黒い顔が、傍から見てもわかるほど真っ赤に染まる。ようやく小声になって、横に眼を逸らしながら言葉を続けた。


「その……、いろいろと格好悪いところを見せてしまったので」


「いえっ。あたしこそ、いろいろとごめんなさい。魔導の力も封じられてしまったし、魔神のことでは無茶なお願いをしたりして」


 慌てて首を振ったルシカの言葉に、テロンはヒヤリと冷たい感覚を味わった。魔導を封じられていた、だって? おまけに魔神だと言わなかったか?


「ルシカ。やはりあの光る苔みたいなものに魔法を封じられていたのか! おまけに魔神が解放されてしまい、戦闘になったというのか?」


 真っ青になったテロンが口を開く前に、クルーガーが怖い表情でルシカに詰め寄った。ルシカは「あちゃあ……」と口を動かしたが、すぐに心底反省したような面持ちになって、迫るクルーガーに向けて両手のひらを顔の前できれいに合わせた。


「だから、いろいろあったの! 本当に、本当に、ごめんなさあぁ~い!」


「まあまあ、兄貴。魔神のことは、もうこうしてルシカも無事だし何とかなったんじゃないか。ルシカにはあとで話を聞こう、落ち着いたときに」


 まるで血の繋がった本当の兄のようにルシカを叱るクルーガーに、テロンは慌てて宥める側に回らなくてはならなくなった。クルーガーはテロンを見た。


「テロン、おまえはルシカに甘い。だが、それが命取りになるときもある。今回のことのように、護りきれる範囲にいなくなったらどうするつもりだ!」


「あ、あのっ、本当に今回はあたしが考え不足で勝手に行動したからで」


 慌ててルシカは双子の兄弟の間に割って入った。そこへ、さらに大きな頭部が割って入る。『海蛇王シーサーペント』だ。


 ウルルゥゥルゥ!


「なんだなんだ、おまえもルシカたちをかばうのか?」


 ウルルル!


「ウル、ありがとう。あのね、クルーガーはあたしのことを心配してくれているの。ううん、そうではないの。そう、嬉しいことなのよ。それに今回はあたしも反省している。でも良いこともあったよね、うん、あなたに会えたんだし」


「……ルシカ、もしかして会話しているのか? しかもウル、とはいったい――」


「この子の名前なの! あたしがいま決めちゃった。気に入ったでしょ? うんうん、あたしも嬉しいわ、ウル。うん……え、クルーガーに剣で顎を刺されたって。そうなの、ひどいなぁ……痛かった? ごめんね」


 テロンは思わず吹き出した。毒気を抜かれてポカンとしている兄には悪いが、笑いがこらえられなくなっていたのだ。安堵したこともあるが、目的のひとつは達成されたのだから。


「……そういえば、エトワは無事なのか?」


「ああ。向こうで待っているぞ。ここには来られないということだったからな。そういや待たせっぱなしだ。急いで合流しよう。それからテロン、ルシカ。もうひとつの目的も達成されそうだぞ。あとでグリマイフロウの爺さんも呼ばないとな。それに……グリマイスクスの爺さんも」


「どういうことなんだ?」


 テロンは訊いた。天才天災コンビのグリマイ兄弟の片割れは、確か化学の分野の専門であったはず。クルーガーはすっかりいつもの態度に戻っていて、ニヤリと笑って答えたのである。


「火薬だよ。この足元の黒い粉になっているヒカリゴケは、火薬の素に使えるらしい。もちろんこのままでは使えないがな。戦争の道具でなくても、魔導の花火に似たものが化学の力で作り出せるようになるんだと」


「それはすごいねっ」


 クルーガーの説明に、案の定、ルシカが瞳をきらきらさせて食いついている。テロンは微笑んだ。ルシカは元気なほうがいい。知識を追い求めて多少無茶をしても、自分の目の届く場所ならば全力で護ってゆこう。離れるよりは――そのほうがいい。


 クルーガーはイルドラーツェンと国家間のことに関して話し込みながら、洞穴の奥に歩いて向かっていく。『海蛇王シーサーペント』であるウルも、当然のようについて進んでいる。楽しげにお喋りしながら歩くには幾分大きな……いや、凄まじく巨大な身体ではあったが。テロンは巨大な頭部を見上げながら、言った。


「ずいぶん大きな仲間が増えたな、ルシカ。それから――ウル、さっきは殴ったりして悪かった。俺たち、喰われてしまうかと思ったんだ」


 ウルルウウルゥゥ。


「誤解だったし、お互いさまだから、だって。話せばこの子はわかってくれたわよ」


 くすくすと嬉しそうに笑いながら、ルシカが通訳してくれた。それから彼女は真面目な顔になって、テロンの腕におずおずと自分の手をかけ、テロンを見つめてきた。眼が合うと、ルシカは口元をほころばせながら囁くように言った。


「ありがとう、テロン。ここまで探しに来てくれたんでしょ? あとからクルーガーにもお礼を言っておくね。それから……今回離れてしまって、よくわかったの。あたしにはやっぱり、あなたが必要なんだなって。あたしに足りない部分を、あなたは持っている。そして、あたしの生きようとする力の源なんだもの」


 テロンは、その言葉が胸にじんわりと染みるのを待って、それからルシカをそっと抱き寄せた。


「俺にとっても同じだ。君が傍に居ないなんて考えられないぞ。もう離れるなよ」


 テロンは言い、微笑みながら空いている手の甲をルシカの額にコンと軽く当てた。


 ルシカは吃驚びっくりしたようにオレンジ色の瞳をあげ、微笑んでいるテロンを見つめ――やがて甘く香る花のようにこの上もなく嬉しそうな笑顔を咲かせて、力いっぱい頷いたのである。



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