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ソサリア魔導冒険譚  作者: 星乃紅茶
【番外編2】 《白き闇からの誘い 編》
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プロローグ 千年王宮の秘密

 それは、ただひとかけらの石にみえた。


 どこまでも透明な多面体のきらめきは、周囲の光を集め、なおいっそうのまばゆい光として放出している。このような地の底深くにあっては、ありえないほどに力強い光のいろで。


 その石は自然なまま長い年月を経て、形成された鉱物の結晶ではない。いや、もともとは結晶であったともいえる――水晶、という名の。


 だが自然の物ではありえないかたちは、内なる力によって爆ぜ割れた痕跡であった。ひどく美しくもはかない生涯を散らしてしまった、花びらのようでもある。


 ふいに長く細い手指が伸ばされ、石に触れた。ことさらに注意深く、ほんの一瞬だけ。


 手指の主は、掴もうとしていた石が熱を持っていないことを確かめたらしい。確かに石はそれ自体が高熱を発しているかのごとく、あらゆる光を収束していたので。


 白き闇に満たされたその空間に現れた人影は、よく見ると人間のものとは違う姿かたちをしていた。関節の動きを感じさせないなめらかな動きは、高貴なものとも実体のないものとも思えるほどに、どこか優美で現実離れしたものである。


 石は、今度はしっかりと指先でつまみあげられた。ためつすがめつ手のひらで転がされ確かめられながら、石はキラリ、キラリとこの世ならざる輝きを放った。その者は微笑し、満足げにひとつ頷いて、石を衣服のどこへとやらに大切に仕舞った。まるで、大切な思い出を秘めた品のように。


 そうしてその者が去り――。


 白い闇の空間は、またもとの静寂を取り戻したのであった。





 白亜の『千年王宮』で知られる王都ミストーナは、グリエフ海に開けた広大な三角江エスチュアリーにある。


 国土を覆うのはふたつの大森林地帯を代表とする広大な緑、そして南北をつらぬく大河ラテーナとその支流が全体をあますところなくうるおしていた。隣接する海はふたつ、グリエフ海とミナリオ海だ。


 魔と静寂の共存するグリエフ海は、深海のごとく濃い様々な青のいろを内包しており、一見すれば穏やかな海域に見えた。だが、いざその海に乗り出そうものならば、想像を超えた大きさの魔獣たちと遭遇し、ほぼ無風状態に近い大気と乱れて先読みのできない海流に捕らわれ、おぼろに燐光を発する正体不明の光に惑わされて、海の藻屑と化して帰らぬ船となるのがほとんどであった。


 だから、ソサリア王国を訪れる船の通る航路は、大陸を沿うように定められたルートか、比較的穏やかな東方のミナリオ海から『無踏の岬』と『竜の岬』を回り込むルートを通ることになる。


 そのような人智の及ばぬ海域は、気の遠くなるほどに遥か昔から栄え続けていたグローヴァー魔法王国なるものが二千年ほど前に滅亡した折、ひとつの大陸がその場所から姿を消したときに誕生したと伝えられている。


 その消えた大陸と隣接するように南隣にあるこのトリストラーニャ大陸は、現在でも変わらずに存在しており、魔法王国の遺産である数々の不可思議な遺跡を遺している。


 大陸はいくつもの気候帯、いくつもの山脈を有し、一部を除きほとんどの領域が穏やかで実り豊かな大地であるため、現生げんしょう界で最も多くの人口を抱えていた。大小十五もの独立国があり、主要な5種族をはじめとして実に様々な種族が暮らしているのだ。





 その独立国のなかのひとつ――。


 人間族の統べるソサリア王国は、夏の暑さの盛りを過ぎ、早くも紅葉に染まる季節を迎えつつあった。


 四ヶ月ほど前の邪神召喚という凄絶な戦いをなんとか乗り切り、いまや王都は復興の兆しを見せはじめている。それどころか、より住みやすくより安全な都市を目指して、国と民がひとつとなって動いているのであった。


 大陸の北部に位置するソサリア王国の冬は、決して温暖でも短いものでもない。冬が来る前に崩れてしまった家屋を修繕し、暮らしている民たちが最も厳しい季節をこごえることなくあたたかに暮らせるよう、少しでも早く復興を進める必要がある。


 若き王子が新王として戴冠たいかんしたと、その彼の双子の弟と宮廷魔導士の娘による婚姻こんいん。このふたつのよろこびが、王国の危機となった悪夢――邪神召喚によって王都の半分が崩れた戦いの傷を癒すことに大きく貢献したのは事実であった。王都とその周辺に暮らす人びとが心に受けた恐怖や悲しみを乗り越え、前に向かうための希望を持つきっかけを膨らませたのだ。


 加えて、新王の国政に対する姿勢も、人びとの気持ちが前に向かうことにはずみをつけた。その地位が高かろうが低かろうが、誠意を持って人びとのために尽力する有能な人材を、分け隔てなく見い出し雇用していく制度を整えたのだ。おかげで、それまで見向きもされなかった職人や学者たちが、活躍の場を与えられ大いに発展しはじめたのである。


 魔術などの魔法の技にされて、それまであまり正当に評価されなかった科学や化学などの知識と技術だ。


 家屋が崩れ落ち、寝る場所すら失ってしまった民たちの仮の寝床としては、王宮の一部が使われていた。白亜の『千年王宮』は王都襲撃の中心にあっても崩壊ひとつせず、名前のとおり建造された千年前と変わらぬ状態を保ち続けているのである。


 奇跡の王宮、と呼ばれるのは過去戦乱の世にも破壊されることなくり続けているといういわれのためであり、また今回の襲撃を乗り切ったためでもあった。だが決して、邪神の攻撃から王都を護るために展開された『障壁シールド』が王宮だけを特別(あつ)く護っていたわけではない。


 その理由に関しては、秘密があった。


 魔導という、いにしえから連なる魔法の力をその身に宿した者ならば、白亜の王宮が揺るぎなく保たれ続けている秘密の片鱗を簡単に垣間かいま見ることができるだろう。


 なんとも優美なアーチや飾り柱が彫刻された外壁。それらがつづる魔導の技により、展開された数多の魔法陣は互いに複雑な相互干渉を生み、より強固な護りとしての力場を形成せしめていた。


 それらはすべて計算され、ただひとつの隙も緩みもなく張り巡らされ――守護をになう数多の魔法陣を統一させて全体でひとつの巨大魔法陣として機能しているのである。


 加えて言うならば、太陽光の当たるその角度すら計算されつくし織り成された光と影の魔法陣が、夏や冬などの気候、そして毎日の天候にすらも対応しており、中に暮らす人びとをより快適に、より安全に過ごさせることを可能としているのだ。


 つまり、暑い時期ならば風を招きいれ吹き通すことによって熱が溜まるのを防ぎ、逆に寒い時期ならば解放されている窓や柱の間から内部の温もりが放出されてしまうのをとどめるのだ。当然、振動や経年における柱や壁素材の劣化や緩みすらも超越しているのであった。


 どのような人びとが、どれほどの常軌を逸した知識と魔法を使って建造したのか。その歴史については諸説さまざまあった。だが、かつてこの現生界を統一し治めていたグローヴァー魔法王国の魔導士たちとは全く別の存在であったらしい。


 その人びとは、かつてこの地にあった魔法王国の都市の遺した装置や技術を余すところなく活かし、さらに磨きあげ、それまでの技術を超える王宮を造ったのである。


 その創造主たちは奇跡の建造物を創りあげたのち、なぜか時を置かずしてこの地を去ったのである。





「……ソサリアの歴史は、そこからはじまったのか」


 星空の下、低いがよく通る声が響いた。


「そうよ。おじいちゃんはそれより千年も前のグローヴァー魔法王国のほうの歴史に興味があったけれど。あたしとしてはそっちのほうの謎が知りたいなぁ、って思っているの」


 微笑を含んでいるようにほがらかな声が、そっと応える。


「この王宮にそんな魔法陣があるとは。ルシカは毎日、俺たちには見えない光景を目にしているんだな。……疲れてしまうことはないのか?」


 今宵、月は天空になかった。数多あまたの星が宝石めいて海のような闇空に散りばめられ、深海のあおの色で地上のすべてを優しく包み照らしている。ふたりが座ってくつろいでいるのは、東棟の屋上に設けられた天体観測ドームをぐるりと囲むテラスの一角だ。


 青年は眼下に一望できる王宮の中庭から西棟、その向こうに広がる王都の街並みに繋がる正門までを眺め渡した。どんなにらしても、魔導士ではない彼の瞳にはいつもと変わらない静かな夜の王宮の光景にしか見えない。


 ルシカと呼ばれた娘が上体を起こし、相手を心配させてしまったかな、と気遣きづかう瞳で青年の顔を見つめる。


「平気よ。そんなに眼につくものではないの。えぇっと……そうね、きれいな色模様の薄いレースのカーテンが、ふわりとあちこちにかかっている感じかな」


 首をひねるように青年に向き直ったので、やわらかな長い髪が彼女の細い肩と鎖骨の上にふわりとかかった。


「霧みたいだけれど光に透けてて。でもね、こう突き抜けても圧力はまるでないの。だから心配しないで、テロン」


 逆に自分を気遣ってくる新妻の言葉にテロンは微笑み、自分の胸から顔をあげたままのルシカの肩をもう一度引き寄せる。腕のなかに包みこんだ体から、花のように甘く優しい香りが青年の鼻腔いっぱいに広がった。


 テロンは満ちたりたような幸せを感じ、眼を閉じた。すこし経って目を開き、ルシカの瞳を覗きこむ。


「――あまり眠れていないのだから、もう寝たほうがいいかもしれないな」


 せんの戦いで崩れた箇所の多い王都ミストーナ。その復興のために駆け回っている日々が続いているのだ。宮廷魔導士としての地位にあるルシカは、復興に必要となる技術を考え出し、提案し、実現するために現場と王宮の図書館棟を行ったり来たりして、ほとんど休みなく働いていた。


「でもそれは、テロンも同じでしょ」


 ルシカが言いながら唇をすこし突き出し、可愛らしいふくれっつらになった。テロンはその不満そうな表情の奥底にある気持ちを正しく理解して、すこしだけ赤くなりながらも微笑した。


「わかっているよ。久しぶりにこうしてふたりきりの時間が取れたんだ。俺だって思っている、もうすこしこのまま――」


 すべらかな頬に手のひらを添え、愛する娘の顔を優しく包み……相手のやわらかな唇に自分のそれをゆっくりと重ねた。星屑を閉じ込めたような瞳を伏せて想いを受け入れたルシカが、頬を熱くして倒れこむように広く逞しい胸に体を預ける。


 ――星空の下でふたりはひとつの影となって、しばらく離れなかった。


「千年前の人びとは、どこに行ってしまったのかしら」


 腕のなかに包まれたまま、ふとルシカがつぶやく。


「ルシカが望むなら、一緒にその謎を追いかけてみるのもいいな」


 星明かりのなかで蜂蜜色の髪をそっと抱きしめながら、テロンは穏やかな声で言った。


 彼女は宝石を贈られるよりも、知識や挑みがいのある謎を贈られるほうを望む傾向にある。


 森羅万象、魔導の恩恵の仕組み、世界の不思議。そういった謎に向き合っているときの、彼女のきらきらと輝いている瞳――夢中になってのめり込んでしまいそうな好奇心とあやうさをあわせ持つ表情。テロンだけが知る、宮廷仕えの魔導士ではない個人としての知識欲にき動かされたルシカの一面だ。


 小さなおとがいを指でなぞりながら、テロンは思う。――俺だけが傍にいて護り続けてゆけるのだ。それらすべてをひっくるめて彼女を愛しているのだから、と。


 けれど彼もまだこのときには、そう信じて揺るぎないと思っていた自身の心が試されることになろうとは、つゆ思わなかったのであった。



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